第22話

「ずいぶんと舐めた真似してくれたじゃねぇか……まんまと騙されたぜ」

「……騙されるお前が間抜けなんだろ」


 炎を纏い、悠然とした足取りでやって来るルボイ。

 すると、そんなルボイの隣に妙な男がいることに気づいた。

 そいつは文字通り全身燃えており、右手には槍を、左手には誰のか分からん生首を手にしている。


『あやつは……アミーか』


 マモンはどうやら男の正体を知っているようで、小さく呟いた。

 そんな体内にいるマモンの声だが、何故かアミーと呼ばれた男に聞こえたらしく、アミーは恭しく頭を下げた。


「これはこれは……強欲の魔王に名を知っていただけていたとは、光栄ですな」

『フン。我輩の威光を知っているのであれば、とっとと去れ』


 どこまでも上から目線のマモンに対し、アミーは不敵な笑みを浮かべる。


「それは無理な相談ですな。我が主が貴方様をご所望でして……それに、弱っているとはいえ、魔王を倒したとなれば、これ以上ない手柄ですからな」


 分かり切っていたことだが、ルボイもアミーも俺たちを逃がすつもりは毛頭ないようだ。


『……金仁。注意しろ。ヤツは悪魔の中でも多少の地位を持っている存在だ。あのルボイという男が無詠唱で魔法を扱えていたのも、そこのアミーと契約していたからに他ならない』

「ご丁寧な紹介どうも」


 アミーは自身の優位性を疑う様子もなく、余裕の態度でそう口にした。

 そして……。


「さて、我のことを知っていただいたところで……少々眠ってもらいましょうか!」

『避けろ、金仁!』

「くっ!」


 俺は身体強化魔法を全力で使い、その場から飛びのいた。

 その瞬間、先ほどまで俺が立っていた位置を、炎の柱が噴出する。


「ほう? 強欲の魔王の契約者は雑魚だと聞いていたが……よく動くじゃないか。ならば、これはどうだ?」


 アミーが槍を俺に向けると、アミーの背後にいくつもの魔法陣が出現し、そこから炎の槍が俺目掛けて飛んでくる。


「嘘だろ!? マジで無詠唱でバンバン魔法使ってくんじゃねぇか!」

『口を動かす暇があったらとにかく動け! 一撃でも食らえばそこで終わりだぞ!』

「んなこと分かってる!」


 俺が食らうのも当然許容できないが、何より背負っているマナにこれ以上ダメージを負わせるわけにはいかない。

 だが、相手はあのアミーだけでなく、ルボイもいるんだ。

 ルボイの動向にも意識を向けていると、マモンが告げる。


『あのルボイとやらは無視しろ! 特殊な技能を使わん限り、悪魔や神を使役中は契約者本人は何もできんからな!』

「なるほどッ!」


 この絶望的ともいえる状況で、それは数少ない希望とも言えた。


「さすがは魔王。我とルボイが『纏衣』を使えないことを見抜きましたか……だが、それが何だと言うんだ!」


 その瞬間、俺の周囲を取り囲むように、炎の壁が出現する。

 そして……。


「燃えろ」


 炎の壁は天高く聳え立つと、そのまま中心にいる俺目掛けて崩れ落ちるように、炎が雪崩れ込んできた。

 これは……不味い……!

 俺は咄嗟に背負っていたマナを前に抱え込むと、体を丸めつつ、背中から炎の壁に突撃した。


「あっづ……!」


 容赦なく俺の背中を焼く炎の壁。

 しかし、あのままあそこに立っていれば、俺もマナも頭から炎で燃やし尽くされていただろう。

 何とか炎の壁を突破したものの、今のダメージは洒落にならない。


「ま……マナ、大丈夫か……!」

「うぅ……」


 マナにダメージを行かないように気を付けたものの、やはり完璧に防げるわけではない。

 このままじゃ……!

 何とか体勢を整える俺に対し、アミーが余裕たっぷりの態度で近づいてきた。。


「さあ、どうしました? 強欲の魔王ともあろうお方が、一方的ではないですか」

『……』


 アミーの挑発に対し、マモンは何も答えない。

 実際、弱いのは俺であって、マモンではないのだ。

 しかし、マモンはそう言い返すことはしなかった。

 すると、そんなマモンの反応が気に食わなかったのか、アミーは顔を歪める。


「……面白くないですね。もっと泣き叫んでもらわなければ……」


 悪魔的というか、人の叫び声が聞きたいとか趣味が悪い。

 アミーは右手の槍を地面に突き立てると、空いた手に炎の鞭を出現させた。


「ほら……叫びたまえ!」

「ぐぅ!?」


 そして、その炎の鞭を容赦なく俺に振り下ろした。

 俺は咄嗟にマナを抱きかかえるようにその場に蹲る。


「早く、我に魔王の悲鳴を聞かせろ!」

「ッ!」


 おいおい、マモンは体内にいるわけで、そんなに攻撃しても叫ぶのは俺だけなんだが……!

 何度も何度も執拗に攻撃してくるアミー。

 コイツらは俺を捕まえることが目的で、今までの行動や言動から鑑みるに、俺を殺すつもりはないだろう。

 逆に言えば殺さない範囲であれば何をされるか分かったもんじゃないのだ。


「ほらほらどうした! 魔王も地に落ちたものよなぁ!?」


 嘲笑を浮かべるアミーの猛攻に必死に耐える俺。

 すると、しばらくして成り行きを見守っていたルボイがストップをかけた。


「そこまでにしとけ。それ以上傷つけると持ち帰る前に鮮度が落ちちまう」

「おっと、我としたことが……」


 不意に攻撃に手がやんだ瞬間、俺は脳内でマモンに語り掛ける。


「(おい、マモン……さっき言ってた解放された能力ってヤツはなんだ……)」

『むぅ……それが、我輩もよく分からんというか、こんな能力持ってたか……?』

「(ハッキリしろ!)」

『ええい、解放されたのは、【強欲な財布】だ! 我輩も使っていなかった能力で、分かっていることは一つだけ! この財布に万魔殿で手に入れたコインを入れるということだけだ!』

「(入れたらどうなるんだよ!)」

『知らん! 言っただろう!? 我輩もこんな能力を持ってたかどうか思い出せんのだ!』

「(自分のことだろ!)」


 脳内でマモンと喧嘩していると、アミーが嫌らしい笑みを浮かべながら視線を向けてくる。


「おやおや、マモン様。何やら必死にお話しているようですが、貴方様のお声は我に聞こえていることをお忘れですか?」

「!」


 そうだった……コイツ、マモンの声が聞こえるのか!

 すると、アミーは再び槍を手にする。


「さて……何やら妙なことを企んでいたようですし、そろそろ魔王様には眠ってもらいましょうかねぇ?」


 不味い不味い不味い……!

 このまま行けば、すべてが終わりだ!


「マ、モン……! その財布……寄こせ……!」

『ど、どうなっても知らんぞ!』


 もはや縋れるものなら何でも縋る勢いで、マモンから解放されたという能力……強欲な財布を要求した。

 その瞬間、俺の右手に唐草模様のがま口財布が出現する。


「何をするのか知らんが、そんな行動を許すと思うか?」


 俺の行動を止めようと、アミーは槍で俺の手を貫こうとした。

 だが、それより先に財布の口を開くと、もう一つ持っていたゴブリンのコインを投入した。

 そして――――。


「!」

「な、何だ!?」


 突如、俺の体を激しい光が包み込んだ。

 その瞬間、俺に迫っていたアミーの槍は、大きく弾かれる。

 いきなりの事態に呆然とする俺だが、不意に体内の魔力が減ったことを感じとった。

 マモンはこの能力には魔力を使わないって言ってたが……減った魔力に意識を向けると、俺がゴブリンを召喚した時と同じくらい減っていることに気づく。

 あれか、この財布を召喚するのに魔力は使わないが、入れたコインぶんの魔力は消費するようだ。

 一瞬、あのダーク・ゼウスのコインを使えばとか頭を過ったが、咄嗟に掴んだ手元のコインが、ゴブリンのしかなかったのだ。

 何より、コイン分の魔力を消費するのなら結果オーライだ。

 こうして財布にコインを投入した俺の体だが、光が包み込んだだけでなく、自然と体が浮かび、立ち上がった。

 そして――――。


「おいおい、マジかよ……」


 俺は自分の変化に目を見開いた。

 なんと今の俺は、どこぞの仮面を被ったライダーのような、そんな姿に変身していたのだ。

 顔がどうなってるのかは分からないが、ヘルメットのようなものに覆われ、手や体を見下ろすと、くすんだ緑色のスーツが目に飛び込んでくる。

 これが……マモンの能力なのか?


「な、何だその姿は……!」


 アミーたちも俺の姿が変化したことに驚いている。

 すると、マモンが少し驚いた様子で口を開いた。


『わ、我輩にそんな力があったとは……』

「本当に知らなかったのかよ!?」

『知らん!』


 まあ確かに、マモンが今の俺のように変身してる様子は想像できないけどさ。

 それよりも、これって何ができるんだ? 何故かアレだけダメージを受けてた割には動けるし……。

 変身したことで何ができるのか確かめたいところだが、それをアミーたちが見逃すはずもなかった。


「……何が起きたのかは知らんが、もう一度倒してしまえばいい話だ!」

「!」


 アミーは右手の槍に炎を纏わせると、勢いよく俺に突きだしてくる。

 だが……何故か俺は、その攻撃を見切ることができた。

 体を半歩下げ、アミーの攻撃をかわすと、ヤツは目を見開く。


「何!?」

「よく分かんねぇが……お返しだッ!」

「ぶっ!?」


 俺は渾身の力を籠め、攻撃後の隙を見せるアミーの顔面に拳を叩きこんだ。

 すると、アミーは結界内の家を破壊しながら大きく吹き飛ぶ。


「ええ……?」

「あ、アミー!」


 アミーが吹き飛ばされたことで慌てるルボイに対し、俺はただ困惑していた。

 こ、これ……いくら何でも強すぎじゃないか……?

 確かに身体強化魔法を使っていたが、マモンの話ではそれだけじゃ悪魔を倒すことはできないはず。

 しかし、今のアミーの吹き飛び方を見てると、身体強化魔法だけで倒せる気がしてくるから不思議だ。

 その上、アミーの全身は炎のように燃えているのだが、殴った個所は火傷した様子もない。

 自分の体の調子に驚く中、マモンが忠告してくる。


『一つ言っておくが、今の貴様は変身前に比べて、根本的な身体能力が強化されておる。そこに貴様の魔法が加わった結果、アミーが吹き飛んだのだ。つまり、身体強化魔法だけで倒せるわけじゃない』

「な、なるほど……」

『それに、その変身……どうやらその身体強化はただのおまけでしかないようだ』

「え? それはどういう……」


 マモンに言葉の意味を訊ねようとした瞬間、先ほどアミーが吹き飛んでいった方角で、巨大な火柱があがった。


「ク……ククク……そうか、そうだよな……魔王があの程度で終わるはずなかったのだ」


 火柱がはじけ飛ぶと、口から血を流すアミーの姿が。

 本気で殴ったんだが、そこは悪魔。その程度のダメージで済んでいる。


「いいだろう……それならばこちらも本気を出させてもらおうか……!」

「なっ!?」


 アミーはそう言いながら両腕を広げると、アミーの背中に巨大な炎の翼が出現した。

 その翼が大きく広がると、無数の魔法陣が一気に展開され、それらすべてから炎の羽が射出される。


「食らえッ!」


 明らかに俺一人で対処できる量を超えた攻撃。

 しかも、背後にはマナもいるんだ。

 アミーを殴った感じ、あの炎の羽も殴り落とすことはできそうだが、それでも完璧に防ぎきるのは不可能だろう。

 必死にこの状況を切り抜ける方法を考えていると、マモンが叫ぶ。


『金仁! 先ほど貴様が使ったゴブリンのコインに意識を向けろ!』

「はあ?」

『いいから!』


 よく分からないが、マモンの言う通り、俺は変身するときに使ったゴブリンのコインを脳裏に思い描いた。


「!」


 その次の瞬間、大量の情報が俺の脳内に流れ込んできたのだ!

 こ、これは……。


「貴様はここで終わりだ、強欲の魔王よ!」


 もはや自分の勝利を疑わないアミーに対し、俺は脳に流れ込んだ情報を頼りに、一つの能力を発動させた。

 それは……。


「【小鬼ゴブリンの繁栄】!」

「なっ!?」


 俺がそう叫んだ瞬間、俺の体が……分裂したのだ!

 その数はなんと四人!

 目の前で俺が分身するという訳の分からない状況に、アミーもルボイも目を見開いているが……これなら対処できる!


「「「「はああああああああ!」」」」


 分身した俺たちは、迫りくる炎の羽をすべて殴り、蹴り、叩き落として見せた。


「何だ、何が起きてるというんだ!?」


 ルボイたちはこの状況が何なのか分からないだろうが、俺はようやくこの変身能力について理解することができた。

 まずあの【強欲な財布】は、【万魔殿】で召喚したコインを使用することで、そのコインに因んだ存在のスーツに変身できるという、まさにヒーローのような変身道具の一つだったのである。

 そして、使ったコインごとに、それぞれ特性や能力を得ることができるのだ。

 俺が今回使ったコインは、【小鬼ゴブリン】。

 その効果は、身体能力の向上と――――繁殖力だった。

 この繁殖力というものが、今の俺……つまり、分身を生み出す力なのである。

 ただ、当然制限が存在し、分身できる数は、俺の総魔力量に依存するようだ。

 他にも、倒された分身を再び召喚するのに魔力を消費したりするのだが、その代わりこの分身たちは俺とまったく同じスペックだというんだから凄まじい。

 これがゴブリンの変身効果なんだろ? もしダーク・ゼウスに変身できてたらどうなったのか……。

 何はともあれ、これで俺もようやく戦える!


「散々いたぶってくれやがって……ここからはお前を、全力でぶっ飛ばす!」

「……舐めやがって……」


 こうして俺は、アミーとの決戦を始めるのだった。

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