シイナの蜜に溺れる

 プールに不法侵入なんて、見つかったら怒られるのは、言うまでもない。

 それをシイナのような小動物が、率先してやったのが一番の驚き。


 プールの端っこで、肩を並べて座り、足だけ水面につける。


「悪い子」

「……いいもん」

「なに。ずっと、ふて腐れて」


 膨らんだ頬を指で押すと、「ぷすぅ」と空気が抜けた。


「二人で、いたい」

「そうね。明日は、どこかに遊び行く?」


 なんてことを聞くと、シイナがこっちをジッと見つめてきた。

 離れた場所に立つ外灯の明かりで、輪郭は分かる。

 でも、どういう顔をしているのかは、近づかないと分からなかった。


「ユズキちゃんは、怖くないの?」

「えぇ? 怪談とかやだよ?」

「そうじゃなくて。あちひは、時間が経つ度に、ずっと怖いけど。ユズキちゃんは、そういうのないのかな、って」

「……怖い、か」


 漠然とした何かはあるけど、私にはその不安が分からない。


「高校を卒業して、大学に行って。大人になって、仕事をして、誰かと結婚して。その時に、一番好きな人が隣にいるのかな、って。もしかしたら、一人になってるのかな、って」


 水面をつま先で蹴って、シイナが吐露とろする。


「あちひは、このままがいい。何もなくたって。ずっと、ユズキちゃんと過ごしたい。誰かのものになってほしくない」


 顔がこっちを向いたのが分かった。

 私は、黙って聞いているだけだった。


「そうだね」


 それしか言えない。

 すると、シイナが腰と腰を密着させ、首を伸ばしてくる。

 流れに身を任せ、私は目を閉じた。


「んむ……ぷぅ……っ」


 子供みたいなキス。

 私の手には、シイナの手が重なってきた。


 さりげなく、舌先が私の唇を掠める。


 それで何をしようとしたのか、分かってしまった。

 その行為を私に向ける、という意味が分かってしまった。


「シイナ。あーん」

「へ?」

「あーん」

「あ、あー……」


 言われるがまま、口を開ける。

 私まで、おかしくなったのかも。


 シイナは私の意地悪を受け入れてくれる。

 分かっているからこそ、私は彼女をイジメることにした。


「あ、む。……ぷぁ……はぁ」


 シイナのしようとしたことを私がやってあげる。

 震える吐息が鼻から漏れて、強く手を握りしめてきた。


「ユ、じゅ、キひゃん」

「シイナはえっちな子だったんだね。ショック」

「う、うぅ」


 唇を舐めると、すぐに体が強張って、口を開く。

 シイナの舌からは、甘いシロップの味がした。


 ホットケーキでも食べたのかな。

 舌の表面を舐めると、小さく声が漏れた。


「はぁ、はぁ、……何だか、お口でえっちしてるみたい」


 可愛らしくはにかむ。

 間近だからこそ、見える蕩けた表情。


 きっと、この時間は高校が卒業すると消えてしまう。

 だから、今の内に言っておかないといけないんだ。


「私だって、怖いよ」


 シイナの体をゆっくり倒し、上に乗る。


「いつも、後ろにシイナがいたから、笑っていられたけど。別の学校に行ったら、シイナがいないから」

「……うん」

「怖くて、考えないようにしてたんだ」


 私は変化が怖かった。

 良い意味での変化なら、受け入れるけど。

 それが悲しみに満ちた変化なら、私は到底受け入れられない。

 そこまで強くはない。


「このまま、……ずっと、二人でいられたらな、って。どんなに幸せなんだろう」

「……うん」


 そして、私たちは再び口を重ねた。


 お互いの唾液で口は汚れ、手は指が絡まって、きつく握りしめていた。

 これは恋愛というより、先のことに怯えた私たちが、お互いを求めて、離れないようにしているだけだろう。


「ユズキちゃん」

「なに?」

「……す、……う、……っ」


 シイナは最後まで言えなかった。

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女の子の友達とキスをするということ 烏目 ヒツキ @hitsuki333

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