第2話
「……これを配達すれば終わりだな」
学校から帰宅すると、俺はすぐさまコンビニのバイトに向かい、それが終わると仮眠をとるために再度帰宅。
二時間くらい仮眠をとると、そのまま早朝の新聞配達に向かうというのが、俺の日常だった。
なので、たまにある休日以外は寝る時間はほとんどなく、少しでも長く寝るためには出来るだけ早く仕事を終わらせる必要があった。
昔は料理も俺が作っていたが、今は月子が皆の朝食や弁当を用意してくれているので、そこに時間を割かないで済むのは有難い。
「はぁ……もっと金があればなぁ……」
金さえあれば、月子たちを苦労させずに済む。
そうすれば俺もバイトの時間を勉強に回して、少しでもいい企業に就職し、万が一月子たちに何かあった時のための貯金も用意できるだろう。
しかし、俺たちには頼れる親戚もない。
物心ついたころにはすでに母さんだけだったし、父親は顔すら分からなかった。
おかげで祖父母や親戚一同不明である。
だから、俺が頑張るしかないんだ。
すべての作業を終え、急いで帰宅する俺。
すると、ふと目の前に異様な雰囲気を放つ男がいた。
「何だ……?」
その男は、春も終わりかけの暖かい季節だというのに厚手のコートを羽織っており、中折れ帽をかぶっている。
地元なのでここら辺に住む人間は何となく見知っていたが、目の前の男は完全に初見だった。
……何故か分からないが、目の前の男から嫌な気配を感じた俺は、自転車を加速させ、すぐに追い越そうとした。
だが――――。
「――――みぃつけた」
「!?」
突然、男が俺に視線を向け、ゾッとするような笑みを浮かべたのだ。
そして、追い越そうとした俺の自転車が、いきなり横から大きな衝撃を受け、吹っ飛ばされた。
「ぐっ……! 何なんだ!?」
何とか受け身をとったことで大きな怪我こそなかったが、それでも軽い打ち身をしてしまった。
俺はすぐさま衝撃の正体に目を向けると――――。
「は? な、何だよ、お前……」
「――――フシュウゥゥ……」
そこには、豚の頭を持つ大男が、仁王立ちで俺を見下ろしていたのだ。
しかも、その手には巨大な鉈だか包丁だかが握られており、刃の先から赤い液体が流れ落ちている。
理解の追い付かない俺をよそに、先ほどの男がこちらに近づいてきた。
「ようやく見つけたぜ?」
「な、何なんだよ、お前らは……!」
いきなり現れた豚男に、謎の人物。
豚男はコートの男に反応を示さないため、恐らくこの二人は何らかの関係があるのだろう。
それはともかく、俺はいきなりこいつらに襲われた理由が分からなかった。
すると、混乱する俺を見て、コートの男は鼻で笑う。
「俺たちのことはどうでもいい。お前はただ、お前の持っている【強欲の魔王】をこちらに渡せばいいだけだ」
「はあ? 何の話だよ……!」
強欲の魔王? 何だ、何の話をしてるんだ……!
当然、俺はそんなものも、そしてこいつらのことすら知らない。
「いきなり現れて訳の分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ! 誰か! 誰か助けてくれ!」
あまりにも非現実的すぎる状況に少し冷静になった俺は、すぐさま大声で周囲に助けを求めた。
今は早朝だからこそ、周囲に人の気配はないが、ここは住宅街。
これだけ騒げば絶対に誰かが気づいてくれるはず。
そう思っていると……。
「無駄だ。すでに結界を張ってここら一帯を隔離してある。お前がどれだけ騒ごうが、誰もお前に気づくことはないぞ」
「け、結界? お前ら、一体何なんだよ……!」
訳の分からないことを抜かすコートの男に困惑するものの、何故か一向に誰も助けに来ない。
それどころか、周囲から人の気配が一切感じられないことに気づいた。
「だから、何度も言わせるな。俺たちの存在なんざどうだっていい。結界がある限り、誰もお前を助けに来ない。お前はただ大人しく、魔王を渡せばいいんだよ」
明らかに話が通じない……というより、相手は俺に説明する気は一切ないみたいだ。
それでも一つ分かるのは、このままだと確実にヤバイということ。
俺は少しずつ後ろに後退すると、そのまま一気に男たちとは逆方向へ駆け出した。
「おいおい、この状況で逃げられると思ってんのかよ」
「!? がはっ!」
だが、一瞬で俺の前にコートの男が現れると、男の拳が俺の腹にめり込んだ。
その威力はすさまじく、とても人間が出せるような物じゃない。
現に俺は漫画のように大きく吹き飛ばされ、どこかの家の石壁に激突した。
「がはっ! ごほっ!」
「あーあ、お前が変な抵抗するから……まあどのみち、お前の運命は変わらねぇけどな」
「な、に……?」
「お前から魔王を回収した後は、殺すってことだよ」
こいつはさっきから何の話をしているんだ……。
本物の豚の頭をした男に、超人的な力を持つコートの男。
その上、魔王だとか結界だとか……同じ世界の話とはとても思えない。
だが実際に、目の前に豚男は存在していて、俺も訳の分からない力でぶっ飛ばされたんだ。
たった一撃でボロボロになった俺を、コートの男は面倒くさそうに見つめた。
「はぁ……お前が大人しく渡してくれりゃあ探す手間が省けるんだが……もういい。少し面倒だが、お前を殺した後にじっくり探すとするさ。おい」
「プギィイイ!」
コートの男が指示を出すと、今まで後ろに控えていた豚男が、その手の物騒な獲物を肩に担いで近づいてくる。
何とかして逃げようとする俺だが、さっきの一撃がデカすぎてまともに動けなかった。
一体、何だってんだよ……俺が何をしたんだよ……!
訳も分からないまま襲われ、殺されそうになる俺。
それでも俺は、死ぬわけにはいかなかった。
――――母さんに託されたんだ。
月子たちのことを……。
それなのに、こんなところで死んでたまるかよッ……!
どれだけ足掻こうとも、豚男の歩みは止まらず、俺も逃げることはできない。
必死に頭を回転させていると、俺はふと母さんの言葉を思い出した。
『これから先、自分たちの力じゃどうしようもないことに直面したら……それに強く願いなさい。必ず貴方を、助けてくれるから……』
「かあ、さん……」
俺は無意識のうちに首からぶら下げた巾着を握りしめていた。
もはや縋れるものがあるのなら、何でもよかった。
だから……!
「俺は……死ぬ、わけには……いかねぇんだよおおおおおおおおおおおお!」
「なっ!?」
力の限り吠えた瞬間だった。
突如、握りしめていた巾着が眩い光を放ち始めたのだ。
するとそのまま巾着が宙に浮かび上がり、中からコインが現れると、そのコインは光を放ちながら回転する。
その回転はどんどん速くなるにつれ、輝きを増していき、最後はここら一帯を包み込むほど、激しい光が放たれた。
あまりの眩しさに目を覆う中、徐々に光が収まっていく。
そして――――。
「我輩――――ふっっっっかああああああああああああつ!」
――――タキシードを身に纏った、妙な緑色の小人が現れたのだった。
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