36,英雄は止まれない

「……外がさわがしくなってきたな?」

 ベッドの上で本棚ほんだなに置かれていた漫画まんがを読んでいた。そろそろ本棚の漫画を読破しそうになった頃、外が騒がしくなってきた。何かあったんだろうか?

 ベッドにそなえ付けられた呼び出しボタンをす。間を置かずに医者のアキヒコさんが室内に入ってくる。この集落では医者としての知識ちしきを持っている人が極端に少ないのだという。その知識を持っているのが、ツルギとアキヒコさんだ。

 特にアキヒコさんは普段、薬の原料げんりょうになる薬草を採取さいしゅする為に出かけている事が多いため、基本この集落に居ない。だから大体医療施設を利用するときはツルギが対応する事になる。腕はたしかなんだけどな、二人とも。

「どうしましたか?」

「いえ、何か外が騒がしくなってきたなと。何かあったんですか?」

「……ええ、まあすこし」

 アキヒコさんは苦笑くしょうを浮かべる。その様子ようすに、俺は何かあったと確信した。

 少し、語調ごちょうを強くする。

「何かあったんですね?」

「……………………」

「教えてくれませんか?何があったんですか?」

「…………おとなしくていると約束しますか?」

「……場合ばあいによります」

 俺の返答に、アキヒコさんはそっと溜息を吐いた。やはり、何かあったらしい。

「ユキさんが、エリカさんとアキト君をれて金獅子の花園はなぞのへ行きました。どうやらクロノ君の薬を処方する為に必要な原料をめぐんでもらうつもりらしいですね」

「っ‼」

 ベッドを飛び出そうとした俺の腕を、アキヒコさんがつかむ。一応、医者はやっているものの一人で薬草などを採取しにいく程度の実力じつりょくはある。俺の腕を摑む力はそれなりに強い。

 だが、それでも俺はまる訳にはいかない。俺は異能いのうを発動する為に、意思の力を燃焼させて……

「ぐっ、ごほっごほっ‼」

「……そんな状態で何処どこに行こうと言うのですか?今度こそ死にますよ?」

「元より死ぬつもりは一切無いっ」

「何処にそんな自信じしんがあるのですか?既に満身創痍まんしんそういじゃないですか。ともかく、クロノ君は素直にやすんでいて下さい。ユキさんたちの事は我々大人に任せて下さい」

「…………すみませんが、それは出来できません」

何故なぜ?」

 アキヒコさんの疑問に、俺は口元の血を雑にぬぐいながら答える。

「俺にとって、自分が何も出来ないまま大切たいせつな人が居なくなる方が死ぬよりも辛いんですよ。何もすくえないまま、何も出来ないまま大切な人が居なくなる。その方が俺にとってよっぽど辛い。だから、どうか止めないで下さい」

「その結果けっか、自分が死んでもいと?」

「さっき言った通り、元より死ぬつもりはないです」

「……………………はぁっ、全く。せめてこれをんでいって下さい」

「……?これは?」

 渡されたのは、一錠の薬だった。カプセルタイプのアレだ。

いたみ止めです。無いよりは断然マシでしょう、ですがどうか無理むりはなさらないようにお願いします」

「……分かりました。では、行ってきます」

 机の上に置いてあるボトルを取り、薬を水でながし込む。

 薬を飲みすと、そのままボトルをつくえに置き部屋を出た。


 ・・・ ・・・ ・・・


「……お前、医者として失格しっかくだな。普通、医者なら身体をってでも止めるぞ」

 クロノ君が部屋を出た後、そっと部屋にツルギ君がはいってきました。ええ、確かに彼の言う事は道理どうりでしょう。私は医者として失格です。

 ですが、それを他でもないツルギ君に言われるのもどうかと思います。ツルギ君、貴方がそれを言いますかと。私はそう声を大にして言いたい。

「ツルギ君、貴方あなたはユキさんを敢えて金獅子の花園へかわせましたね?」

「……さて、なんの事やら」

「とぼけないで下さいよ。ツルギ君が言ったのでないなら、誰があのはなの存在をユキさんにげられるというのですか?」

「…………分かってるよ。けど、俺だって俺なりに色々いろいろと考えているのさ」

「……一つ言っておきます。ユキさんも皆と変わりなく仲間なかまですよ?ユキさんは何か隠し事をしているようですが、私はそれを知る事が出来できませんでしたが、それは一切変わりませんし変えません」

「……………………」

 ユキさんの背負せおうものを私は知りません。どれほどおもいものを背負っているのか、それが一体どのようなものなのかすら知りません。ですが、それがどんなものであれ私は彼女を尊敬そんけいしています。

 彼女ほど、皆の為に頑張がんばり続けた人は居ませんでしたから。なので、きっとそれこそがすべてなのでしょう。


 ・・・ ・・・ ・・・


 俺が集落の外へ出ようとすると、ヤスミチさんにめられた。

「おい、クロノお前何をしてるんだ!お前は寝てなくちゃ駄目だめじゃないか!」

「止めないで下さい、ヤスミチさん。俺はユキをれ戻しに行かなくちゃ」

「駄目だ、病人のお前が行くような事ではない。でなきゃ、ユキを見逃みのがした意味が」

「見逃した?」

「っ⁉」

 俺の疑問ぎもんに、ヤスミチさんはしまったとでも言うような表情をした。どうやら今の言葉は失言しつげんだったらしい。

 俺は、ヤスミチさんに向き直り聞く。

「……ヤスミチさん、もしかして全て分かっていてユキをおくりました?」

「………………………………」

 ヤスミチさんの沈黙に、俺はそっと溜息を吐いた。どうやら図星ずぼしらしい。

 そっとヤスミチさんにを向けて歩き出す。それをあわてて止めようとするヤスミチさんに、俺は言った。

「……ヤスミチさん、俺はな。きっとユキの事が大好だいすきなんだ」

「お前、何を言って?」

「ユキだけじゃない。エリカやアキト、ツルギやアキヒコさん。それに集落のみんなもヤスミチさんの事も大好きだ。この世界せかいに生きる全てが大好きだ」

「……………………」

「だからな、俺はこの世界を。皆を救いたい、そう本気ほんきで思っているんだよ」

 その言葉を残し、俺は今度こそ集落の外へ出ていく。ヤスミチさんは、それを止める事が出来ずに黙り込んでいた。

 ……集落を出て、少しはなれた場所。其処で、俺は意思の力を燃焼させて無理矢理加速させてゆく。自身の身体に大きな負担が掛かり、盛大に血をいた。

 だが、関係かんけいない。俺はそのまま意思の力を加速燃焼させてゆく。

 そんな俺の脳裏に、アインの声がひびき渡った。

『……本当に良いのだな?』

「ああ、かまわない。行こう、アイン」

『死ぬぞ?今度こそ……お前の身体はえ切れない』

「言っただろう?元より死ぬつもりは……い‼」

 加速燃焼させた意思の力により、俺の身体に炎がえ盛る。それは、まるで俺自身のいのちを燃やしているかのようで。事実じじつ、その力により俺は身体に大きな負担を強いていた。

 だが、構わない。元より俺はこれで死ぬつもりはない。そもそもこの程度で死ぬようならその程度の覚悟かくごだったのだろう。なら、根性比べだ。

 異能が俺の命を焼き尽くすのがさきか。或いは俺の根性が勝つか。

 俺はユキの放つ意思のなみを感知。其処へ一直線に向かう。どうやら戦闘中らしい、ユキとエリカとアキトの三人が、何者なにものかと戦っているようだ。恐らく、金獅子だろうと思う。

「ユキっ‼」

「っ、クロノ君⁉どうして‼」

 ユキが一瞬だけ意識を金獅子かららした。その瞬間しゅんかん……

「ガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッッ‼‼‼」

 雷霆らいていを纏った金獅子の咆哮ほうこう。それによりユキは吹き飛ばされた。

 まずいっ‼あの先には……

 ユキの吹き飛んだ先には、大きないわがあった。そのまま吹き飛べば、大岩に頭をぶつけて下手へたをすれば死ぬだろう。

「くっ……間に合え‼」

 俺は、ユキの吹き飛んでゆく先へと身体をすべり込ませた。そして、そのままユキの身体をき止めて……

「がっ⁉」

 瞬間、俺は強く大岩に身体を打ち付け意識を闇へとしずめていった。


 ……動かない。身体が動かない。いや、そもそも此処は何処どこだ?

 俺はだれだ?どうして此処に俺は居る?俺って、誰だ?誰って?

 何も分からない。けていく。何もかもが溶けて、えて……

「……きろ、きろ」

 何だ?一体誰のこえだ?

「起きろ、宿主あるじよ‼」

 っ⁉瞬間、俺の意識いしきは一気に引き上げられていき。

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