第24話

「生徒……会長……?」


 突如現れた生徒会長に視線を向けると、彼女は俺を見て、安心させるように微笑んだ。


「安心してくれ。私が来た以上、好きにはさせないよ」

「――――会長、マナを無事保護しました」


 するとさらに、音もなく生徒会長の隣に、神屋敷先輩も現れ、そう報告した。

 どうやらマナは、すでに安全な場所にいるようだ。

 体の状態のせいか、どこかぼーっとする頭でこの光景を眺めていると、ルボイが不愉快そうな声を上げる。


「チッ……時間をかけ過ぎたか」

「何だってよかろう。こんな小娘程度、この場で処理すれば問題ない」


 ルボイたちも相応にダメージを負っているはずだが、生徒会長たちを見て、どうやら何の脅威もないと判断したようだ。

 すぐにアミーが全身から炎を噴出させ、周囲に火の粉をまき散らせながら臨戦態勢に入る。

 だが……。


「残念だけど……君たちにはもう好き勝手はさせないよ」

「あ?」


 ――――それは一瞬だった。

 生徒会長が指を鳴らした瞬間、何とアミーがまき散らす炎の全てが、一瞬にして消失してしまったのだ。


「な……に……?」


 これにはアミーたちも想定外だったようで、大きく目を見開いている。

 すると、生徒会長は神屋敷先輩に命令した。


「麗華。人払いと家屋への対処を」

「かしこまりました。……やり過ぎないでくださいね」

「ああ、もちろん」


 そんな軽口を叩き合うと、神屋敷先輩は一瞬にしてその場から消えていった。


「さて、これで私も少しは力を振るえるね」

「貴様……何をした……!?」


 魔法を唱えた様子もない生徒会長が、アミーの炎を消したのだ。

 まさに不可解といえる状況に混乱するアミーに対し、生徒会長は不敵な笑みを浮かべる。


「何をしたって……ただ魔力の波動をぶつけて消しただけだよ」

「何だと!?」


 なんとアミーの炎を消したのは、魔法でも何でもなく、純粋な魔力の波動をぶつけて吹き飛ばしたらしい。

 もちろん、魔力はその純度だったり密度で形を成し、物理的な影響を与えることは知っている。マナも魔力の盾を生み出していたしな。

 だが、それらはちゃんと魔法として存在するのだが、生徒会長はただ魔力を垂れ流しにしただけで吹き飛ばしたというのである。

 そんなことが可能なのか? いくら魔力にも周囲の物に影響を与えられるとはいえ……。

 アミーも同じことを考えたようで、納得できないと言った様子だった。


「ふざけるな! そんな訳の分からぬ力で、我が炎が――――」

「――――カマエル」


 アミーの言葉を遮り、生徒会長は短くその名を呼んだ。

 その瞬間、上空から光が降り注ぎ、生徒会長を照らす。


「カマエル……?」


 聞いたことのない名前に首を傾げていると、マモンが少し驚いたような声を上げた。


『あの女……あの天使の契約者だったのか』

「(そのカマエルってどんな天使なんだ?)」


 口を動かすのも億劫になって来たので、脳内でそう訊くと、マモンは何とも言えない反応をする。


『うぅむ……何と言えばよいのだろうか……天使らしからぬ者、と言えばよいか……』

「(天使っぽくない?)」


 ますますどんな天使なのか分からずに首を傾げていると、純白の羽を大きく広げた一人の天使が、空から降りてきた。

 その天使は無骨な甲冑に身を包み、手には長い剣が握られている。

 羽が生えてるから天使だって分かるが、もしなかったら天使じゃなくて、何らかの戦士だと思っただろう。

 そう思えるほど、降って来た天使――――カマエルは勇ましかった。

 カマエルはそっと生徒会長の背後に降り立つと、その鳶色の瞳を生徒会長に向ける。


「久しいな、雅よ」

「うん、久しぶり」

「私を呼んだということは――――そこの悪魔を殺せばよいのだな?」


 恐ろしく冷たい視線を、アミーに向けた。


「お、おい……コイツは何なんだよ……!」

「馬鹿な……何故こんなヤツがここに……!」


 ルボイはカマエルのことをよく知らないようだったが、マモンと同じ悪魔であるアミーはカマエルのことを知っていたようで、その顔には恐怖が浮かんでいた。

 すると、カマエルは整ったその顔を歪め、冷徹に笑う。


「悪魔よ。貴様の命運もここまでだ」

「ま、まずい! ルボイ、今すぐこの場から――――」


 アミーの言葉は、そこで途絶えた。

 何故なら、いつの間にかカマエルがアミーの目の前に立っており、手にした剣でアミーの首を斬り飛ばしていたからだ。


「は?」


 首のなくなったアミーの体は、フラフラとした足取りで倒れ込む。

 そして、アミーの体がそのまま燃え尽きると、その場に妙な紙切れが落ちていた。

 あまりにも呆気ない終わり方に、ルボイは思考が追い付かず、ただ呆然とする。

 そんな中、カマエルは呑気に剣の血を払うと、ため息を吐いた。


「ふぅ……相変わらず悪魔の血は汚いな」

「な、何が起きて……」

「――――雅。この男はどうする?」


 敵の目の前だと言うのに、どこまでも余裕の態度を崩さないカマエルは、生徒会長にそう訊いた。


「そうだね……ウチの可愛い後輩たちをやってくれたんだ。――――適当に痛めつけてよ」

「フフ……よかろう」


 生徒会長の注文に、カマエルは獰猛な笑みを浮かべると、何故か剣を地面に突き刺した。

 その様子を見て、マモンが呆れたように口を開く。


『はぁ……よく見ておけ。ヤツが天使っぽくない理由が分かるぞ』

「え?」


 するとカマエルは、首や肩をほぐすように動かすと、ルボイの前に立つ。

 その瞬間、ルボイは正気に返り、カマエルに手を向けた。


「ふ、ふざけるな! 俺に近寄るんじゃねぇぇえええ!」


 たった今、契約しているアミーが滅ぼされたはずが、何故か無詠唱で炎の魔法を放つルボイ。


「(どうしてまだ無詠唱が使えるんだよ。アミーは死んだんじゃねぇのか?)」

『いや、ヤツは死んではない。ほら、先ほどヤツがいた場所に紙切れが落ちているだろう』

「(ああ。アレなんなんだ?)」

『我輩も詳しいことは分からんが、恐らく神や悪魔が封印するための道具だろうな。ともかく、死んでない以上、契約はまだ続いているのだろう』

「(な、なるほど……)」

『あと、これは覚えておけ。悪魔も神も特殊な方法でなければ殺すことなどできん。故に、ヤツらを本当に無力化するならば、あのような道具が必要なのだ』


 道具がなくても、相手に致命傷を与えられれば、召喚している悪魔や神は消える。

 ただし、魔力さえあるならもう一度召喚される可能性もあるため、完全に無力化するにはマモンの言う道具とやらが必要なのだろう。

 そんなこんなで、超至近距離でカマエルに向けて炎が放たれたわけだが、カマエルに慌てる様子はない。

 そして――――。


「――――ぬるい」

「ごはああああああああああああ!?」


 カマエルは拳を一閃。

 迫る炎をそのまま突き破り、ルボイの顔面を完全に捉えた。


「(ええええええ!?)」


 見た目はどこぞのハリウッドスター並みに美形な男が、完全な物理で殴り飛ばしたのだ。

 しかも、カマエルは容赦なく追撃を加え、ルボイのありとあらゆる場所を打ち抜いていく。

 その上、フラフラになっているルボイの腕を掴むと、そのまま一本背負いを決めた。

 あまりにも荒々しく、それでいて野蛮な戦い方に唖然としていると、マモンの呆れた声が届く。


『はあ……我輩の言いたいことが分かったか? ヤツは天使にしては珍しく……肉弾戦を好むのだ』

「(うそぉ……)」


 なんかこう……天使ってもっと優雅で、同じ接近戦でも槍や剣で戦うイメージがあった。

 何より、アミーは剣で倒していたじゃないか。

 だが、アミーの時に比べ、今のルボイをボコボコに殴っているカマエルの方が、あからさまに生き生きとしているのだ。

 生徒会長から許可が出たせいか、カマエルは容赦なくルボイを殴り、投げ飛ばしと、見ているこっちが痛くなるほど徹底的にボコボコにしていた。

 そして最後には、すでに動けるほどの力も残っていないルボイに組み付き、関節技をかけ、容赦なく手足をへし折った。


「ああああああああ……も、もう……ゆるじで……」


 ルボイはあまりの痛さに顔をぐちゃぐちゃにし、泣いていた。うわぁ……。

 思わずその様子に引いていると、生徒会長がにこやかに声をかけた。


「カマエル、もういいよ」

「そうか? もう少し暴れたかったんだが……」

「大丈夫さ。そのうち思う存分暴れられると思うよ」

「それは……そこの魔王がいるからか?」

「!」


 不意にカマエルの視線が俺に向けられる。

 今の俺は逃げることもできないわけだが、自然と体が緊張した。

 すると、生徒会長が俺に近づいてきた。


「遅くなってすまない。完全回復は無理だが……『ヒール』」


 そして、詠唱破棄し、俺に回復魔法をかけてくれる。

 残念ながら、それで完治とはいかなかったものの、だいぶ楽になった。


「あり、がとうございます……」

「気にしないで。君たちが持ちこたえてくれたから、私たちも間に合うことができたんだ」

「ふむ……魔王の契約者というからどんな者かと期待したが、ずいぶんと弱いな?」


 カマエルは俺を見下ろしながらそんなことを口にする。

 まあ実際に弱いわけで、もっと強ければこんなことにはならなかったんだが。


「そんなこと言わないの。それよりも……この男、饗宴のメンバーだね」

「知ってるのか?」

「うん。資料で見たことがあるよ。やっぱり、金仁君を諦めてないようだ」

「ふぅん……だが、何故狙われてるのだ? こんなに弱いのに」


 弱いことすげぇ強調すんじゃん。

 生徒会長はカマエルの態度に苦笑いすると、すぐに真面目な表情を浮かべた。


「こう言ったらアレだけど、その弱さが狙われる原因の一つでもあるね」

「ほう? それは何故だ?」

「だって弱い方が、捕まえやすいだろう?」

「なるほどな」

「まあでも、どうしてマモンを狙うのかは私にも分からないよ。戦力として従えるには弱すぎるし……」


 とうとう生徒会長まで俺のこと弱いって言いまくり始めた。いや、事実なんで何も言えないんですけどね。


「今はベルゼブブだけだが、他の魔王たちがどう動くかは未知数だ。それに、弱ってるとはいえ、魔王であることに違いはない。だから、名を上げようとする妙な輩にちょっかいをかけられる可能性もあるだろうね」


 他の魔王からも狙われるなんて想像もしたくない。

 ただでさえ今の段階で苦労してるのに、他にもヤバそうなヤツから狙われるとか……。

 それに、自分の実績のために狙われるってのも洒落にならん。

 本当に先行きが不安で仕方がない。俺の平穏金持ちライフはいつから始められるんだろうな。


「(なあ、マモン)」

『なんだ』

「(お前、本当に狙われる理由知らないのか?)」


 実績狙いで襲ってくる連中はともかく、すでに強い魔王たちが何を目的に俺たちを狙うのか分からない。

 そこさえ分かればもう少し対処できるんだが……。


『我輩が知るか! ヤツらが勝手に突っかかって来るだけだ』

「(そんなこと言って、お前から何か仕掛けたんじゃねぇのか?)」

『生憎だが、地獄にいた頃から我輩は金を愛でるのに忙しかったのだ。他の魔王なんぞに割く時間はない』

「(それなら分からんな)」


 金を愛でてるだけなら、狙われる理由はないだろう。

 これ以上ない説明に納得していると、いつの間にかカマエルは消えていた。


「さて……とにかく幻想対策部に帰ろうか」


 そして、生徒会長に肩を貸してもらいながら、俺はようやく幻想対策部に帰還することができたのだった。

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