第9話

 まるで月の輝きを切り取ったような、一つにまとめられた白銀の長髪。

 瞳は星空のように黒く煌いている。

 学校だけでなく、ここらへんでも美少女として有名なその整った顔は、今は怒りの表情に染まっていた。


「金兄? どういうことか説明してくれるよね?」

「い、いや、その……ひとまず、ただいま?」

「お・か・え・り。でもさ、今そんなこと言ってる場合じゃないよね?」

「は、はい……」

「連絡もしないで帰ってこなかったのはどうして?」


 なんて説明したもんかと頭を悩ませていると、俺たちのやり取りを見ていたマモンが口を開く。


? 貴様、妹にそんな失礼な呼ばれ方してるのか!?』

「金ねぇじゃねぇよ! お前の方が失礼だろ!」

「……金兄?」

「あ……」


 ついマモンの言葉にツッコむと、月子が笑みを浮かべた。

 ま、不味い。この笑みは、本気で怒ってるときのやつだ……!

 恐怖に顔を引きつらせていると、家の奥からもう一人現れる。


「月ー? どうしたー? って……兄貴!?」


 これまた月子とは対照的に、まるで太陽のように輝く金髪を持つ男子。

 それを逆立てるようにセットしているせいか、どこかライオンのような印象を受ける。

 瞳は燃え盛る炎のように赤い。

 そんな目を見開く相手に、俺は恐る恐る手を挙げた。


「た、ただいま、陽児……」

「お、お帰り……って、どこ行ってたんだよ!?」


 一瞬呆けた陽児だったが、すぐに正気に返るとこちらに詰め寄って来た。


「ま、まあ色々あってさ……」

「色々って……こっちは心配したんだぞ! 最近は物騒な話題も出てるし……」

「まあまあ……二人ともいい歳だしさ、わざわざ連絡しなくてもいいかなーって……」

「そう、私たちよりいい歳した金兄は、家に一報を入れることもできないんだね」

「……大変申し訳ありませんでした」


 月子の言うことはもっともなので、俺は素直に頭を下げた。

 すると、月子は大きなため息をついて、俺に抱き着いてくる。


「……心配したんだよ?」

「……ん、ごめんな」


 俺は軽く背中を叩いてやると、少ししてから月子は離れた。


「……許してあげる。でも、今度からはこんなことがないようにしてね」

「分かったよ」

「……改めて、お帰り。夕飯の用意できてるからね」


 月子はそう言うと、家の奥に引っ込んでいった。

 そんな月子を見て陽児が苦笑いを浮かべる。


「まあ月は心配し過ぎな気もするけど……とりあえず、帰らないときは連絡があると嬉しいな」

「気を付けます……」

「まあいいや。早く夕飯食べようぜ! 俺もう腹減っててさー。兄貴も早く来いよー」


 陽児もそう言いながら、家の中に入っていった。

 すると、俺たちのやり取りを見ていたマモンが口を開く。


『あの二人は双子か?』

「まあね」

『貴様とは似てないな』


 確かにマモンの言う通り、俺と月子たちは似ていない。

俺は黒髪黒目だが、二人は銀髪に金髪と、かなり人目を惹く。

母さんも黒髪黒目だったので、可能性としては父親の遺伝が考えられるが……父親どころか親戚は誰一人分からないので、調べようがなかった。


「とりあえず、お前は大人しくしててくれよ?」

『フン、仕方ないな……』


 マモンにそう伝えつつ、俺も家の中に向かうのだった。


***


「はあ? 引っ越す?」


 夕食時。

 俺は二人に襲われたことなどは隠しつつ、マンションに引っ越すことを伝えた。

 当然だが、突然の引っ越し宣言に二人は目を見開く。


「ちょ、ちょっと待ってよ! いきなりそんなこと言われても……」

「そもそも、そんな金あるのかよ?」

「それは心配ない。新しいバイト先が用意してくれたんだ」

「新しいバイト先って……それ、変なバイトじゃないよね?」

「大丈夫だよ」


 実際はかなり変な仕事だが。

 とはいえ、二人をこの妙な世界に巻き込むわけにはいかない。


『……もはや貴様が貧乏なのは分かり切っていたが、これは酷すぎないか?』

「(黙ってろ)」


 すると、俺たちの夕食を見たマモンが、頬を引きつらせていた。

 月子と陽児の前にはそれなりのものを置いているが、俺の前にはそこらへんで採れた雑草やら、肉の切れ端なんかで作られた炒め物が置かれているだけだ。


「で、でも……それだけ待遇いいなら、大変な仕事じゃないの?」

「そうだよ! 金兄はいつも私たちのためにご飯譲ってくれるけど、金兄こそ食べなきゃ!」

「俺はいいんだよ。そこら辺の草でも腹は膨れるしさ」

『貴様、ベルゼブブ並みの悪食だな……』


 誰が魔王並みじゃ。

 二人にバレないようにマモンを睨みつけていると、陽児がふと呟く。


「引っ越しするのは分かったけど……この家はどうするんだ?」

「あ……」


 月子も陽児の言葉で気づいたのか、表情を曇らせた。


「安心しろ。この家も引き続き所有することになってる」

「え?」

「そ、それじゃあ、ここにはいつ来てもいいってこと?」

「そうだな。まあ何もないけど」


 俺の言葉に二人は顔を見合わせると、笑みを浮かべた。

 やはり二人にとって、ここは母さんと過ごした思い出の場所なのだ。できることなら残しておきたいだろう。


「さてと。明日は学校もないし、早速引っ越すことになってるから、色々手伝ってくれよ?」

「う、うん!」

「まあ元々この家には何もないし、引っ越し作業も楽そうだけど」


 そりゃそうだ。

 ――――翌日。

三人で引っ越しの作業を終えると、新しい家での生活がスタートするのだった。

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