40、クラウンとしての覚悟

 時はぎ去り、クラウンは十八歳になりあの日の赤子あかごも大きくなった。不知火と名付けられたかつて赤子だった少年とクラウンは半ば血のつながった兄弟のようにとても仲良く育った。

 野山をけ回り、時として協力して怪物種とたたかったり、毎日を生きるのも大変だったけどそれでも笑顔が絶える事は無かった。

 彼らはまるで血の繋がった兄弟のようになかが良かった。実際に血は繋がっていなかったけど、それでもそんな事は二人にとって些細ささいな事だった。

 彼らにとって、彼らの間にあるきずなはその程度で揺らぐ物では断じて無かった。

 だが……

 そんなある日の事だった。クラウンは不知火に二人きりで話したい事があると言って集落のはずれへ呼び出した。

 特にび出される理由に思い当たらなかった不知火は半分以上混乱していたが、それでもクラウンの言う事をうたがう事なく呼び出しに従った。集落の外れで待っていたクラウンは何時もよりずっと真剣しんけんな表情で待っていた。

 その表情に、不知火は思わず圧倒あっとうされる。

「……どうしたんだ?クラウン。そんなにこわい顔をして」

「不知火、お前に話しておくべき事がある。いてくれないか……」

 クラウンのかたり口調に、並々ならぬものを感じ取り不知火は黙って頷く。

 不知火が頷いたのを確認したクラウンは、少しだけ表情をゆるめて懐から一冊の日記帳を取り出した。どうやら、その日記帳が何か関係しているらしい。

「不知火、お前は自分の両親の事について何か疑問ぎもんを感じた事はないか?」

「疑問って……俺の両親の事についてか?」

「ああ、そうだ」

 クラウンは端的に首肯しゅこうする。不知火はしばらくだまり込み、考え込むがやがて苦笑を浮かべて首を横に振った。

「済まない。よく分からないというのが本心だ。確か、俺が赤子の頃に亡くなったんだったっけ?」

「ああ。だけどまだお前にも話していない事があるんだ」

「話していないこと?」

 不知火の疑問に、クラウンは端的たんてきに頷いた。其処にきて、ようやく不知火は話の内容がとても重要だという事を理解し真っ直ぐ真剣な表情をクラウンへ向けた。

 そんな不知火に、クラウンは小さくうなずきながら続けた。

「まず、お前は本来この時代じだいに生まれた人間ものじゃない。もっと前、旧文明崩壊直前に生まれた云わば時代のき証人なんだ」

「それ、って……」

「ああ、お前は生まれてすぐに両親からコールドスリープ装置そうちに入れられずっとこの時代までねむっていたんだよ。そんなお前を見つけたのが俺だ」

「……………………」

 黙り込む不知火。その表情には愕然がくぜんとした様子がありありと見えた。どうやらかなり衝撃的だったようで、言葉もはっする事が出来ないようだ。

 恐らく、どう反応はんのうしたら良いのかすらわかっていないのだろう。

 そんな不知火に、クラウンは先ほどり出した日記帳を手渡した。その日記帳はかなり古びておりかなりの年代物ねんだいものであることが分かる。そして、其処にきてようやく不知火はその日記帳の意図いとに気付いた。

 そう、その日記帳は不知火と彼の両親との唯一のつながりなのだ。だからこそ、この状況になってようやくクラウンは不知火に見せたのだろう。

 その気持ちを代弁だいべんするように、クラウンが言った。

「この日記帳は、お前の両親からお前にてたものだ。それを見てお前がどう判断を下すのか自由じゆうにすると良い」

「………………」

 そう言って、クラウンはその場を後にした。不知火を一度一人でかんがえさせる為だ。

 これ以上、余計な事を話して不知火自身の決意をにぶらせる事があってはならないとクラウンはそう気をつかったのだ。その場にのこされた不知火は、しばらく自身で考えを纏めるだろう。その結果、どのような答えをしめすのかは分からない。

 もしかしたら怪物種への憎悪ぞうおを募らせた結果復讐の道に走るかもしれない。

 けど、それをめる権利はクラウンには無いと彼自身は思っていた。決めるのはあくまで不知火本人なのだから……

 だが、その心配はどうやら杞憂きゆうだったらしい。

 ……その日の夜。クラウンを呼び出した不知火は自身の覚悟かくごと答えを話した。

 その覚悟を聞き、クラウンは改めて自身の覚悟を決めた。世界をすくう、その覚悟を改めて決めたのだった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 その次の日、クラウンは周辺集落に居る全員みんなを呼び出した。一体何事なのかと訝しむ人々を前に、クラウンは毅然と皆の前に立ち話し始めた。

「わざわざあつまってくれて助かる。今日はみなに俺から話があって来て貰った」

「いきなり呼びつけて一体何の用だ?何かのわるふざけならすぐに帰るぞ?」

 クラウンの言葉に、集まった中の一人が少しばかり不機嫌ふきげんそうに言った。そんな彼にクラウンはなおも毅然きぜんとした態度で言った。

「それは済まない。だが、これは重要な話なんだ。どうかいて欲しい」

「重要な話だって?」

 疑問に対して、クラウンは端的にうなずいた。

 僅かばかり、周囲がざわついた。重要な話とは一体何なのか?そんな雰囲気がありありと見えていた。

 それもそうだろう。周辺集落にむ全員を呼び出すほどの重要な話とは一体どのような話なのだろうか?そんな気配がありありと見えている。

 そんな周囲に対し、クラウンは話をつづけた。

「今後、世界を復興ふっこうさせていくにあたり我々人類はどの道意識を統一とういつして事に臨む必要が出てくる。そのために、我々はまず旧文明のように国家としてのまとまりを復活させる必要が出てくるだろう」

「…………」

 其処に来て、ようやく話の概要がいようが見えてきた周囲はさらに大きくどよめいた。

 つまり、クラウンの目的は周辺集落を。いや、状況によっては更に広大な地域一帯を統一しようという魂胆こんたんなのだ。当然周囲の動揺どうようも大きい。

 そんな周囲にはおかまいなしにクラウンは続ける。

「その為に、俺は……私は旧西欧を。いや、この旧欧州全土を丸ごと統一しようと思っている」

「っ、馬鹿ばかな‼」

 集まった中の誰かが叫んだ。その言葉と共に、ざわつきが最高潮ピークに達する。

 それもそうだ。この時代において、旧西欧を、旧欧州全土を統一しようなどとそんな事を言い出す者はたとえ詐欺師さぎしだって言いはしないだろう。

 それほどまでに、クラウンは突拍子とっぴょうもない事を言っているのだ。

 だが、やはりクラウンは一切動じない。そのそばに立つ不知火も、一切動じてはいない。何処か超然ちょうぜんとした雰囲気を放ってその場に立っている。

 そもそも、文明の崩壊ほうかいしたその世界において国家を復活させるなど困難にも程があるだろう。何故なら、この世界には怪物種が跋扈ばっこしている。文明を復活させようにも国家を復活させようにも、怪物種の存在が必ず障害になるからだ。

 怪物種は最弱の者でも簡素かんそなシェルターを破壊可能だ。王にまでなれば、その力は大陸をたやすく打ちくだくだろう。

 そんな種に対抗するには文字通り異能いのうという超常に頼る他ない。国家を復活させるにも文明を復活させるにも、まずは怪物種の掃討そうとうが必須だろう。そう誰もが考えているのが現状なのだ。

 だが、クラウンは其処を一切問題視していないように感じる。どころか、そもそも怪物種を脅威きょういとすら認識していないようにすら感じられる。これは一種の超越者特有の持つ覇気はきともいえるだろう。

「必ず、私は必ずこの地獄じごくを終わらせる。皆が笑い合える世界をつくってみせる。その為に皆の命を、どうか私にあずけて欲しい。私は約束を必ず守ってみせる」

 その圧倒的なまでの覇気とカリスマに、周囲はいつの間にかまれていた。誰もがクラウンの放つ圧倒的なまでのカリスマ性に呑まれだまり込んでいた。

 そして、その中の一人がはっと正気に戻ると何とか自身のむねを押さえて問う。

「出来るのか?お前にこの世界をすくう事が出来るのか?」

「やって見せる。それは確約かくやくしよう。私はお前たちに新世界しんせかいを見せてみせる」

 そうして、クラウンは旧西欧の代表だいひょうとなり。その後急激に勢力を拡大していきやがて旧欧州一帯を領土とするにいたった。

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