第10話

 引っ越しを終えたその日の夜。

 俺は幻朧駅にある幻想対策部を訪れていた。

 ちなみに幻朧駅から幻想対策部に行くためには、駅構内にあるエレベーターを使う必要がある。

 ただ、このエレベーターは少し特殊で、魔力を持つ者が触れないと支部へ向かうためのボタンが出現しないのだ。

 俺はマモンからボロクソに言われるほど魔力がないようなので、反応しないんじゃないかと思ったが、それは杞憂だった。

 階層のボタンのところに手を近づけると、開閉ボタンの間に『幻想対策部』のボタンが出現する。


「これがそのボタンか」

『フン。妙に凝った造りだ』


 ボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと地下へ降りていく。

 幻想対策部は地下にあるのだ。どれくらい深い位置にあるのかは知らないけどな。

 しばらくエレベーターに乗っていると、目的地に到着した。


「やっぱりこの廊下の壁、剝がしてぇなぁ」

『同感だ』

「……まだ諦めてなかったんですか」


 対策部に着くと、そこには神屋敷先輩が待ち構えており、俺とマモンの発言に呆れていた。


「何故そこまでこの壁に執着するんですか?」

「いや、別にこの壁だけってわけじゃなくて、金になりそうなものなら何でもいいというか……」

『そうだな。もっと金になる素材の方がいい』

「……これからはちゃんとしたお給料が支払われるんですし、そこまでお金を気にせずともよいのでは?」


 暗にみっともないからやめろと言いたいのだろうか。

 だが、甘い。甘すぎる!


「お言葉ですが、人生は何が起きるか分かりません。それなら、何かあった時のために、お金があった方がいいに決まってるじゃないですか」

『そうだそうだ』

「それに、この仕事だって本当にずっと存在し続けるのかも怪しいし……」


 ただでさえ幻想種とかいう訳の分からない存在を相手にする仕事なのだ。

 急にこの幻想種が出現しなくなれば、この幻想対策部って部署もなくなる可能性だってある。

 すると、神屋敷先輩は大きなため息を吐いた。


「……もういいです。とりあえず、壁や床を勝手に剥がすのは許可しませんので。それよりも、皆さんもお待ちですから、先に行きますよ」

「皆さん?」

「ここ第五支部には、私と会長以外に三名の隊員が所属してます。皆さん我々とは別の学園に通われてますが、同じ幻朧町出身ですよ」

「へぇ……」


 神屋敷先輩の言葉から察するに、その三人の隊員は俺たちと同年代なのだろう。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、神屋敷先輩が右手側の扉を示す。


「こちらは、資料室になります。ここには今まで対処してきた幻想種の情報や、魔法に関する資料が置かれているので、時間がある時に確認するといいでしょう」


 確かに、俺はこの世界のことを何も知らない。

 出会った幻想種も、あの豚男にマモンだけなのだ。

 それに、魔法だって気になるしな。

 他にも、俺が最初に寝かされていた医務室や、訓練室なるものを案内してもらい、最後に会長と出会った部屋にやって来た。


「そしてこちらが会長室……いえ、ここでは支部長室ですね。中へどうぞ」


 促されるままに中に入ると、相変わらず高級そうな雰囲気漂う室内が。

 その中心には爽やかな笑みを浮かべる生徒会長がおり、革張りのソファには三人の男女が腰かけていた。

 生徒会長は皆に俺を紹介する。


「やあ、待っていたよ。彼が今回新しく入った、欲沼金仁君だ。もう伝えているけど、そこにいる強欲の魔王の契約者でもある」

「欲沼金仁です。よろしく」

『フン』


 特に言うこともないので、無難な挨拶に留めた。

 すると、皆の視線が俺とマモンに向く。

 今のマモンは特に認識阻害の魔法を使っていないようなので、この場にいる面々には見えていた。


「早速だけど、君にこの第五支部の面々を紹介しよう。まずは一条猛いちじょうたける君だ」

「猛で構わないよ。まさか、魔王の契約者と同僚になるとはね。よろしく」


 そう優しく微笑むのは、俺以外で唯一の男子。

サラサラの黒髪と涼やかな黒い瞳を持つその顔には柔和な笑みが浮かんでおり、女子受けが凄そうだ。


「続いて彼女はマナ」

「……フン」


 次に紹介されたのは、茶髪のおさげに、気の強そうなとび色の瞳。一見すると、幼く見える子だった。

 見た目的には外国の人っぽいが……どこの国出身なんだろうか?

 すると彼女は俺を一瞥するも、そのまま視線を逸らし、鼻で笑う。

 え、酷くない?


「はは……マナの態度は気にしないでくれ。それと、彼女は君の一つ下だね」

「なるほど、後輩ですか……」

「先輩だからって気安く話しかけないで」


 めちゃくちゃ生意気じゃん。

まあいいけど。


「そして最後に、薬師寺翠やくしじみどり。薬師寺君も君と同い年だよ」

「よ、よろしくお願いします……」


 最後に紹介されたのは、緑色の長い髪に、メガネをかけたどこか気の弱そうな女の子だった。

 そんな風に観察していると、薬師寺は俺の視線に怯えたような様子を見せた。おっと、怖がらせただろうか?

 悪いことしたなと思っていると、生徒会長が苦笑いを浮かべる。


「彼女はいつもこの調子だから、気にしないでくれ」

「す、すみません……」

「い、いや、大丈夫」


 いつもこの調子とか疲れそうだな。


「それと、前に君が襲われた時の傷を治したのも彼女だ」

「え!? そうなのか!?」


 あの謎の男に殴り飛ばされた俺は、それこそ全身の骨がへし折れていたはずだ。

 マジであの時は身動きをとることすらできなかったからな。

 しかし目を覚ました後、体は痛むものの、特に骨が折れた様子もなく、普通に動くことができた。

 それはこの薬師寺という女の子が治してくれたからだったのだ。

 普通に考えれば全身骨折が一日で治るわけがないが、そこは魔法とか不思議な力で治してくれたんだろう。

 何はともあれ、俺の恩人であることに変わりはない。

 俺は薬師寺の手を取ると、頭を下げる。


「ふぇ!?」

「本当にありがとう! おかげで助かった!」

「あ、あ、あの、その、だ、大丈夫ですから! て、手が……」


 いやぁ、あの大けがを病院で治すとなると、いくらかかるか分かったもんじゃねぇ。

 俺なんかのために金をかけてられるか。勿体ない。

 何より月子たちにいらん心配をかけたくなかった。

 だから綺麗に治してくれて感謝しているのだ。

 すると、生徒会長が手を叩く。


「さて! 無事に紹介も終わったところで、金仁君の測定に入ろうか」

「え? 測定?」


 思わず聞き返すと、今まで部屋の隅で控えていた神屋敷先輩が教えてくれる。


「金仁君の魔力量や属性を調べるんです。今の金仁君は魔王の契約者ではありますが、魔法などの知識はないでしょう?」

「そりゃあまあ……」

「魔法の知識や力がなければ、幻想種やその契約者と渡り合えません。なので、その前準備として金仁君の潜在能力を調べようと言うわけです。そこから金仁君の適性にあった魔法を習得し、力をつけてもらえればと」

「なるほど……」


 確かに、それは気になるな。

 マモンが言うには俺の魔力量は少ないみたいだが、もしかしたら増やす方法だってあるかもしれない。

 すると、猛が柔和な笑みを浮かべた。


「へぇ……面白そうですね。僕も見に行っても?」

「私も興味あるわ」

「え? え? み、皆さんが参加するのなら……」


 どうやら全員で俺の測定を見に来るらしい。

 そんなに期待されても困るんだが……まあこれから一緒に仕事をするわけだし、ある程度力を見ておきたいのかね。

 そんな皆の反応を見て、生徒会長は笑みを浮かべた。


「いいね、みんな金仁君に興味津々ってわけだ。それじゃあ全員で、金仁君の測定を見守るとしよう」


 何だかやりにくいな……。

 こうして俺は、全員に見られながら魔力測定を受けることになるのだった。


***


 ――――薄暗い部屋の中。

 蝋燭の明かりに照らされるのは、巨大で豪華な机。

その上にはありとあらゆる料理の皿が並んでいた。


「……」


 そんな中、黙々と机の上に並ぶ料理に手を付けては平らげていく部屋の主。

 しかも、食べていた。

 この異常ともいえる光景の中、部屋の隅に魔法陣らしきものが出現すると、中から二人の人間が現れる。

 一人はシワ一つないスーツを身に付け、顔には薄ら笑いを浮かべる男が。

 そしてもう一人は……金仁を襲撃した謎の男だった。

 ただ、謎の男の体は焼け爛れ、今にも死にそうになっている。


「――――マスター、ただいま帰還いたしました」

「んー? おかえりー」


 スーツ姿の男の言葉に、食事の手を止めることなく反応する部屋の主。

 だが、何かに気づくと一瞬手を止めた。


「およ? 何だかいい匂いがするね」

「それはこちらの者の匂いかと」

「ぁ……ま、マスター……」


 謎の男は、息も絶え絶えになりながら口を動かす。

 しかし、部屋の主は全く気にした様子もなく続けた。


「あちゃー。その様子だと、失敗したみたいだねぇ」

「はい。咄嗟に回収しましたが、少しでもタイミングが遅れれば、私も消滅していたでしょう」

「腐っても魔王かー。封印されてるならいけると思ったんだけどねぇ」

「残念ですが、契約もすでに終わっておりました。ただ、この者は魂の契約の仕様を知らず、殺そうとしたため、止めに入ろうとしたところ……」

「反撃を受けたってわけかぁ。何はともあれ、殺さなくてよかったよ」


 こうして会話を続けている間も、部屋の主は食事の手を止めない。


「それで、いかがいたしましょう」

「そうだねぇ……ひとまずそいつ、連れてきてよ」

「ぇ……」


 一瞬何を言われたのか理解できなかった謎の男。

だが、スーツの男はそんな様子を無視し、部屋の主に言われるがまま、謎の男を連れて行った。

 そして――――。


「それじゃあ――――いただきまーす」

「ひぃ!? や、やめ――――」


 ――――部屋に、肉と骨を嚙み砕く音が響き渡った。

 その後、しばらくの間咀嚼音が続くと、やがて嚥下する音が響く。


「いやぁ、いい匂いしてたからつい食べちゃった」

「……」

「それにしても、復活されたのは痛いなぁ。本当は復活前だと楽だったんだけど……まあでも、やることは変わらないけどね」


 部屋の主は食事の手を止め、スーツの男に一つの命令を下した。


「――――今度こそ、マモンの契約者を連れてきてよ」

「かしこまりました。それでは、『調達部隊』を向かわせます」

「うん、よろしくー。あ、ちゃんと生かした状態で持って来てね? 魔王は鮮度が命だからさ♪」

「かしこまりました」


 スーツの男は恭しく頭を下げると、足元に魔法陣を展開し、消えていく。

そしてまた、部屋の主は何事もなかったかのように食事を始めるのだった。

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