第11話

「あああああああああ!」

「熱い……熱いよぉ……!」

「嫌だ、や、やめてくれええええ!」

「お、俺の手が……足が……!」


 ――――灼熱渦巻く室内。

 そこはまるで、焦熱地獄のような阿鼻叫喚を極めていた。

 なんせ食材のように吊り下げられた人間が、そのまま焼かれているのだ。

 まさにこの世の地獄ともいえる場所に、スーツの男はとある人物を求めて訪れていた。


「相変わらず熱いですね」


 この地獄のような光景を前にしても、スーツの男は顔色一つ変えない。

 そしてしばらく部屋を進むと、目的の人物を見つけた。


「――――ルボイ」

「ん? これはこれは……料理長様じゃないですか。どうしました?」


 ルボイと呼ばれた男は、スーツの男を見ると恭しく頭を下げた。


「仕事です」

「ってことは、新たな食材の調達ですね。それで、ターゲットは?」

「――――強欲の魔王」

「!」


 スーツの男の口から出た言葉に、ルボイは目を見開く。


「料理長……さすがにそれは、俺一人じゃ無理だと……」

「確かに、他の魔王が相手ならそうでしょう。しかし、この魔王は封印が解けたばかりで力を失っています。それに、契約者もこの世界をよく知らないただの一般人です」

「へぇ……そりゃあ俺たちにとっては都合がいい。ただ、契約者はたまったもんじゃないでしょうねぇ」


 ルボイは強欲の魔王……マモンの契約者のことを考え、そう笑った。

 よほど強力な悪魔や神と契約でもしていない限り、他の魔王を相手にするのはまず不可能だ。それほどまでに魔王という称号は重い。

 しかし、魔王が力を失っており、なおかつ契約者の力もないとなれば、話は違った。


「でも、途中で契約解除されて逃げられたら厄介ですよ?」

「その心配はありません。なんせ、魂の契約を結んでいましたから。解除することは不可能です」

「ははっ! それなら確かに、何とかなりそうだ」


 力を失った魔王に、力も知識もない契約者。

 仮にも魔王の契約者なので油断はできなかったが、それでも捕獲できる可能性が高くなった。


「分かりました。ちょうどここの連中の仕込みも終わったところですし、行ってきますよ。魂の契約ってことは、生きた状態ですよね?」

「ええ、そうです。できれば早めにお願いします。マスターも腹を空かせてますから」

「任せてください。新鮮な魔王をお届けしますよ」


 スーツの男の命令を受け、ルボイは強欲の魔王と契約者の金仁を狙うべく、動き始めた。


***


 第五支部の面々との顔合わせを終えた俺は、生徒会長に連れられる形で訓練室にやって来ていた。

 場所だけは案内されていたものの、中に入るのは初めてである。

 訓練室は支部の廊下とはまた違った材質の壁と床でできていたが、近未来的な雰囲気なのは変わらなかった。

 すると、そんな壁と床を見て、マモンが落胆する。


『はぁ……つまらん』

「いきなりどうしたんだよ」

『この壁と床の素材は魔鉄鋼まてっこうと呼ばれるものだ。外の魔聖鉱に比べて魔力の伝導率などは落ちるが、かなり丈夫な素材だ。訓練する場としてはいい場所だろう。ただし、珍しくもなんともないつまらん素材というだけですべてが台無しだがな』

「でも一般市場に流せば……」

『ハッ!? そうだった!』

「そうだった、じゃないよ。隙あらば売ろうとしないでくれないか? 当然許可できないよ」

「残念……」


 生徒会長に止められてしまった。

目の前に金の匂いがする物で溢れてるのに何もできないとか辛すぎる。

 心の底から残念に思いながら床を見つめていると、生徒会長がため息を吐いた。


「はぁ……強欲の魔王はともかく、金仁君も大概だな……」

「そういう部分が契約者として最適だったのかもしれませんね……」

「契約した者と契約者は似るとはよく言うからね。何にせよ、魔法もそうだけど、金仁君にはこちら側のルールや法律をより徹底的に覚えさせた方がよさそうだね……」


 何だか知らない間に問題児みたいな扱いを受けていた。おかしい。

 俺はただ、自分の欲求に従っているだけなのにな。

 そんなことを考えていると、神屋敷先輩が近づいてきた。


「それでは金仁君。こちらを装着してください」


 そう言って渡されたのは、無骨な黒色の腕輪だった。


「こちらは、装着者の覚醒した魔力を直接刺激し、活性化させる道具です」

「はぁ……」

「現在、金仁君はマモンと契約したことで、体内に眠っていた魔力が覚醒しました。しかし、それだけでは魔法を使うことができません。魔法を使うには、覚醒した魔力を活性化させ、体内に循環させる必要があるのです」

「これを付けるだけでいいんですか?」

「ええ。その腕輪に付与された魔法が金仁君の魔力に反応し、自動発動しますので。そうすると、金仁君も魔法が使えるようになるでしょう」


 ひとまず腕輪を装着してみると、何と俺の腕のサイズに合わせて急に腕輪が縮んだ!


「なっ」

「今、金仁君の魔力量を測ってるところですね」


 腕輪のサイズが変化したことに驚いた直後、俺の体にも異変が現れる。


「何か……心臓が熱い……!」


 痛いとか、そういうものは何もないんだが、とにかく心臓部分が熱いのだ。

 するとその熱はゆっくりと動き出し、頭のてっぺんからつま先まで巡っていく。

 最初こそ熱が移動したことで体中が熱くなったが、少ししてからその熱はさっと引いた。


「な、何だったんだ?」

「どうやら活性化が終わったようですね。それに、計測結果も――――え?」


 もう測定が終わったようで、俺から腕輪を受け取った神屋敷先輩は、その腕輪を見て固まった。


「? 麗華、一体何が……!?」

「これはこれは……」

「え、えっと……」

「ハハ! とんだ雑魚じゃない!」


 神屋敷先輩の手に渡った腕輪を、第五支部の面々も目にすると、それぞれの反応を示した。

 生徒会長は神屋敷先輩と同じように固まり、猛は苦笑いを、薬師寺は困惑し、マナに至っては鼻で笑われる始末。

 ……どう見てもいい結果じゃなさそうだよなぁ。

 すると、測定結果の衝撃から正気に戻った生徒会長が、少し残念そうにしながら口を開いた。


「その……まず、君の属性だが、土属性と無属性に適性があることが分かった。とはいえ、他の属性が使えないわけじゃない」

「なるほど……それじゃあ俺は、その無属性と土属性の魔法の練習をすればいいんですか?」


 俺の問いかけに対し、生徒会長は言い辛そうにしながらも答えた。


「……そのことなんだが……君は、魔法が使えない」

「え?」

「いや、正確には魔法が使えないというより、魔法を発動させられるほど魔力がないんだよ」

「あー……」

『そんなもの、我輩が身をもって味わっとるわ』


 マモンが散々俺の魔力が少ないって言ってたもんな。


「俺、そんなに少ないの?」

『ありえんほどにな』

「マジか」


 今まではそんなこと言われてもピンとこなかったが、生徒会長たちの反応を見ていると本当なんだなぁ。

 とはいえ、散々マモンから少ないと言われていたので驚きもなかったし、特に気落ちもしていない。

 むしろ今までは魔力がない中で生活してきているので、そんな不思議な力がなかったと言われても『そっかー』くらいの認識だった。

 ただ……。


「この魔力量だと……君がこれから先この幻想対策部で活動していくのは厳しいかもね」

「え、何でですか!?」


 待ってくれ、それは困る。

 ここで切り捨てられたら、金が稼げなくなるのだ!


「もちろん、君を除隊させるとか、そう言う話ではないんだけど……昇格は難しいだろうな」

「え!?」

「……この組織は幻想種を相手にするので、一般人では戦うこともできないんですよ」

「強欲の魔王の力があればもしかするかもしれないが……」

『……』


 生徒会長はそう言いながらマモンに視線を向けるが、マモンは一切無視し、黙っていた。

 それにしても……昇格できないのか……それじゃあ俺は、これ以上稼ぐことができないってのか……?


「何か……何か昇格するための方法ってないんですか……?」

「残念だけど……」

「アンタさぁ、いい加減現実見たら?」

「マナ!」


 すると、俺の測定結果を鼻で笑ったマナが、心底侮蔑した様子でそう口にした。

 すぐに生徒会長が咎めようとしたが、マナは止まらない。


「支部長には悪いけど、魔王と契約してても能力が使えず、魔力もないんじゃ役立たずじゃない――――『火炎弾』」


 その次の瞬間、マナは訓練室の壁に向かって、炎の弾丸を撃ち出した。

 炎の弾丸は人間の頭ほどのサイズがあり、壁にぶつかると激しく燃え盛る。


「いい? これが魔法。幻想種に対抗するための力よ。手加減してるけど、この程度でも幻想種はダメージを与えられないことだってあるのよ。そんな相手に、戦うすべのないアンタに、何ができるってわけ?」


 なるほど、そう言われてしまえば、力のない俺にはどうすることもできないだろう。


「……とんだ無駄足だったわね。それじゃ」


 マナはそう言い捨てると、背を向け、去っていった。

 何とも言えない空気が漂う中、生徒会長が口を開く。


「ま、まあ魔王の契約者である君を保護したことには変わらない。だから、あまり気を落とさないでくれ。魔力だって少しずつとはいえ、増えていくわけだしさ」

「どれだけ時間がかかるか分かりませんが」

「麗華!」


 マナに続き、何故か神屋敷先輩も俺から興味を失ったような態度で、その場から去ってしまった。

 そんな先輩を生徒会長も追っていく。

 猛は苦笑いしながら一瞥すると、同じく去っていった。

 最後に残った薬師寺は、どこか心配そうな表情を浮かべると、俺に頭を下げ、訓練室を後にするのだった。

 こうして一人訓練室に取り残された俺。

 すると、マモンが鼻で笑った。


『フン。見事なまでの掌返しだなぁ? 金仁。ま、貴様の魔力量を見れば、そんな反応もしたくなるか……』

「困ったよなぁ」

『……貴様、あんな露骨に態度を変えられたというのに、やけにあっさりしてるな』

「そうか? まあ俺の魔力がないってのは事実なんだし、いちいちそんなことで落ち込んでられるかよ。それならどうするか考えたりする方が大事だろ? 時は金なりってな」


 俺の言葉に、マモンは頷いた。


『確かにそうだな』

「それはそれとして、ひとまず魔法の勉強くらいはしとかねぇとな。あと、法律関連もか……」

『魔法が使えんのに、魔法について学ぶのか?』

「当たり前だろ? 知ってるのと知らないのじゃ大きな違いだ。俺が使えなくても、相手がその魔法を使ってきた場合、知ってたら対処できるかもしれねぇ」

『今の貴様では、どんな攻撃も避けるのすら難しそうだがな』

「可能性を増やすってだけだよ。てか、お前も少しは手伝えよな?」

『何故我輩がそんなことをせねばならん』

「あのなぁ、俺が死ねばお前も死ぬんだろ? なら、無力な俺が少しでも生き残れるように手くらい貸せ」

『ぐっ……それは……』


 言葉に詰まるマモンだったが、やがて大きなため息を吐くと、周囲に目を向けた。


『はぁ……周りには誰もいないな?』

「え? ああ、皆どこか行っちゃったしな」


 そう言うと、マモンが真剣な表情で俺を見ると……。


『貴様が少しでも生き残るために、我輩の力を教えてやる』


 そう、告げるのだった。

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