俺とあいつと後輩と

惣山沙樹

01 始まりの手紙

 青白い頬に黒いハーフリムの眼鏡。瞳は透き通った茶色で、髪の色素も少し薄め。そんな彼の横顔を一人占めしたいと願う俺は、やはりどうかしているのだろう。

 初めは普通の友人同士として過ごしていた。けれどいつの頃からか、俺は直人なおとが他の人間と話をしているのを見るたびに胸が痒くなった。

 それが恋なのだと気付いたのは、高校一年生のクリスマスだった。直人と恋人になりたい。俺はそう願うようになったのだ。

 そんな想いを表に出すわけにはいかない、と数ヶ月が過ぎ、俺たちは高校二年生になった。幸いなことに、またクラスは同じだった。俺は直人の一番の親友として、彼に接していた。


海里かいり。これ、あなたへの手紙です」


 四月も中旬になった昼休み、急に直人から小さな紙片を渡された。


「手紙? 誰から?」

「一年生の子です」


 中を見ると、今日の放課後、中庭に来て欲しいと書いてあった。


「……どんな子だった?」

「背は高めで、髪型は襟足長めのショートでした」


 俺はポリポリと頭をかきむしった。十中八九、告白の呼び出しだろう。しかし、一年生の女の子と、この短い期間で接点があったことはない。一体誰なのだろう、と俺はすがるように直人を見た。すると彼の方からこう聞いてきた。


「どんな内容だったんですか?」

「多分、告白だよ」

「そうですか。それは良かったですね」


 直人は誰に対しても敬語口調だ。それを気にしたことは無かったが、このときばかりは、他人行儀な気がしてほんの少し苛ついた。

 そんな俺の苛々には気付く様子も無く、直人はフルーツ牛乳をストローですすり、ふんわりと笑った。


「いい子そうでしたよ?」

「あっそう」


 俺は迷った。中庭に行くべきかどうか。しかし、わざわざ直人を介して手紙を渡してきた辺り、俺の交遊関係をよく知っている女の子なのだろう。

 律儀にこうして手紙を渡してくれた直人の手前、ここはハッキリと会って断るべきだ。

 そう思った俺は、放課後の中庭に行くことに決めた。




***




 桜の花もとっくに散り終わった中庭。そこにはベンチも何もなく、俺はただその真ん中らへんに突っ立っていた。座れる場所が無い以上、ここに立ち寄る生徒は少ない。だから、告白にはもってこいの場所だというわけだ。


「海里先輩」


 声をかけられ、俺は振り向いた。そこには、直人が言った通り、背が高めで襟足が長めのショートヘアーの男子生徒が居た。

 ……男子生徒?


「おれ、中井優也なかいゆうやっていいます。来てくださって、ありがとうございます」

「あ、ああ……」


 優也と名乗った男子生徒は、新入生らしいまぶしいブレザー姿をしていた。目は垂れ目で、人懐っこそうな表情から、ゴールデンレトリバーのような印象を受けた。


「おれ、海里先輩のことが好きなんです。付き合ってください!」


 しばらく俺は微動だに出来ずにいた。断りの文句ならいくつか考えていたが、相手が男だと知った瞬間全て吹っ飛んで行ってしまったのだ。


「いや、俺、お前のこと全く知らねぇし……」


 ようやく絞りだせたのは、そんな言葉だった。俺の記憶の中に、こんな大型犬は居ない。それは事実だった。しかし、言うべきことはそうじゃないだろう、という気もしていた。


「ですよね! あの、ライン交換して下さい。おれのこと、ゆっくりでいいんで知ってください。それで、好きになってもらえたらって」


 ダメだ。何も言葉が思い浮かばない。男友達のことが好きな俺だが、まさか男から告白されるだなんて夢にも思わなかったのだ。


「ラインだけでも! お願いします!」


 そう叫んで優也は頭を下げた。いつまでもそのままの姿勢で居るので、俺は渋々スマホを取り出した。


「わかったよ。ラインだけな」

「ありがとうございます!」


 そうして、友だち一覧に中井優也が追加された。その日はそのまま、優也が先に帰ってくれた。一人取り残された中庭で、ラインの画面を表示させたまま、俺は立ち尽くしていた。


「マジかよ……」

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