第26話
――――紫の空。
朽ちた木々と、ひび割れた大地。
そんな何もない土地の中心に、不釣り合いな洋風の館が一つ。
この死の大地に存在する館こそ、【饗宴】の本拠地だった。
「――――おかしいなぁ」
館内の豪華な食堂にて、この館の主はそう呟いた。
「本当なら、この皿の上にマモンが出てるはずなんだけど……どうしてだろうねぇ?」
ただ言葉を発するだけで、空気が震える。
それは主の言葉に、恐ろしいほどの魔力が込められているからだった。
すると、主の近くに控えていたスーツ姿の男が、恭しく頭を下げる。
「大変申し訳ございません」
「別にクオーシェを怒ってるわけじゃないよ? ただ……理由を知りたいだけなんだ」
淡々とそう告げる主に対し、スーツ姿の男――――クオーシェは説明する。
「調達部隊のルボイを向かわせたのですが、調達は失敗し、幻想対策部に捕まりました」
「幻想対策部?」
「強欲の魔王が現在身を寄せている、日本の組織です」
「ふぅん」
「……私としましても、ルボイが捕まることは想定外でした。今の強欲の魔王は力を失ったままなので、恐らく幻想対策部に強力な契約者がいたのでしょう」
「そっかー。幻想対策部ねぇ……」
次の瞬間、部屋の空気が一気に重くなった。
「その組織、目障りだね。潰しちゃおっか」
そして、あまりにも軽い調子で、そう言い切った。
「クオーシェ。また何人か適当に使ってさ、その組織潰しといてよ」
「大丈夫でしょうか? 幻想対策部は日本政府直属の組織ですし、下手に手を出すと、厄介なことになる可能性も……」
「――――まさか、この僕が政府ごときに負けると思ってるの?」
「ッ!」
突如、クオーシェの体に凄まじい圧力が圧し掛かった。
あまりの重圧に耐えきれず、クオーシェは膝をつく。
そして、すぐに頭を下げた。
「……申し訳ございません」
すると、クオーシェにかかっていた圧力は綺麗に消え去った。
たった今見せた恐ろしい様子とは打って変わり、何事もなかったかのように館の主は軽い調子で続ける。
「ま、クオーシェの言うことも一理あるよねー。負ける気はしないけど、面倒なのは嫌だしなー……正面から潰すのは避けた方がいいかなぁ」
「……」
「でもさぁ……このまま引き下がるってのも、癪に障るよねぇ?」
再び獰猛な気配を漂わせる館の主。
その後、クオーシェに一つの命令を出した。
「ひとまず、強欲の魔王は引き続き狙うとして……そのついでにさ、もし幻想対策部ってヤツが邪魔してきたら、何人か持ち帰ってよ。食べたいからさ♪」
「はっ」
「うん、お願いねー。あ、それと、今度はもう少し使える人間を送ってね?」
「かしこまりました。それと、ルボイのヤツはいかがいたしましょう?」
「んー? 捕まったんでしょ? それじゃあもういらないし……適当に食べとくよ。ってなわけで、早く料理を持って来てねー」
「ただちに」
クオーシェは恭しく頭を下げると、その場を後にする。
――――その日、幻想対策部の本部に護送されたルボイは、何かに腹を食い破られたような、悲惨な死体となって発見され、封印されていたアミーの姿も消えたのだった。
***
翌日。
ルボイの襲撃というアクシデントがあり、色々大変だったわけだが、生徒会長と話し合った結果、労災的なものを勝ち取ることができた。
ただ、金銭的な手当て以外にも、心身を休めろと言う意味で、今日は休日となっていた。
とはいっても、学校はあるんだがな。
そんなこんなで授業も終わり、帰り支度をしていると、夢野が声をかけてきた。
「金仁は今日もバイト?」
「いや、今日は休みだ」
「え! 珍しい……そ、それじゃあ、遊びに行かない?」
「いいぞ」
何だかんだ、夢野の誘いは断り続けていたしな。
こういう時でもないと、遊ぶ機会なんてまずないだろう。
夢野の誘いに乗ったところで、俺はふと思いつき、隣の席の公也にも声をかけた。
「公也も行くか?」
「え? 俺も? てかいいのかよ」
「ダメって言うわけないだろ?」
公也も遊びに誘ってくれることが多かったんだが、やっぱりバイトが理由で遊べなかったのだ。
なので、ここで二人まとめて遊んじまおうってわけだ。
おかしなことを聞く公也に首を傾げていると、公也は一瞬夢野に視線を向け、ため息を吐いた。
つられて俺も夢野に視線を向けるが、特に反応はない。何なんだ? 一体……。
「はぁ……まあいいや。んで? どこ行くんだ?」
「金のかからない場所」
「おいおい……ほとんど選択肢ねぇじゃねぇか……」
「あるだろ? 公園で鬼ごっことか……」
「小学生かよ!?」
おかしなことを言ったつもりはないんだがな。鬼ごっこ楽しいじゃん。
そんな俺の言葉に、公也だけでなく夢野も頬を引きつらせていた。
「……まあ、金仁に期待はしてなかったけどね」
「おい」
どういう意味だよ。誰もがお金を使わず手軽に遊べるってのに。
「とりあえず、金仁がお金を使いたくないのはいつものことだし、今日は私の買い物に付き合ってよ」
「買い物ぉ? 何買うんだよ」
「そりゃあ色々よ」
ざっくりとしすぎだろ。
でも、遊びに行くってのにただ買い物に付き合ってもなぁ……。
「買い物が終わったら、公也がカラオケ代奢ってくれるって」
「え、俺!?」
「よし、行くか」
「金仁!?」
カラオケとか嫌いじゃないが、金がかかるからあまり行きたくないのだ。
だが、奢ってくれるなら話は別。しっかりドリンクバー付きで奢ってもらおう。
急に奢ることになった公也は夢野に文句を言おうとしたが、夢野に睨まれた瞬間、気まずそうに視線を逸らして大人しくなった。
もう少し文句を言ってくると思ったんだが……意外だ。
そう思っていると、俺の心の声が聞こえたのか、公也がジトっとした視線を向けてきた。
「何だよ」
「……何でもない」
そんなやり取りをしつつも、帰り支度を整えた俺たちは、夢野の買い物に付き合うため、近くのショッピングモールに向かった。
すると、その道中に見知った人間を見つけた。
「あれ?」
「ん? どうした?」
俺が足を止めたことで、公也と夢野が不思議そうにこちらを見る。
そんな俺の視界の先には、第五支部の同僚、薬師寺の姿が。
薬師寺はいつも着ているグレーの制服姿で、何故かその手にはたくさんの鞄を持っていた。
……あれ、通学鞄だよな? どうしてあんなに持ってんだ?
ふと気になったので薬師寺の下に向かい、声をかけることに。
「薬師寺?」
「ひゃああ!? え、か、金仁君!? ど、どうしてここに……」
「いや、買い物しに向かってたら、薬師寺が見えたからさ。ところで、その鞄は?」
「あっ……こ、これは、その……」
「――――ちょっと、いつまで待たせるつもり?」
「!」
薬師寺が顔を俯かせた瞬間、妙に威圧的な女の声が耳に届いた。
その声の主に視線を向けると、腰まで伸ばした黒髪に、気の強そうな黒い瞳を持つ女子生徒が立っていた。
よく見ると、薬師寺と同じ制服を着ており、さらにその背後にも同じ制服姿の女子生徒が何人かいた。
「す、すみません! すぐに行きます! ……そ、それでは……」
薬師寺は慌ててその女子生徒に返事をすると、俺に頭を下げ、そそくさとそのグループに加わり、その場を去っていった。
その際、リーダー格のような黒髪の女子生徒が俺に視線を向けたのだが、その眼はどこまでも冷たく、こちらを小馬鹿にするように鼻を鳴らして行きやがった。
何なんだ? アイツら……感じ悪いな。
ついそんなことを考えていると、公也たちが近づいてくる。
「おい、お前……ルナリア聖女学院の生徒と知り合いなのかよ?」
「何だ? その学園」
「知らねぇのか? この幻朧町にあるお嬢様学校だよ」
「へぇ」
「……マジで知らねぇのかよ」
どうやら薬師寺は、同じ町内にあるルナリア聖女学院とやらの生徒らしい。
あんまり薬師寺がお嬢様って印象はなかったが、あの黒髪の生徒にしろ、取り巻きらしき生徒たちにしろ、妙に高圧的で、お嬢様はお嬢様でも、我儘お嬢様と言われれば納得だった。
すると、公也が少し心配そうに薬師寺たちが去っていったほうに視線を向ける。
「さっきの子……虐められてんじゃねぇのか? 大丈夫か?」
「さあ……ただ、仲がよさそうには見えなかったな」
「金持ちって性格いいと思ってたんだけどなぁ。こう、心に余裕があるとかで……」
「金のあるなしでそいつの性根なんざそう変わらねぇよ」
今はともかく、全盛期のマモンはそれこそ金持ちと言えただろうが、マモンの性格がよかったとはとても思えねぇしな。
環境的要因で性格の良し悪しの傾向はあっても、全員がそうとは限らない。
結局、その人間次第ってわけだ。
そんなことを考えていると、不意に夢野の不機嫌そうな声が届く。
「……ねぇ、さっきの子、私知らないんだけど?」
「そりゃそうだろ。俺も最近知り合ったばかりだし……」
「どういう関係!?」
「うーん……バイト先の同僚で、恩人?」
なんせ、すでに薬師寺には二回も助けてもらってるからな。まさに恩人と言える。
「わ、私もそのバイトやる! だから教えて!」
すると、夢野は何を思ったか、いきなりそんなことを言いだした。
「いや、それは無理……」
「どうしてよ!?」
「お前は何をそんなに必死になってんだ?」
一体どうしたってんだよ……。
急な夢野の態度の変化に戸惑う俺だったが、その後は何故か夢野が拗ねてしまい、宥めるのに苦労するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます