04 寄り道してから
五月下旬。中間テストが終わり、俺は直人と下校しようとしていた。
「海里先輩! 直人先輩! 一緒に帰りましょう?」
校門で待ち伏せていたらしい優也に声をかけられた。
「ええ、いいですよ」
「おい、直人」
「やったぁ!」
こんなことはもう幾度目かだった。直人が毎回断らないので、優也は子犬のように、のこのこと俺たちに着いてくるのであった。
「やっとテスト終わりましたね! 先輩たち、どうでした?」
「俺はそんなにかな……。直人はどうせできたんだろう?」
「ええ、まあ」
「おれも今回は楽勝っす! ねえねえ、テスト終わりですしどっか寄っていきません?」
直人と二人きりなら、行きたいところがいくらでもあったが、優也もとなると俺は渋った。
「疲れてるんだよ。真っ直ぐ帰ろう」
「いいじゃないですか。スタバにでも行きましょうよ。僕、今回のフラペチーノ飲みたいんです」
そんな風に直人に言われてしまっては、俺も断りきることができない。俺たちは大人しくスターバックスへ向かった。
「海里先輩は普通のブラックっすか? 渋いっすね!」
直人と優也は新作のフラペチーノだ。チョコレートソースがどばどばとかかっていて、いかにも甘そうだ。
「海里も一口飲みますか?」
直人が聞いてきた。そんなの、間接キスになるじゃないか。できるわけがない。
「俺、甘いの苦手だから要らない」
「じゃあ、そのコーヒー一口おれに下さいよ!」
何が「じゃあ」なのか分からないが、優也は俺の断りも無く、アイスコーヒーのストローをくわえた。
「えへへ、間接キスですね!」
「うわぁ、うぜぇ」
このところ、優也の距離の詰め方は過度になっていた。そんなにも俺のことが好きなのだろうか? 俺なんて、身長も低いし、学力も体力もパッとしないし、何の取り柄もないのに。
「優也くんは本当に海里のことが好きなんですね」
直人はふわふわとした笑顔を浮かべていた。そんな微笑ましいシーンじゃないっていうのに。俺は直人に突っかかった。
「言っとくけど、俺は優也のこと好きじゃないからな?」
「えー、でもまだ分からないじゃないですか。好きにならせてみせますよ」
「どこから出てくるんだその自信は……」
しかし、俺は優也のことが嫌いでは無かった。こうも懐かれると、多少の世話も焼きたくなる。
「優也、チョコついてるぞ」
俺は優也の口元についたチョコレートソースを紙ナプキンでぬぐった。
「えへへ、ありがとうございます!」
まあ、こんなやり取りも悪くはないんじゃないだろうか。そうして俺たちは、しばらく暇をつぶした。
***
帰り道は、直人とは反対側のホームだ。優也とは途中まで一緒。つまり、二人っきりになる時間がある。ホームで電車を待っていると、優也が俺の顔を覗き込んできた。
「ねえ、海里先輩」
「なんだ」
「海里先輩って、直人先輩のこと好きでしょ」
「……はあっ?」
電車が来るまであと十分もあった。優也の追撃は続いた。
「しかも、普通の好きじゃないでしょ? おれが、海里先輩のこと好きっていうのと、同じ好き」
俺は黙り込んだ。「好き」の指す意味をそこまで正確に捉えられているとは思っていなかったのだ。
「やっぱりそうなんっすね? おれ、ずっと海里先輩の表情とか見てるから、分かるんですよ」
何か口に出さないと。そう思えば思うほど、言葉は枯れていった。
「おれで良ければ、協力しましょうか?」
優也の口からは、そんなことまで飛び出してきた。さすがに俺の舌も動いた。
「おい、お前は俺のこと好きなんだろ? いいのか?」
「はい。好きな人が笑顔で居てくれるのが、おれにとって最上の喜びですから」
優也は眉根を下げた。そんなに寂しそうな表情をする彼を、俺は初めて見た。だから言った。
「うん、俺は……直人のことが好きだ」
そのとき、電車が来るアナウンスが流れた。電車に乗り込んでから、先に優也が降りるまで、俺たちは一言も話さなかった。
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