34,白川ユキの献身

「…………えっと、あついから気を付けて食べてね?あ~ん」

「んぐっ……いや、一人でべられるから別にいんだけど」

「そんな、まだ体調が戻ってないんだから無茶むちゃしないでよ。それとも、私じゃいや?」

「…………いただきます」

 現在、俺はユキにおかゆを食べさせてもらっている。何でも、しばらくの間俺の世話をユキが見ると言って自ら名乗なのり出たらしい。いや、ユキが責任せきにんを感じるのは何か違う気がするし。そもそもこのとしで食べさせてもらうのは中々に恥ずかしい。

 けど、俺が苦言くげんを呈するとユキが途端にきそうになるのだ。どうも、俺はこの表情に弱い。ユキに泣かれるのは流石さすがに嫌だ。

「はい、あ~ん……」

「あ、あ~ん…………」

 ああ、これはあれだ。俗に言うくっころという奴だ。ずかしさだけで死ねる。

 どうしてこうなった?いやまあ、俺が無茶したのがわるいんだけど。流石にこれは予想外というかなんというか。

 ……ぐぬぬっ。

 と、其処そこでこそこそひそひそとこえが聞こえた。どうやらユキも聞こえたらしく、二人揃って入口ドアの方を見る。其処には、エリカとアキトの二人がにやにやと笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

「おやおや、ずいぶんとまあなかのよろしい事で」

「まあまあ、ずいぶんと微笑ほほえましい光景で」

 くすくすと笑う声に、俺とユキは同時に顔を真っ赤にめた。くっ、そう言えばこの二人が居たんだった。二人は意地いじの悪い笑みで俺達をこそこそと見ながらひそひそ話をしている。恥ずかしい、死ねる……

 だが、そんな状況下で何をおもったのか?ユキがおかゆのったスプーンを俺へと差し出してくる。

「は、はい……あ~ん」

「ま、マジか……」

 ユキの顔は真っ赤だ。どうやらユキもかなり恥ずかしいらしい。いや、恥ずかしいならめれば良いのに。そう思うが、どうもユキとしては今更止める事も出来ないらしい。おかゆをスプーンですくい、差し出してくる。

 もう、どないせえっちゅうねん?

 くっ、恥ずかしい。恥ずかしいけど此処は我慢がまんして食べるしかないのか。俺はただ無心でスプーンのおかゆを口にれる。

 そんな俺達を、ドアの向こうで悪戯いたずらめいた笑みを浮かべる二人が見ていた。

「姉さん、聞いたか?あ~んだってさ」

「聞いたよアキト君、あ~んだって」

 ……くっ。

「あ、おかゆがからになったね。じゃあ、次は身体をこうか」

「…………え?」

 え?マジで?

 いや、ちょっと待とうか。身体を拭くってつまり服をがせるって事だよな?なんで既におけとタオルを準備してあるの?なんでボタンに手を伸ばす?いや、ちょっと待とうか?少しち着こう。待て待て……

 いや、其処の二人組も。何を興味深きょうみぶかそうな顔をして身を乗り出している?そこで見ているならたすけろよ!

「ちょ、とう!一度落ち着こう!少しはなし合えば分かるから、話せば分かる!」

 結果、俺は上半身裸でユキに身体を拭かれた。下半身は、何とか死守ししゅする。

 少しだけ、ユキの剣幕けんまくが恐ろしかった。

「……じゃあ、後はゆっくりててね?くれぐれも、無茶むちゃはしないでよ?」

「あ、ああ。分かっている。分かってるからもう一人にしてくれ。これでもずかしいんだよ、俺だって」

「……それは、私だってそうだよ。けど、こうなったのは私の責任せきにんだから」

「それは、ちがう。俺が今、こうなったのは俺自身が無茶むちゃをしたからだ。自分の身体に責任を持てないほどに俺はなさけない奴じゃないぞ?」

「…………けど、やっぱりこれは私の責任。私なんかの為に、クロノ君がを提供したからこんな事になったんだ」

「…………ユキ、一つだけ言わせてしい」

「……?」

「ユキが自分の事にどれほど罪悪感をいだこうと、自分自身をどれほどめ立てようと私なんかとか言うのだけはめてくれ。俺は、そんな事の為にユキを助けたんじゃないからな?」

「……………………ごめんなさい」

 そう言って、ユキはそのまま部屋へやを出ていった。

「……………………」

 ……やっぱり、ユキは今回の件でかなり重く責任を感じているようだ。そこまで責任を感じる必要はないと言っても、この通りだった。

 部屋を出ていく前のユキの表情。さみしそうな、悲しそうな表情。そんな表情を、俺はユキにさせてしまった。それが、つらい。

 やっぱり、俺はユキの事がきなんだな。心から、そう思う。

「……で?何時いつまでそこで見ているつもりだ?」

「いやいや、ずいぶんとまあユキとの距離をちぢめちゃってねえ?クロノ君」

「いやはや、ずいぶんとまあユキと仲の良い事だな?クロノ」

 そう言って、からかい気味に俺へ話しかけてくるエリカとアキト。その手には、それぞれ切り分けたリンゴとミカンの入ったかごが抱えられていた。

 どうやら、お見舞みまいに来たらしい。

 いや、お見舞いに来てくれたのは素直すなおに嬉しいんだけどさ?

「お見舞いに来たなら、素直に入ってくれば良いのに。どうしてそんなこそこそと」

「いやいや、そんな無粋ぶすいな真似をして馬にられたくないし?」

「そうよ、それにクロノ君だってユキに看病かんびょうしてもらって嬉しいでしょ?」

「それは、まあそうだけど……」

「「おおっ、ついに本人がみとめた‼」」

 うん、まあずいぶんとにぎやかだな。相変あいかわらず。

 言った俺自身、こんな事を言って恥ずかしいとは思う。けど、下手にかくして詮索され続けるよりまだマシだろう。そう思う事にする。

「別に、俺自身気付いたのはごく最近だぞ?気持ちに気付いた矢先にたおれたけど」

「そりゃまたずいぶんと不幸ふこうな事で」

 俺の言葉に、アキトが苦笑くしょうを浮かべる。まあ、そりゃこんな状況でいきなり死にかけたなんて言ったら不幸なのだろう。

 けど、そうなった原因げんいんはやっぱり俺自身の不養生ふようじょうだし?

「俺自身が悪いのさ。やっぱり、俺が無茶をしたのがいけなかった」

「それが分かっているなら、今度こんどから無茶をしないでね。クロノ君が無茶をしたら、誰よりもユキがかなしむんだからね?」

「うぐっ、それだけは絶対に嫌だ」

 エリカの言葉に、俺は深く反省はんせいする。それはそうだ、もうユキを泣かせるのは絶対にごめんだ。

 分かっているよ。もう、無茶はしない。

「じゃあな、ユキと結婚けっこんするなら真っ先に俺達をべよな!」

「じゃあね、ユキとの子供こどもが生まれたら真っ先に私達をんでよね!」

「いや、話が飛躍ひやくしすぎているだろっ‼」

「「はははっ、ではさらばだー‼」」

 そう言って、二人は揃って部屋を出ていった。それにしても、あいつらは普通に受け入れてくれるんだな?俺の、ユキに対するおもいとか。

 いや、流石に結婚や子供とかは飛躍しすぎているけどさ?

 ……しかし、無茶をしないって約束やくそくしたけど果たして俺にそれが実行出来るのか?

 いや、ユキを悲しませたくないというのは本心ほんしんだ。ユキの泣いた顔を見たくないというのも本心だ。其処は間違まちがいない。

 けど、同時にユキのに何かがあった場合、俺は間違いなく無茶をしてしまうだろうとも理解りかいしている。ユキに何か危険があった場合、俺はきっと自分自身をおさえる事が出来ない事を知っている。

「だけど、そんな事は言い訳にすらならないよな」

 そう、そんな事は言い訳にすらならない。言い訳などして良い筈がない。駄目だめだ。

 こまった。本当に困った。一体俺はどうすれば良いのか?

 俺はなやみ続けて、やがて静かにねむりに入った。


 ・・・ ・・・ ・・・


 この時、クロノはもしユキの身に何かがあった場合自分自身をおさえられないだろうと予測よそくしていた。クロノ自身、そんな確信を持っていた。

 だが、その確信が単なる事実としてすぐに実証じっしょうされる事になる。

 白川ユキは、遠藤クロノに助けてもらったおんを返したいと思っている。そして、その恩を返す為にどうするのか?果たして、恩を返す方法ほうほうとしてどんな手段を使うというのか?

 それが、単純に看病かんびょうをするだけならどれほど良かっただろうか。白川ユキの献身けんしんがどれほどのものだったか。それを、クロノははかり違えた。

 そう、計り違えたのだ。

 その事実が、もうすぐとんでもない事件じけんを呼ぶ事になる。

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