45、芽生える友情と葛藤

 ヴォーパルと友達になってそろそろ一週間の時がぎようとしていた。少年、レンは奇妙な感覚をおぼえ始めている事を自覚じかくしていた。

「……………………」

「どうした?僕の顔に何か付いているのか?」

 大兎うさぎは首をかしげ、レンを見ている。というより、レンがヴォーパルを凝視しているという表現の方がただしいのだが。

 レンは、自分の中に奇妙な感覚かんかくが芽生え始めている事を自覚していた。何処かもやもやするような、或いは逆に安堵あんどするような。そんな不可思議な感覚が胸の奥を渦巻いている。流石に訳が分からずに困惑こんわくしてしまう。

 しかし、レンは咄嗟とっさにそれをヴォーパルにかくした。

「いや、何でも無いよ。少しかんがえ事をしていただけだ」

「そうか?何だかつらそうな顔をしていたけれど、何かなやみ事があるんじゃ……」

「はははっ、別に悩みなんて無いさ」

 とは言ったものの、流石に無いと言い切れる保証ほしょうは何処にも無かった。

 そもそも、レン自身にもこの感情の根源こんげんに何があるのか理解出来ていない。流石にこれは色々とマズイのではなかろうか?レン自身、不安ふあんになってくる。

 少し、一人になった時にでもゆっくりと考える必要があるのかも知れない。そうレンは考えていた。

「まあ、でもありがとう。友達ともに心配してもらえると思うとわるくない気分だ」

「うん、僕も友達が出来て少しばかりい上がっているぞ?」

 ちくり―――

 またもや、レンの胸の奥に何かがさるような感覚がする。いや、これはさすがに錯覚だろう。そんな感覚など、ほんの少しだってしていない筈なのに。

 その、筈なのに……

 レンは、思わずはっとした。一体今何を考えていたんだろうか?今、何を思考しこうに掠めさせていた?

 分からない。分からない。レンは何も分からなかった。

「……レン?やっぱり何か悩みを隠しているんじゃないか?」

「そんな事は、無いよ……」

 言っていて、自分でも疑問ぎもんに思う。果たしてどうしてしまったのだろう?

 この気持きもちの悪い感覚もやもやはどういう事だ?

 レンには理解出来なかった。だが、それをレンは何とかり払う。

「今日もなかなかたのしかったよ。うん、友達ともが出来るというのも悪くはないな」

「うん、僕もだ。またあそぼう」

「おうっ」

 そう言って、その日はヴォーパルとわかれた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 そうして家にかえる途中、ふとレンはかんがえた。

「……まあ、少し相談そうだんする程度ならな」

 ぽつりと誰にともなく呟いてり道をする事にした。シンシアの家に。

「レン、どうしたの?」

「うん、少し相談があってね」

「相談?何かあったの?」

 シンシアは僅かに表情をけわしくする。彼女はレンがヴォーパルと交渉こうしょうに行く時も心底から反対していたから。少しおもう所があるのだ。

 ともかく、レンは彼女に近況を報告ほうこくすると同時に自身に起きた不可思議な感覚を話す事にした。彼女に話せば何かヒントくらいはつかめるのではないかとそう思ったからだった。

 分からないまでも、それでもヒントくらいは分かるかもしれないと期待きたいしていたのである。

「…………それ、って」

「うん?何か分かったのか?」

「いや、何でもないよ。うん、何でもない」

 そう言って、シンシアはあわてて両手を振りながら否定ひていした。なんだか、微妙にはぐらかされたような、そんな気配けはいをレンは感じた。しかし、まあ良いかとそう脇に逸らしておく。

 分からないなら、やはり自分じぶんで考えるまでだ。そう思い、レンはシンシアに別れを告げて今度こそ自分の家に帰る事にした。

「……………………」

 どうしてだろうか?シンシアがレンを見送みおくる視線が引っかかるような気がしたがそれも気にしない事にした。

 ……そう思っていたのだが。

 事件じけんが起きたのは、その日のよるだった。

 家でのんびりと書類しょるいの作成をしていた頃。ドンドンとドアをノックする音が。こんな夜に一体何の用事だろうか?のそりとち上がり、レンはドアに歩み寄る。

 ドアを開くと、其処にはシンシアの父親があせった様子で立っていた。

「えっと、どうしました?何か用事でも?」

「それどころではない!シンシアが、娘が一人で大兎おおうさぎの許に向かったんだ!たった一人でヴォーパルに立ち向かうつもりらしい!」

「っ‼」

 考えるより前に、真っ先に家をび出した。流石にそれをいて放っておく事はレンには出来なかったからだ。

 家を飛び出し、集落の外に出て、そしてヴォーパルの住処すみかである小高い丘の草原地帯へと走っていく。やがてヴォーパルとシンシアの姿すがたをその視界に捉えた。どうやらまだどちらも無事らしい。

 ちくり、と。再び胸がいたむ感覚がする。やはり、どこか引っかかりを覚えた。本当にこの感覚は一体何なのか?そうレンは疑問ぎもんを感じた。

「シンシア!ヴォーパル!」

「っ、レン!?」

「ん?おお、レン‼」

 シンシアとヴォーパルが、同時にレンを見た。まだ、どちらも傷一つってはいないようだ。レンは間に合った。

 真っ直ぐ、息をととのえてレンはシンシアを見据みすえる。その瞳にはどうしてと疑問を訴えていた。

「シンシア、どうしてこんな事を……」

「う、うぅっ……ううぅうっ……」

 問われて、彼女はき崩れた。その瞳から滂沱ぼうだと涙を零して泣きじゃくる。

 その姿に、レンは思わず困惑こんわくする。

「えっと、シンシア?」

「全部、全部この大兎が悪いんだからっ!全て、レンがくるしんでいるのは……」

「……どういう、事だ?」

 レンの問いに、シンシアはぽつりぽつりと話し始める。

 ヴォーパルも、だまってその話を聞いている。

「レンは、ずっと私と一緒いっしょに過ごしてきたの。けど、代わりに他の人達とは一定の距離を保ちあんまり深くかかわり合おうとはしなかった」

「……………………」

 その言葉は、ヴォーパルにとって衝撃的な内容ないようだった。一週間近くという短い間ながら、レンはそんなそぶりを一切見せなかったからだ。

 それくらいに、レンとヴォーパルはとても仲良なかよくしていた。

 ありていに言えば、二人は深い友情ゆうじょうを築いていたのだ。

 思わずレンの方を見る、レンは僅かにうつむいて沈鬱ちんうつな表情を浮かべていた。

「別に、レンがわるい訳じゃないよ。ただ、ずっとレンは私に合わせてくれていただけだから。ずっと、私がレンをしばっていただけ」

「それは、どういう事?」

 思わずシンシアに問いかけるヴォーパル。しかし、シンシアの方は一瞬ヴォーパルを睨みつけた。

 まるで、親のかたきでも見るような。そんな鋭い視線しせんだった。

「けど、レンに初めて友達が出来た。人間以外だったけど、怪物種かいぶつしゅだったけれどそれでもそんな事は些細ささいな事だったんだと思う。レンにとって初めての友達だった、それだけが重要な事だったんだと思う」

「それ、は……」

「レン、は……その友達を最終的に兵器開発の犠牲ぎせいにしてしまう事を。その為の別れが確定しているという事実に心をいためていたのよ!」

 シンシアはまるで呪詛じゅそでも吐くかのように。血を吐くように、憎しみを籠めてそう告げた。其処に来て、初めてレンは自身レンの本当の気持ちに気付いた。

 そう、レンにとっては初めての友達だった。人生で初めて友達が出来た。

 きっと、それこそが全てだったのだろう。レンの中で、ようやくとげが抜け落ちたような気分だった。

 ああ、なるほど?そういう事か。だから、ずっと自分の中にっかかり続けていたのだろう。

 そう、自身のむねの内に納得なっとくした。

 安堵の理由に納得した。もやもやの理由にも納得出来た。

 そうだ、これは……

「レンは、大兎に対して。怪物種に対して本気で友情ゆうじょうを抱いていた。だからこそその友情に対して戸惑いなやみ続けていたのよ。何れ、必ず兵器開発の犠牲にしてしまう事を申し訳なく感じながら……」

「それ、は……」

 ヴォーパルは、レンに確認するようにその視線しせんを向ける。ゆっくりと、レンはそれに頷いた。

 そう、レンはヴォーパルに対して本気で友情を抱いていた。だからこそ、そんな彼に対して一種のもうし訳なさを感じていたのだ。

 そして、シンシアはその責任せきにんの所在をヴォーパルに向けたのだ。

「全部、貴方おおうさぎのせいよ。貴方が居なければ、レンが思い悩む事は無かった。レンがこんなに苦しむ事は無い筈だったのに。全部すべて、全部……っ」

「何故、そんなにシンシアが?」

 僕の事でおこるのか?何故、シンシアが僕の事でそんなに思い悩むのか?

 レンのその疑問に対し、シンシアは簡潔かんけつに答えた。要するに、答えは至って簡単な話だったのだ。

「……ずっと、レンの事がきだった。レンの事をあいしていた。貴方一人が居ればそれだけで満足まんぞくだった。その筈、だったのに……っ」

 ああ、そうか。レンはようやく納得した。

 つまり、シンシアはずっと不安ふあんだったのだろう。レンがシンシアから離れてしまう事をずっと、不安に思っていたのだろう。

 シンシアからはなれて、レンがヴォーパルとの友情をる事を不安に思い恐れていたのだろう。

 だからこそ、レンがヴォーパルとの友情に戸惑い思い悩んでいるその責任をヴォーパル自身に向け、弾劾だんがいする事でレンを取り戻そうとした。

 要は、簡単な独占欲どくせんよくだったのだろう。

「それはちがうよ、シンシア」

「……え?」

「僕は、本当はうれしかったんだ。本当に嬉しかったんだ。だからこそ、その友達を失う事を心の底から恐れていたんだと思う。ただそれだけの話だったんだ」

「それ、は……」

 けど、とレンはつづけた。

「けど、その友情ゆうじょうの為に愛する人と友達があらそうような事は断じて許容出来ない。それは僕ののぞむところではないんだよ」

「っ!?」

 シンシアの表情がおどろきに見開かれる。

 今度こそ、レンは彼女に本音ほんねを語る。ずっと、レン自身が胸にめ続けていた本音というものを。

「ずっと、シンシアの事が大好だいすきだった。愛していたんだ。だから、それ以外何も要らないし必要ひつようがないと思っていた。ずっと、そうおもっていたんだ」

 けど、

「それでも、僕に友達が出来た。無二むにの親友が出来た。かけがえのない友情というものを知ったんだ」

「…………」

 きっと、レンは優柔不断ゆうじゅうふだんなのだろう。どちらか片方を選ぶ事が出来ない。わがままの過ぎる子供ガキだったのだろう。

 けど、それで良いとレンは思っていた。自分はそれで良いと。

「僕は、その友達が出来て何よりもよろこんでいる。そして、シンシアの素直な気持ちを知れて本当にうれしいと思っているんだ」

「……っ」

「シンシアは、そんな僕をなさけない。優柔不断だと怒るか?」

 問いかける。レンは少しだけ不安に思っていた。此処でシンシアに罵倒ばとうされるかと思えばきっと自分は立ち直れないだろうとそう思っていた。

 けど、それでもレンは本音を語った。シンシアにって欲しいと思ったから。

 そんなレンに、シンシアは首をよこに振った。

 シンシアは真っ直ぐレンの目を見て薄いみと共に言う。

「ずるいよ、そんな質問しつもん。本当にずるい……」

「かも知れない。ごめん」

「うん、私の方こそごめんなさい。少しばかり混乱こんらんしていたよ」

 そして、レンはヴォーパルの方へ改めて視線しせんを向けた。

「ヴォーパルも、ごめん。君を何れ兵器へいきに変えてしまう事になってしまう。そんな自分をふがいなく思うけれど。それでも僕の事を友達ともだちだと思ってくれるか?」

「ああ、もちろんだよ」

 そう言って、僕たちは笑い合った。しかし、それはまだあらしの前のほんの些細なこじれでしかないと知るのはもう少しあとの話だった。

 そう、本当の嵐は後だ。

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