私の親友

「ずっと好きでした! 付き合ってください!」


 私の前では、サッカー部のキャプテンが頭を下げていた。

 差し出された手を見つめ、言葉を失ってしまう。


 まず、初めに思ったのが、「なんで私?」という疑問。


 この人はクラスの女子からは、毎年大量のバレンタインを貰っているくらいに、人気の男子だ。


 私との接点は同じクラスというだけ。

 誰もいない部室棟に呼ばれたと思いきや、いきなりの告白。

 そりゃ、「え?」ってなる。


「……え、と」


 傷つけない言葉を探す。


「森本くんは、素敵なー……、男子? だと思うけど? うーん、……私、そういうのは、……ちょっと、考えられないかなぁ」


 すると、森本君は顔を上げた。


「ほ、他に好きな人がいるとか?」

「ううん。ただ、恋愛とか、興味なくて……」


 私は今、高校三年生。

 大学に行くために、勉強を頑張らないといけない。

 倍率は高くないけど、私はそこまで頭が良くないから、人一倍頑張らないといけないのだ。


「だから、……ごめんね?」


 両手を合わせ、私は頭を下げる。


「や、納得できない!」

「ええっ!? 納得するところでしょ!」


 森本君は、私の手を掴み、引っ張ってくる。が、私は後ろに体重を預け、男の力に抗う。


「興味ないんだったら、興味出させるし!」

「ど、どうやって!?」

「例えば……」


 肩に腕を回される。

 その瞬間、「あ、これ、やられる」と、女子特有の敏感センサーが反応した。


 咄嗟に顔の前へ手を置くと、手の平に森本君が顔を近づけてきた。


「頼むよ! 今年は、最後の夏なんだ! 思い出作りたいんだ!」

「うええぇぇ! 間に合ってますぅ!」


 野獣と化した森本君。

 この時の私は、不思議と怖くはなかった。


 理由は廊下の角に友人を連れてきているからだ。


「ゆ、ユズキちゃん!」

「……え?」


 その隙を突いて、私は森本君から逃れる。

 急いで、友人のシイナのもとへ駆け寄り、私は咄嗟に思いついた嘘を突きつける。


「私たち、――付き合ってるから!」

「ええええッ!?」

「……話合わせて」


 驚くシイナの耳元で、そう囁いた。


「そんな……。だって、女同士じゃん」

「そうだよ。でも、私はシイナが好きなの! この子しかいないの!」


 もちろん、大嘘だ。

 ズルいかもだけど、「レズです」という嘘は、男子を撒くには良い嘘だと私は思っている。


 公衆の面前で叫べば、まあ、色々と失うものはあるけど。

 誰もいない所での嘘だったら、例え森本君が変な噂を流したとしても、勝手に言ってるだけと言い張れる。


「ぷふぅ、ユズキちゃん。あちひ」


 シイナは顔を赤くして、おどおどしていた。

 その小さな肩に手を回し、頭を引き寄せる。


「男なんて、考えられないよ!」


 森本君はゆっくり後ずさり、信じられないと言いたげに、首を横に振った。


「そんな……。佐倉、ダメだよ……。同性愛なんて、不潔だよ!」

「こ、この時代に、よく言うね。そのストロングスタイルは嫌いじゃないけど。でも、私は本気だから」

「……ユズキちゃん」


 シイナも乗ってきたようで、私に身を委ねてくる。

 それを見た森本君はさらに狼狽ろうばいした。


「レズなんて、キモいよ。気持ち悪いよ!」

「い、言いすぎだよ。ちょっとは控えなよ」

「佐倉がビッチだとは思わなかった。気持ち悪いよ。マジで」

「おーい」

「キモいんだよ!」


 森本君は勝手に発狂して、どこかへ行ってしまう。

 残された私は、彼の消えた先に向かって、ぼそりと呟いてしまう。


「このご時世に、ストロングすぎるよ。絶対に周りから何か言われるよ」


 私の忠告は彼に届かなかった。


「ごめんね。シイナ。いきなり、キモかったよね」


 シイナはポーっとした顔になっていた。

 熱でもあるんじゃないか、と心配になるくらい、白い肌が桃色に染まっている。


「シイナ?」

「え、あ、いや、あちひは、大丈夫。えへへ」


 シイナがはにかんだ。

 そんな友人の無垢な笑顔を見て、毎度思う。


 私が男だったら、きっと森本君みたいにシイナへ告白するんじゃないかな、と。


 いつも気弱でオドオドしてる子だけど、私なんかより、ずっと可愛い。

 小動物みたいな女子だ。


 髪なんて、羽のようにふわふわしている。

 長い髪は手入れが行き届いていて、艶がある。


 面倒くさくて、短めにしている私とは大違いだ。


 この友人こそ、小野おのシイナ。

 私にとって、親友と言ってもいい。


 幼稚園の頃から、高校の今に至るまで、ずっと一緒。

 いつも私の後ろをトコトコ付いてくるのだが、もう慣れっこなので、鬱陶しいとは思わない。


 むしろ、もっと近い場所にいさせて、こういう時に助けてもらったりするので、ありがたいくらいだ。


「帰ろっか」

「うんっ」


 野暮用が済んだので、帰宅。

 学校にいるより、家で本を読んでるか、勉強していた方がいい。


「さっきの男子、こ、怖かったね」

「んー、でも、シイナがいるの分かってたから。あんまり怖くなかったよ」

「先生呼んだ方がよかった?」

「あれくらいなら、大丈夫じゃない? 私の他に好きな人がすぐにできるって」

「そうなんだ」


 シイナは男子がすごい苦手だ。

 声すら出せないくらいで、もはや病的。

 気弱なのは知ってるから、私はおかしいとは感じないけど。


 将来どうするのかな、って本気で心配になる時がある。

 そんな友人であった。

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