第11話 終わり、そして、始まり。

「それでは、第一走者、位置について」

 審判の大天狗様の号令で、それぞれのチームの選手がスタートラインに立ちました。

「ヨーイ、スタート」

 第一走者がスタートしました。回りの妖怪たちから一斉に声が上がります。

横丁チームの第一走者の、下駄履きのお兄ちゃんと南方妖怪チームのアカマタさんがいきなり飛ばしてます。どちらもデッドヒートです。

「お兄ちゃ~ん、がんばれぇ~」

 私も声援を飛ばします。

「アカマタァ、負けるなぁ」

 敵チームも応援の声が飛びます。

二人の争いは、ゴール手前まで続きました。そして、ほぼ同時に、第二走者にバトンタッチです。

 横丁チームの第二走者は、ウサちゃんです。

ウサちゃんは、ピョンピョン飛び跳ねて、どんどん引き離しにかかります。

南方妖怪チームは、遅れて行きました。しかし、代わりに、西洋妖怪チームの魔女っ子ちゃんが迫ってきました。

「魔女~、ウサギなんかに負けるなぁ」

 西洋妖怪チームから声が響きました。

「ウサちゃん、がんばれぇ~」

 私は、負けずに声を出します。

ゴール手前で、追いつかれそうになりながら、今度は、呼子くんがバトンを受け取りました。

 呼子くんは、一本足ながらも、ウサちゃんに負けずに、ピョンピョン飛び跳ねながら、グングン差を広げていきます。

しかし、オカマの狼男が、以外にも足が早くて、広げた差が縮まってきました。

南方妖怪チームは、最初のアカマタさん以外に、全然やる気がないみたいでした。その前に、足が短すぎて、走っているのか歩いているのかもわかりません。

後は、西洋妖怪チームとの戦いになりそうでした。

「呼ぶ子く~ん、がんばってぇ」

 最後のアンカー勝負になりそうです。私は、位置について、右手を後ろに差し出します。早く、早くと、呼子くんに声をかけます。その後ろから、オカマチックな内股で走っている、狼男が迫ってきました。

「もう少し、もう少しよ」

 私は、精一杯右手を伸ばします。そのときでした。

呼子くんが、転んだのです。

「あっ!」

 思わず、声に出して、転んだ呼子くんに近寄って、助け起こそうとしました。

「ストップ。呼ぶ子の体に触れたら、失格だぞ」

 大天狗様が言いました。私は、仕方なく呼子くんに声をかけます。

「呼子くん、がんばって」

「ロク美ちゃん……」

 弱々しい声を上げて、顔を上げます。その顔は、泥だらけでした。

その横を、オカマの狼男が抜いていきました。

「がんばって」

「ごめんよぉ……」

「大丈夫だから、私に任せて」

 呼子くんは、這いずりながら、何とか私にバトンを渡しました。

私は、バトンを受け取ると、思いっきり走りました。

「ロク美ぃ、いけぇ~」

「ロク美先生、がんばれぇ」

 みんなの声援を受けて、私は、足を出して、両手を振って、前を向いて走りました。

前を走るコウモリ魔人が見えてきました。もう少しだ、がんばれ、私……

「ロク美ちゃ~ん、いけるぞぉ」

 走り終えた、下駄履きのお兄ちゃんの声が聞こえました。

その声を聞くと、また、力がわいてきました。

 最後は、狼男さんとの戦いになりました。オカマの狼なんかに負けてたまるか。私は、最後の力を振り絞って走りました。もう少し、もうちょっとだ。

私は、両手を大きく振って、足を繰り出します。

 よし、狼男の背中が近くなってきた。チラッと、後ろを振り向きました。

狼男は、後ろに迫ってきた私を気にして、さらに、走ります。

だけど、ここで負けたら、女がすたる。オカマなんかに負けたら、女の恥だ。

 私は、息を吸うと、さらに足を早く出しました。

まもなくゴールです。私の目にゴールテープが見えてきました。

「行けぇ~」

「どっちも負けるなぁ!」

「ロク美、負けるな」

「狼男、オカマの意地を見せろ」

 応援席から、私たちに熱い声援が飛びます。なんだか、気持ちよくなってきました。走るのは、元から好きです。でも、今は、それとはまったく違う気持ちよさでした。走るのがこんなに楽しいなんて、初めて知った気分でした。

 そして、ゴール手前で並びました。

「ウガァ~」

 狼男が一声叫びました。そして、ほぼ同時にゴールを切りました。

「やったぁー」

「ロク美が勝ったぞ」

「狼男のが早かったぞ」

「イヤ、ロク美だ」

「狼男だ」

 ゴールを過ぎた狼男は、その場に倒れこんで大の字になっていました。

私は、両膝に手を置いて、息を整えます。

吸血鬼さんと砂かけのおばあちゃんが、大天狗様と審議の話し合いをしていました。でも、今の私は、勝ち負けより、走りきった達成感で一杯でした。

 ゆっくり立ち上がった、オカマの狼男さんが、私に近づくと手を差し出します。

「負けたわ。あたしの負けよ。アンタ、早いわね」

 私は、その毛むくじゃらの手を笑顔で握り返しました。

「あなたも早かったわ」

「そうよ。あたしは、西洋妖怪じゃ、一番早いんだからね。でも、今度やったら、負けないわよ」

「もちろん、私も勝つわ」

 そんな会話をすると、応援席のみんなが、拍手をしました。

お互いの健闘を讃えあっていると、ハァハァ言いながら、南方妖怪チームが遅れてゴールしました。

「あんたら、早すぎるよ」

 そう言って、その場に崩れ落ちました。

「審議の結果、一位は、ロク美。したがって、妖怪横丁チームの勝ち。優勝は、横丁チームとする」

 大天狗様が言いました。

「優勝だぁー」

「やったぞ、ロク美」

 応援席から、横丁のみんなが私に駆け寄ってきました。

「ロク美、偉いぞ」

「すごいな、お前」

「みんな、ロク美ちゃんを胴上げだ」

 すると、みんなが私の体を持ち上げると、私の静止も聞かずに、何度も宙に舞い上がりました。

「ちょ、ちょっと、待って……」

 それも、学校の体育祭のときのようなレベルではありません。

天高く体が舞い上がるのです。このまま落ちたら、確実に怪我をするくらいじゃすまない。

「もう、いいから、降ろしてぇ~」

 私の声は、届きません。そして、何十回と胴上げされて、やっと足が地面に着きました。

「もう、死ぬかと思った」

 私が呟くと、お母さんとお父さんに抱きしめられました。

「ロク美ちゃん、がんばったわね」

「ロク美、偉いぞ」

 なんだかうれしくなって、私も両親を抱きしめました。

そして、大盛り上がりの中で、妖怪運動会が終了しました。

 その後は、敵も味方もありません。みんなで打ち上げです。あちこちで大騒ぎです。この日ばかりは、大天狗様も、何も言いませんでした。

「ロク美、今日は、ホントにご苦労だったな」

「うん、ホントに疲れたわ」

 お父さんがいうので、私は、額の汗を拭って言いました。

「ホントに、よくやったわね」

 お母さんが、私の髪を優しく撫でてくれました。

「がんばったご褒美を上げるわね。なにがいいかしら?」

 お母さんがいうので、私は、少し考えてから、ずっと思っていたことを言いました。

「実は、欲しいものがあるんだ」

「なにかしら? 何でも好きなものを買ってあげるわよ」

「別に買ってもらわなくていいの。私ね、前から欲しいものがあったんだ」

 私は、じらすように言うと、思い切って言いました。

「私ね、弟か妹が欲しいの。ねぇ、お母さん、ダメ?」

 その瞬間、お母さんもお父さんもビックリするように、固まってしまいました。それどころか、それまで大騒ぎしていた妖怪たちまでが、シーンとなったのです。

 もしかして、また、私は、余計な事を言ったのかしら?

そう思ったら、今度は、回りの妖怪たちが、大きな拍手をして囃し立てたのです。

「そりゃ、いい」

「ロク美に兄弟が出来るらしいぞ」

「ろくろ首、がんばれよ」

「鷹野、しっかり決めろ」

「ロク美ちゃん、よかったわね」

 なにがなんだかわからないけど、なんかみんなが異様に盛り上がっている。

それに引き換え、お母さんとお父さんは、顔を真っ赤にして、小さくなっている。

「でもね、無理にとは言わないから」

 私は、慌ててお母さんたちに言いました。

「ハッハッハッ、これは、一本取られたな、ろくろ首。こりゃ、どうしたって、二人目を産まないといかんぞ」

 砂かけのおばあちゃんが、言いました。

「イヤ、その、でも、それって、いろいろ都合があるから、別に、私は、さびしくないし……」

 私は、お母さんとお父さんに向けて、必死の言い訳をしました。

でも、お母さんもお父さんも、明るく笑いながらこう言ったのです。

「あのね、ロク美ちゃん。私たちも、そろそろ二人目が欲しいかなって、話はしてたのよ」

「えーっ!」

 私は、ビックリして、声を上げてしまいました。

「だけどね、ロク美ちゃんは、こうして大きくなってくれたけど、次に生まれた子も、そうとは限らないでしょ」

 お母さんは、そう言って、少し淋しそうな顔をしました。

確かにその通りです。生まれた子供は、妖怪と人間のハーフだから、妖怪人間です。私は、たまたま、見た目も人間で、首が伸びる妖怪でもあるけど、こうして成長できました。

でも、次に生まれた子もそうとは限らないという心配は、親としては当然です。

 そう言われると、私は、すごくわがままなことを言った気がして、深く反省しました。

「でもな、例え、どんな子供が生まれても、お父さんとロク子さんの子供なら、たくさん可愛がって、育てるから心配しなくていいんだぞ」

「お父さん……」

 私は、そう言われて、涙が溢れそうになりました。

「よく言った、鷹野。わしは、お前を見直したぞ。よいか、みんな、いつか生まれるであろう二人目の子供は、全員でロク美のように、育てるんだ。わかったな」

「おおぉぉ~!」

 大天狗様が言うと、妖怪たちが、一斉に声を上げました。

「任せとけ」

「ロク美ちゃんみたいな可愛い女の子だといいね」

「イヤイヤ、元気な男の子のがいいぞ」

「女よ」

「男に決まってるだろ」

 妖怪たちの言い合いが始まりました。

「こらこら、静まれ、このバカモノどもが。まだ、生まれる前から、そんなことでどうする」

 大天狗様に言われて、妖怪たちが、静かになりました。

「ろくろ首、安心して産むがよい。たとえ、妖怪だろうが、人間であろうが、ここにいる仲間たちは、歓迎するぞ」

「ハイ、ありがとうございます。皆さんも、ありがとうございます」

 お母さんとお父さんが、感謝の気持ちで、お辞儀をしました。

私も、隣に並んで、丁寧に頭を下げました。

「ロク美、よかったな」

「ロク美ちゃん、今から、立派なお姉ちゃんになるのよ」

「ところで、それは、いつ生まれるんだ?」

 カワウソくんが、言うので、また、みんなが大笑いしました。

こうして、大盛況の中、見事なオチがついて、妖怪運動会は、幕を閉じました。

 一日で、二度も楽しい運動会に参加できたことは、きっと、私の一生の内で、これが最初で最後かもしれません。

忘れられない一日となりました。素敵な仲間と、楽しい友だちに囲まれて、私は、みんなに感謝しました。

見上げると、そろそろ空が明るくなってきました。妖怪のみんなは、朝が来て、太陽が昇るとそれぞれの国に帰っていきました。私も、お母さんたちと、アパートに帰りました。

 疲れ果てた私は、ウチに帰ると、すぐにふとんに入ると、夢の中に入りました。


 それからは、いつものように学校生活が続きました。

放課後は、マンガ研究会とひでリン先生のアシスタント、妖怪学校の先生と、大忙しの毎日でした。

 そして、そんな毎日が続き、もうすぐクリスマスで、お正月がやってきます。

人間の街は、クリスマス一色でした。私も、友だちと街に繰り出して、クリスマスパーティーとかクリスマスプレゼントとか、いろいろ見て歩くのが楽しかったです。

 妖怪横丁といえば、クリスマスとは無縁な世界です。

と思ったら、横丁の大きな鳥居には誰がやったのか、派手な飾りつけとクリスマスツリーがあり、夜になると、光り輝いています。

妖怪たちは、すでにクリスマスムード一色で、アチコチで飲み会が始まっていました。

 砂かけのおばあちゃんは、それをあまりよく思っていないようで、黙々とお正月の準備をしています。

「まったく、なにがクリスマスじゃ。わしら妖怪には、関係ないだろうが。みんな浮かれおって」

 そう言って、ブツブツ言っています。でも、それはそれで楽しいので、私は、おもしろかった。横丁を歩いていると、いろんな妖怪さんたちから、声をかけられます。

「ロク美、ケーキがあるぞ、ケーキ」

「一杯飲んで行け」

「ロク美ちゃん、サンタさんていると思う?」

「あたしもプレゼントが欲しいよぉ」

 まるで子供みたいで、なんか可愛く見えました。

「ただいま」

「お帰り、ロク美ちゃん」

 私は、アパートに帰って、部屋に入ると、思わず目が点になりました。

「なにこれ?」

「決まってるじゃない。クリスマスツリーよ」

「ハァ?」

 お母さんは、ニコニコしながら、部屋の真ん中にあるツリーを飾り付けをしていました。

「妖怪には、関係ないんじゃないの?」

「何を言ってるの。クリスマスは、クリスマスよ。楽しまないとダメよ」

 お母さんは、ノリノリです。こうなると、もう止められません。

「ただいま、ロク子さん」

「お帰りなさい、あなた」

「ロク美、ほら、クリスマスケーキだぞ」

 お父さんは、手に大きなケーキの箱を持っていました。

「あ、ありがとう……」

 私は、そう言って、それを受け取りながら、お父さんもクリスマスが楽しみにしてたのがわかりました。

「もうすぐ、夕飯だからね」

 お母さんは、そう言って、台所に入っていきます。

私とお父さんは、一度着替えて、今に戻ると、テーブルには、たくさんの料理が並んでいました。

「うわぁ、すごい」

 鳥の丸焼きが真ん中にドーンと置いてあるし、その周りにもサラダやピザ、パスタもあります。

「ロク子さん、ケーキを置くとこがないよ」

「アラ、そうね」

 ウチの両親は、私以上に、クリスマスを楽しんでいます。

まずは、ケーキを切り分けて食べました。それは、とっても甘くて、おいしいケーキでした。

「ロク美ちゃん、お母さんとお父さんから、クリスマスプレゼントよ」

 そう言って、私に、大きな箱を出してきました。

「開けてみなさい」

 言われて、私は、箱を開けてみました。

そこには、小さな服がたくさん入っていました。

私は、その一つを出して手に取りました。

こんな小さな服は、私は着れません。

「これはね、ロク美ちゃんの弟か妹のための服よ。あなたも、これから、お姉ちゃんになるのよ」

「お父さんたちからのプレゼントは、ロク美の弟か妹だよ」

 私は、驚きのあまり、口をポカーンと開けたまま、二人を見ました。

「それじゃ、まさか……」

「お母さんのお腹の中に、あなたの弟か妹がいるのよ」

「ホントに!」

 私は、お母さんのお腹を見ました。まだ、全然膨れてないのに、そのお腹の中に、命が宿っている。信じられない思いで一杯でした。うれしくてたまらないのに、なぜか、涙が流れていました。

「お父さん、お母さん、最高のプレゼントよ」

 私は、そう言って、お母さんとお父さんに抱きつきました。

「私、お姉ちゃんになる。この服を着せてあげるんだ」

「そうね。しっかり、頼むわよ」

「うん」

 こんなにうれしいプレゼントは、初めてでした。

「さぁ、食べましょう」

 この日のクリスマスの食事は、最高の味がしました。

私は、鳥の丸焼きにかぶりついて、おいしくいただきました。

「すごくおいしいわ。お母さんも、たくさん食べて」

「ハイハイ」

 私がおいしそうに食べるのを、二人は、微笑ましく見ていました。

「メリークリスマス!」

 そこに、横丁の妖怪たちが、サンタの衣装で乱入してきました。

「おおぉ、なんか、うまそうなもんがあるぞ」

「アラアラ、皆さん、お揃いで。どうぞ、上がって、食べて下さい」

 食いしん坊のカワウソくんや呼子くんが、早速、鳥の丸焼きに手を伸ばします。

「ロク美先生、ぼくたちみんなから、クリスマスプレゼントだよ」

 妖怪学校の子供たちがそう言って、私にプレゼントをくれました。

袋の中を開けると、マフラーでした。

「みんなで、縫ったんだぞ」

「みんな、ありがとう」

 私は、それを胸に抱きしめると、我慢できなくて、涙が流れました。

「ロク美先生、泣いてるぞ」

「先生なのに、泣き虫だぞ」

 一つ目くんと三つ目くんがはやし立てました。

「ロク美、よかったな。これは、ぼくからのプレゼントだよ」

 私は、涙を拭いながら、ひでリン先生からのプレゼントを開けてみました。

「これ……」

「どうだ、似てるだろ。これでも、プロの漫画家だからな」

 ひでリン先生は、胸を張りました。それは、私の自画像でした。

「ありがとうございます。とても、可愛く描けています」

 すると、それをみた、ウサちゃんや花子さんが言いました。

「実物のロク美は、こんなに可愛くないけどね」

「そうね。絵の方が、美人よね」

 私は、その絵をみんなに見せて、自慢しました。

「どう、私よ」

「いいなぁ…… おいらも書いて欲しいぞ」

「ロク美ばっかり、ずるいぞ」

 口々にからかい始めて、とても賑やかになりました。

お父さんは、子泣きのおじいさんや小豆あらいさんと、お酒を飲んで楽しそうです。

「ろくろ首、赤子の様子は、どうじゃ?」

「順調です。今日も、妖怪病院で見てもらってきました」

「そうか、そうか。よい子を生むんじゃよ」

 砂かけのおばあちゃんが、微笑みながら言いました。

みんな、赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしているのがわかって、うれしくなりました。

 この日は、夜遅くまで、みんなでクリスマスの夜を楽しみました。


 私は、こんな楽しい毎日がいつまでも続くといいなと思いながら、暮らしていました。

学校に行って、友だちと遊んで、勉強して、横丁に戻れば、妖怪さんたちと楽しくすごせて

ひでリン先生のアシスタントをしたり、妖怪学校で子供たちの先生をしたり、そんな日がずっと続けばいいなと思いながら毎日を過ごしました。

でも、月日は、たちます。いつしか私も少し大人になって、学校も卒業して、私は、花の女子大生になっていました。妖怪の世界で、初めての女子大生です。

 将来は、お父さんのような、学校の先生になりたいと思って、毎日、勉強しています。

残念ながら、今のところは、私が好きになった男性は、いません。

私は、お父さんが好きなので、いつかそんな人が現れないかと思っています。

 でも、下駄履きのお兄ちゃんは、今でも好きです。今も、ふらっと横丁に現れると必ず私に声をかけてくれます。私は、それが楽しみでした。

もし、お兄ちゃんの彼女になれたら…… なんてことを考えてしまいます。

 そして、もう一つ、私には、大好きな人ができました。

「ロク美ちゃん、ちょっと、この子をお願い」

「は~い」

 私は、お母さんに言われて、小さなベッドで泣いている、元気な男の子を抱き上げました。

「ハイハイ、泣かない、泣かない。私が、お姉ちゃんですよぉ~」

 私には、待望の弟ができました。生まれたばかりなのに、人間で言えば、二歳になるかと思うくらいです。

やっぱり、妖怪の子供は、成長が早いなと感じます。

 男の子なので、私のように、首は伸びたりしません。

それでも、妖怪であるお母さんの血を継いでいるので、どこかが人間とは違いました。

首の代わりに、手足がゴムのように伸びるのです。まだ、赤ちゃんなので、伸びるというほどではありませんが明らかに、長いのです。しかも、伸びたり縮んだりするのです。まだ、自分ではコントロールできないみたいです。

「ほらほら、いい子ねぇ」

 私は、抱き上げて揺らして見せると、可愛く笑いました。

「お母さん、ミルクは?」

「ミルクは、卒業よ。これからは、離乳食だから。それより、ロク美ちゃん、大学行かなくていいの?」

「あっ、そうだ」

「もう、この子は、いいから、行ってらっしゃい」

「は~い、それじゃ、行って来ます。バイバイ、お姉ちゃん、これから、大学だから、帰ったら、遊んであげるね」

 私は、笑っている弟に行って、アパートを出ました。

「おばあちゃん、行って来ます」

「これから、大学か。いってらっしゃい」

 砂かけのおばあちゃんに挨拶しながら、靴を履きました。

そして、アパートを出て、横丁を歩いて、大学に向かいます。

「ロク美ちゃん、これから?」

「うん」

 ウサちゃんが言いました。

「久しぶりに、下駄履きさん、帰って来るらしいよ」

「ホント! それじゃ、今日は、早く戻るね」

 私は、今日一日がいい日になるようでした。久しぶりに、下駄履きのお兄ちゃんに会えると思うと

気分が高揚します。会うのは、久しぶりだから、大学生になった私を見て、なんて言うかな?

そんなことを考えながら歩いていると、つい、顔を緩んでしまいます。

「おい、ロク美。なんだ、その顔は?」

「今日のロク美は、なんか、浮かれてるぞ」

「なんか、いいことあったのか?」

 歩いていると、妖怪たちが口々に言いました。私は、それを笑顔で返します。

「それは、後のお楽しみよ」

 そう言って、スキップしながら、横丁を後にしました。


 妖怪人間の私は、妖怪と人間の世界を両方を知っている、唯一の存在です。

いいことも悪いこともいろいろあるけど、それも含めて、私は、今を生きているというのが大好きです。これからも、たくさんの人間や妖怪にも出会って、大きくなっていきます。

 私を生んでくれたお母さん。育ててくれたお父さん。

仲良くしてくれる妖怪さんと人間のお友達。

みんなに感謝しながら、私は、これからも生きていきます。

 

                            終わり


                 

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私は、妖怪人間。 山本田口 @cmllaaa

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