02 去年のクリスマス

 帰宅した俺は、制服を着替えもせず、真っ先に自室のベッドに突っ伏した。突然のことで、頭が追い付いていかない。入学して間もないはずの優也が、俺の名前も顔も、親しい友人も知っていたこと。俺を男として好きだということ。その全てが幻だったかのように思えたが、ラインのメッセージを告げる音が現実に引き戻した。


「今日はびっくりさせて済みません。でも、おれ本気なんです。これからよろしくお願いします」


 それに既読をつけてしまってから、どう返すべきか悩み、ひとまずこう返した。


「確かにびっくりした。俺の名前、どうやって知ったの?」


 返信は矢のように早く来た。


「海里先輩が、いつも一緒にいる先輩に話しかけて聞きました。そのときに手紙も渡しました」


 つまり、優也は今日俺の名前を知ったらしい。それなのに、告白までやってのけるだなんて、優也という奴は大したもんだと俺は思った。

 俺なんて、直人への想いを何ヶ月も隠したままなのに――。

 そうして、去年のクリスマスのことを俺は思い返した。




***




 クリスマスの日。それは、終業式の日でもあった。午前中で式が終わり、俺は直人と一緒に帰ろうとした。


「せっかくですから、昼ごはんでも食べてから帰りませんか?」

「ああ、いいよ」


 直人への恋心を自覚していなかった俺は、それに簡単に応じた。俺たちが行ったのは、ナポリタンの食べられる個人営業の喫茶店だった。


「すっかり街はクリスマスですね」


 喫茶店に飾られたリースの類を見て直人が笑った。


「まあ、俺にとっては何にもねぇつまんねぇ日だけどな。サンタなんてもう来ないし」


 すると、直人が俺の前髪に手を伸ばしてきた。


「ホコリ、ついてます」

「ああ……」


 直人の長く白い指が俺の額に触れた。俺は思わず身体をびくつかせた。


「すみません、痛かったですか?」

「いや、そうじゃない。ありがとうな」


 真っ直ぐに直人は俺の顔を見つめていた。均衡の取れた目鼻立ちは、学内でもとても目立っていたし、何人もの女子生徒が彼を慕っていることを俺は知っていた。俺は彼から目を逸らして言った。


「いいのか? こんなところで、男二人でランチなんてよ。お前のこと好きな女子ならいくらでも居るだろう?」


 俺がそう言うと、直人は困ったように肩をすくめた。


「あいにく、僕が好きと思えるような女性は居なくて。十分楽しいですよ? 海里と一緒に居るのは」


 そして、直人は俺の頬を人差し指でつんと突いた。みるみるうちに顔が紅潮していくのが分かった。この瞬間だった。彼への恋心に気付いたのは。


「おい、やめろよ。気持ち悪い」


 心とはあべこべに、俺はそんなことを言った。本当は、嬉しかったのだ。直人に触れられて。一番近い距離に居られて。あいつの親友として共に過ごせて。

 もっと、近付きたい。もっと、一緒に居たい。

 そんな想いが自分の中から巻き起こるのに、俺は困惑した。今まで当然のように友人として付き合ってきたが、もう同じような目で直人を見ることができない。


「お待たせいたしました」


 そのとき、ナポリタンが俺たちの机に置かれた。直人はさっそくフォークを手に取り、嬉しそうに巻きつけていった。とても上品な動作で彼はナポリタンを口に運んだ。俺はというと、ケチャップが口元につかないように必死だった。


「やっぱりここのは美味しいですね。海里と来れて良かったです」


 俺の気持ちなんて知らない直人は、そんな言葉を吐く。それがとても息苦しくて、俺は水を多めに飲んだ。

 そんなことがあってから、俺はずっと、想いを押し殺して生きてきたのに。優也という存在が、急に降って湧いた。まだ知り合ってもいない俺のことを好きだと言ってのけたあいつが、なんだかとても羨ましかった。

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