諸外国編

39、旧西欧のある少年

 当然の事だが、遠藤クロノが目をます以前にも世界はうごき続けている。様々な場所で様々なドラマがまれては消えてゆく。

 様々な人たちが、様々な想いを持ってつむいでゆく色鮮やかな物語おりものであり万華鏡。

 旧西欧や旧インド、旧中国、そして旧アメリカなど様々な場所で様々なドラマが生まれては消えてゆく。それは果たしてどのようないろをしているのだろうか?果たしてどのようなおもいで紡がれているのだろうか?

 様々な想いで、様々なドラマが紡がれてゆく。今回は遠藤クロノが目を覚ます以前の諸外国での出来事へ目をけてみようと思う。

 先ずは、旧西欧のある人物じんぶつから見てみよう……

 ・・・ ・・・ ・・・

 旧フランスの片田舎。とある集落しゅうらくにその少年は居た。彼は現地の人達から名無しと呼ばれていた。

 まるで少年が周囲まわりから深刻ないじめをけているかのように見えるが、実際は別段そういう訳ではない。彼には生まれつき名前なまえが存在しないのだ。

 彼には両親が居ない。生まれてすぐ、名前をけられる以前に怪物種の襲撃にあい亡くなったからだ。誰がどう見ても悲劇ひげきだろう。

 実際、周囲の大人達は少年の事をあわれに思っていた。深く同情どうじょうしていた。そして少年の両親を奪った怪物達を深くにくんだ。

 しかし、少年は怪物種をうらむ気持ちは一切無かった。おもう事が無い訳ではもちろん無いだろう。しかし、彼は怪物種を恨んではいなかった。むしろ、彼の中にはどうして世界がこのような地獄じごく変貌へんぼうしてしまったのか知りたい気持ちで溢れていた。

 そんな少年を、周囲の人々は変わり者とけ取っていた。

 この世界に生きる以上、多かれ少なかれ怪物種に対する憎しみをいだかない者はただの一人として居ない。少年だって、怪物種に両親を殺された事に何も思わない程に鈍感という訳ではない。

 しかし、それでも彼は怪物種を恨む事だけは出来できなかった。その理由は少年自身にも分かっていない。

 分からないが、少年には怪物種がとても哀れなき物に見えたのだ。

 どうして、怪物に両親を殺された筈の自分が怪物を哀れんでいるのか?

 そんな事を考えながら、集落のそとを散策するのが少年の日課にっかだった。もちろん、集落の外に安易に出るのは危険極まりない事だ。そう簡単に認められる事ではない。

 だが、それでも少年は集落の外に頻繁ひんぱんに出ていた。そのたびに集落の大人達に怒られる日々をごしていた。

 もちろん、少年が気にした事は一度だって無かったが。

 そんなある日の事。少年は少しだけ不審ふしんに思っていた。というのも、周囲に広がる旧文明の遺跡群。その中で一か所だけ不自然ふしぜんな場所を見つけたからだ。何故か、一か所だけ不自然に風化の進行が異常に遅い部分が存在する。

 その場所だけ、まるで旧文明の気配けはいをそっくりそのままかんじさせる部分がある。

 風化してくずれてしまった周囲に対し、その部屋とおくの通路は不自然なまでに綺麗なまま残っていたのだ。その事実が気にならない少年ではなかった。

「……………………もしかして、此処ここに何かあるのか?」

 そう思い、少年はその部屋の奥へと入っていった。

 部屋の奥、其処には頑丈そうな機械仕掛けのとびらが存在した。扉の隣には、カメラのレンズが少年をのぞいているのが分かる。そのカメラのレンズが、どうやら少年の顔や体全体を識別しているようだ。

 おそらく、そのカメラにより自動的に扉がひらく仕組みになっているのだろう。だとすれば少年は扉のさきに入れないかもしれない。

 そう思ったものの、どうやら杞憂きゆうだったようだ。

 数秒の後、機械仕掛けの扉が自動的に開きその奥の部屋が少年の前にあらわれた。

 部屋は旧時代の研究室のようだ。パソコン一式や様々な機械類がならんでいる。

 少年はまるでい寄せられるかのように部屋の中へとはいっていった。何となく、その光景に心のおくがざわつく気がしたからだ。

 部屋の奥には巨大なモニターがあった。その手前には、機械仕掛けのひつぎのような物が横たえられていた。その中を覗いてみる。その中には……

「……赤子あかご、なのか?」

 機械仕掛けの棺の中には、まだおさない赤子が居た。傷一つ無い、まるで生きているかのようなすこやかな顔。いや、これはもしかして生きているのか?

 そう少年が思った直後だった。モニターに電源が入り、画面に一人の青年の姿が映し出された。映し出された青年は、深い覚悟かくごの籠った表情で真っ直ぐと視線を向けているのが分かった。

『この施設しせつへ入り、この映像を見る者にこの世界の真実をつたえよう……』

 そう言って、青年は一言一言丁寧にこの世界の真実しんじつというものを話していった。

 その内容は、周囲の大人達が語っていた話とは大きくかけ離れた物で。けど青年の表情には一切のうそや誇張は感じられなかった。

 むしろ、青年の表情には真実を知る者特有の一種の覚悟のようなものさえ感じる事が出来たのだった。

 その青年がかたるのを聞く内、少年は自分がどうして怪物種を恨む事が出来ないのかその理由を知った。

 少年は、周囲の大人達よりも誰よりも大局的に物事を俯瞰ふかんして見ていたのだ。その結果として、少年は心の何処どこかで本当に戦うべき敵という存在に気付いていた。それ故に少年はどうしても怪物種を脅威きょういと感じる事が出来なかったのだ。

 少年はこの部屋を見て胸がざわついた理由に気付いた。この部屋を見た時、少年は世界が地獄へと変貌した本当の理由が此処にあると無意識でさとっていたのだ。

 画面の向こうの青年の話を聞き、少年は自分が本当に戦うべき敵を知った。

『最後に一つだけ、この映像を見ている者にたのみたい。俺の子供こどもを、どうか守ってやって欲しい。どうかよろしく頼む』

 その一言と共に、機械仕掛けの棺は。恐らくコールドスリープの装置そうちだったのだろうそれは開き、中に居る赤子がゆっくりと目をました。

 少年は赤子をゆっくりとき上げ、不思議そうに自分を見つめる赤子を真っ直ぐ見詰めながら覚悟を胸に言った。

「頼まれた。どうか安心して俺たちを見守みまもっていて欲しい。この子は俺が絶対に守ってみせる。そして……」

 そして、想いのたけを籠めて胸の内を言葉にしてき出した。

 少年はこの時、初めて決意けついした。この地獄から世界を、人々をすくい出すと。

 ……集落にもどった少年だったが、その後がなかなか大変たいへんだった。

 集落から黙って出た事もそうだが、帰ってくるなり知らない赤子を抱きかかえて帰ってきたのだ。い詰められない筈がないだろう。

「名無し、その赤子は一体どうしたんだ?」

ひろってきた」

 あまりにも端的な少年の回答に、問い詰める大人は額に青筋あおすじを浮かべる。だが、そんな大人を他所に少年はまるでなんでもないかのように言った。

「それから、これから俺の事はクラウンと呼んで欲しい。俺の名前なまえだ」

「クラウン?」

「今決めた」

「あ、ああ……」

 クラウンと名乗なのった少年は赤子をあやしながら端的に話す。赤子が無邪気に笑うその姿に、大人は毒気を抜かれたかのように微妙びみょうな表情で笑った。

 どうやら、クラウンはくわしい話を話すつもりはないらしい。

「で、その赤子はどうするつもりだ?誰かにき取ってもらうのか?」

「俺が責任せきにんを持ってそだてるさ」

「出来るのか?お前はまだ八歳未満だろう?責任なんて、そんな事を簡単に言えるような歳でもないだろうに」

「育ててみせるさ。それがこの子をたくされた俺の責任だからな」

 即答だった。あまりにもまよいのない一言に、大人はそれ以上言及することが出来なかった。

 それ以上に、クラウンの覚悟の籠った表情に何も言えなくなったのだ。

 もう話はえたとでも言わんばかりに、クラウンはそのまま自分の家まで戻っていってしまった。そんなクラウンの姿すがたに、大人達はとても微妙そうな表情でただ見ている事しか出来なかった。

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