35,その献身は何ゆえに

架空熱暴走オーバーロード?」

 医務室いむしつの一室に、私の声がひびいた。室内に居るのは私とツルギ君、そしてマキナの三人だ。ボードにり付けられたMRIの検査結果。そして、血液検査の結果と各種検査結果のシートが机にならべられている。

 架空熱暴走。確か、架空塩基が暴走ぼうそうを起こす事により身体に各種悪影響を及ぼす奇病だった筈だ。

「クロノの病気の原因げんいんは、言ってみれば輸血ゆけつにより血を大量に失った状態で負担をかけ過ぎたからだ。それにより、体内たいないの架空塩基が暴走を起こした。というより足りない血液を急速にやそうとした結果、異能が暴走したのが正しいだろう」

「異能の、暴走?そんな事例じれい、聞いた事がないけど……」

「ああ、俺だって聞いた事がない」

 この時代では架空熱暴走はさほどめずらしい病気ではない。けど、異能の暴走は流石に聞いた事がない。本来、異能は所持者の意を離れて独立どくりつで起動する筈がないから。しかし、今回はそれが起きた。何か、他の意思いしが働いたとしか思えない。

 だが、それは一体何なのか?現状全くの不明ふめいだった。

「えっと、それで……クロノ君の病気はなおるの?」

「…………」

「ツルギ君?」

 ツルギ君の沈黙に、不吉ふきつな気配がした。何故、其処でだまるのか?

 そして、やがてマキナが話し始めた。

「遠藤クロノの病気自体は十分に治る見込みこみがあります。しかし、病状がかなり深刻でこのまま進行すれば恐らく三日も保たず熱暴走が臨界りんかいに達し……死にます」

「死っ……」

 私は頭を鈍器でなぐり付けられたような気分になった。

 死ぬ?クロノ君が?私に、血を提供ていきょうしたばかりに?私のせいで?

 ……私が、大怪我おおけがをしたばかりに?クロノ君から輸血を受けたばかりに?

 そんな私を、ツルギはこつんと軽く頭をたたいた。

 別に、いたくはないけどそれで私の意識はツルギ君へと引き戻された。まだショックはなおっていないけど。

「まだまった訳じゃない。それに、一応治療の方法自体はある」

「っ、それは?」

 身を乗り出して聞く私に、ツルギ君は片手でせいす。

 マキナは黙って一つの写真しゃしんを見せた。その写真を受け取り、見る。それは一輪の花の写った写真だった。綺麗きれいな、青く輝く花弁の花だ。

「その花から処方されたくすりを飲めば、恐らく十分に治療は可能だ」

「じゃ、じゃあっ‼」

 その花は何処に?そう聞こうとした私に、ツルギ君はにがい表情をする。

「……残念ざんねんながら、この旧日本にのみ存在する花。アオリンカーネイションは絶滅危惧種だ。この近辺に自生しているのは、確認された中で金獅子きんじしの生息する花園にしか存在しない」

「金獅子……」

 金獅子……この近辺の花園に生息する準王級の怪物種。危険度こそ最低さいていに存在するものの、その戦闘能力は準王級の中でも最上位に位置いちする特級の上位種族。

 戦闘力のみで考えれば、旧アメリカに生息するゲオルギウスの配下である二体のドラゴンにすら匹敵するだろう実力者だ。恐らく、単独で島国を焦土しょうどに変える程度の力はあるだろう。

 それほどまでに、圧倒的あっとうてきな力を有するのが準王級だ。

 しかし、尻込みしているひまなどありはしない。私は、覚悟かくごを決める。

「……どこに行くんだ?」

 急に席を立った私に、ツルギ君は静かに言った。恐らく、私の意図いとを既に察しているんだろう。

「花園へ……金獅子に頼んで一輪ほどめぐんでもらいに」

無謀むぼうだって、分かっているだろう?」

「うん、でも私は今クロノ君をたすけないときっと後悔こうかいするから。それは絶対に我慢出来る後悔じゃないから」

「……それは、」

「?」

「いや、良い。もう勝手かってにしろ」

「……うん」

 そのまま、私は部屋を出ていった。


 ・・・ ・・・ ・・・


 ユキが医務室を出て言った後、マキナが俺に聞いてくる。

「良かったのですか?マスター。彼女をい詰めなくて。彼女はあの星のアバターですよね?」

「……良くはないだろうな。ああ、きっと良くはない筈だ。だが、」

「だが?」

「今でも俺はきっとまよっているんだろう。あいつは、白川ユキは何時も俺達の為にと頑張っていた。努力どりょくしていた。今回だって、自分よりもクロノの事を優先して頑張っていた筈だ。それを見たら、どうにも決意がらいだ」

「……そうですか、やさしいのですねマスター」

「優しいのかな?やっぱり分からねえや」

 分からない。そう、俺には分からないのだ。俺は一体、どうすれば良いのだろう?

 どう判断するのが正解せいかいだったのだろうか?

 とても判断はんだんがつかなかった。つきそうにもなかった。


 ・・・ ・・・ ・・・


 集落の門前に行くと、其処には既に二人の先客が居た。何時も門番をつとめている人ではない。その二人は、私のよく知る人物。

 エリカとアキト君の二人だ。

「ずいぶんとおそかったね?さあ、行こうか」

「えっと、何処どこへ?」

 エリカの言葉に、私は思わず聞く。そんな事、分かり切っているだろうに。

 私のいに、アキト君はにやりと意地いじの悪い笑みを浮かべて言った。

「ユキさんこそ何を言っているんだ?そんなの、金獅子の花園に決まっているじゃないか。クロノの奴をたすける為に行くんだろう?」

「っ、正気しょうき?エリカとアキト君を巻き込む訳にはいかないよ!さっさともどって!」

 そんな私の言葉に、エリカとアキト君は共に呆れたように肩をすくめた。

「それこそ、今更の話だな。今から無茶むちゃをしに行く奴の言葉とは思えないぞ」

「ぐっ……いや、それでも」

「それに、私達はき込んで欲しいんだよ。我が儘なら、私達もどうか一枚かませて欲しいな」

「……エリカ」

「姉さんの言う通りだ。ユキはいつも一人で頑張りすぎなんだよ。それはクロノにも言えた事だけど、だからこそ俺達だっていのちを張りたいと思えるんだ」

「……アキト、君」

 泣けてきた。こんなにも、自分の事をおもってくれている人たちが居た事実に。そして同時に悲しくもあった。そんな人たちを自分はだましているという事実に。

 私は星のアバター。人類文明をほろぼした、文明崩壊の実行犯。その罪は決してゆるされるものではないし、許されるべきではない。だからこそ、私は永遠の時をかけて償い続ける覚悟かくごを決めたのだし。

 ……やはり、二人には悪いけれど。

「けど、やっぱり―――」

「ああ、やっぱり二人は帰ってというのはしだぜ?それでも俺達は勝手に付いていくからな?勝手についていって、勝手に手伝てつだうからな?」

「あぅっ」

「私達はさっきも言った通り、巻き込んで欲しいの。それは私達の我が儘だよ?私達は私達の自己満足をかなえたいだけ」

「そ、それでも……」

「ほらほら、さっさと行かないとヤスミチさんに気付きづかれるぜ?あいつ、頭が固いから花園に行くってなると絶対にめるだろうし」

「…………分かっ」

「……ほう?止めると分かっているのに行こうとするのか?」

 皆揃ってびくりとふるえた。気付けば、其処にヤスミチさんがとても良い笑顔で立っていた。どうやら、既に気付かれていたらしい。

「さあ、ユキ行くぞ!さっさと行かないとクロノがたない‼」

「さあ、ユキ行くよ!クロノ君の為にも‼」

「え、ええっ⁉何その説明口調せつめいくちょう‼」

「「レッツラゴー‼」」

 そう言って、エリカとアキト君は私をっ張って走っていった。いや、違う。アキト君の異能で私達の身体を浮遊ふゆうさせたと思った瞬間、エリカの異能でテレポートしたのだろう。

 気付けば、私達は金獅子の花園へと来ていた。目の前には、金獅子の姿が。

 私達に気付いた金獅子は、うなり声を上げて威嚇いかくする。

「貴様等、しょこりもなく我が領土りょうどへ来たのか?」

 唸り声を上げる金獅子に、私は頭を下げてあやまる。

「まずはごめんなさい。私は此処に花を一輪恵んでもらいに来ただけなの」

「ならん、例え女王じょおうの……星のアバターからのたのみとあっても我が領土に踏み入る事は断じてならん」

「っ」

 星のアバター。その言葉に、私は僅かにひるむ。背後に居るエリカとアキト君にも、当然それは聞かれただろう。しかし、二人はそれでも気にした様子ようすはない。

 どうして?そう思う私に対し、エリカとアキト君は言った。

「ユキ、今はそんな事気にしているひまはないでしょう?」

「そうだ、クロノをたすけたいんだろう?だったら、今はそんな事を気にしている暇は無い筈だ」

「う、うん……」

「そうか、どうあっても退く気はないのだな?ならば、私も本気ほんきで行くぞ‼」

 瞬間、金獅子の咆哮ほうこうと共に、私達はき飛ばされた。

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