閑話、動き出す物語

 旧日本からはなれ、旧■■———

 古びたやかたのテラスで悠然と椅子に腰かけ紅茶を飲んでいる男が居る。怪物種が跋扈するこの世界、のんびりとしていればたちどころに襲われ捕食ほしょくされるこの時代で。

 男はそれでも悠然と紅茶こうちゃを飲んでいた。まるで、怪物を恐れないかのように。

 空を鳥が飛んでいる。ただの鳥ではない、成人男性ですら丸呑みに出来るであろう巨大な身体に巨大なランスを思わせる鋭いくちばしを備えた怪鳥かいちょうが空を悠々と旋回して飛翔していた。怪鳥は明らかに男をねらっていた。

 しかし、男は一向に怪鳥を恐れる素振りを見せない。どころか、怪鳥を一瞥いちべつしただけで再び読書にもどってしまった。

 それを挑発ちょうはつと受け取ったのか、怪鳥は甲高い鳴き声を上げると男へ向かい一直線に急降下する。そして、そのままランスを思わせるくちばしで男の身体を貫く———

 筈だった。

 しかし、血を流したおれているのは怪鳥の方だった。男の仕業ではない、男は未だ読書に集中している。気付けば、男の傍にはもう一人の姿があった。きつねの仮面を被り和装に身を包んだ黒髪の男、明らかに日本人だった。

 狐面の日本人は怪鳥に刺さった大振おおぶりのナイフを引き抜くと、ナイフの血を丁寧に拭い男に頭をげた。

「来たか、どうだった?故郷こきょうの様子は……」

「いえ、記憶きおくにない赤子の頃の話なのでべつにどうという事もないのですが……」

「そうか、残念ざんねんだ」

 残念、というには男は薄いみを浮かべている。対する狐面の日本人は仮面のせいで感情が読めないが、どうもその手の感情表現が苦手にがてな様子。反応が薄い。

 しかし、男はそれでも狐面の日本人を深く信頼しんらいしているようだ。先程から無防備極まりない、すきだらけの姿で話している。その姿はまるで、長年ずっと共に生きてきた友人を相手にしているかのよう。

「で、だ……何か進展しんてんがあったから報告ほうこくに来たのだろう?そちらはどうだ?」

 男の言葉に、狐面の日本人は軽くうなずいた。

「良い報告と悪い報告の二種類がありますが……」

「では、まずは悪い報告をこうか」

 実に楽しそうに笑う男。対する狐面の日本人は無感情な声音で続ける。

「では、旧アメリカで彼の竜王が活発かっぱつに動き出したようです。どうやらたびたび旧日本へ自身の配下はいかを送り込んでいるようですな」

「なるほど?そろそろ彼等もれてきた頃か……やはり彼の王にとって旧日本は特別な地という事かな?」

「というより、旧日本にが居る事が特別なんでしょうね……」

「だろうな」

 男は話しながら楽しげにくっくっと笑う。対する狐面の日本人は、やはり無感情のまま笑わない。

 どうも、この温度差おんどさこそこの二人のデフォルトらしい。それでもきっと、彼等は仲が良い方なのだろう。先程から男は狐面の日本人に対し気安きやすいし、対する日本人の方もどことなく男に対し気をゆるしている雰囲気だった。

「で、良い報告を聞こうか?」

「はい、どうやらようやく”彼”が動き出したようです」

 その言葉に、先程まで薄い笑みを浮かべていた男の様子がほんのわずか変わった。

 ぴくりと方眉が動き、その視線が鋭さをす。幾分か、空気がほんの少しだけ張り詰めたような気がした。

「ほう、”彼”がね?文明崩壊より約千年か、ようやく物語ものがたりが動き出したようだな」

「はい、ようやく人類は救済きゅうさいの為の一歩をみ出す事が出来るでしょう」

「ああ、ようやくだ———」

 その言葉の意味は、誰にも分からない。しかし、どうやら誰も知らないうらで何かが動き出しているのは確かなようだ。

 事実じじつ

「ようやく、我らは真の救済へと動く事が出来る。ああ、ようやくだとも……」

 彼の表情にはこれ以上ないくらいに戦意と歓喜かんきが出ていたのだから。


 ・・・ ・・・ ・・・


 所変わって、旧■■■■———

 大陸の上空を黒と赤がけ回っていた。極めてはげしい戦闘をするのは漆黒の全身鎧を身にまとった人間と赤いドラゴンだ。

 空を駆けるドラゴンを相手取る人間は、あろう事か平然と空をってドラゴンへと追いすがる。そして、赤いドラゴンに黒い大剣で切り掛かるのである。

 かなりの高次元で戦闘をする二者。だが、どうやら戦局は人間側にかたむいているようで僅かにドラゴンが苦戦をいられているようだ。

「くっ、おのれ……王に近しい私がこのような無様ぶざまをっ!」

 苦悶くもんの声を上げたドラゴン、流石に焦れたのかその顎を大きく開き灼熱のほのおを口内へと溜めてゆく。やがて、極限まで圧縮された炎はドラゴンブレスとして一息に放たれた。

 だが、そのドラゴン最大の一撃をあろうことか全身鎧は裏拳うらけんの一撃だけで払う。愕然とするドラゴン。しかし、呆然とその場に留まっているひまなどない。

 続く全身鎧の一太刀が、ドラゴンの首をいだ。それが、致命の一撃となったようで赤いドラゴンはそのまま地へと落下らっかしていく。

 それを見届けた後、全身鎧はそのままきびすを返し去っていった。

 その場には、赤いドラゴンの死骸しがいが残されるのみだった。

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