37、告白

「くん……ロノ君…………きてよ、クロノ君っ‼」

 涙混じりの声が聞こえた。薄く目を開くと、其処にはなみだを流し必死に呼びかけるユキの姿があった。傍には、心配しんぱいそうに黙って見詰めるエリカとアキトの姿も。

 ああ、そうか。俺は金獅子の攻撃により吹き飛んだユキを大岩からかばって……

「……って、そういえば金獅子……っぐぅ⁉」

「っ⁉だ、駄目だめだよ!クロノ君は今、病人なんだよ?きちんとてなきゃ」

「そんな事より……お前の…………っ」

 何とか痛む身体をおさえながら、声を絞る俺にユキは泣きながらすがり付いた。

「おねがいだから、今はじっとしてて‼お願い……だか、ら……っ」

「……………………」

「クロノ君が居なくなったら、私はどうすれば良いの?私はいやだよ。クロノ君が居ない世界せかいで、私は……私、は…………」

「ごめん」

「…………目をましたか?」

 其処に、金色の輝く毛並みをした獅子ししが現れた。恐らく、彼が金獅子だろう。金獅子の口元には、あおい花弁の花が三本くらいくわえられていた。驚いた表情のユキに、その花を押し付けるように渡す。

 その花が一体何なのか?そう思っていると、金獅子が話し出す。

「……お前が、この娘の助けたかった小僧こぞうか」

「…………ああ、たぶんな」

「なら、その命はせいぜい大事だいじにしろ。その花を持ってさっさと帰れ。二度とこの花園にるな」

「……良いのか?この花園はお前にとって大事な場所ばしょなんだろう」

 そうでもなければ、此処まで苛烈かれつにこの土地から他者をい払おうとはしないだろうし、そもそもこの土地に何時までも執着しゅうちゃくする事はないだろう。

 野生やせいの獣なら、なわばりに執着しゅうちゃくする事もありえるかもしれない。けど、こいつの場合はどこかそれとは違う雰囲気ふんいきを感じた。恐らく、こいつはこの土地に何かしらの強い想いを抱いているのだろう。

 そんな奴が、その土地に咲く花を他者にゆずり渡した。並大抵の事ではない筈だ。

 俺の問いに、金獅子はそれは違うと首を横に振った。

「……別に、少し思い出しただけだ。この土地を大事にする理由わけを」

「大事にする、理由?」

「さあ、さっさとお前達は帰れ。でなければ貴様等を今度こそき払う」

「…………すまない」

 俺達は、そのままエリカのテレポートで集落に帰還きかんした。そして、帰った後ヤスミチさんにこってりと四人揃っておこられる事になる。


 ・・・ ・・・ ・・・


「まったく、実にやかましいものだ……しかし」

 しかし、そうだ。あの少年こぞうを見て、私は思い出したのだ。自分の事よりも、怪物種の女王じょおうである筈のアバターの身をあんじるその少年の在り方。それを見て、かつて私と共に野山を駆けまわった少年ともを。

 姿形すがたは似ても似つかない。しかし、自分の事より他者だれかの事を思いやる精神。そして何より他の誰かが泣いているなら、その涙をぬぐう為に必死になる姿がそっくりだ。

 クロノというあの少年。そして、私の無二の友だった少年。

 この土地は、私が友と駆けまわった思い出の場所なのだ。

 その友は、最後は寿命じゅみょうで果てた。命が軽いこの世界においては快挙とも言える事なのだろう。しかし、私はきっとかなしんでいたのだろうと思う。悲しんでいたからこそ、友との思い出の地であるこの花園をまもろうとしたのだ。

 その事実を思い出したからこそ、私は青い花を三つめぐんだのだから。

「……ふんっ」

 そう考えた瞬間、自分自身に腹が立ちふてする事にした。

 今日は見れるだろうか?友と駆けたあの日の思い出を……


 ・・・ ・・・ ・・・


 結局、俺の病状は更に悪化あっかした。とはいえ、俺達が金獅子からもらってきた青い花のお陰で病気は一先ずち着き、現在は小康状態になっているとの事。

 このまま上手くいけば、数か月で退院たいいんできるらしい。

 まあ、でもあの一件でユキは更に俺の看病かんびょうに付きっ切りになるようになった。四六時中ずっと俺の傍からはなれない。

 けど、まあユキをかせた俺が悪いのだから俺自身は何も言えないのだけれど。

 ごめん、悪かったからそんな目でにらまないでくれ。

「ねえ、どうしてあんな真似まねをしたの?クロノ君は病人びょうにんなんだよ?きちんと寝てなきゃ駄目だめじゃない……」

「ごめん、その件は本当に悪かった。けど、やっぱり俺はどうしても無理むりなんだ。誰かが困っていたり泣いていたりするのをほうっておけないんだよ」

「……………………」

「それに、何よりも俺はユキの事が大好だいすきだから。ユキの事を愛してるから。だからユキが危険な場所に行くのに黙ってている事が出来なかった」

「っ⁉」

 ユキの目が見開みひらかれて、顔が真っ赤にまる。

「ごめん、こんな状況で言うのは卑怯ひきょうだよな。わすれてくれ……」

「……だって」

「うん?」

「私、だって……クロノ君の事が好き。大好き、だよ…………っ」

 気付けば、ユキは泣いていた。涙混じり、嗚咽混じりに泣きじゃくっていた。俺は少し驚いて硬直こうちょくしたけど、やがてそっと息を吐きユキの頭を撫でた。

 瞬間、ユキが俺の胸元に顔を押し付け声を上げて泣きじゃくる。滂沱ぼうだと涙を流し、声を張り上げて泣いていた。

「……ごめん、ありがとう。ユキの事がずっと大好きだった」

「……うん、私もクロノ君の事が大好きだよ。ずっとずっと、初めて会った頃から大好きだった」

 そして、そのまま俺とユキはお互いに見詰め合って。やがてその距離きょりは近くなってゆき。互いにいきが掛かる距離になった頃。

「……おい、お前等見えねえぞ」

「しっ、ヤスミチさん少し黙って。ユキとクロノ君の大事な場面ばめんなんだよ?」

「あ、やべ……もしかして気付きづかれたか?気付かれてないよな?」

「「……………………」」

 一瞬の内に、雰囲気はくずれ去った。俺とユキは互いにそっと離れ、顔を背ける。ユキの気持ちも理解出来る。うん、これはいたたまれない。

 きっと、あながあったら入りたいというのはこの事を言うのだろう。

 ……恥ずかしさで顔からが出そうだ。

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