23,災厄の日

 必死にけ回った。住民の避難誘導をし、戦闘員をかき集めた。その間にも、オロチの軍勢の居る場所からは絶え間なく火柱と大嵐がき起こっている。間違いない、クロノ君が戦っている。

 恐らく、クロノ君は避難ひなんの為の時間稼ぎをする為に戦っているのだろう。だが、稼げる時間はそうあるまい。

 オロチの力は強大だ。その力の前には、如何いかにクロノ君であろうと太刀打ちできないだろう。故に、早急にいそがねば間に合わない。理解している、理解しているからこそ急がねばと逆にあせる。

 急がねば、急がねば、急がねば。焦りが目立って上手うまく事が運ばない。早く加勢に行かねば間に合わないと、理解しているだけに余計に焦りがつのる。急げ、急げ、早く急がねば‼

 火柱と大嵐は更に激しさをしてゆく。戦いは佳境かきょうへと入っているようだ。

 と、そうこうしている内にひと際巨大な大嵐が発生した。それはまさしく、この旧日本を一撃でしずめかねない程に巨大な大嵐。おうの御業だ。

 その大嵐が発生した後、シンと静まり返る。あまりにも不気味な静寂。その静寂に私は嫌な予感を覚え、急いで現場に急行きゅうこうした。果たして、其処には……

 其処は、凄惨せいさんな戦闘の傷跡があった。

 火柱によりガラス化した大地。大嵐により周囲の大地ごとえぐられ、ねじ切られた幾つもの大木たいぼく

 その周囲には、怪物種の死骸しがいが数多と横たわっている。全て、クロノ君が倒したのだろうと推測出来る。この数、かなり善戦ぜんせんしたのだろう。

 だが、当然それだけではない。

 戦場の中央に突き立った一振りの刀身とうしんは根本かられている。

 そしてそして…………ガラス化した大地をいろどる赤、赤、赤。

 その赤の正体は、そう……

「い、いや。いやだよ、クロノ君……そんな…………」

 私は、思わずひざから崩れ落ちた。それは、あまりに悲惨で凄惨な光景だった。そして、それが表す意味いみはただ一つしか無いだろう。そう……

 クロノ君の、敗北はいぼくだった。

「いやあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ‼‼‼」


 ・・・ ・・・ ・・・


 ———時は、少しだけ遡る。

 一体何匹ほどたおしたのだろう?地面には怪物種たちの焼死体が何十体何百体と横たわっている。しかし、俺も決して無事ぶじではないだろう。俺の身体には、怪物たちの牙や爪による傷が幾つもきざまれていた。

 恐らくは、怪蛇のどくによる物だろう。先程から身体が重い。全身がしびれてくる。しかし、それ等を俺は気合と根性論だけで振り払い戦い続ける。死にすら一切頓着せず戦闘を続行する。

 オロチが起こしたのであろう、大嵐の中を駆け抜けながら。俺は炎の出力を、意思の力を上昇させてゆく。意思を燃焼させて戦う。

 刀身に渦巻く炎は、徐々に熱をしてゆく。その熱量はもはや、大地をドロドロのマグマへと変える程だ。しかしまだまだ、こんなものではない。もっとだ、もっともっと高まれ。もっともっと、ずっと高みへ。皆をまもるだけの力を!

 でなければ、敗北は必至だと俺は知っている。そう、俺は悟っているから。

 此処で俺が死ねば、集落のみんなが死ぬ事になる。其処に待っているのは単純な蹂躙戦だろう。また、何も守れない。俺の脳裏のうりにかつての両親の姿が映った。

 父さん、母さん、どうか俺に力を貸してくれ!俺に、皆を守れるだけの力を!

 だから、俺は意思の力を爆発ばくはつさせ更に高みへと昇り詰める。もっともっと高みへと至れ!俺の意思よ、全てを振り絞ってえ上がれ!

 まだまだまだまだ、まだこれ以上。もっともっと、遥か高みへと!

 際限なく高まる炎の出力しゅつりょく。しかし、それをじっと見ているオロチは口の端を歪めて嘲笑あざわらう。遥か高みから、嘲笑う。

 それは頂点に立つ者の余裕よゆうに他ならないだろう。

「ふん、所詮はこの程度ていどか……」

 瞬間、まさしくその瞬間。この旧日本をしずめかねない巨大大嵐が発生した。それはまさしく、天変地異の具現ぐげんとも言うべき力のうずだ。その巨大な力に、俺は僅かに耐えたのだが。

 巨大竜巻。激しく叩き付ける局地的豪雨。強烈な落雷らくらい。それ等が一斉に、俺へと襲い掛かる。

 俺の根性論など嘲笑うかのように、大嵐は俺を紙屑かみくずのように吹き飛ばした。そんな中、それでも我武者羅に振るおうとした刀は根本かられ……

 気付けば、俺は満身創痍で地面に横たわっていた。刀は根本から折れ、身体はもはやぴくりとも動かない。

「俺の、敗北はいぼく……か」

「そうだ、貴様のけだ」

 そう言い、俺へと近付くオロチ。その表情には、相変わらず余裕が浮かんでいた。

 致命的敗北。俺の負け。此処まで。だが、理解してはいてもあきらめきれない想いが其処にあった。そうだ、俺が此処で倒れたら集落の皆は。皆が死ぬ事になるんだ。俺が負ける訳にはいかない。だから、せめて……

 根本から折れた刀。それをにぎり締めて再び立ち上がろうとする。だが、其処まで。

「諦めろ、もう貴様は此処ここまでだ」

 瞬間、オロチがその牙をいて。

 俺の意識が暗転あんてんする。俺の意識を、くろが塗り潰して……


 ・・・ ・・・ ・・・


 こえが、声が聞こえる。俺を呼ぶ声が、声が俺をんでいる?

『……い。おい。…………おい、……早く目覚めざめろ!宿主あるじよ‼』

「っ⁉」

 その声に、俺の意識は急速にき上げられた。其処は、俺の心象世界だ。

 と言う事は、俺を呼んだのは?

『ようやく目覚めたか。宿主』

「……アイン?」

 アイン=ソフ=オウル。俺の異能いのう。或いは、俺の英雄像をかくとして生まれた第二の人格。俺の中の、英雄えいゆうの理想像。

 ……そうだ、思い出した。俺はオロチとの戦いに敗北して攻撃をけたんだ。だとすると、俺はもう死んだのか?いや、此処ここに俺がいるという事はまだ生きている?

 俺の疑問に、アインは即座にこたえる。

『宿主はまだ生きているよ。そして、まだ負けてもいない。奴の攻撃を受けた後、奴自身の気まぐれにより生かされらえられたんだ』

「生かされた……いや、だとしても俺は…………」

 俺が弱音よわねを吐こうとした瞬間、それを見抜いたらしいアインににらまれる。どうやらアインからすればまだ負けてはいないらしい。負けていないなら立ち上がれと、立ち上がるべきだと。

 そういう事らしい。

『だとしても、何だ?宿主はずいぶんと腑抜ふぬけた事を云う。お前は悔しくないのか?奴等に侮られたまま生かされ放置ほうちされて、それでお前は悔しくないのか?俺は、悔しいぞ?』

「…………っ⁉」

『少なくとも、俺は悔しい。殺す価値かちもないと侮られ、生かされた。悔しくない筈がないだろう‼』

 アインのその瞳は、いかりに満ちていた。ああ、そうか。これが彼の英雄性か。

 この怒りこそが……

『お前は悔しくないのか?殺す価値もないと侮られたままで、本当にいのか?』

「良い筈がないだろう‼」

 だから、俺も怒りをき出した。ああ、それで良い筈がない。すくいたい者も救えない。守りたい者も一切守れないで。それで何が英雄えいゆうだ。何が理想だ‼何がっ‼

 守りたかった。救いたかった。だからこそ悔しい。守り切れずに蹂躙じゅうりんされるなど、我慢出来る筈がないだろう。ふざけるなっ‼

 そんな事、俺はゆるせない!許せる筈がないんだ‼

『ああ、それでいい。それでこそ、我が宿主あるじだ』

 そう言い、アインは笑った。瞬間、俺の意識が急速に浮上ふじょうしていった。

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