29,黒き過去と色あせない希望

 全ての始まりは、水槽すいそうの中だった。後のおうと呼ばれた我らは皆、等しく水槽の中で生まれた。水槽の中、その培養液ばいようえきこそが我らのはじまりだった。

 我らはみな、人工因子たる架空塩基を一度母たるアバターの体内で培養し、投与された水槽の中のモルモットだ。そして、それ故に我らはアバターの因子いんしを受け継ぐ子供とも呼べる。

 何故、我らは生み出されたのか?そもそも、誰が何のために我らを生み出したのかだと?

 それは明白めいはくだ。簡単に言えば、世界を滅ぼす為の駒。人類の生み出したごうとして、人類を滅ぼす為の駒としてだ。我らは皆、等しく架空塩基という人類の生み出した結晶を批判する為の駒として生み出されたのだ。

 我らは等しく業である。人類が生み出し、人類をほろぼす業であると。奴は言っていたよ。

 奴、影倉かげくらヨゾラは……

 何故なぜだと?何故、そんなまわりくどい事をするのかだと?それも明白、奴がそういう人間だからだよ。

 即ち、奴の考えをそのままべるならば世界など滅びるべき時に滅びれば良いという事だ。

 奴は、架空塩基などというモノを使ってまで人類ヒトが生き延びる世界を。ましてや滅びるべき時に滅びずに人類が生き延びる事を良しとしなかった。生き汚いとすらののしっていたものだ。

 奴にとってこの世界は、この世界に存在する全ては平等に無価値むかちだった。人類が架空塩基の力を頼ってまで存続する未来みらいを良しとしなかった。どころか不自然に感じてすらいただろう。

 何故、人類は滅びないのか?何故、世界は滅びる時に滅びないのか?

 何故、こうも人類は生き汚い?全て滅びれば良い。こんな世界せかいなど、全て等しく価値が無いというのに!

 奴は、そう常々言っていたさ。

 ……分からないだと?何故、そのような考えにいたったのかだと?そんな事、文字通りそういう男だからというより他にあるまい。それ以外にこたえなどない。全く存在しないのだ。

 そういう男なのだ、奴は。影倉ヨゾラという男は。

 生まれた時から奴は破綻者はたんしゃだったという。

 世界の全てが不自然ふしぜんだったと。そう奴は常々漏らしていた。世界の全てに価値を感じなかったのだと。全ては無価値で不出来な虚構きょこうでしかないのだと。

 そう、意味いみなど無いのだ。奴にとっては。

 それ故、そんな世界などほろびるべき時に滅びるべきだと言っていた。滅べてしかるべきだと。滅びなければならんのだと……

 分からないか?お前からすれば、理由なき破綻はたんなど容認出来ないと?けど、奴はそういう人物なのだとしか言いようがないのだ。事実、奴には破綻した理由が存在しないのだから。奴は、始まりから既にヒトという種を逸脱いつだつしていた。神父の子として生まれた奴は、その始まりから致命的な破綻を抱え、実の親からすら悪魔あくまと呼ばれ罵られていたらしい。

 そもそも、悪魔と呼ばれた事に納得なっとくし喜んでいたのだからすくいがないのだ。

 奴は、その始まりから既に破綻していた。こわれていたとすら言えるだろう。

 だからなのか?奴は平然へいぜんと言っていたよ。この世の全てに価値など無いと。この世に価値があるなら、俺のような悪魔バケモノが生まれる事は無かっただろうと。歪んだ笑みを浮かべてそう言っていた。

 私こそ知りたいものだ。もし、かみなどと呼ぶべき存在が居るのなら。何故このような悪魔を生み出したりしたのかと。そう詰問したい所だ。詰問して、批判したい。

 やつは生まれるべきではなかった。奴が生まれなければ、そもそも母は無用な罪を背負わずにいたのだろうと思う。いや、そもそも生まれる事もなかったのか?

 少なくとも、今のように深い絶望ぜつぼうの中で無限に苦しみ続ける事は無かっただろう。

 何故、奴のような外道げどうが生まれたのか?何故、我らは奴によって生み出された?

 何故、母は奴のむすめとして生まれたのか?何故、母のおやが奴だったのか?

 せめて、母の親が奴でなければ恐らくは母もこんな苦しみを負わずに済んだのだろうに。何故?

 そんな事、我らがりたい。我らは、ただ母のみの子として生まれたかった。純粋に、あの優しいみを見ていたいとそうねがっていたのだ。祈っていたのだ。

 なのに……

 それなのに、だ……

 それを、奴は全てうばい去ったのだ。せめて、母が奴の娘でなかったなら。母の親がもっとまともな人間であれたならば。そもそもこんな絶望の中に居なかっただろう。

 何故だ‼何故、世界はこうも無情むじょうなのだ‼我らは、母は、何故怪物なのだ‼

 分からない。何も分かりはしない。分かりたくもないよ……

 ……しかし、そんな我らにも当然希望はある。そんな我らにも、心のり所と呼べるものはあった。

 それこそが、母の存在だ。星のアバター。今は白川ユキと名乗なのっている。彼女の存在こそ、我らの不変にして不滅ふめつの希望なのだ。何時までも色あせる事のない。輝く希望なのだから。

 彼女ははが居てくれたからこそ、我らは希望を持てた。母の存在があったからこそ、我らは何時までも勇気ゆうきを持つ事が出来たのだろう。母の存在こそが、我らにとって救いなのだ。希望なのだ。

 なのに、人類はそんな母に絶望をえ付けた。人類が居たからこそ……

 母は自ら、絶望の道をえらんだのだ。全ては、あの日に始まっていたのだ。

 あの日、人類文明が一掃された大災厄だいさいやくの日に。

 全てが終わり、そしてはじまったあの日。人類が大災厄と呼んだあの日の事。母は奴が望んだ通りに人類文明を一掃いっそうした。あの日、世界は文字通り滅びる筈だったのだ。

 人類はあの日、残らず滅びる筈だった。しかし、そうはならなかった。何故か?

 きっと、母の中に彼等の存在が。あの時、母の前に現れた夫婦ふうふの存在があったからだろう。二人の人間が、遠藤えんどうと名乗る一組の夫婦が母の前に現れてから。母の運命は狂い出したのだ。

 遠藤と名乗った二人は、世界を滅ぼそうとする母に言った。世界を滅ぼさないでくれと。世界には価値かちがある。それでも、世界は希望きぼうに満ちているのだと。救いは必ずあるのだと。

 そして、母を前に優しく手を差し伸べた。そんな事より、一緒に世界を楽しもうと母に手を差し伸べた。世界を滅ぼそうとしたにもかかわらず、母を相手にして二人は笑いながら手を差しべたのだ。

 何故、彼等は世界を滅ぼそうとした母を前にしてそんな事を言えたのか?それは我らにも全く理解のそとでしかないけれど。それでも、彼等は母に手を差し伸べた。

 少なくとも、彼等は母に手を差し伸べた。笑い掛けた。

 そして、少なくとも母はそんな二人の言葉に耳をかたむけようとした。ほんの僅かにでも興味を持とうとしていたのだ。我らは、そんな状況をはなれた場所から見ているだけだった。

 まだ小さく、弱々よわよわしかった我ら。我らはただ見ているだけだった。

 そんな時だった。状況が一変したのは。全てが台無だいなしになったのは。

 手を差し伸べた二人の人間。彼等は共にたおれた。何故?

 背後から奴が、影倉ヨゾラが発砲はっぽうしたからだ。血をき出し倒れる二人。そんな彼等を前に母は目を見開いて驚いていた。我らも、目をうたがっていたと思う。

 我らの位置いちからは、奴の顔は見えなかった。しかし、奴が壊れたような笑い声を上げているのは理解していただろう。その声だけは、混乱こんらんの中よく響いて聞こえていたから。

 奴は言った。全ては滅びれば良いと。こんな世界など、無価値むかちでしかないと。

 壊れたような笑い声を上げながら、そうさけんでいた。きっと、奴は壊れていたのだろうと思う。

 いや、やはり最初から破綻していたのか。後になって考えてみてもそうとしか思えないのだ。

 そして、奴は既に瀕死ひんしの彼等を踏みにじり母に命令めいれいを下した。さっさと世界を滅ぼせと。こんな世界など、さっさと壊してしまえと。

 しかし、母はそれにしたがわなかった。あるいは、既に母の中で何か答えを得ていたのだろうか。それとも何か思う事でもあったのか。それは、我らには分からない。ついぞ理解出来なかった。

 分からないが、それでもきっと母はあの男を裏切うらぎったのだろう。初めて、奴を明確に裏切ったのだ。

 母は、父と呼んでいた奴を殺してそのまま瀕死の二人に向き合った。

 果たして、母は彼等と何をかたり合ったのか?それは、離れた場所に居た我らには分からない。分からないが、それでも母はその僅かな会話できっと決意したのだろう。

 己の人生を、贖罪しょくざいに費やす覚悟というものを。この時に決めたのだろう。

 それこそが、母の起源きげん。我らの始まりだ。


 ・・・ ・・・ ・・・


 えている。世界が燃えている。

 世界を焼く業火ごうかの中、血だまりに倒れる夫婦と、それを見下ろす少女が居た。

 少女は無機質なで夫婦を見下ろしている。だが、夫婦はそんな中でも笑みを浮かべていた。笑みを浮かべている夫婦を、不思議ふしぎに思ったのか少女は二人に問う。

「何故、笑っているのですか?」

「……ふふっ、別に。ただ、息子むすこの事を想って残念ざんねんに思っていただけよ」

「……息子?」

 どうやら、夫婦には息子が居るらしい。しかし、少女は何故夫婦が息子を想いながら笑うのか。それが疑問ぎもんでならなかった。

 故に、少女はりたいと思った。

「貴方達は、たった一人遺された息子を想いそれでも笑うのですか?」

「……ああ、そうだ。…………あの子は、俺達の唯一の希望きぼう、なんだ」

「希望……」

「……そう、だ。あいつには、俺達の全てを……たくした。大丈夫だと……あいつならきっと、大丈夫……だと俺達はしんじて、いるんだ。だか、ら……っ」

 そう言って、男は口から血をいた。それでも、彼は笑っている。さも楽しそうに笑っている。

 少女には分からない。何故、どうして死にゆく者がこんなにも笑っていられるのか分からない。何故?どうして?

「何故?どうしてそんなに笑っていられるのです?どうしてそんなに満足まんぞくそうに死ねるのか、私にはどうしてもかりません。分からない、分からない、理解不能です」

 まるで、駄々だだっ子のように告げる少女。理解出来ない事に、駄々をこねているような。事実、理解出来ていないのだろう。

 それでも、女性はうれしそうに笑みを浮かべながら言う。

 まるで、とても良い事を思い付いたかのように。

「……そうだ、貴女あなた…………あの子の、事を……ささえて、やってくれないかしら?」

「あの子……?」

「ええ、遠藤えんどう……クロノというのだけど。…………私達、の……息子よ。私達の、息子を……よろしく、おねがい…………ね?」

「それ、は……」

 少女は言葉に詰まる。まるで、少女にのろいを残すように。或いは祝福するかのように少女に言葉を残した。

 そして、事実それは少女をながく縛り続ける呪縛じゅばくとなる。

「貴女の名前、は……これから…………白川しらかわ、ユキ……どうか、私達の子を、よろしくお願……い…………」

 そのまま、女性は息絶いきたえた。今後、少女を縛り続けるであろう呪縛。だが、少女はもう決意けついしていた。

 既に息絶えた女性に、そして既に虫の息である男性に少女は約束やくそくするように言う。

 その、言葉じゅばくを。

「分かりました。私の名前なまえはこれから白川ユキです。私はもう、世界を滅ぼさないとちかいましょう」

「……ああ、ありが……とう…………」

 そう言って、男性は心底満足するかのように息を引き取った。

 一組の夫婦が残した祝福と言う名の呪縛。それを胸にきざみ、少女は……

 星のアバターだった少女、白川ユキは贖罪しょくざいの時を生きる。

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