03 日常と化して

 優也に告白された翌日の朝。俺はいつも通り、直人に声をかけた。


「おはよう」

「海里、おはようございます」


 俺は直人の隣の席に腰かけ、言った。


「なあ。告白してきた相手、男だったんだけど」

「ええ、そうですよ?」

「なんでお前言わなかったんだよ!」

「えっ? 言ってませんでしたっけ?」


 そうだ、直人はこういう所があるんだった。俺は深いため息を吐いた。


「とりあえずラインだけ交換したわ。そしたらさ、早速今朝から来てるんだけど」


 俺はスマホの画面を直人に見せた。優也からは、おはようございますという挨拶ラインが来ていた。一応、それには返事してやっていた。


「可愛らしいじゃないですか。良かったですね、その、優也くんという子に好かれて」

「よくねぇよ!」


 好きなのはお前なんだぞ? そんな想いはぐっとこらえ、俺は問うた。


「大体、気持ち悪くねぇの? 男同士でさ」

「いえ、全く? 好きな人がたまたま同性だということもあるでしょう」


 直人は何の曇りもない瞳でそう言い切った。俺の鼓動は早くなった。彼は、男同士の恋愛というものに嫌悪感を抱いていない。すると、予鈴が鳴り、俺は自分の席に着いた。授業が始まってからも、直人の言った言葉が頭から離れなくて、集中などできなかった。




***




 ゆっくりと布を水に浸すように、優也は俺の日常に溶け込んでいった。おはようとおやすみの挨拶が必ず届くようになったのだ。彼の事も色々と知った。誕生日は九月十二日の乙女座。中学では陸上部だったが、高校では帰宅部で通すらしい。

 とある昼休み、学食で直人と昼食をとっていると、話しかけられたことがあった。


「海里先輩! 隣、いいっすか?」

「あぁん? まあ、いいけどよ……」

「直人先輩、失礼します!」

「ああ、優也くんですね。カツカレーの大盛りですか。よく食べるんですね」

「そうなんっすよ! 普通のんじゃおれ、足りなくて」


 すっかり俺そっちのけで、二人の話が盛り上がり始めた。俺はラーメンをすすりながら、奴らのやり取りを黙って見ていた。


「優也くんも背が高いけど、何センチですか?」

「百八十センチちょうどっす」

「僕は百八十二センチです。在学中に、抜かされるかもしれませんね」


 優也の目が俺に向いた。


「そういえば、海里先輩は?」

「うっせぇな。身長のことは言いたくねぇの」

「百七十センチちょうどくらいでしょ?」

「うっ」


 測り方によっては、百六十代になってしまうこの背丈。高校も二年生になったのに、一向に伸びる気配が無いので、俺は自分の背の低さを気にしていた。


「可愛いですよね! おれ、海里先輩の身長も好きっす」

「黙れ」

「まあ、いいじゃないですか海里。可愛いと言ってもらえたんですから」


 本当は、直人から可愛いと頭を撫でられたい。そんな妄想がふつりと湧いて、俺は箸を落としそうになった。


「おれ、海里先輩のこと、一目惚れだったんですよ」


 そんな俺の動揺には二人とも気付かず、聞いてもいないのに優也が喋り始めた。


「きっと、海里先輩は覚えてないと思うんですけど……。入学式の帰り道、ホームで電車を待ってる海里先輩を見かけたんですよ。同じ制服だって気付いて、それから胸がドキドキして」

「海里を好きになった、と」

「そうなんですよ、直人先輩」


 俺だって、直人との初めての出会いはよく覚えている。同じクラスになって、クラスでの自己紹介のとき、こんなにもカッコいい人間がこの世には存在するんだなと思って見惚れたのだった。それから、同じ帰宅部として彼に近付き、親友の座を手に入れた。


「海里はカッコいいですからね。優也くんが一目惚れするのも仕方がないです」

「な、直人?」

「ですよねー! 直人先輩! おれ、海里先輩について語れる人ができて嬉しいです!」

「二人ともいいから黙って食えよ」

「はーい」

「わかりました」


 ニコニコと笑う優也にも、口元をほころばせたままオムライスをスプーンに取る直人にも、ほだされそうになる。ダメだ。もうこの三人で会話するのはよそうと思った。

 しかし、事あるごとに優也は俺と直人の間に割り込むようになっていき、それがいつもの風景と化すのにそう時間はかからなかった。

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