41、旧インドのカルナ

 旧インドのある集落、其処にカルナと呼ばれる少年が居た。カルナは誕生して間もなく準王級の一角である神鳥しんちょうアーカーシャと心をかよわせ、その力を借りて旧インドにおいて屈指の戦士クシャトリヤへと上り詰めた。

 それだけをけば、準王級の力にたより切りに見えるが実の所はそうではない。彼自身その身にとても強力な異能いのうを宿している。

 その異能とは、とても強力な因果干渉能力。運命操作とも呼べるレベルの運の良さを持ってして彼は不死身ふじみのカルナと呼ばれている。

 彼はその類まれなまでの幸運こううんの補正により、怪物種との幾度もの修羅場を無傷で搔い潜ってきたのだ。それは本来はありえないまでの快挙かいきょである。

 そして、彼は自身の異能を巧みにあやつる事により自身に都合つごうの良い事象を引き寄せるのである。その力をってして、そして神鳥アーカーシャの力を借りる事により彼は旧インドでも屈指の戦士へと上り詰めたのだった。

 そんな彼は現在旧インドの代表であるアルジュナとクリシュナの二人と内密ないみつの話をしていた。

 クリシュナとアルジュナ。この二人は旧インドの代表であると同時に双子ふたごの兄妹なのである。その二人と内密の話が出来るカルナは、クリシュナとアルジュナ二人にとってかなりのお気に入りとなるだろう。

 事実、旧インド代表である二人とカルナの交友関係は旧インド全体にとっては周知の事実となっている。

 一通り話を終えたカルナに、アルジュナはおもい口を開く。

「カルナ、お前はもしや死ぬつもりなのか?」

「死ぬつもりは毛頭無いよ。でも、命をけて事にのぞむつもりは十分にある」

 アルジュナのいに、カルナは真っ直ぐと答えた。不死身のカルナがそう断言する程の強い意思。その言葉に、アルジュナもクリシュナも思わず閉口へいこうしてしまう。しかしそれでも黙っている事だけは出来ないのか、何か言葉を探してはいるようだ。

 事実、アルジュナもクリシュナも苦虫にがむしを嚙み潰したような表情で何かを言いたそうにしている。

 そんな彼らに、カルナは続けて言った。

「どうしても納得なっとくできないかもしれないけど、これだけはどうか分かってくれ。俺がこれから怪猫かいびょうの王を相手にはなし合いをしにいく事は決して無意味なんかじゃないという事を。いや、俺が無意味になんかさせたりしない」

「……お前の覚悟かくごは分かった。けど、お前も分かって欲しい。俺たちはお前を失いたくはない」

「ええ、私たちにとって、貴方はかけがえのないともですから。貴方を失う事は私たちにとって何よりもえ難い事なのです」

 二人の言葉に、カルナは思わず苦笑くしょうを浮かべた。

 けど、それでもカルナはまる訳にはいかない。止まる事だけは絶対に出来ない理由が彼にはあるのだ。

かっているよ。けど、俺には絶対にここであきらめる訳にはいかない理由がある。だから絶対にここでち止まってはいけないんだ。絶対に」

「その理由、今までく事は無かったけど今聞いても良いか?」

 アルジュナの問いに、しばらくかんがえ込んだカルナだった。しかし、やがて覚悟を決めたのかカルナはぽつぽつと話し始めた。

 それは、アルジュナとクリシュナの二人にとってとても信じがたい内容だった。

「実は、俺は誕生に星のアバターがかかわっているんだ」

「何だって?」

「っ!?」

 その言葉には、さすがの二人も驚きをかくせないようだ。目を見開いてカルナを食い入るように見つめる。

 そんな二人に、カルナは話を続けた。

「というよりも、星のアバターが居なければ俺が生まれてくる事は無かったといっても過言ではないだろうな」

「どういう、事だ?」

 しぼり出すように、それだけを言った。アルジュナの問いにカルナは苦笑を向け続きを話し始める。

「俺が生まれる時、俺の両親はたびの途中だったという。というよりも怪物の襲撃により故郷を失った両親はむ場所をさがして旅をしていたらしい。そんな時、既に腹に俺を宿していた母親が出産の時をむかえてしまったんだと」

「……………………」

「そんな時、現れたのが小さな少女だったらしい。その少女は陣痛じんつうで動けない母親を見て、産婆さんばを探す為に人間ヒトではありえない程の速度で走っていったと。すぐに産婆を探してきた少女はその後、付近ふきんに居る怪物を追い払い両親を守ってくれた。その時にはどうやらその少女が星のアバターだと察しがついていたらしい」

「貴方の両親は、星のアバターをうらむ気持ちは無かったの?」

 その疑問は当然だろう。星のアバターとは、文明崩壊の元凶げんきょうだ。それ故に、文明崩壊後の世界を生きる者にとっては絶対に許すべきではない不倶戴天ふぐたいてんの敵として知れ渡っているのが事実だろう。

 だが、どうやらカルナにとっては違うようだ。

 クリシュナの疑問に、カルナは首を横に振った。その表情は、どこかかなしげで星のアバターに対する深いあわれみに満ちている。

「生まれた俺を抱いた星のアバターはその目から涙をあふれさせながらずっと謝っていたそうだよ。ごめんなさい、ごめんなさいと。その謝罪しゃざいを聞いたら、もう星のアバターを恨む気持ちは消え失せていたらしい」

「そう、か……」

 アルジュナとクリシュナは考え込むように黙り込んだ。滂沱ぼうだと泣きながらずっと謝り続ける星のアバター。その言葉に、何かおもうところがあったのだろう。

 果たして、どうして星のアバターは文明を滅ぼしたのだろうか?果たしてどうして文明は滅びる必要があったのだろうか?

 それを調しらべるのもアルジュナとクリシュナの仕事の一つなのだ。果たして、星のアバターが流したという涙には一体どのような意味いみがあったのだろうか?

 知りたいと思う気持ちもあった。カルナのおもいも十分に理解した。

 しかし、カルナを失いたくないのも二人としては掛け値ない本音ほんねだ。それだけは決してゆずれない。

 だから、二人は一つだけ条件じょうけんを付ける事にした。

「お前の覚悟かくごは理解した。だが、それでも俺たちはお前を失いたくない。だからお前に一つだけ条件を付ける。絶対にきて帰ってこい、それを守れないようなら俺たちはお前を此処から出す事は絶対に出来ない」

「ああ、了解りょうかいした」

 そう言って、カルナは傍にひかえるアーカーシャのに乗る。どうやらもう出発する気らしい。アーカーシャも既に準備は万端らしく、雄々おおしく鳴き声を上げた。

 その姿に、さすがのアルジュナとクリシュナもおどろいた。

「もう行くの?もう少しだけゆっくりしていかない?」

「いや、事態は急をようするだろう。俺が向かうのが遅ければ遅いほど、事態は最悪の展開へと転がっていく事になる」

 カルナの一言に、まだ彼が何かをかくしている事を二人は察した。

「お前は、一体何を知っているんだ?」

「俺たちが戦うべき、本当のてきだよ」

 自分たちが本当に戦うべき、本当の敵。それはつまり、星のアバターより優先して戦うべき敵の存在を指しているのだろう。

 だが、その言葉の意味を二人が問いただす時間じかんは残念ながら無かった。そのままカルナはアーカーシャの背に乗り、急速に飛んで行ってしまった。

 その速度は尋常じんじょうではない。ほんの刹那せつなの一瞬で姿は消失した。

 神鳥アーカーシャ。準王級であるかの怪物は大陸間を半日でわたるだけの飛行能力を持っているという。それは純粋な速度や飛行能力では断じてない。アーカーシャの持つ異能とは、即ち相対時間操作。自他じたの時間を操作する事により、彼の神鳥は神速とも呼べる超速度で大陸間を渡るのだ。

 その飛行能力により、アーカーシャは神の鳥と呼ばれ準王級の一角にを連ねているのである。

 既になくなったカルナとアーカーシャの飛び去った跡を前に、アルジュナとクリシュナは呆然ぼうぜんと呟いた。

「……カルナ」

「お前は一体、何をってしまったというんだ?」

 その言葉に答える者は、もう其処そこには居なかった。

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