第3話

「我輩――――ふっっっっかああああああああああああつ!」


 そう言いながら現れたのは、タキシードにシルクハット姿の緑色の小人。

 小人とは言っても、その大きさは五歳児くらいはある。

 特徴的なのは、大きな鷲鼻に、鋭い金色の瞳。

 モノクルを装着したその様相は、一見貴族のようにも見えるが、その顔から強欲そうな性格が見て取れた。

 再び追加された非現実的な光景に思考が追い付かず、ただ固まっていると、謎の男が目を見開く。


「馬鹿な……封印されてたんじゃねぇのかよ!?」

「んん? 何だ、この状況は?」


 すると、俺たちの存在に気づいた小人が、周囲を見渡しながらそう呟いた。

 そして、小人の視線が俺で止まった。


「ほう、ほうほう。どうやら貴様にとって、危機的状況らしいなぁ?」

「な、何?」


 小人は俺の方に近づきつつ、悪魔のような笑みを浮かべる。


「我輩は今、気分がいい。条件によっては、貴様を助けてやらんでもないぞ? んん?」


 一見、隙だらけのように見える小人だが、その身に纏う気配のせいか、男たちも手を出せずにいた。

 自身の絶対的優位を疑わないその様子に、俺は苛立つものの、この際、頼れるものは何でもよかった。


「な、何だよ、条件って! その条件さえ飲めば、助けてくれるのかよッ!」


 必死に縋る俺を見て、ますます笑みを深める小人は、鷹揚に頷く。


「もちろんだとも。何、簡単なことだ――――金だよ、金」

「か、金!?」

「そうだ。簡単なことだろう?」


 なんてことのないようにそう告げる小人。

 俺にとって、金は何よりも大切なもの。

 稼いだ金の全ては、月子たちのためのものなのだ。

 しかし、ここで金を払わねば、俺の命はない。

 そうなると、金も何も無意味になる。

 すると、言葉に詰まる俺を見て、小人の目から一気に興味の色が消えた。


「何だ、金がないのか。ならばもう、貴様に用は――――」


 だが、そう言いかけた小人は、何かに気づき、目を見開く。


「は? ま、待て! 何だ、これはどういうことだ!? 貴様、何をした!」

「え?」

「な、何故貴様と我輩の間に――――【魂の契約】が結ばれているのだ!?」


 聞き慣れない単語に首を捻る中、小人の視線を辿ると、いつの間にか俺の心臓部から青白い妙な糸状のエネルギーが放出されており、それが小人の心臓部分と繋がっていたのだ。


「ま、まさか……あの女、我輩の知らぬ間にこんな細工を……!? ってちょっと待て。よくよく考えると今の我輩、封印のせいで魔力が……こ、この状況、非常にまずいのでは……?」


 よく分からないが、どうやら小人にとって、この糸状の物はあまりいい物ではないようだ。

 逆に言うと、俺からすればこれはチャンスかもしれない。この状況を使って、何とかこの小人に助けてもらわねぇと……!

 だが……。


「魂の契約だと? ……失敗だ。残念だが、まとめて処理する」

「なッ!?」


 今まで小人の気配に気圧されていた男たちの雰囲気が一変したのだ。

 男たちの気配に気づいた小人は、さっきまでの余裕な態度を一変させ、焦り始める。


「ま、待て! 話し合おうではないか! な!?」

「な、何だか知らねぇが、この状況をどうにかしてくれッ!」

「何だと貴様! この我輩に指図するとは……! ま、まあいい、こうなれば貴様の魔力を使って――――」


 そこまで言いかけた小人は、何かに気づくと絶句し、俺に詰め寄る。


「き、ききき貴様! 何だこの貧しい魔力量は!? これでは下級魔法の一つも放てぬではないか!?」

「はあ!? 何の話だよ! そもそも、さっきまで自信満々だったじゃねぇか! それなら俺の何かを当てにせず、テメェの力でどうにかしてくれよ!」

「そ、それが、封印のせいで魔力が残っておらんのだッ!」

「なっ!?」


 魔力が何なのかよく分からないが、この状況を切り抜けるために必要な力だったのだろう。

 だが、この小人には今の状況を覆せるだけの魔力が残っていないらしく、俺の魔力とやらも全くないようだ。


「じゃ、じゃあどうするんだよ!」

「と、とにかく逃げろ! 魂の契約を結んだせいで、貴様が死ねば、我輩も死んでしまうのだ!」

「何だって!?」


 結局、コイツは俺を助ける手段がない上に、いつの間にか結ばれていた魂の契約とやらのせいで、俺の生死がコイツの生死にも直結するらしい。


「こいつはいいことを聞いたな。普通に戦えば、俺なんかが勝てる要素は一つもねぇが……運が悪かったと諦めろ。おい、殺れ」

「フシュゥゥ」


 男の命令に従い、豚男がどんどん距離を詰めてくる。


「お、おい! 早く逃げろ!」

「できるなら、そうしてるってのッ! でも体が……!」


 マジであの男、どんな力で殴ったんだよッ!

 まるで交通事故にでも遭ったような、そんな衝撃が体を襲ったのだ。

 恐らく全身の骨が折れてるだろう。まともに動くことができない。

 すると、小人が忌々し気に豚男を睨んだ。


「ええい、このまま死ぬくらいなら! いでよ――――【万魔殿パンデモニウム】!」

「なッ!?」


 小人が天高く腕を突き上げると、突然上空を黒雲が覆った。


「クッ! 封印明けにこの浪費はキツすぎる……! このツケは必ず支払ってもらうぞッ!」


 苦しそうに呻く小人だが、その様子を見て男の形相が変わった。


「不味いッ! 早く仕留めろッ!」

「プギィィィイイイ!」


 人知を超えた速度で襲い来る豚男に対し、小人は苦しそうにしながらも笑った。


「残念だが、もう遅いッ!」


 次の瞬間、上空から巨大な漆黒の門が降りてくる。

 その門は禍々しくも精巧な彫刻が施されていた。

 なんだ、これは……降りてくる門から目を離すことができない。

 何より、ただそこに存在しているだけで、体の芯から震えあがるような……強烈な寒気に襲われたのだ。

 一つだけ分かるのは、あの門は……とにかくヤバイ。


「最後の最後で運がいい……黒門を引き当てるとはなぁ! さあ、滅ぼせッ!」


 そして、門が開かれた瞬間――――。


「あ――――」


 周囲を塗りつぶすほど強烈な光が放たれた。

 そのあと、大地が揺れるほどの轟音が鳴り響く。

 何が起こったのか、まったく分からない俺だったが、急に意識が遠のいていくのを感じた。


「くぅぅぅ……! 我輩とコイツの魔力を絞り出しても一秒にも満たない召喚とは……! さすが黒門からの召喚神。だが……乗り越えたぞ……ああ、クソ……我輩も限界だ……」


 同じように倒れ行く小人。

 そして、消えていく門の向こうに、黒雷を手にした老人が一瞬見えたところで、俺の意識は闇に落ちていくのだった。

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