28,葛藤と憎悪の果て

「…………う、ん」

 目をますと、其処は集落で唯一ゆいいつの医療施設。そのベッドの上だった。ああ、そうだ思い出した。私は、オロチの攻撃からクロノ君をかばって重傷を負ったんだ。そしてその重傷から救う為に、クロノ君は……

 其処まで思い出して、私は思わず苦笑をらした。何やっているんだろう?助けた筈の人に逆に助けられて。馬鹿ばかみたいだ。

 恐らく、もう時間は夕方ゆうがたなのだろう。窓から差し込む光があかみを帯びている。

「……って、あれ?クロノ君?」

 今、気付きづいた。隣のベッドでていた筈のクロノ君が居ない。

 もしかして、無理むりをして外へ出ているのだろうか?だとしたら、怒って無理矢理にでもベッドに寝かせなければ。そう思っていたのだけど、どうやら状況はもっと重大らしい。

 首をかしげながら、ツルギ君が部屋に入ってきた。

「あれ?っかしいな……お、目をましたか」

「どうしたの?ツルギ君」

 少し、いやな予感がした。ツルギ君に、何があったのか聞いてみる。

 すると、ツルギ君は一瞬何かを考えた後で私にとんでもない話をした。

「……いや、さっきからクロノのやつを見かけないんだよ。集落の中は粗方探したんだがな?どうも集落の中に居ないらしくて」

「っ‼」

 身体がいたむのを無理矢理我慢し、私はベッドから下りた。そして、そのまま部屋を出ようと扉に手を。掛けた所で私の腕がつかまれた。

 ツルギ君だ。

「……どこに行く気だよ?」

「クロノ君をさがしに」

「そんな身体でか?無茶むちゃをするな。今度こんどこそ死ぬぞ?」

「……っ、そんな事‼」

 言いかけた私の腕を、ツルギ君は強くにぎる。私の身体に、強いいたみが走った。

「いいからち着け。今は落ち着いて、お前はクロノを待っているんだ。でなきゃ今度こそ死ぬぞ?お前、クロノに助けられた命を無駄むだにする気か?」

「………………………………」

 私は、思わず顔をうつむかせる。かなしくなってきた。何故、こうも私は……

 そう思う私を他所よそに、ツルギ君はドアノブを握り締めた私の手を解いた。

「……助けられた命、無駄にするな。あいつの気持ちを今は素直すなおに受け止めろ」

 そう言って、ツルギ君は部屋の外へと出ていった。私は、部屋の中でくやしさに涙を流すしかなかった。


 ・・・ ・・・ ・・・


 我らにとって、彼女アバターは希望だった。全ての怪物のはは、星のアバター。

 彼女こそ、我らを統べる女王じょおう。文字通りこの星の化身アバターとも呼ぶべき異能を宿した存在だ。しかし、彼女は人類じんるいの味方として我らの敵に回った。我らより、人類を選んだのだ。

 何故なぜだ‼我らは当然憤った。それと同時に、絶望した。分からない、理解出来ないと我らは困惑すらした。何故、母は人類を選んだのかいまだに理解出来ない。恐らく、母には母の絶望や葛藤かっとうがあったのだろう。

 しかし、それでも我らは思う。それでも私は思う。これ以上、人類どもの味方をして母が苦しむ姿など見たくはないと。そんな姿、私は見たくない。見ては居られないのだ。

 何故、其処までして母は苦しみしかないみちを選ぶのか?心底理解出来ない。

 人類は所詮、母をゆるしはしないというのに。母を深く憎悪ぞうおするのみだというのに。

 そう、所詮人類は母を許しはしない。母の味方でいられるのは、我らしかいないのだから。

 そして、同時に我らには母しか居ないとも理解りかいしている。我らにとって、母の存在は希望そのものなのだと真に理解しているのだ。故に、我らは母を連れ戻さねばならないのだ。

 そして、我らは母をいたずらに苦しめる人類やつらを許しはしない。断じて許しなどするものかよ。

 必ず―――そう、かならずや我らは母を連れ戻す。そして、母を苦しめ続けた人類を滅ぼし尽くす。それこそが我ら怪物の王と呼ばれた者の総意そういなのだから。

 しかし、母はそれを許しはしないだろう。どうあってもみとめないだろう。何故なら我らのしている事は、所詮我らの独断どくだんでしかないからだ。しかし、それでも……

 我らは断じて許しはしない。断じて、人類やつらを認めはしない。

 あの時、我らの希望をうばい去った奴等を。滅ぼし尽くすまで、我らは止まらない。

 それが、あの日我らが―――私が魂の深淵おくそこに誓った覚悟のすべてなのだから。

 我らが、私がさばくのだ。人類を、愚昧ぐまいな種を。


 ・・・ ・・・ ・・・


「……ゆめ、か」

 どうやら、私は夢を見ていたらしい。ずいぶんとたかぶっていたようだ。まさか夢の中でもあんなモノを見る羽目はめになるとはな。思いもよらなかった。

 まあ良い。どの道、奴等はこのまま皆殺しにするのだから。例え、夢の中でも戦意を失わないのはむしろ行幸ぎょうこうとすら言えるだろう。そう思い、身体を起こす。

 そう、奴等は等しく皆殺しだ。きっと、母もそれで目をましてくれる筈。

 それに、他でもない母を苦しめるだけの人類など不要ふようだ。だから、全て等しく殺すのだ。

 ……母はきっとかなしむだろう。しかし、それもすぐに消えてなくなる。きっと、母もすぐに目を覚まし我らのもとへと帰ってくれる筈だ。故に、我らはその時母を迎え入れるのだ。真の意味で、我らは母を迎え入れるのだ。我らの主として、母として。

 だから―――

「……よう、やはりまだ此処ここに居たか」

「っ⁉」

 突然、洞窟内に声がひびく。その声には聞き覚えがあった。そう、他でもない母が庇ったあの遠藤えんどうを名乗る人間の少年が其処に居た。あの忌々しい少年が、其処に立っていた。

 何故、此処に?今更何をしに来たのだ?疑問が思考をめ尽くす。

 しかし、少年は私の方を見て笑みを浮かべるのみ。いっそおだやかと言って良いだろう笑み。そんな表情を浮かべながら、少年は私を見ている。

 いや、ちがう。少年は穏やかな笑みを浮かべているように見える。しかし、その実額に玉のようなあせを流し表情は微妙に引きっている。どうやらやせ我慢らしい。

 顔色も、僅かに青白い。大量の血でも消費しょうひしたのか?

 だが、そのやせ我慢の笑顔を見ただけで私の思考を純粋ないかりが満たしてゆく。また私を滅ぼしに来たのか?

 それとも、自棄やけでも起こしたのか?

 今はどうでも良い。来たならば殺すのみだ。

貴様きさま、一体此処になにをしに来た?わざわざ殺されに来たのか?」

 私は戦意せんいをあらわに少年をにらみ付けた。

 だが、少年は静かに首を横に振る。どうやら無策むさくで此処に来た訳ではないらしい。

 なら、

「私をちに此処まで来たのか?怪物のおうたる、この私を……」

「違う。俺はお前とはなしをしに来たんだ」

「……何だって?」

 意味いみが理解出来ない。何を言っているのか、呑み込む事が出来ない。こいつは一体何を言っているんだと私の思考が混乱こんらんをきたす。思考が付いていけない。

 思えば、周囲に人間ひとの気配は無い。恐らく、少年はたった一人でこの場所まで来たのだろう。単独でこのオロチの前まで、たった一人きりで。何故なぜ

 分からない。分からないが、少年の表情に気負きおいなど一切無い。

 相変わらず穏やかな……しかしどこか覚悟かくごを決めたような表情で少年は告げる。

「俺はお前と話しがしたい。別に、俺はお前自身ににくしみがある訳じゃない。ユキを傷付けられた事にはもちろんいかりを覚えているけど、それ以外は特に憎しみを抱いてはいないんだ」

「……………………」

 理解不能。意味不明。思考しこうが混乱する。

 こいつは一体何を言っているんだ?何が言いたいんだ?理解出来ない。意味が分からない。人類と我らは不倶戴天ふぐたいてんの敵だ。そもそも、前提ぜんていとして我らと人類は相容れないという共通認識がある筈だ。

 その筈なのに。その少年にはそれがいのか?その少年は、我らに一切憎しみを抱いていないというのか?それが、分からない。

 そんな私の困惑を理解したのか、少年は苦笑気味に言った。自身の目的を。

「俺はただりたいだけだ。この世界をすくう為に、全てを救う為に。どうして世界は滅びなければいけなかったのか?そして、ユキがどうして苦しんでいるのか?その二つに、何の因果関係いんがかんけいがある?そもそも、お前達とユキは一体どういう関係なんだ?お前達はどうして其処までして人類をほろぼそうとするんだ?全て、教えて欲しい」

 少年の言った、その問いに私は思わず目を見開みひらいた。驚愕した。

 その問いが意味いみする事は、一つのみだから。

 こいつ、勘付かんづいている?

「……貴様、何処どこまで知っている?何処まで勘付いているのだ?」

「ユキは自分の事を重罪人だと言っていた。償いきれないつみがあると、そう言っていたよ。それにお前はユキの事を母とんでいただろう?他にも考察要素はいろいろとあるが、大体これらに因果関係があるなら考えられる事は自ずと絞られてくる。少し考えれば分かる事だ」

「……………………」

 舌打したうちをしたくなった。他でもない、己自身の失態しったいにだ。

 しかし、同時にこうも思う。其処まで勘付いていながら、それでも真実しんじつを知ろうとするこの少年ならばあるいは母をすくえるのではあるまいか?母を受け入れてくれるのではないか?と。

 思わず、そう期待きたいしてしまいそうになった。期待しそうになって、それを無理矢理振り払う。

 そんな事はない。それこそ、幻想げんそうでしかないだろう。何より、母は人類の味方についたからこそ苦しんでいるのではあるまいか?ほかでもない、あの糞のような人物のせいで苦しんでいるというのに。

 私の脳裏に、一人の男の姿がよぎる。全ての元凶。母に全ての罪悪つみを押し付けた、真の罪人。

 あの悪魔のようなおろか者のせいで。

 ……………………

 ……思わず加熱かねつしそうになった頭を冷やす為、僅かに溜息ためいきを吐く。心を、ゆっくりと落ち着ける。

 気分をしずめ、私は少年を真っ直ぐ見た。少年も、私を真っ直ぐ見ている。

 理解りかいする。どうやら、少年は本気で私と対話たいわする気らしい。怪物の王とすら呼ばれたこの私と。本気で話し合うつもりで此処に一人で来たようだ。それに、初めて私は少年に敬意をしめした。

「良いだろう、お前にはすべてを話してやる。しかし、心せよ。母の、我らの過去は断じて貴様等が呑み込める程にやすくはないぞ?」

「分かっているさ。全て、覚悟かくごの上だ」

 そう言って、少年は表情を引きめた。真っ直ぐに私を見てくる。

 ———ああ、なるほど。

 私は思わず納得なっとくした。だからこそ、母はこの少年をかばってまで助けたのかと。

 納得して、私は話し始めた。全ての真実を。悪夢あくむのような、狂気の物語を。

 黒くり潰された。醜悪極まりない歴史の真実しんじつを。

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