第23話
「歯ぁ食いしばれよ、このクソ悪魔……!」
「舐めるなよ、人間風情が……!」
渾身の力を籠め、アミーへ拳を突き出す俺。
それに対し、アミーはすぐさま炎の槍を発生させると、俺目掛けて射出した。
だが……。
「「おらああああああっ!」」
「ガハッ!?」
俺自身の攻撃は炎の槍で止められてしまったが……俺には分身がいるんだ!
二人の分身は俺が炎の槍を対処している隙にアミーへと接近すると、二人同時にその胴体に拳を叩きこんだ。
その勢いのまま吹き飛ぶアミーを横目に、俺は残る一人の分身に命令する。
「マナを連れて離れてろ!」
「おう!」
そう言うや否や、最後の一人はマナを背負うと、急いで遠くの方に逃げていった。
この分身、めちゃくちゃ使えるじゃねぇか……。
自我はないけど、俺の意思をしっかり汲み取ってくれるのだ。
というより、わざわざ口に出さなくても実は命令できたりする。こう、脳内で指示出す感じで。
これ、マジでゴブリンの性能なの? 嘘でしょ?
マモンから弱いと言われていたはずのゴブリンだが、この変身能力はあまりにも強いと思う。
……まあ残念ながら俺自身の魔力がショボすぎるので、性能をフル活用できてないんだがな。
すると、吹き飛ばされたことで再び家々の瓦礫に巻き込まれたアミーが、瓦礫の中から炎の渦を纏って飛び出した。
「鬱陶しい虫けらめ……本当の数の暴力と言うものを教えてやろう!」
「!」
そして、アミーはそのまま両腕を広げ、炎を周囲にまき散らした。
辺り一面に散らばった炎は、そのまま姿を変え、俺のイメージする悪魔の姿……つまり、インプへと変化する。
ただ、インプと違って、いきなり現れたコイツらは成人男性くらいの大きさがあった。
そんな異形の存在に驚く中、マモンが冷静に教えてくれる。
『あれは悪魔だ』
「悪魔?」
『ああ。我輩らのような名前持ちとは異なり、名前もない雑兵だがな』
まだ悪魔の世界のことはよく分からんが、何となく名前を持ってるヤツが強いってことだけは分かった。
てか……これ、結界で隔離された世界だから好き勝手出来てるが、もし現実世界だったらとんでもねぇことになってるだろう。
思わず周囲の惨状にそんなことを考えていると、生み出された悪魔たちが襲い掛かって来る。
「キシャアアアア!」
「小悪魔退治の次は、悪魔かよ!」
幸いなことに、この悪魔には大した知能はないようで、それこそインプのようにただ群れとなって、直接その爪や牙で襲い掛かって来るくらいの攻撃しかしてこない。
まあコイツらも凶暴化したら、魔力を使い始めるのかもしれんが……そうなると面倒だ。
「マモン! コイツら無限に湧き出るのかよ!?」
『それはない。今召喚されているのは、アミーの率いている悪魔だけだ。それに、地獄ならばともかく、地上世界に己の軍勢を無制限に召喚し続けるなど不可能だろう。その証拠に、勢いが弱まってきているぞ?』
マモンの言う通り、俺たち三人で悪魔を数十匹ほど退治したあたりで、襲い来る悪魔の数が減っていることに気づいた。
「……よく口が回る魔王ですね」
『ハッ! 事実を口にしただけだぞ?』
どこかいら立つ様子を見せるアミーに対し、マモンは煽るように返した。
「たとえ我の限界を見極めたとしても、貴様らの敗北は覆らない! ルボイッ!」
「あいよ!」
その瞬間、アミーがルボイに声をかけると、ルボイはアミーに向けて右腕を突き出した。
すると、その右腕から半透明のエネルギーのようなものが飛び出し、アミーの体内へ入っていく。
「くぅぅうう! ごっそり魔力を持って行きやがって……!」
「魔王を相手にするのだ、その程度は耐えてみせろよ……!」
どうやら魔力を直接アミーに注入したらしく、大量の魔力を失ったルボイは、その場に膝をつく。
それと同時に、アミーの体が大きく膨張した。
さらに、体のあちこちが破裂すると、そこから青色の炎が噴き出す。
そして、最終的には……青い炎の巨大な魔神が出現した。
「さあ、準備は整った! この場で強欲の魔王を調理し、我が主に捧げよう!」
『誰が調理されるか。おい、金仁! ぶっ飛ばせ!』
「そこは俺頼りなのかよッ!」
マモンの言葉に悪態を吐きつつ、俺はアミーに向かって突撃した。
「おらあっ!」
「愚かな。我が業火に焼かれ!」
すると、アミーは巨大な掌をこちらに向け、そこから青色の炎を噴出する。
その威力や強大さは先ほどの比ではなく、炎の槍を殴り落とした時と同じように対処しようとしたが、そのまま吹き飛ばされた。
「がはっ!」
「もはや貴様の拳が我に届くことはない! 食材は食材らしく、そのまま調理されるがいい」
「!」
さらに、俺を取り囲むように炎が地面から噴出すると、ヤツの言葉通り、調理されているかの如く体を焼かれた。
「ぐあああああああっ!」
だが、ただやられっ放しというわけにはいかない。
俺はすぐさま分身に命令を出すと、二人は全速力でアミーに突撃する。
「「はああああああ!」」
「フン、バカの一つ覚えかッ!」
炎のベールを纏うように、アミーが手を振るうと、その勢いだけで俺の分身たちは吹き飛ばされた。
幸い、今の一撃で消滅することはなかったが、それでもダメージは大きい。
「クソがッ……!」
このままだと本当に焼き殺される……そう考えた俺は、体を焼かれる覚悟で俺は取り囲んでいる炎目掛けて突っ込んだ。
何とか炎の檻から脱出すると、そのまま転がることで体に付いた炎を消す。
「フン。食材風情が暴れよる……しかし、その活きの良さもそう長くはもつまい?」
「はぁ……はぁ……」
アミーの言う通り、俺はすでに満身創痍だった。
……俺の手札は、傷ついた分身と、身体強化の魔法のみ。
しかも、身体強化魔法はすでに発動している上に、変身効果でも強化されているのだ。
だが、それでもアミーを倒すには届かない。
それどころか、今の俺ではヤツの下に到達するまえに焼き殺されるだろう。
……ただ一つだけ、この状況を突破する方法が俺の頭に浮かんでいた。
それは、身体強化魔法の倍率を引き上げるというもの。
元々の身体強化魔法は、体内の魔力を高速循環させることで、通常時以上の身体能力を向上させるというものだ。
そして、この循環させる速度が速ければ速いほど、倍率が上がる……らしい。
らしいというのは、俺が身体強化魔法を訓練する間もなくこうして実戦しているため、試せていないのだ。
今の俺はせいぜい二倍くらいの強化率だが……果たして、これ以上高速で魔力を循環させることができるのか?
いや――――。
「できるかどうかじゃねぇ……やらなきゃ死ぬんだよッ!」
それだけは絶対に認められない。
俺にはまだ、やるべきことがたくさんあるんだ!
「何を叫んだかと思えば……安心するがいい。貴様をこの場で殺しはしない。レア程度に焼き上げた後、我が主に献上するのだからな」
「まったく嬉しくねぇ……話だなッ!」
「む」
俺が吹き飛ばされた際、周辺の建物を粉々にしたことで積みあがった瓦礫を手にすると、それを全力で投げつけた。
それは他の分身たちにもすでに心の中で命令しており、まったく同じタイミングで投げつける。
「小賢しい真似を……!?」
アミーは羽虫を払うように、再び青色の炎でこの瓦礫を焼失させたが、その隙に俺たち三人はアミーの目の前から姿を隠していた。
……今の俺にできる最大強化で殴るにしても、まずはヤツの懐に入り込まなきゃいけない。
そのために、一度身を隠したのだ。
そこで俺は、さらに一つの仕込みを行うと、アミーの視界から隠れつつ、移動を開始した。
「ネズミのようにコソコソと……魔王ともあろうお方が、ずいぶんとみすぼらしいなぁ!?」
アミーは両腕を広げると、青色の炎の嵐が出現し、周辺の瓦礫を吹き飛ばしながら突き進む。
「隠れたければ隠れているがいい! 我はただ、この一帯を吹き飛ばせば済む話なのだからなぁ!」
確かにこのままだと、アイツの懐に潜り込む前にこちらがやられてしまう。
だが、同時にこれはチャンスでもあった。
炎の嵐そのものが巨大であることと、吹き飛ばされる瓦礫のおかげで、ヤツの視界が悪くなっているのだ。
そして――――。
「もらったあああああああ!」
アミーの背後まで移動すると、そのまま渾身の力を込めた一撃を叩きつける。
しかし……。
「そんな幼稚な攻撃で我を倒せるとでも?」
「がはっ!?」
右手の槍の柄で思いっきり打ち据えられた俺は、そのまま激しく吹き飛ぶと……消滅した。
「む、分身か!」
「――――こっちだよ!」
分身の俺が消えたことに驚く隙に、今度は逆側から攻撃を仕掛ける俺。
アミーがすぐさまそちらに意識を向けた瞬間、もう一人の俺も反対側から飛び出した。
「なっ!?」
正面と背後から挟み込む形で突撃する俺。
「舐めるなよ」
だが、アミーは一瞬の動揺した姿を見せたものの、すぐに冷静さを取り戻し、まず正面から迫る俺を対処するため、右手の槍を地面に突き刺すと、地面から炎の鎖のようなものが出現し、それらが正面の俺の手足を拘束した。
「がああああああああっ!」
さらに背後から迫る俺に対しては、突如巨大な炎の羽を広げると、その勢いで吹き飛ばされ、近くの建物に衝突した。
「ん? こっちは分身か」
すると、炎の鎖によって拘束されたことで、正面から攻撃した俺は手足を焼かれ、ついに分身を維持できなくなり、消えていく。
それを冷徹に眺めていたアミーは、背後で吹き飛ばされた俺に向かって歩いてくると、まだ起き上がれない俺の首を掴んで持ち上げる。
「が、あ……」
「さて、これで終わりだ」
必死に拘束から逃れようともがくが、コイツの体が炎のせいで、もがけばもがくほどに俺にダメージが蓄積していった。
焼ける痛みと苦しみで顔を歪める俺に対し、アミーは嗜虐的な笑みを浮かべる。
「ああ、いい……実にいい。その苦痛に歪むその顔、最高だ。食材には適度なストレスを与えれば与えるほど、旨味が増すからなぁ?」
もはやコイツにとって、俺はただの食材でしかないらしい。
じわじわと炙っていくように、足の先から炎が迫る中、ルボイは少し怠そうな様子で近づいてくる。
「ったく、ようやく終わったかい」
「ああ。あとは魔王とコイツが絶望すれば、最高の味で我が主にお出しすることができるだろう」
「ぐ……が……!」
まだ諦めずに足掻く俺に対し、アミーはさらに笑みを深めた。
「いいなぁ、その必死な姿……どうです? 強欲の魔王よ。貴方様の運命は決した。魔王と呼ばれた貴方様であっても、終わりと言うものは実にあっけない……」
恍惚とした表情を浮かべつつ、マモンを煽るアミー。
だが、マモンは一切答えなかった。
それがアミーの癪に障る。
「……この状況でまだ強がっていると? まったくなんと愚かな――――」
「――――愚か者はお前だよ」
「なっ!?」
「どこから!?」
ダラダラと話し続けるアミーの隙を突いたもう一人の俺は……ルボイの背後をとっていた。
実は、先ほどのアミーが大規模な攻撃を仕掛けてきた際、マナにつけていた分身を呼び戻したのだ。
正直、マナを置いてくるのは非常にリスキーだったが、このままだと結局俺もマナも助からない。
なので、マナを比較的安全な場所まで移動させたあと、こっちに呼び戻し、今までこのタイミングを狙っていたのだ。
他の分身がアミーに拘束されていたら、すでにダメージを負っていたからこそそこで分身が解除されていた可能性もある。
無傷な分身がいたからこそできた奇跡の瞬間だった。
そして――――。
「おら……歯ぁ食いしばれ……ッ!」
「や、やめ――――」
「おらああああああああああああああああああああっ!」
「ぶへああああああああああああああ!?」
俺の拳がルボイの顔面をとらえると、ヤツは錐もみ回転しながら凄まじい勢いで飛んでいった。
そう、俺の本当の狙いは――――ルボイなのだ。
アミー本体を相手に倒しきるのは非常に難しい。
だが、契約者であるルボイを仕留めれば、アミーの召喚は解除されることをマモンから聞かされたのだ。
「ば、バカなッ! はっ!? ち、力が……!」
事実、ルボイが大ダメージを受けた影響か、アミーの姿も大きく変化した。
今までの青色の魔神モードは解除され、通常の姿に戻ったのだ。
だが、それで留まってるってことは、ヤツはまだ倒れてない……!
「ぅ……ぁあ……」
小さなうめき声をあげるルボイだが、その意識は確かに残っていた。
ここで一気に畳みかけるッ!
無傷な分身の俺はアミーには目もくれず、そのままルボイ目掛けて駆け出す。
「させるかあああああああああああっ!」
すると、アミーは本体の俺を置いて、凄まじい勢いで分身の俺を追ってきた。
焦るあまり拘束を解いてしまったアミーだが、俺はこの隙を逃すつもりはない。
アミーは分身の俺に追いつくと、何とかその分身を吹き飛ばすことに成功していたが、俺もまた、ルボイに接近することに成功していた。
「なっ!? まだ動けるのか!?」
驚くアミーは、再び俺へと急接近するが、俺もまた、ルボイを倒すための追撃を諦めていなかった。
どちらが先にたどり着くか……まさに、互いの運命を決める鬼ごっこ。
その勝者は……俺だった。
アミーが俺に追いつくより先にルボイの下に到達すると、俺は再び拳を振り上げる。
「ま、待て……!」
「これで……終わりだああああああああ!」
再び全力の身体強化魔法を発動させながら、拳を振り下ろした。
だが――――。
「え――――」
突如、俺の体から一気に力が抜け落ちた。
一体何が起きたのか理解できないでいると……なんと、変身状態が解除されていたのだ。
それと同時に、今まで動くことができていた俺だったが、変身前の状態……つまり、アミーに散々いたぶられた後の姿に戻ってしまった。
『お、おい、金仁!?』
「マジ、かよ……」
今まで戦えていたからすっかり治った気でいたが、あの変身は俺の傷を癒すわけじゃなく、あくまで変身前の状態を変身中は無視できるだけだったのだと、初めて理解した。
それに、どうして急に変身が解除されたのかも、同時に理解する。
「――――!」
まるで全身の骨が粉々になったような……そんな衝撃が俺の体を襲ったのだ。
これは……身体強化魔法による弊害。
元々、身体強化魔法は理論上可能というだけで、誰もそれを発動できた者はいない魔法だった。
どうして俺がこの魔法を使えたのかは分からないが、先人がいないということは、何が起きるかも正確には分からないということ。
ただ、資料の中には無理な強化は体に大きな負担を与えると書かれていたのだ。
そして俺は、ぶっつけ本番で無茶な強化をした結果、体が耐えられなくなったのだろう。
もはや自分の体を支えることもできず、前のめりに倒れる俺。
すると、その場でぶっ倒れていたルボイが、クソムカツク笑顔を向ける。
「へ……へへ……残念だったなぁ!?」
「ぐっ……」
もはや睨むことしかできない俺に、ルボイは震える足取りで立ち上がると、そのまま俺の腹に蹴りを入れる。
「がは……!」
「ビビらせやがって……クソがよぉ!」
「……どうやらここまでのようだな」
そんな中、アミーも悠然とした足取りで近づいてくると、俺を冷たく見下ろした。
「我を出し抜いた罪をその身をもって刻み込みたいところだが……これ以上は殺してしまうな」
「へっ……何だっていい。魔王の捕獲完了だな」
『か、金仁! な、何とかして逃げるのだ!』
無茶を言いやがる……。
俺だって逃げたいが、マジで指一本動かないのだ。
「さあて……ようやくマスターにお出しすることができるぜ」
『金仁! 金仁ッ!』
脳内にマモンの声がうるさく響く。
……ここまでか……。
もはやどうすることもできず、諦めかけていた――――その時だった。
「!」
「な、何だ!?」
突如、まるで硝子が割れるような……そんな音が辺り一面に響き渡った。
「――――遅くなったね」
そして聞こえてくる知った声。
その声の主を確認すべく、必死に視線を動かすと……なんとそこには、生徒会長の炎ノ宮雅先輩が、悠然と空に佇んでいるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます