第5話
「か、神屋敷先輩……?」
予想外の人物に驚いていると、神屋敷先輩はその無機質な表情で俺を見つめる。
「体の調子も問題ないようですね」
「え? あ……は、はい。まだ少し痛みますけど……んん?」
……あれ? よくよく考えれば、その程度で済んでいるのはおかしい。
謎の男に殴り飛ばされた俺は、確実に体のあちこちの骨がへし折れていたはずだ。
それが今は、打ち身程度の痛さしか感じられず、ギプスで固定されてるなんてこともない。
自分の体の調子に驚いていると、神屋敷先輩は淡々とその様子を眺めつつ、一瞬マモンに視線を向けると、再び俺に向き直る。
「……起きて早々に申し訳ありませんが、ついて来てください」
そしてそれだけ告げると、神屋敷先輩は部屋の外に出て行ってしまった。
あまりにも急展開すぎる現状に唖然とする俺だったが、すぐに正気に返る。
「な、何なんだ、一体……ここって神屋敷先輩の家なのかな……? マモンは何か知らないか?」
『知らん。我輩も目覚めた時にはこの場所だったからな。何にせよ、警戒は必要だ』
「そりゃそうだが……」
危害を加えてくるような様子はないが、まだまだ油断はできない。
俺は神屋敷先輩のことを同じ学園の先輩で生徒会副会長をしているってことくらいしか知らないのだ。
敵である可能性だって十分ある。
そんな風に思っていると、俺はふとあることに気づいた。
「そういや……神屋敷先輩、お前に視線を向けてたけど、今のマモンって他の人にも見えるのか?」
『前はともかく、今の我輩は実体を維持する魔力すらない、霊体の状態だ。一般人どもにはまず見えん。しかし、体内の魔力が活性化していたり、神や悪魔……つまり幻想種と契約している者は、霊体であっても感知することができる』
「つまり、神屋敷先輩は俺みたいに何かと契約してるってことか?」
『そんなもの我輩が知るか。さっきも言ったが、体内の魔力が活性化していれば、霊体の我輩を感知することは可能だ。契約者である必要はない』
「魔力……そう言えば、そんな単語も出てたな……」
あまりにも色々なことがあり過ぎて、すっかり聞きそびれていた。
『ともかく、警戒を忘れるなよ? 貴様が死ねば、我輩も死ぬのだからな!』
「わ、分かってるよ」
マモンの言葉に頷きつつ、俺は神屋敷先輩を追って部屋の外に出るのだった。
***
「こちらです」
「……」
神屋敷先輩に案内について行く俺。
その際、周囲を見渡すと、俺が寝かされていた部屋のように、無機質な廊下が続いていた。
この壁や床は……金属、なのか? 少なくともコンクリートやタイルなんかじゃない。
よく分からない材質の壁と床には、これまた謎のラインが走っており、そのラインを光が駆け抜けていく。
イメージとしては、未来の宇宙船内や、SF系の秘密基地なんかにありそうな壁だった。
すると、そんな廊下を見ていたマモンがつまらなさそうに呟く。
『フン。
「は? 魔聖鉱?」
これまた聞き馴染みのない単語に首を傾げると、マモンはため息を吐きながら教えてくれた。
『この廊下には魔聖鉱という素材が使われている。あらゆる鉱物の中でも抜群な魔力伝導率を誇るため、魔法の発動媒体として非常に優秀だ。硬度もそれなりだが、武器に加工するには心許ない。あくまで魔法の補助具の素材として使われることが多い』
「そ、そんな金属聞いたこともないんだが……」
『この世には我輩のような存在だけでなく、貴様らが御伽噺として認知しているような武具やアイテムなども存在しているというだけだ。所詮、貴様らの見えていた景色は、世界のほんの一部にすぎん』
「……」
マモンの言葉に、俺はただ納得することしかできなかった。
今まで生きてきた中で、マモンのような悪魔がいることも、この廊下に使われているような未知の素材があることも知らなかったのだ。
『ここが何なのか知らんが、金目の物もないつまらん場所だ』
「いや、そうでもなくね?」
『何がだ?』
「少なくとも、普通に生きてきた俺はこの素材を知らなかった。つまり、世の中でこの素材を知ってる人間も少ないわけだろ? それなら、この素材をどっかの企業に持ち込めば金になるんじゃねぇか……?」
『こんな物がか? 確かに貴様ら人間にとっては希少かもしれんが、他にも希少な鉱物はたくさんあるぞ?』
「そうかもしれねぇけど、これはこれで金になるってことだよ。未知の素材であることには変わりないんだしさ」
『……なるほど。確かに我輩や目の前の女たちからすれば、身近なものだ。だが、貴様のような一般人は違うと……おお、金の匂いがしてきたぞぉ……!』
「これ、剥いで持ち帰っちゃダメかな?」
『いい! 我輩が許可する!』
「ダメに決まってるでしょう」
俺たちが魔聖鉱を剥ぎ取れないか考えていると、呆れ果てた神屋敷先輩が止めてきた。
「黙って聞いていれば無茶苦茶な……どういう神経をしていたら、そんな発想に至るんですか」
「だって金になるし……なあ?」
『うむ。間違いない』
「何を言われてもこの廊下を壊すことは許可できませんし、魔聖鉱を一般市場に流すのはもっとダメです」
これ以上ない最高の提案だったのに、神屋敷先輩に一蹴された。つまんね。
マモンと俺は大きなため息をついていると、神屋敷先輩が立派な扉の前で立ち止まった。
「二人をお連れしました」
「入って来て」
神屋敷先輩に続いて俺たちも部屋に入ると、そこは近未来的な廊下とは打って変わり、アンティーク調の家具がたくさん置かれたシックな内装だった。
立派な本棚には難しそうな本が並べられ、黒の質のいい革張りのソファに、これまた高そうな木製のテーブル。
そんな内装を眺めた俺とマモンは、自然と口を開いていた。
「『金の匂いがする……』」
「……」
「――――あはははは! 面白い子たちだね」
「!」
俺とマモンの言葉に呆れて物も言えない神屋敷先輩に対し、明るい笑い声が部屋に響いた。
すっかり部屋の家具に目を奪われていた俺は、すぐに声の主に視線を向けると……。
「え……せ、生徒会長……?」
「こうして直接会話をするのは初めてだね? ――――欲沼金仁君」
そこにいたのは、我が学園の生徒会長……炎ノ宮雅先輩だった。
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