第4話
「……ん……ん?」
俺は瞼を開くと、見知らぬ天井が目に飛び込んでくる。
ぼんやりとその天井を眺めていた俺は、意識が覚醒してくるにつれ、周囲を見渡した。
他の家具も棚と机、椅子が一つずつといった、非常に簡素な内装で、これと言った特徴はない。
どうやら俺は、この無機質な部屋で寝かされていたようだ。
そしてこの場所に見覚えはまるでない。
ゆっくりと体を起き上がらせると、体に鈍い痛みが走る。
「いってぇ……ここは……?」
『気が付いたか』
「!」
不意に聞こえた言葉に俺は反応すると、すぐさま声の方に視線を向ける。
するとそこには、あの奇妙な緑の小人が浮いていたのだ。
「お、お前は! ってことは、アレは夢なんかじゃない……!?」
『我輩としては夢であってほしいがな……』
唖然とする俺の言葉に、小人は心の底からため息を吐いた。
……どうやら、本当にあの一件は夢ではないようだ。
俺を襲った謎の男と豚男は現実だったわけか……ただ、こうして拘束もされずに寝かされてるということは、何とか逃げ切れたのだろう。
しかし、どうやって逃げたのかも分からなければ、この場所が何なのかも分からない。
逃げ切れたというのは勘違いで、この場所も結局敵の本拠地なんてこともあり得るだろう。
周囲を見渡しつつ、そんなことを考えていると、小人は再びため息を吐いた。
『まったく、情けない……貴様の魔力が多ければ、こんなことには……そもそも、何故こやつと魂の契約なんかを……』
「何の話だよ……て、あれ? お前の体、透けてね……?」
またも訳の分からないことを口にする小人に首を傾げていると、小人の姿が記憶と違い、透けていることに気づいた。
そんな俺の態度を見て、小人は怒鳴ってくる。
『誰のせいだと思ってる! 貴様の魔力が貧弱なばかりに、我輩の肉体を維持する魔力すら浪費することになったのだぞ!?』
「んなこと言われても知らねぇよ! 大体、お前は何なんだよ!」
俺は訳も分からないまま襲われたんだ。
そのうえ妙な小人まで見え始めて……あれか? 働き過ぎで幻覚でも見てんのか?
『ふん! 知らないのならば、特別に教えてやろう……』
いよいよ自分の頭の心配をし始めると、小人は偉そうに胸を張った。
『――――我輩は強欲の魔王、マモンである!』
そして、これ以上ないほどの得意げな表情をこちらに向けてきた。
そんな名乗りを受けた俺は、思わず鼻で笑う。
「強欲の魔王ぉ? ケッ! 大層な肩書だなぁ? どう見ても小人にしか見えねぇよ」
『何だと!? そう言う貴様は誰なんだッ!』
「欲沼金仁だ」
『金仁ぉ? フッ……貴様に似合わぬ贅沢な名だな……』
「んだとゴラァ!」
『やるか、貴様!』
「『ぐぎぎぎぎ……はぁ……』」
互いに額をぶつけて唸るものの、これが不毛な争いであることは分かっているため、同時にため息を吐いた。
するとマモンは少し、考え込む様子を見せる。
『欲沼、か……あの女とは関係ないのか……?』
「あ?」
『……いや、何でもない』
何なんだよ一体……。
というか、コイツが本当に強欲の魔王とやらなのであれば、俺が襲われたのはコイツのせいってことになる。
「お前は一体何なんだ? そもそも、どうしてコインにお前が……」
『それを言うのなら、我輩だって……どうしてよりによって、貴様のような貧相な存在と魂の契約を……』
心底あきれ果てた様子でそう口にするマモンにキレそうになるが、ここで俺が怒鳴ればまた言い争いが繰り返されるだけだ。
俺は怒りをぐっと飲み込み、聞きたいことを訊ねる。
「……俺には何もかも訳が分からないんだよ。お前みたいな存在がいることも信じられねぇし、魂の契約だって何のことだか……」
『はぁ……本当に何も知らんのだな……まあいい、それならば教えてやろう。本来ならば有料ものだぞ?』
マモンは呆れた様子を見せつつ、説明を始めた。
『見て分かる通り、我輩は悪魔だ』
「……そうなのか?」
『そうだろうが!』
いや、そう言われても……。
緑の小人なんて見たことないが、悪魔だと言われてもピンとこない。
俺の悪魔像といえば、蝙蝠の羽が生えてて、全身黒色の人型みたいな……少なくとも、目の前の緑の小人を見て悪魔だと思うことはない。
「そもそも、悪魔って存在するのか……?」
『現に貴様の目の前にいるではないか』
「いや、そりゃそうなんだが……」
『……本当に我輩らとは無縁の生活を送って来たのだな』
マモンはため息を吐くと、真剣な表情を浮かべる。
『よいか? この世には貴様ら人間だけが存在しているわけではない。我輩のような悪魔はもちろん、魔物や妖怪といった魑魅魍魎から、天使や神々など、数多くの者たちが存在しているのだ』
「はあ? 神? マジで?」
ここまで来ると、悪魔やら魔物やらは存在するのかなと受け入れることはできる。
事実、こうしてマモンは目の前に存在し、さらに俺は豚男に襲われたのだ。アレが何なのかは分からないが、妖怪や魔物の類だと言われれば、まだ納得できる。
しかし、神は違う。
もし本当に神が存在するのなら、色々ヤバイというか……何でもできるだろう。
それこそ世界を創ったり、人間を生き返らせたり……。
何なら、天使と悪魔は争ってるイメージなので、悪魔という概念そのものを消し去ることすら可能だと思っている。
すると、マモンはそんな俺の心情を見透かしてか、鼻で笑った。
『貴様が何を考えているのか何となく想像つくが……神は全知全能のような、万能な存在ではないからな』
「そ、そうなのか?」
『当たり前だろう? もしこの世に完璧な存在がいるのだとしたら、不完全な世界や生物なんてものをわざわざ生み出す必要がない。ただ完璧な存在があるだけですべてが完結するからな。だからこそ、貴様ら人間が想像する全知全能の神といった、都合のいい存在はない。……まあ、強大な力を持っていることに変わりはないが』
「な、なるほど……」
『ともかく、貴様が何を思おうが、この世には我輩のような者たちが存在しているのだ。そして、魂の契約とは……そんな我輩らと人間が結ぶことのできる契約の一種だな』
「で、でも俺、お前と契約した覚えなんてねぇぞ?」
確かにあの時は生き延びるのに必死で、マモンも金銭による取引を持ち掛けてきたが、それが結ばれる前からすでに魂の契約とやらが済んでいたのだ。
すると、マモンは不機嫌そうに続ける。
『そんなもの、我輩が知るか! いつの間にか結ばれていたのだから仕方ないだろう!? 我輩だって不本意だッ!』
「……よく分かんねぇけど、その様子を見る限り、お前にとって不利な契約なのか?」
『はあ!? 不利かだとぉ!?』
俺の質問がよほど気に障ったらしく、俺に顔を寄せてきた。
『魂の契約のせいで、貴様が死ねば我輩も死ぬのだ! そのせいで我輩が生きるためには貴様を守らねばならんのだぞ!? これがどういうことか分かるか!? 我輩が最も嫌う、無償の協力を強制されているようなものなのだ! なんせ我輩が手を貸さずに貴様が死ねば、我輩まで死ぬんだからなぁ!』
そう言えば、気を失う前に俺とマモンの命が繋がってるみたいなこと言ってたな……
つまり、今の俺はマモンと命がリンクしており、死にたくないマモンは、必然的に俺を助ける必要があると。
『何故強欲の魔王たる我輩がこのような状況にならねばならんのだ……!』
「それはこっちのセリフだよ! 第一、お前が強欲の魔王とやらだから、俺も狙われたんだぞ!? そもそもどうして狙われてるんだよ! 何かしたんじゃねぇのか!?」
俺がそう訊くと、マモンは苦い表情に変わる。
『……何もしてない、はずだ』
「ああ? 歯切れが悪いな」
『我輩が魔王である以上、その力や能力を求める輩は多いのだ。それこそ、他の魔王からすれば、封印されていた我輩など、美味い餌にしか見えんだろうよ』
「はあ? 魔王なんて大層な肩書を持つヤツが何人もいるのかよ?」
『……そうか、そこも説明せねばならんのか……七大罪って言葉は?』
「そりゃあ何となく聞き覚えはあるが……」
『傲慢、憤怒、嫉妬、暴食、色欲、怠惰、そして強欲の七つの罪のことだ。そしてそれぞれの大罪を司る悪魔こそ、魔王と呼ばれている。その中で我輩は強欲を司っているというわけだ』
まあマモンって強欲そうな顔はしている。もうこれ以上ないくらいにがめつそうだ。
『他の魔王どもはそれぞれ権力や領土を巡って争っておるからな。少しでも戦力が欲しいのだろう。それに対して我輩は魔王ではあるが、権力も領土も興味はない。だからこそ、我輩の力を上手く利用したいのだろうよ』
「何て迷惑な……」
『まったくだ』
つまり、コイツが強いばかりに狙われると……。
母さんの形見だから悪く言いたくはないが、どうしてこんなものを俺に託したんだ?
いきなり悪魔や神だの言われても分かんねぇし、どうしたらいいんだよ……。
思わず頭を抱えていると、突然、部屋の扉が開いた。
「――――目が覚めましたか」
「!?」
つい警戒しつつ、声の主に視線を向けると……。
「か、神屋敷先輩……?」
そこには……同じ学園の副会長、神屋敷麗華が立っていたのだった。
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