27,生きる

 必死にはしった。必死に走り続けた。それに比例ひれいして、俺の中の焦りが次第に大きくなってゆく。焦りばかりがつよくなり、冷静さが失われてゆく。

 ユキの呼吸が徐々じょじょに弱くなってゆく。もう、虫の息だ。どうする?俺は一体どうすれば良いんだ?

 そもそも、此処が何処どこなのか分からない。一体何処に向かえば良いのか?そして、あとどれくらい走れば皆のもとへとたどり着くのか?全く分からない。分からないが、それでも走るしかない。

 急がねば、ユキの呼吸がもうほんのかすかに聞こえる程度だ。時間がない、間に合わない。くそっ、どうすれば‼

宿主あるじ、其処を右にがれ!』

「っ⁉」

 反射的に、脳内から聞こえた声にしたがう。すると、しばらく走った先にヤスミチさんとエリカ、アキトの三人が。どうやら向こうも俺達の事を捜していたらしい。俺達に気付くと、慌ててけてきた。

 しかし、安堵するひまもない。ユキの負傷はかなり酷い。もはや一刻の猶予もないだろう。ユキの呼吸は、既に消えかかっている。彼女を助けられなければ、俺はこれから大きな後悔こうかいを抱える事になる。甚大な傷を、心に抱えるだろう。

 そんな後悔を抱えて、俺はきていけない。そんな後悔、俺はとても耐え切る事が出来ない。無理だ。

 そんなものを抱えて、俺は生きる事が出来ない。どんないたみに耐える事になってもそれだけは、それだけは耐え切れない。それだけは駄目だめなんだ。

 理解した。俺は彼女ユキを失いたくないんだ。彼女の事をかけがえの無い、唯一の存在だと認識しているんだ。

「クロノ、お前無事だったか‼」

「話している暇はない!ユキが、ユキが俺をかばって‼」

 ユキの状態を確認し、ヤスミチさん達は血相を変えた。どうやら、状況を理解したらしい。エリカとアキトが歯を食い縛る。二人もくやしいようだ。

「くそっ、おそかったか!こっちだ!」

 ヤスミチさんにれられ、俺達は急いで集落へと帰還きかんした。其処で待っていたツルギとマキナに瀕死ひんしのユキを渡した。後はもう、待っている事しか出来ない。出来ないがそれでも……

 それでも、彼女の事が心配なのか俺はちっとも落ち着けなかった。どうすれば良いのか?彼女の為に、俺は何が出来る?俺に出来る事は無いのか?

 それだけが、俺の思考しこうを埋め尽くす。焦りばかりがつのってゆく。

 焦りが、徐々にいかりへと変わってゆく。イライラしてくる。

 しばらく、俺は建物の前で焦りと怒りをかくす事すら出来ずに右往左往している。

 ああ、分かっているさ。俺に出来る事など、今は無い。でも、それでも……

 それでも、俺はユキを失うのがこわいんだ。どうしようもなく、怖いんだ。

 ……やがて、建物の中からツルギが出てきた。その表情は、かたい。

 俺もかなり焦っているらしい。その表情に、焦りが増大する。

「ユキは?ユキの容態ようだいは?」

駄目だめだ、血がどうしても足りない。輸血ゆけつを受ける必要がある」

「なら―――」

 俺の言葉をさえぎり、ツルギが首を左右に振った。一体どうしたのか?

 ツルギの代弁だいべんをするように、となりに居たヤスミチさんが言った。

「血液型が合わない。彼女の血液型は、rh-のAB型だ。合う血液型がねえよ」

 AB型。それもrh-のAB型はかなり希少きしょうな血液型だという。つまり、数が少ないという事実をしている。

 数のすくない血液型。それの意味する事は、もはや明白だ。つまり、失った血液を供給しづらい。供給する為の血液型が、圧倒的に不足ふそくしているという事。

「それに、かなり大量に血液を失っている。間違いなく致死量ギリギリを輸血する事になるだろう」

 そう告げた二人に、俺は声を荒げるように言った。自分でも驚く程の大声だった。

「っ、なら俺の血液を使ってくれ‼俺も、彼女ユキと同じ血液型だから‼」

「っ、何だって⁉」

「本気か⁉ギリギリまで血をく必要があるんだぞ‼」

 驚愕するヤスミチさんと詰問きつもんするように問うツルギ。しかし、俺の決心は一切変わらない。ツルギを力強く睨み付けるように真っ直ぐと見る。その視線に気圧けおされたようにツルギは後ずさる。

 しくも、俺の血液型もrh-のAB型だ。彼女の身体に合わないとは考えられないだろう。

 やがて、静かに溜息を吐いてツルギは言った。

「……来い、こっちだ」

「……………………」

 黙って一緒に付いてゆく。建物の中に入り、おくの部屋に入る。室内中央にユキの姿があった。どうやら麻酔ますいが効いているらしく、ぐっすりと眠っている。

 しかし、顔色は相変わらず悪い。当然だ、血液がかなり不足しているのだから。だからこそ俺が足りない血液を彼女に提供する必要がある。今度は、俺が彼女を救う番だろう。

 そっと、彼女の頬に手を添える。胸が締め付けられるように痛む。

 彼女ユキに救われた命。此処できっちりと返す。

たのむ、早速輸血をしてくれ」

「ああ、もう一度聞くが良いんだな?」

「構わない」

 そして、俺も隣に用意されたベッドにた。麻酔をかけられ、そのまま強い眠気が襲ってくる。

 視界がぼやけ、やがて考える事すらままならなくなってゆき……

 意識がうすれる中、俺は僅かに思考する。何故なぜ、俺はこうも彼女一人に必死なのか?

 思えば、会って間もない頃。彼女に対し俺はかなり深入ふかいりしようとしていた。彼女の抱える罪や罰を深く知りもせず、俺は彼女をすくう事を決めていなかったか?

 何故どうして

 俺は英雄ヒーローになりたかった。物語の中の英雄にあこがれていた。しかし、本当にそれだけだったのだろうか?本当に、それだけの理由りゆうで彼女に深入りしようとしたのか?

 俺の英雄願望は、それが異能いのうにまで発展する程に強い。俺の英雄願望の強さは、俺自身が誰よりも理解している筈だ。だが、本当にそれだけが理由なのか?

 思えば、俺はもっと前に。一度だけ……って…………

 …………俺の意識は、暗いふちへと沈んでゆく。


 ・・・ ・・・ ・・・


 ゆめを見ていた。夢の中で、俺は一人の少女とたのしそうに話していた。少女の方は、無機質な目をしていたけど。それでも俺は楽しそうだった。

 俺と少女の会話は、どこかちぐはぐだった気がしないでもない。何故なら、当時の俺は幼少の子供らしい少年ようちな憧れを語っていた。

 そんな俺の言葉を、少女はさも世界の真理しんりでも読み解くような雰囲気で聞いていたから。でも、それでも俺はきっとそんな少女との会話かいわが楽しかったのだろう。

 ああ、そうだ。俺はあの時、あの日既に、彼女と。

 ユキと……

 思い出す。俺は、全てを思い出す。彼女との出会いを、彼女との起源きげん、を……


 ・・・ ・・・ ・・・


「…………んっ。此処ここ、は?」

 目をますと、私は一面が真っ白な部屋へやに居た。どうやら、私はベッドに寝ているようだ。

 とすれば、此処は集落しゅうらくに唯一ある医療施設の一室か。私は何故、此処に居るのだろうか?

 意識がはっきりしてきた。そして、やがて思い出してくる。意識を失う前、何があったのか。その記憶きおくを……

 そうだ、私はオロチの攻撃からクロノ君をかばって……

「っ⁉クロノ君‼」

「よう、きたか?」

 勢いよく起き上がった、その瞬間。隣から聞こえてきた声。その方向を見ると、其処にはクロノ君の姿が。隣にならべてあったもう一つのベッドに寝ていたらしい。その顔は僅かに青白あおじろい。

 其処そこで、私は気付いた。気付いてしまった。私はオロチからクロノ君を庇い、深手を負った筈だ。その時、大量のを失い、そのまま意識を失った筈。きっと、手術をしたとしても血が足りないだろう。

 そして、私の血液はかなり希少なタイプだった筈だ。同じ血液型の人がそう居る筈もない。

 なら、その血は何処どこから持ってきたのか?

「えっと、クロノ君……もしかして?」

 問い掛けるが、クロノ君は青白い顔で笑みを向けるのみ。引きったような、辛そうな笑みだったけど。それでも私に笑みを向けていた。

 しかし、私は察した。どうやら、クロノ君は私に血を提供ていきょうしたらしい。それも、恐らくは大量の血を提供したのだろう。彼の顔がいまだ青白いのは、大量の血を失ったからだろう。

 何故?そう聞こうとしたが、それをクロノ君にめられた。彼の手が、私の言葉を遮る。

何故なぜなんて、そんな事は聞かないでくれ。俺がそうしたかったからそうしただけだから。ようは、俺自身のわがままなんだよ。これは」

「っ、でも……」

「俺からすれば、お前を失いたくはなかったんだ。もう、これ以上俺のまわりで大切な何かを失うのは二度とごめんなんだよ。だから、これは俺のわがままだ。だからさ、もう良いんだ」

「…………」

 その言葉に、私のむねが締め付けられる。彼は知らない。知らないからこそ、今の言葉が私の胸をえぐるように痛めつける。胸が締め付けられるように、痛い。

 しかし、同時にこれは私が甘んじて受けるべき痛みだろうとも思う。

 何故なら、彼の大切なモノをうばったのは他でもない私自身だから。

 彼の大切なモノをこわしたのは、他でもない私だから。

 思い出す。かつての記憶きおく、かつての残影ざんえいを。

 炎につつまれ、崩壊してゆくまちで私の前に立った彼等の姿を。そして、彼等が死の間際に残した最期の笑顔と後悔こうかいを。最後の言葉を。

 彼等は言った。どうか息子をたのむと、息子を守って欲しいと。

 私は永遠とわに忘れない。あの時、彼等の言葉を聞いたからこそ……

 私は、星のアバターは。白川ユキとして永遠に罪を償い続ける決心けっしんをしたんだ。

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