第9話 体育祭

 その日の夜は、なかなか寝られませんでした。

私は、どうしたらいいのか、なかなか答えが出ませんでした。

まだ、子供の私には、うまく力を抜いて走ることができません。

本気で走って、もし、みんなの見てる前で首が伸びてしまったら……

私が妖怪だということを知られたら……

そんなことを思うと、なかなか眠れませんでした。

 明日は早いから、早く寝なきゃと思っても、悶々として、余計に目が冴えてしまいます。

そんな時、外からカランコロンと、下駄の音が聞こえてきました。

 私は思わず、ふとんから起き上がって、窓を開けました。

あの下駄の音は、下駄履きのお兄ちゃんの足音です。

私は、静かに窓を開けると、外に飛び出しました。

「下駄履きのお兄ちゃん」

「やぁ、ロク美ちゃん。久しぶりだね。元気だった?」

 下駄履きのお兄ちゃんと会うのは、久しぶりでした。お兄ちゃんは、いつも日本中を旅して歩いて滅多に横丁には戻ってきません。旅しているとは言っても、何をしているのかは、誰も知りません。

「どうしたの、ロク美ちゃん。こんな時間に。明日は、学校の運動会なんでしょ。早く寝ないとダメじゃないか」

「お兄ちゃん…… 私、どうしたらいいかわかんないの……」

 私は、下を向いて、泣きそうな声で言いました。

すると、お兄ちゃんは、私の肩に手を置くと、こういいました。

「ちょっと、話をしようか」 

 そう言われて、私は、軽く首を縦に振りました。

お兄ちゃんは、そんな私を優しく肩を抱いてくれました。

そして、指をパチンと鳴らすと、私の足元に小さな下駄が現れました。

「それを履いて。裸足じゃ、足が寒いでしょ」

 どこから出てきたのか、私は、足元に置いてある下駄を見下ろしていました。

ゆっくりと指を鼻緒に入れると、とても履きやすくてピッタリでした。

「風邪を引いたら、大変でしょ。明日は、運動会なんだから」

 そう言うと、いつの間にか、私の肩に暖かそうなセーターがありました。

私は、パジャマ姿のままなのです。これは、どうやって、どこから出てきたのか不思議でした。でも、私は、何も聞かないで、お兄ちゃんの後について歩きました。

 夜中の横丁は、静かでした。つるべ火さんたちが、ところどころに火を灯っているだけであたりは薄暗くて、淋しい感じです。とても、賑やかな昼間の横丁とは、違う世界に見えました、

 下駄履きのお兄ちゃんのホントの名前は、誰も知りません。

横丁のみんなは、地獄王子と呼んでいました。地獄の閻魔大王の息子だとか、甥っ子だとか、次期大王だとかそんな噂は聞くけど、どれがホントなのかは、わかりません。そもそも、妖怪なのか、人間なのかもわからないのです。

ただ、この世界で、一番の妖能力の持ち主で最強という話です。

横丁の誰もが恐れていました。でも、お兄ちゃんは、みんなに優しく、

ときには強く、私たちを見守ってくれていました。だから、私は、お兄ちゃんのことが好きでした。

 私は、並んで歩くと、横丁に架かる橋の袂に着きました。

お兄ちゃんは、橋の袂に寄りかかるようにして、夜空を見上げました。

「私、どうしたらいいのかわからなくて……」

 私は、思っていることを残らず言いました。お兄ちゃんは、黙って聞いているだけでした。そして、最後まで聞き終えると、夜空を見ながら言いました。

今日の夜空は、とても清んでいて、星がいくつも光っていました。

「ロク美ちゃん、人間をなめちゃいけないよ。甘く見てると、痛い目に合うよ」

 私は、お兄ちゃんの言うことがよくわからず、黙ってしまいました。

「ぼくは、いろんな人間を見てきた。いい人、悪い人、いろんな人がいたんだよ。それは、ロク美ちゃんもわかるでしょ」

 私は、黙って頷きました。私も学校に通って、人間の友だちと触れ合っているので、多少はわかっています。

「人間は、強いんだよ」

「強い? 人間が……」

「そうだよ。人間は、強いんだよ。妖怪なんかより、よっぽど強い生き物なんだ」

 私には、お兄ちゃんの言うことがわかりませんでした。

「人間には、ぼくたちみたいな特殊な能力は持っていない。ぼくたちより、長くも生きられない。それでも、人間は、強いんだ。なぜだと思う?」

 私は、首を左右に振りました。

「それはね、短い人生を、力一杯生きるということだよ。その一瞬を大切にしている。ぼくたち妖怪なんかよりもね。だから、人間を甘く見ちゃいけないってこと。だから、ロク美ちゃんは、明日の運動会でも、力を抜くとか手を抜くなんて思っちゃいけない。いつも全力で、本気で行かなきゃダメだよ」

「でも、そうしたら、私は、人間に勝っちゃうわ」

 私が口を尖らせて言うと、お兄ちゃんは言いました。

「さぁてね。それは、どうかな…… やってみないとわからないこともあるんじゃないかな」

 そう言って、お兄ちゃんは、意味深な笑みを浮かべました。

私には、謎ばかりが膨らんで、余計にわからなくなりました。

「ロク美ちゃんも、相手が人間だなんて思わないで、本気でぶつかってみなよ。きっと、その意味がわかるから」

 そう言うと、欄干に座っていたお兄ちゃんは、立ち上がるといいました。

「行こうか。余り留守にすると、お母さんが心配するよ」

 そう言って、私の手を取って、アパートに戻りました。

そのときも、私は、今のお兄ちゃんが言ったことを、頭の中で繰り返していました。

「それじゃね、明日、がんばって。ぼくも応援に行くからね」

「うん、送ってくれて、ありがとうございました」

 私は、素直に頭を下げました。

「大丈夫だよ。今は、わからなくても、きっとロク美ちゃんには、わかるときが来るから」

 そう言うと、お兄ちゃんは、手を振って、暗い夜道を歩いていってしまいました。

気が付くと、私が履いていた下駄も、着ていたセーターも消えてなくなっていました。

 私は、音をたてないように気をつけながら、窓から部屋に戻ると、ふとんに潜り込みました。

私は、お兄ちゃんの言ったことを思い出しながら、目を閉じると、いつの間にか寝てしまいました。


 朝起きると、横丁は、大騒ぎでした。妖怪たちは、とにかく、お祭りとかイベントが大好きなのです。昨日のことを思い出して、私は、がんばるしかないと、気持ちを切り替えました。

「いってきまぁす」

「今日は、がんばるのよ。お母さんたちも後から行くからね」

「ロク美、しっかりな」

「は~い」

 私は、いつもより早く家を出ました。

お母さんたちに見送られて、アパートを出ると、外には、横丁のみんなも待っていました。

「ロク美、がんばれよ」

「わしらも応援に行くからな」

「あ、ありがとう……」

 私は、ありがたいと思いながらも、顔を引きつらせて、横丁を後にしました。

学校に着くと、校門には、体育祭の派手な看板がありました。

「これを見たら、横丁のみんなもテンションが上がるだろうなぁ」

 私は、そんなことを考えながら、教室に行きました。

急いで体操服に着替えて、校庭に出ました。

 体育祭は、A組、B組、C組と分かれて、一年から三年生までの連合チームの団体戦です。

私は、C組のチームなので、校庭に出て、みんなの列に加わりました。

先生の指示に従って、一年生から順番に並んで、入場を待ちます。

 そして、いよいよ体育祭の開催です。放送部のアナウンスとブラスバンド部の演奏を聴きながら、まずは、入場行進をして、校庭に整列しました。

 保護者の席を見ると、すでに、みんなの親たちが大勢見ていました。

その中の一番前に、お父さんとお母さんが手を振っていました。

お父さんは、カメラとビデオを持って、忙しそうに私を写していました。

「親バカだなぁ」

 私は、そんなことを思いながら、行進しました。

その後は、校長先生とPTA会長の話が続きます。

私は、長いなぁとか、退屈だなぁとか、思いながらふと見たら、保護者席の上に、横丁のみんなが勢ぞろいしていました。

「ウソッ!」

 私は、思わず声に出てしまいました。

横丁の妖怪たちが、空中に浮いているのです。それだけならまだしも、私の名前を書いた横断幕とかちっとも似てない似顔絵を書いた旗を振ったりしていました。

「うわぁ…… 恥ずかしいなぁ。どうせ書くなら、ひでリン先生に書いてもらえばいいのに」

 私は、思わず顔を伏せました。

「だけど、ホントに、友だちや先生たちには、見えてないのかなぁ」

 そんなことを思っていると、開会式が終わりました。

私は、自分たちの席に戻って、いよいよ競技の始まりです。

 まずは、綱引きや玉入れなどの団体競技です。もちろん、私も参加します。

保護者席ももちろんだけど、それぞれのクラスからの声援は、とても盛り上がりました。

応援合戦というか、それぞれのチームの個性的な応援の仕方がおもしろいです。

 それ以上なのが、横丁のみんなの大声援でした。

私にしか見えないし、声も聞こえないのが、不思議なくらいです。

 その後は、一年生のフォークダンスや三年生の騎馬戦があったり、私たち二年生は、組み体操です。

拍手は、鳴り止むことはありませんでした。どの親たちも、我が子のために、張り切って写真やビデオを撮ってます。

どの親も同じだなぁと、思っていたけど、私のお父さんも例外ではありませんでした。夢中でカメラを回していました。ちょっと恥ずかしい……

 プログラムは、次々と続いて、いよいよ午前中の最後の競技、100メートル走です。

この期に及んでも、私は、まだ迷っていました。

本気で走るか、どうしようか……

本気を出したら、きっと、人間に勝ってしまいます。それは、自分の正体をばらしてしまうことになる。

私は、これからも学校に行きたい。友だちと勉強したり、おしゃべりしたり、楽しく学校生活をしたい。そのためにも、正体をばらしちゃいけない。

だから、本気を出してはいけない。

力を抜いて、二位くらいが丁度いいと思いました。

 列に並んで、自分の番を待ちます。ちなみに、私のC組は、二位でした。

このままでは、優勝できません。

勝ちたいけど、勝っちゃいけない気がして、なんだか複雑でした。

 もうすぐ、自分の番だ。どうしよう…… まだ、気持ちが吹っ切れていないままに、順番がきました。

スタートラインに立つと、走る体制をとります。隣を見ると、いかにも早そうな人もいました。

「位置について、よーい」

 先生の合図で体を低くします。そして、ピストルの音が響きました。

私は、ダッシュで走りました。スタートダッシュは成功して、私がトップを走っていました。このままゴールしてもいいかなと、思っていたら、隣から知らない女子の選手が私を追い抜いていきました。

「ウソォ……」

 この私が抜かれるなんて、思わなかった。だって、私は、妖怪なのに、人間に負けるなんて信じられない。

私は、気を取り直して、前を走る女子選手に追いつこうと走りました。

なのに、距離が縮まりません。そんなバカな…… この私が、人間に負けるの?

 私は、両手を大きく振って、足を前に出します。少しずつ、前の選手の背中が近づいてきました。

もうすぐ、ゴールです。こうなったら、本気を出してやる。私は、そう思って、必死に走りました。

 それなのに、抜くことが出来ないのです。女子選手と並んだと思ったら、ちょっとの差で、ゴールテープを切ったのは、知らない女子選手でした。

私が負けた…… 妖怪の私が……

私は、ガックリと両手を膝において、息をついていました。信じられない思いでした。

 すると、肩をポンと叩かれて、顔を上げると、一位の選手が笑顔で言いました。

「あなた、いい走りしてるわね。いい勝負だったわ」

 私は、息を弾ませて、何も言葉が出てきません。

「私は、三年C組の桜井双葉。よろしくね」

「私は、二年B組の鷹野久美です」

「そう、二年生なのね。陸上部かなにか?」

「いえ、マンガ研究会です」

「ハァ?」

 そう言って、桜井さんという三年生は、お腹を抱えて笑いました。

なにかおかしいことを言ったのかしら? そこまで笑うことないでしょ。

なんか、失礼な人だな。

「ごめん、ごめん。まさか、マン研の人が、私に追いつくなんて思わなかったから」

 なんだか、バカにされたような気になって、プイと横を向きました。

「私は、ソフト部なんだ。もしかして、あなたもリレーに出るの?」

「ハイ、アンカーです」

「そう。それじゃ、また、いっしょに走れるわね」

「今度は、負けませんから」

「さぁ、どうかしら…… 今度も、私が勝つかもよ。それじゃ、また、後でね」

 そう言って、その人は、手を振って、自分の席に戻っていきました。

なんだか、すごく悔しい。人間に負けたこと、軽くあしらわれたこと、リレーでも勝つなんて言われたこと、なんか、ムカムカしてきました。


 午前中のプログラムが終わり、私たち生徒は、それぞれの親たちの元に帰って、みんなでお昼ご飯を食べます。

私もお父さんとお母さんのところに行きました。

「最後は、惜しかったな」

 お父さんが慰めるように言いました。

「さぁ、お弁当食べましょう。横丁のみんなも来てるから、アッチでみんなで食べましょう」

 お母さんは、大きなお弁当箱を持って、校庭の隅の方に行きました。

そこには、横丁のみんなが待っていました。

「ロク美、お疲れさん」

「人間の運動会もいいもんじゃな」

「次は、負けるなよ、ロク美」

 私は、妖怪たちに拍手と笑顔で迎えられました。でも、人間に負けたことが、私にはショックで素直に喜べませんでした。

そんな私に気がついたのか、ゲタ履きのお兄ちゃんが、隣に座るとこんなことを言いました。

「惜しかったね」

「でも、負けて悔しい」

「どうして? 勝っちゃいけなかったんじゃないの?」

「私、本気出したんだよ。正体がばれてもいい、人間なんかに負けたくない。だから、本気出したんだよ」

「なのに、負けちゃったんだ」

 私は、黙って、頷きました。

「昨日、ぼくが言ったことを思い出してよ。ぼく、なんて言った?」

 そう言われて、私は、昨夜のことを思い出しました。

『人間を甘く見たら、痛い目に合うよ』『人間は、強いんだよ』

頭の中で、その言葉が聞こえてきました。

「私、人間を甘く見てたのかな…… 人間に負けるわけがないって、思ってた」

 お兄ちゃんは、何も言いません。でも、すごく優しい微笑みを返してくれました。

「私、わかった気がします。妖怪も人間も関係ない。本気と本気でぶつかるのが、一番なのよね」

「そうだね」

「次は、負けないわ」

「もう、大丈夫だね。ロク美ちゃん、がんばってね」

「ハイ」

 私の心の中のモヤモヤとしたものが、晴れた気がしました。

スッキリして、迷っていたものがきれいになくなりました。


 それはそれとして、私の周りは、ものすごく賑やかでした。

友だちとその家族や先生たちの目からは、私とお父さんとお母さんの三人でお弁当を食べているように見えますが、実は、その周りには、数え切れないほどの横丁の妖怪たちがいるのです。

「おい、ロク美、うまそうなもん、食ってるじゃないか。俺にもくれよ」

 汚い手が伸びてきました。その手を私は、思い切り引っ叩いてやりました。

「痛てぇな……」

「アンタなんかにあげるものはないわよ」

 それは、私の大嫌いなイタチ男でした。

「そりゃないだろ。俺も応援してんだからよ」

「別に、アンタなんかに応援なんてして欲しくないから」

 私は、イタチ男の前から、お弁当箱を退かしました。

「まぁまぁ、ロク美もいい加減にして。イタチ男さんも、一つどうぞ」

「そぉ、そりゃ、すまないね。それじゃ、遠慮なく」

 お父さんがイタチ男の前にお弁当箱を出すと、この男は、両手に持てるだけ持って、口に入れたのです。

汚い食べ方だし、遠慮もない。だから、私は、イタチ男が嫌いでした。

「ロク美、豆腐食うか?」

「大福もあるぞ。甘いものを食べると、元気が出るぞ」

「生きのいい鮎もあるぞ」

 お弁当のほかにも、次から次と、妖怪たちがいろいろなものを差し入れてくれました。

でも、私は、気持ちだけもらって、お母さんのお弁当を食べました。

「いいか、ロク美。走るときは、手を大きく振って、足を早く出すんだぞ」

 ひでリン先生が、おにぎりを頬張りながら、身振り手振りで言いました。

食べるかしゃべるか、どっちかにして欲しい。

「ロク美、例え負けても、骨は拾ってやるからな」

 砂かけのおばあちゃんが縁起でもないことを言います。

例え負けても、骨にはならないから安心して欲しい。

「皆さん、たくさんあるので、食べて下さいね。ウチの娘のために、ありがとうございます」

 お母さんは、お弁当を横丁のみんなに振舞っています。

「鷹野は、ホントによい娘を持ったな」

「ありがとうございます」

「まぁ、一杯いけ」

 お父さんは、子泣きのおじいちゃんとお酒を酌み交わしています。

なんだか、私は、ほったらかしにされたみたいでした。

「ロク美ちゃん、みんなうれしいんだよ」

「わかってるわよ」

 下駄履きのお兄ちゃんが、慰めるように言いました。

「さぁ、もうすぐ始まるよ。がんばってね」

「うん」

 私は、下駄履きのお兄ちゃんに元気を分けてもらいました。

放送部のアナウンスで、再開しました。

まずは、ブラスバンド部とダンス部とのパレードから始まりました。

賑やかで、とてもきれいなパレードでした。保護者の人たちも生徒たちも、そして、横丁の妖怪たちも拍手が鳴り止みませんでした。

 次は、親子競技です。親と子供と二人三脚です。

「ロク美、いよいよだぞ」

「うん、お父さん、がんばろうね」

「もちろん、優勝だぞ」

 私とお父さんは、スタート地点に向かいました。私たちは、この日のために、毎晩練習してたのです。

お父さんの左足と私の右足を紐で結んで準備はOKです。

お互いに肩を組んで、腕で肩をがっしり掴みます。

「位置について、よーい」

 合図と同時に、ピストルが鳴りました。

「いくぞ。イチ、ニ、イチ、ニ」

 私とお父さんは、声を出しながら足を出します。肩を組んで、お父さんと走るなんて、いつ以来だろう。

私がずっと小さかった頃のことを思い出しました。お父さんと走るんだから、絶対勝ってやる。私は、そう思って走りました。

 ところが、落ち着いて周りを見ると、私たち親子が先頭を走っていました。

特別早いわけではないのに、どうしたのかチラッと振り返ると、みんな足がもつれていたりタイミングが合わなかったりで、転んだり、うまく走れなかったりでした。

 私たちは、毎晩練習してきた、その成果が出たんだなと、思いました。

横を見ると、お父さんも軽く笑って、前を向き直り、声を上げていました。

「イチ、ニ、イチ、二……」

 お父さんの声に合わせて、私も声を出しました。

「イチ、ニ、イチ、ニ……」

 そして、私たちは、一位でゴールしました。

「やったぁーっ!」

「ロク美、やったな」

 私は、ハイタッチをすると、思いっきり抱き合って、喜びました。

「お父さん、カッコよかったわよ」

「そうか……」

 お父さんは、少し照れて頭をかいています。

私は、そんなお父さんが大好きでした。保護者の席を見ると、お母さんがうれしそうに笑っていました。

今度は、お母さんと走ろうかなと思いました。

 親子競技が終わって、お父さんは、保護者の席に帰っていきました。

見ると、お父さんは、横丁のみんなからすごく褒められているというか、羨ましがられているというかとにかく、すごく盛り上がっていました。

 その後も競技は、着々と進みました。クラスごとの応援合戦では、私も声が枯れるまで応援しました。

借り物競争や障害物競走は、見てるほうがハラハラ、ドギドキしました。

 クラスごとのフォークダンスでは、私も同じクラスの男子と手を繋いで踊ります。

なにやら背中に強い視線を感じて横目で見ると、横丁の妖怪たちが、いっしょに踊る男の子たちをものすごい目で睨んでいました。もしかして、焼きもちやいてるのかな? 妖怪さんも可愛いところがあるなと思いながら、踊りました。

 そして、いよいよ、最後の競技、団体対抗混合リレーです。

私たちC組は、第一走者は、一年生の男子。第二走者は、三年生の女子。第三走者は、三年生の男子。アンカーは、二年生の女子。つまり、私です。

それぞれ、100メートル走るので、400メートルをリレーで走ります。

校庭に書かれたトラックが100メートルなので、走りがいがあります。

 私たちは、順番にそって、並びました。

「アラ、ホントにアンカーだったんだ」

 声をかけてきたのは、100メートルで私に勝った三年生の女子でした。確か、名前は、桜井双葉って言ったっけ。

「今度は、リレーだから、一人じゃ勝てないけど、大丈夫かしら?」

 私がいるC組は、全体の二位でした。一位は、彼女がいるB組でした。

でも、リレーで勝てば、逆転優勝です。

さっきの私だったら、カチンときて、言い返していたかもしれません。

でも、今は、違います。

「悔いが残らないように走るだけよ。もちろん、負けないけどね」

 私は、笑顔で言いました。すると、私の意外な表情を見て、彼女の方が驚いていました。

「私は、人間を甘く見てた。でも、今は、違うから。全力で走りますよ」

 私の言葉に、桜井先輩は不思議そうな顔をしていたけど、すぐに元に戻って、真面目な顔になりました。

「なんだかわからないけど、私だって、全力で走るよ」

「でも、負けませんから」

「私も負けないよ」

 なんだか、このリレーは、アンカー勝負になりそうな予感がしました。

その後、私と桜井先輩とは、大学でもいっしょになり、一番の親友となりました。人間の親友なんて、私にできるとは、このときは思っていませんでした。

 そして、いよいよスタートのときがきました。

まずは、第一走者です。一年生の男子は、緊張してたのか、スタートに失敗して、いきなり出遅れてしまいました。どんどん離されて、三位の最下位です。

 このままじゃ、負けちゃう。私は、自分でも知らないうちに、声を上げていました。

「がんばれぇーっ!」

 私の声が届いたのか、少しずつ距離は縮まっていました。それでも、一位とはまだまだです。

そして、第二走者にバトンタッチです。それでも、まだ、三位の状況でした。

ところが、第二走者の三年生の女子は、バレー部のキャプテンなので、どんどん二位との距離が縮まって、第三走者にバトンタッチするときは、僅差のニ位になっていました。

 第三走者の三年生の男子は、サッカー部の人なの足が速くて、バトンをもらってからあっという間に、三位の選手を抜き差って、一位の選手に迫ってきました。

「よし、最後は、私で決めてやる」

 私は、そう誓って、リレーゾーンに出ました。

隣には、トップを走るC組の桜井先輩がいました。

「せんぱーい、がんばってくださ~い」

 私は、三年生に声をかけました。

私よりも先に、桜井先輩が小走りで駆け出しました。そして、私の前をC組の選手が走り抜けました。

「頼むぞ」

「ハイ、任せてください」

 私は、第三走者の三年生の先輩から、バトンをもらいました。

ここからが、私の見せ場だ。本気の走りを見せてやるわ。

 私は、両手を振って、足を踏み出して全力で走りました。

前を走るC組の桜井先輩の背中が見えてきました。もう少し…… がんばれ、私。

 私は、必死に走りました。人間なんかに負けないとか、そんなことは、もう考えていません。

誰が相手でも、全力で走る。今は、これしか考えていませんでした。

 クラスの友だちやC組のみんなの声援が、私の力になりました。

もちろん、横丁のみんなの声も聞こえています。お父さん、お母さんも応援してくれている。みんなの声援を受けて、負けるわけにはいきません。

 もうすぐ、ゴールだ。一位の選手の背中もすぐそばだ。

後は、ラストスパートだ。

私は、ゴールの少し前で、ついに一位の選手に追いつきました。

なのに、桜井先輩は、私が並ぶと同時に、ラストスパートをかけて、私を引き離しにかかりました。

 まだ、力が残っていたの? 人間てすごい。やっぱり、人間て強い。

私には、もう、力が残っていない。

「ロク美ちゃ~ん、しっかりしなさーい! 負けたら、夕飯抜きよぉ~」

 お母さんの声が私の耳に届きました。夕飯抜き? 冗談じゃないわ。

私には、この後も妖怪運動会があるのよ。

夕飯食べなかったら、もう、走れないじゃない。

 私は、顔をあげて、前を向いて、両手を前後に振りました。

ここで負けたら、妖怪の名がすたる。

負けてたまるか! 妖怪の本気を見せてやるわ。私のやる気が復活しました。

 最後の走りだ。私は、必死に走りました。そして、前を行く選手の背中に追いつくと同時に抜き去りました。

それと同時に、私は、トップでゴールテープを切ったのです。

「やったーっ!」

「B組の逆転優勝だ!」

 回りの声が聞こえました。でも、私は、息が切れて、両手を膝において体を折り曲げて、大きく肩で息をしていました。

すると、私の肩をポンと叩く人がいて、顔を上げると、桜井先輩でした。

「負けたわ。でも、楽しかった。また、あなたと走ってみたいわね。とにかく、優勝おめでとう」

 桜井先輩は、私より先に、息を整えてそう言うと、手を振って、自分の席に戻っていきました。

私は、まだ、ハァハァと息をしながら、桜井さんの背中を見送っていました。

 やっと、落ち着いて、自分の席に戻ると、クラスのみんなはもちろん、B組のみんなから、祝福されました。

「やったぞ、逆転優勝だ」

「鷹野、お前、すごいな」

「久美ちゃん、あんた、偉いよ」

「よぅし、C組の優勝の女神を胴上げだ」

 誰が言ったかわからないけど、私は、体を持ち上げられて、胴上げされました。

「ちょ、ちょっと、やめてよぉ~」

 私は、何度も宙に舞い上がりました。でも、すごく気持ちよかった。

その後は、閉会式と表彰式があって、初めての体育祭は終了しました。

私もB組が優勝したので、すごくホッとしたし、うれしかった。

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