第8話 出生の秘密。

 翌日の日曜日は、朝ご飯を食べると、私は、妖怪学校に行きました。

「いってきまぁす」

「気をつけるのよ」

 お母さんが心配そうに外まで見送りに出てくれます。

「平気、平気」

 私は、手を振りながら、小走りに駆けて行きました。

妖怪学校は、一つ目くんたちが住んでいる、お寺でやります。

その名も、妖怪寺。見るからに怪しくて、なにかが住んでいそうなところです。

実際、妖怪の子供たちが住んでいるんだけど……

 横丁を抜けて、森の中に入り、少し歩くと、小さな広場が見えます。

そこにポツンと立っている、古いお寺が、妖怪寺でした。

 私は、草を掻き分けて広場に出ると、一つ目くんや三つ目くんなど、子供たちが私を待っていました。

「ロク美先生、おはようございます」

 生徒全員が、並んで私に朝の挨拶をしました。

「おはようございます」

 私も同じように挨拶しました。

「ロク美先生、早く勉強しようよ」

「今日は、なにを教えてくれるの?」

 カッパくんやさら小僧くんが、私の手を引いて、お寺の中に連れて行きます。

みんな授業が楽しみになっているみたいでした。

 ちなみに、妖怪学校の生徒たちは、一つ目小僧くん、三つ目小僧くん、カッパくん、さら小僧くん、うぶめの子供で、女の子のうぶめちゃんが二人というか、二羽。ぬりかべの子供で、子ぬりかべちゃん二人と子ぬりかべくん二人、合計10人という、少人数のクラスです。

 うぶめちゃんは、鳥なので人の言葉も話せないし、手の代わりに羽なので、どうやってペンを持つのか不思議だったけど、器用にくちばしでペンを咥えて字を書いています。

言葉は話せなくても、私の言葉は理解できるようで、実は、とても頭がいい子たちです。

 逆に、やんちゃでわんぱくなのが、子ぬりかべくんと子ぬりかべちゃんの兄弟でした。授業中も、騒いだり、ちょっかい出したりして落ち着きがありません。

それを注意するのが、一つ目くんなのです。なんとなくリーダー的存在になっていました。

 授業時間も、私の学校だと、45分単位で授業が始まるけど、妖怪は集中力が続かないので15分で一時間目ということにしています。

 みんなは、お寺の境内に小さな机を並べて、座布団に座って、前を向いています。

私は、みんなの前に立って、黒板に字を書いたり、数字を書いたりします。

 今日の一時間目は、国語です。といっても、ひらがなを覚えないといけません。教科書とノート、文房具は、お父さんが学校で以前使っていたものを寄付してくれました。

「ひらがなは、書けるようになりましたね」

「は~い」

「それじゃ、今日は、ひらがなで、自分の名前を書いてみましょう」

 そう言うと、子供たちは、ノートを広げて、教科書を見ながら、自分の名前を書き始めました。

自分の名前も書けないことに、最初は、すごいショックだったけど、逆に教えがいがあると思って気を取り直して、私は、やる気が出てきたのです。

「一つ目くんと、三つ目くんは、もう書けるわね」

 私は、机の間を歩きながら、字を書いているのを見て回ります。

褒められて、二人は、うれしそうでした。

 さら小僧くんとカッパくんは、手に水かきがあるので、ペンを持ちづらそうです。それでも、器用に持って、書いていました。二人もがんばっていました。

「上手になったわね」

 私は、二人の頭に乗っている、お皿を撫でてあげると、ニコニコ笑いました。

うぶめちゃんたちは、くちばしにペンを加えて、何度も書いて練習しています。

「よく書けたわね。お母さんに見せてあげると、きっと褒めてくれると思うわよ」

 そう言って、フサフサの羽を撫でると、羽をバサバサしました。

喜んでいるのか、いないのか、私にはよくわからない。

何しろ、鳥だけに、表情が変らないのでなんともいえない。

「ほらほら、ぬりかべくんたちも、ちゃんと書かないとダメでしょ」

 早くも、子ぬりかべくんと子ぬりかべ子ちゃんたちが、騒ぎ出した。

「ロク美先生の言うこと聞けよ」

「なんだよ、偉そうに」

「ちょっと、うるさいわよ」

「うるさいのは、そっちだろ」

 ぬりかべ同士でケンカが起きます。ぬりかべといえば、見上げるくらい大きくて、強そうな生きている壁です。

その子供たちは、まだまだ小さくて、私のひざくらいしかないけど、大人になると、巨大になるんだなと思う。

「ハイハイ、静かにして」

 私は、手を叩いて、静かにさせて、授業に集中させます。

先生って、大変だなと、いつも思う。お父さんは、そんな大変な仕事を毎日やってると思うと感心する。

「それじゃ、自分の名前を書けた妖怪たちは、休憩していいわよ」

 元気なぬりかべくんたちは、教室の外に出て遊び始めます。

逆にうぶめちゃんたちは、教室でペンを咥えて字の練習を続けています。

一つ目くんたちは、集まって、おしゃべりに夢中になっていました。

 私は、先生になったつもりで、個性的な生徒たちを見ていました。

人もそれぞれだけど、妖怪もそれぞれだなと、そんなことを考えていました。

 それでも、どうにか、2時間目の算数の授業も終えて、今日の授業は終わりです。

私の学校のように、何時間も授業はやりません。午前中だけので終了です。

それくらいのゆっくりしたペースで進むのが、妖怪学校なのです。

「それじゃ、皆さん、また来週会いましょうね」

「ロク美先生、さようなら」

「ハイ、さようなら」

 私は、終わりの挨拶をして、妖怪学校を後にしました。

私は、その帰りに、ひでリン先生のウチによって見ました。

「ひでリン先生、いますか?」

 私は、灰色の雲の中から、手探りでドアらしきものを見つけると、静かに開けてみました。

「ロク美ちゃん、いいとこにきた。入って、入って」

 ひでリン先生に言われて、中に入りました。

「あの、マンガのお手伝いならやりますよ」

「そうじゃなくてね。新連載の話なんだよ」

「えーっ! 新連載ですか? 今度は、どんなマンガなんですか」

「そのことで、相談があるのよね」

 ひでリン先生は、アイディアノートを見ながら聞いてきました。

1000%片思いが大ヒットしたことで、出版社から、新しいマンガを書いて欲しいという依頼があったらしい。

そこで、次は、どんなマンガにしようか、迷っているみたいでした。

「ひとつは、魔法少女的な話を考えたんだけど、うまく話が続かなくてねぇ」

 ひでリン先生は、腕組みをして頭を傾けて難しい顔をしている。

「他には、ないんですか?」

「もうひとつは、妖怪マンガ」

「妖怪ですか……」

 これもイマイチ、ピンときてないらしく、大きな目を瞑ったままため息を漏らしている。

「後は、なんかないんですか?」

「それなんだけどさ、ロク美ちゃんをモデルにして、学園物を書いてみたいんだよね」

「えーっ、私ですか?」

 私は、思わずビックリして、声を上げてしまった。

「無理ですよ。私なんて……」

「イヤイヤ、そんなことないでしょ。だって、ロク美ちゃんは、世界でたった一人の、妖怪と人間のハーフなんだよ。妖怪と人間の間に生まれた妖怪人間が、人間の世界と妖怪の世界で、悩みながら成長していくって言う話。

どう、おもしろそうでしょ」

「でも、私がモデルって言われても、私自身は、そんなに悩んでないし……」

「そこは、ぼくが脚色するよ。おもしろおかしく、ときには、泣いて笑って悩んで、青春を謳歌するって言う、可愛い女の子の話。うけると思うんだけどなぁ……」

「別に、私はいいけど、それって、大丈夫なんですか?」

「書いてみないとわからないけど、とりあえず、読みきりで書いてみるから、ロク美ちゃんも手伝ってくれない?」

「ハイ、がんばります」

 このときは、軽い気持ちで、アルバイトのつもりで言ったけど、後に、このマンガはひでリン先生の1000%片思いと並ぶ、代表作として、ヒットするのです。

このときは、そんなことは、夢にも考えていませんでした。

 私は、ひでリン先生が原稿にペンで下書きをしているのを見学していました。

そんな仕事ぶりを見ている私は、何気なく聞きいてみました。

「ひでリン先生って、私が産まれたときのこと、知ってるんですか?」

 すると、ひでリン先生の手がピタッと止まりました。

アレ? もしかして、聞いちゃいけないことを聞いたのかしら? 

そう思って、私は、急いで謝りました。

「仕事中に、変なこと聞いてごめんなさい」

「いいのよ」

 そういって、ひでリン先生は、ペンを置くと、私のほうに向き直ると真面目な顔をして言いました。

「ロク美ちゃんは、お母さんから聞いてないの?」

「ハイ、そーゆー話は、まだ、聞いてなくて……」

「そう。このマンガの内容は、あくまでもフィクションだから、事実じゃない。でも、ある程度は、ホントのことが下地になっているから、ロク美ちゃんの許可もいるかもしれないね」

「あの、どういう意味ですか?」

「あなたが生まれたときは、大変だったのよ。妖怪横丁、始まって以来の、大事件だったんだから」

「そ、そうなんですか……」

 そんなの初耳だった。お父さんもお母さんも、そんな話は、一度も話してくれなかった。私は、何も知らないのです。

「ホントは、そんな話は、ぼくじゃなくて、お母さんかお父さんから聞くべき話だけどね」

「いえ、聞かせてください。お母さんたちは、私が聞いても、教えてくれないから……」

 ひでリン先生は、しばらくう~んと唸って、真っ赤な額にしわを寄せて、考え込んでいました。

「お願いします。私、聞いた事がないんです。知りたいんです」

「でもなぁ……」

 ひでリン先生は、まだ、迷っていました。そこに、思いがけない人がやってきました。

「いいんじゃないかな。ロク美も、もう、子供じゃないんだから」

「そうね。そろそろ、話してもいいんじゃないかしら」

「お父さん、お母さん!」

 そこにいたのは、私のお母さんとお父さんでした。

「どうして、ここに?」

「それは、こっちの台詞だよ」

 お父さんは、そう言いました。

「お母さんたちはね、ロク美ちゃんがお世話になっているから、挨拶に来ただけよ」

「そうしたら、中から、ロク美の声が聞こえるから、ビックリしたんだよ」

 そういうことなのか。私は、まだ、胸がドキドキしていました。

「そういうことなら、ろくろ首と鷹野から聞くといい。ぼくが言うことじゃないからね」

「いいえ。ひでり神には、あの時は、とてもよくしてもらいました」

「あの時のご恩は、今も感謝しているんです。ひでり神先生から、話してあげてください」 

「しかし、そういうことは、親である、あなたたちの口から言う方が……」

「逆に、親だから、話づらいこともあるので、ひでり神先生から、話してあげて下さい」

「う~ん」

 ひでリン先生は、また、深く考え込みました。

「わかった。二人がいいなら、ぼくから話してあげよう」

「ありがとうございます」

「それじゃ、あなた、先に帰りましょうか」

「そうだね。ぼくたちがいない方がいいかもしれないからね」

 そんな話なのか? いったい、どんな話なのか、私は、違う意味でまた、ドキドキしてきました。

お父さんとお母さんは、ひでリン先生に、挨拶と夕飯のおかずに、肉じゃがを置いて先に帰りました。

 私は、膝をきちんと正して、ひでリン先生と向かい合いました。

そこで、私は、自分が生まれたときの話と、お母さんとお父さんが結婚するときの話を聞きました。

それは、衝撃的というか、感動的というか、そのときのことは、一生忘れない、一日になりました。

「そうだな。どこから話すかなぁ……」

 ひでリン先生は、腕を組んで、目を閉じたまま、頭を左右に振っています。

「あの、お父さんとお母さんは、どこで知り合って、どうやって結婚したんですか?」

 私の方から聞いてみました。すると、ひでリン先生は、目を開けるといいました。

「やっぱり、そこから話した方がいいかもしれないね」

 そう言うと、真っ赤な舌を出して、大きな口をペロッとなめると、静かに話し始めました。

「まだ、若かったろくろ首は、人間界に憧れていたんだよ。丁度、今のロク美ちゃんみたいな感じだな」

 私は、緊張で膝に置いて握って拳に力が入りました。

「大学で、バイトを始めたろくろ首は、そこで、今の鷹野と知り合った。どっちも一目惚れだったんだよ。だけど、鷹野の方は、まだ大学生だし、ろくろ首も若いし、付き合うとか言う関係じゃなかったんだよ」

 私は、ゴクリと喉を鳴らして、続きを聞きました。

「そのころ、大学の校舎を工事をしていてね。工事中の穴に、鷹野が落ちてしまったんだ。それに気付いたろくろ首は鷹野を助けに行った。ところが、穴は深い。助けを呼んでも、誰も来ない。そのとき、鷹野は、足を怪我したんだ」

 私は、ひでリン先生の話を夢中で聞いていました。

「ろくろ首は、鷹野を助けるために、首を伸ばして、助けを呼んだんだ」

「えっ! でも、そんなことをしたら、正体が……」

「そうだよ。好きになった人の前で、自分の正体をばらした。鷹野を助けるためにやったんだ」

 私は、胸がドキドキしてきました。

「おかげで、鷹野は助かった。でも、ろくろ首は、もう、二度と鷹野の前には出てこられない。好きな人の前から消えたんだ」

 私は、黙って話を続きを聞きました。

「そのときのろくろ首のしょげた顔は、見ていられなかったなぁ。何も食べないで、ずっと引き篭もって、一日中泣いてたな」

 お母さんに、そんなことがあったなんて、初めて知りました。

「横丁のみんなが、心配して声をかけても、部屋から一歩も出てこなかったんだよ。見ててつらかったなぁ」

 ひでリン先生は、昔を懐かしそうに天井を見上げました。

「それで、お母さんは、お父さんと別れたんですか?」

「いやいや、神様は、そんな二人を見捨てることはしなかったんだ。今、思えば、不思議なことだけどな」

 そう言って、ひでリン先生は、ニコッと笑いました。

「砂かけがな、元気付けようと、テレビをつけたんだ。そうしたら、そこに、鷹野が出ていた。まったくの偶然としか考えられないけど、ホントのことだよ」

 その番組は、今も放映している、あの人に会いたいという、人探しの番組です。

「それに、お父さんが出ていたんですか?」

「そうなんだよ。自分を助けてくれた、女性に会って、もう一度、お礼が言いたい。首を長くして待ってるって言ったんだ」

 私は、思わず息を飲みました。

「どうだい。首を長くして待ってるなんて言われたら、ロク美ちゃんなら、どうする?」

 もちろん、私は、その人に会いに行く。そうに決まってる。

「ろくろ首は、みんなに背中を押されて、鷹野に会いに行ったんだよ」

「それで、どうなったんですか?」

「そんなの決まってるじゃないか。ロク美ちゃんも鈍いねぇ」

 そう言って、ひでリン先生は、大きな声で笑いました。

「それじゃ、正式にお付き合いしたんですね」

「もう、それからは、熱々でね。見てるこっちのが、照れるくらいだったよ」

 なんだか、私もホッとして、自然と笑みが漏れました。

「横丁にも二人で来るもんだから、みんなが焼いちゃってね。なにしろ、妖怪と人間のカップルでしょ。あの頃の二人は、デレデレで、今で言う、バカップルって感じだったね」

 そう言って、また、笑いました。

「いや、ごめん、ごめん。ロク美ちゃんの両親のことをバカップルなんて言って……」

「いいえ、ホントの事です。今も、ウチの親は、天然のラブラブ夫婦ですから」

 私は、笑って言いました。

「でもね、鷹野は、偉かったよ。ちゃんと大学を卒業して、学校の先生になったんだからね」

「それから、どうなったんですか?」

「その後が、大変だったんだよ。いきなり結婚を前提に同棲するって言い出してね」

 私は、思わず口を押さえました。両親のなれ初めなんて聞くのは、娘としては、恥ずかしいけど、聞きたくもあります。

「横丁のみんなは、大反対さ」

「そうなんですか?」

「そりゃ、そうさ。人間と妖怪が結婚しても、幸せにはなれないだろ」

「そうなんですか?」

「だって、人間の寿命は短いでしょ。妖怪は、死なないけど、人間には、必ず死と言うのが来るわけよ。そうなったら、どうなると思う? 当然、ろくろ首は、一人残されて、淋しい思いをするわけでしょ」

 そう言われると、反論は出来ない。確かに人間は、長くても100年くらいしか生きない。

それに引き換え、妖怪は、よほどのことがない限り、死ぬことはない。

私も例外ではない。

「だから、横丁のみんなは、大反対したんだよ。特に、砂かけなんて、絶対許さないって、鷹野を横丁から追い出したんだよ」

「そんな……」

 私は、信じられませんでした。あの、砂かけのおばあちゃんが、私のお父さんにそんなひどいことをしたなんて……

「そうしたら、どうしたと思う?」

 ひでリン先生は、ニヤニヤしながら私を下から覗きこみました。

私は、わからなくて、首を左右にたくさん振りました。

「駆け落ちしたんだよ。ろくろ首が、鷹野と人間界で住むって、横丁から出て行ったんだよ」

「えーっ!」

 私は、驚きのあまり、首が膝の上に落ちました。

「ロク美ちゃん、首を戻して」

 私は、両手で頭を持って、首を戻します。

「その後は、もっと、大騒ぎさ。ろくろ首が、人間と駆け落ちして、横丁を出て行ったんだからね」

「それで、どうなったんですか?」

「みんなで探し回って、鷹野のアパートで二人を見つけたんだ。妖怪たちは、二人を別れさせようと説得するわけだよ。ところが、逆に、鷹野に説得されてね。ろくろ首もいっしょになって、妖怪たちを説得して回った。毎日だよ。

あの頃は、大変だったと思うよ。鷹野は、仕事があるから学校に行かなきゃいけないだろ。その間に、ろくろ首を連れて行かれるんじゃないかと思って、気が気じゃなかったと思う。でも、ろくろ首は、頑として動かなかった」

 私は、両親の話を聞いて、胸が熱くなってきました。

「結局、妖怪たちが折れて、二人を横丁で住むということを条件に、結婚を許したわけよ。それで、ロク美ちゃんが今も住んでる、妖怪アパートに住まわせたってわけ」

 私は、頬が熱くなるのがわかりました。お父さんもお母さんも、若い頃は、すごかったんだなと感心します。

「それで、めでたく、2人は結婚したわけだけど、そうなったら、当然、次は、子供でしょ」

「子供って?」

「ロク美ちゃんだよ」

「私ですか?」

「そりゃ、そうさ。二人は若いし、新婚だろ。どうしたって、次は、子供でしょ」

 そう言われると、私は、いけない想像をして、顔が真っ赤になりました。

「ロク美ちゃんは、まだ、子供だねぇ」

 そう言って、ひでリン先生は、笑いました。そして、冷たいお茶をくれました。

私は、それを両手で受け取ると、一気に飲み干しました。

「ありがとうございました。落ち着きました」

 私は、そう言って、空いたグラスを返しました。

「その後が、大変だったよ。何しろ、ろくろ首が妊娠したんだからね」

「えーっ、妊娠ですか?」

「驚くことないでしょ。生まれたのが、ロク美ちゃんなんだから」

 そうか…… そうよね。当たり前よね。私は、なにを驚いているんだろう……

「横丁のみんなは、閑々諤々で、産むの産まないのと、そりゃ、大変だったよ。だって、そうでしょ。どんな子が産まれるかわからないんだよ。人間と妖怪のハーフの子供なんて、前代未聞だし、今までなかったことだからね」

 そういうことか。きっと、不安だったに違いない。

「ろくろ首を妊娠させたってことで、鷹野は、横丁のみんなから、すごく怒られてね。嫌がらせとか酷かったよ」

「そんな……」

「でもね、ろくろ首が庇ったんだよ。お腹が大きいのに、鷹野を助けたんだ。それを見たら、妖怪たちも何も言えないよね」

 私は、思わず、目頭が熱くなりました。

「出産するときは、お歯黒に砂かけ、花子ちゃんやウサギ娘、あのアマビエまでが、手伝ったんだよ。男の妖怪どもは、アパートの外で、みんなして祈っていたっけね」

 私の頬に、涙が一つ流れ落ちました。

「そのとき生まれたのが、ロク美ちゃんだよ。オギャーって言う、声が聞こえたときは、横丁みんなでお祝いだったよ。鷹野なんて、大泣きしてさ、生まれたばかりのロク美ちゃんを抱いて、みんなに見せて回っていたな。その頃になると、新しく生まれた命も含めて、家族が増えたわけでさ、それからは、みんなでロク美ちゃんを育てようってそういう雰囲気になってね。ちなみに、名付け親は、大反対してた、砂かけなんだよ」

 私は、そんな話を聞いて、涙が止まりませんでした。

「ハイ、これ」

 ひでリン先生は、そう言って、ハンカチを貸してくれました。

私は、もう言葉が出ないまま、涙を拭きました。

「最初はさ、どんな子が生まれるか、みんな不安でしょうがなかったけどさ、生まれたのが、可愛い女の子でろくろ首にそっくりで、みんなホッとしたというか、安心したというか、感動したよね。特に、ウサギ娘なんてあたしがお姉ちゃんになるとか言い出したり、カワウソなんて、俺が泳ぎを教えるとか、一反もめんも空の飛び方を教えてやるとか、みんな勝手なことを言ってたな」

 私は、自分のことなのに、今までちっとも知りませんでした。

私が生まれたときは、そんなことがあったなんて、初めて聞いてすごく感動しました。

「アレだけ反対してた妖怪たちを、鷹野は、どうやって説得したと思う?」

「わかりません。全然、想像できませんよ」

 ひでリン先生は、意味深な顔をして、言いました。

「ぼくは、あの時の鷹野を忘れられないんだ。カッコよかったよ。最高にね」

 そう言うと、立ち上がったのです。

「ぼくは、人間です。ロク子さんより先に死にます。でも、死ぬまで、ロク子さんと生まれた子供を大事にします。必ず幸せにします。だから、ぼくが死んだ後は、皆さん、ロク子さんと子供のこと、よろしくお願いします。そう言ったんだよ。もう、誰も反対するやつはいなかったね。妖怪たちは、そう言って、鷹野を横丁の一員として認めたんだ。人間を横丁に入れるなんて、考えられなかったんだからね」

 そう言うと、ひでリン先生は、ゆっくり座りました。

「どうだい、お父さんを見直したかい?」

 私は、涙で真っ赤にした目で、何度も首を縦に振りました。

「それに付いていった、ろくろ首も偉かったね。ロク美ちゃんは、覚えてないかもしれないけど、赤ちゃんだった頃は、横丁のみんなでお世話したんだよ。誰がお風呂に入れるとか、誰がオムツを替えるとかちょっとでも泣くと、みんな集まっちゃってさ。歩き始めると、砂かけなんて、おろおろしてたよ」

 私は、そんなみんなに可愛がってもらって、お世話されて、今日まで大きくなったんだ。

「首が伸びるようになると、お祝いしたり、言葉を話すようになると、みんなが話しかけるようになって、ロク美ちゃんは、幸せだよね。みんなから祝福されて育ったんだもんね」

「ハイ、感謝します」

「そうだね。これからも、ちゃんと、成長するんだよ」

「ハイ、ありがとうございます」

 私は、深く頭を下げました。

「それじゃ、涙を拭いて、もう帰ったほうがいいよ。ろくろ首と鷹野が心配するといけないからね」

「ハイ、今日は、ありがとうございました」

「うん、またね」

 私は、何度も振り返りながら、ひでリン先生のウチを後にしました。

両親の間に、そんなことがあったなんて、知りませんでした。きっと、私が思うより大変だったに違いありません。

妖怪と人間の間には、まだまだ深い溝があることなんて、考えたこともありませんでした。

 そして、アパートの前に着くと、もう一度、濡れた瞳を拭って、大きく深呼吸をしてから、言いました。

「ただいま、お父さん、お母さん」


「ハッハッハッ……」

「まったく、ひでり神ったら……」

 なぜか、お父さんとお母さんは、私の話を聞いて、笑いが止まらないようでした。

「なによ、何で笑ってるの? なにがおかしいのよ」

「すまん、すまん。確かに、ひでり神の言ってることは、間違ってないけど、ちょっと、言いすぎだよ」

 と、お父さんが言いました。

「確かに、あの頃は、みんなに反対されたけど、妖怪たちを説得したのは、私たちだけじゃないのよ」

「えっ? それじゃ、誰が説得したの?」

「決まってるでしょ。ひでり神よ」

「ひでリン先生が? そんなこと、一言も言ってなかったけど」

 私がビックリしていると、お母さんが言いました。

「ひでり神が、妖怪たちを説得して歩いてくれたのよ。だから、私たちは、ひでり神には、返しきれない恩があるのよ」

 そういうことだったのか…… 私は、胸を撫で下ろしました。

「だから、ロク美もひでリン先生のお手伝いするなら、ちゃんとするんだよ」

「うん、わかった」

「それと、横丁のみんなに、感謝の気持ちも忘れないようにな」

「それも、わかってる」

「それじゃ、ご飯にしましょうか」

 お母さんが台所に行きました。この日の夕飯は、とてもおいしく食べました。

うれしい話、感激する話を聞いた後で食べた夕飯は、すごくおいしく感じました。

そして、素敵な両親と食べる夕食は、私はすごく愛されていることと、幸せ者だという実感がわきました。

「ねぇ、お父さんは、お母さんのどこが好きになったの?」

 いきなりそんなことを聞かれて、お父さんは、思わず飲んでいるお茶を噴出しそうになりました。

「なにを言い出すかと思ったら……」

「ねぇ、聞かせてよ」

「そうだな。あの頃は、お母さんは、とっても可愛かったんだよ」

 お父さんは、少し照れたように言いました。

「アラ、それじゃ、今は、どうなんですか?」

 台所で洗物をしているお母さんが、首だけ伸ばして私たちに言いました。

「今は、とっても、美人だよ」

「あなたも、カッコいいですよ」

 そう言って、私の目の前で、軽くチュッてすると、首を戻して洗い物を再開しました。

私は、深いため息をすると同時に、いつまでも若くて仲がいい両親を、尊敬しました。

 お父さんは、一度、軽く咳払いをすると、テレビのチャンネルを変えました。

私もいつか、お父さんみたいな人と結婚したいなと、思いました。


 そんなことがあってからも、私は、ひでリン先生のアシスタントに妖怪学校の先生と、もちろん学校の勉強の方もがんばっていました。

 ある日の朝のホームルームのときです。担任の先生が言いました。

「それじゃ、今日は、来週の体育祭のことを決めようと思う。委員長、頼むよ」

 先生が司会役を学級委員長に託すと、自分の椅子に座りました。

そういえば、今度の日曜日に、学校の体育祭があります。私は、余り気が乗りませんでした。

「それじゃ、出たい種目がある人は、手を上げてください。推薦でもいいですよ」

「ハ~イ、百メートル走は、鷹野さんがいいと思います」

「鷹野さんは、どうですか?」

 別のことを考えていた私は、いきなり名前を呼ばれて、慌てて立ちました。

「ハ、ハイ」

「それじゃ、鷹野さん、お願いします」

「え~と、何のことですか?」

 私は、小さい声で聞くと、委員長は、少し困った顔をして言いました。

「体育祭の種目ですよ。聞いてなかったんですか? 鷹野さんは、百メートル走に出るんですよ」

「私が!」

 思わず、自分のことを指さします。

「久美ちゃん、足が速いでしょ。がんばってね」

 隣のキミエちゃんが言いました。

「もぅ、勝手なこと言わないでよ」

「いいじゃん。久美ちゃん、得意でしょ」

 確かに、走るのは好きだし、得意です。でも、それは、妖怪たちとの話で、人間たちとは本気で走ることはありません。

そんなことを思っていると、次々と種目が決まっていきました。

 綱引きや玉入れ、組体操など、団体競技はクラスごとでやるけど、徒競走やリレーなど、個人競技はなかなか決まりません。

陸上部は、そんな競技は、ハンデがあるので、審判の役です。

「それじゃ、400メートルリレーの女子で出たい人はいますか?」

 それは無理でしょ。女子で、リレーなんて、陸上部ならともかく、普通の女子は出たくないはずです。

「リレーは、特別に、陸上部も出てもいいことになっています」

 それなら、陸上部の人たちに任せよう。私は、立候補しないことにする。

「鷹野さん、どうですか? リレーも出て見ませんか?」

「えっ、私ですか?」

 いきなり、委員長に言われて、思わず返事をします。

「100メートルも出ることだし、出て見ませんか?」

「いえいえ、私は、無理です」

「そう言わないで、クラスを助けると思って、出てくださいよ」

「う~ん、でも……」

 私が迷っていると、隣のキミエちゃんが言いました。

「やりなよ、久美ちゃん。陸上部に負けないでよ」

「だけどさ……」

「鷹野さん、どうですか?」

「わかりました」

「そうですか。それじゃ、400メートルリレーは、鷹野さんで四人揃いましたね」

 私以外のメンバーは、運動部の人たちで、足も速そうです。これなら、私じゃなくても勝てそうな気がします。

「それじゃ、種目も決まったので、お知らせを配ります。当日は、保護者の皆さんもくると思うので楽しく思い出に残る体育祭にしていきましょう」

 そう言って、委員長は、お知らせと書いてあるチラシを配りました。

私は、それを見ながら、違うことを考えていました。

これを見たら、きっと、両親は、張り切ってくるだろうなぁ……

それに、横丁のみんなも、きっと大勢で来るだろうなぁと思うと、このことはないしょにしておこうと思いました。

 私は、マン研の帰りに一人で歩いていました。今日は、ひでリン先生は、仕事で忙しいので欠席です。帰ったら、横丁のみんなには、言わないでおこう。

 しかし、またしても、思いも寄らないサプライズが私を待っていました。


「なにこれ?」

 私は、思わず口にすると、横丁の前で足が止まって、入り口にある大きな鳥居を見上げました。

「ロク美ちゃん、帰ってきたにゃ」

「お待ち申し上げておりました。ロク美様」

 鳥居のところで、声をかけてきたのは、化け猫の妖怪で、バケニャンと幽霊執事のウィスバーの二人です。

「ハイ、これ」

 いきなり渡されたチラシを見て、驚きました。

「妖怪運動会? なに、これ……」

 真っ赤な大きな鳥居には、妖怪運動会、開催記念と、大きな垂れ幕が光り輝いていたのです。

「ロク美様は、まだ、ご存じないと思いますが、150年ぶりに妖怪運動会を開催するのです。ぜひとも、ロク美様にもご参加して欲しいと思って、お待ちしておりました」

 そんな話、聞いたことないし、妖怪運動会の意味がわからない。

「えーと、これは、どういうこと?」

 私は、チラシを持ったまま、二人に聞いてみました。

「今から、150年前に妖怪運動会が開かれました。今年は、その節目の年。開催が決まったのでございますよ」

「それ、いつ?」

「来週の日曜日の夜でございます」

「もちろん、ロク美ちゃんも出るにゃ」

 イヤ、それ無理。だって、その日は、学校の体育祭がある。昼間に学校の体育祭をやって夜に横丁の運動会なんて、体力が続かない。

「あの、その日は、ちょっと無理かな」

「え~、何でにゃ?」

「それは、その…… えーと、とにかく、無理なの」

「そんなこといわないで、出るにゃ。150年振りなのに……」

 150年前に何があったのか知らないけど、とにかく無理。

「ごめん。その日は、忙しいから、私は出られないんだ」

 私は、そう言って、走ってアパートに帰りました。

横丁のみんなには、悪いけど、一日に二回も運動会なんて、無理です。

 ところが、横丁のみんなは、すでに運動会モード全開で、アチコチでそのための準備をしていました。

「ロク美、今、帰りか? 今度の運動会の準備で忙しいんだ。手伝ってくれよ」

 なにやら巨大な玉を作っている、カワウソくんとアマビエちゃんに呼び止められました。

「なにを作ってるの?」

「玉転がし用の玉だよ」

 玉転がしって…… それにしては、大きすぎる。私が見上げるくらい、ものすごい大きな玉です。

「こんなの転がせるわけないでしょ」

「そうか?」

「ほら、だから言ったじゃん。大きすぎるって」

 アマビエちゃんがカワウソくんに文句を言います。

「だって、大きい方がおもしろいだろ」

 やっぱり、妖怪って、限度をしらな過ぎる。私は、言い合いしている二人を無視して、アパートに急ぎました。

「お帰り、ロク美。悪いが、ちょっと手伝ってくれんか?」

 アパートに帰ると、入り口で砂かけのおばあちゃんに呼び止められました。

「何をしてるんですか?」

「綱引き用の縄を編んでるんじゃ。お前も手伝ってくれんか」

 見れば、私の足より太い縄を編んでいます。しかも、ものすごく長そうで、外まで繋がっていました。

「あの、わたし、ちょっと、用事があるんで、ごめんなさい」

 私は、砂かけのおばあちゃんに悪いと思ったけど、急いで部屋に入りました。

「お母さん、ちょっと、これ見て」

「アラ、お帰り。どうしたの、慌てて」

 台所で夕飯の用意をしているお母さんが、首だけ伸ばして私の元にきました。

「これなんだけど」

 私は、二枚の運動会のチラシを見せました。

「あらまぁ、ロク美ちゃんの学校でも、運動会があるの。それなら、張り切って、お弁当を作らないとね」

 お母さんは、相変わらずのん気です。てゆーか、天然です。

「そうじゃなくて、こっちの方よ」

「妖怪運動会ね。何しろ、150年ぶりだから、みんな張り切ってるわよ。前回は、お母さんたちが負けちゃったからね。

今回は、みんな張り切ってるわよ。ロク美ちゃんもがんばってね」

「だから、そうじゃなくて、私、一日に二回も運動会をやるのよ。そんなの無理に決まってるじゃない」

 私は、口を尖らせて抗議しました。

「そうねぇ…… でも、学校の運動会なら、そんな体力を使わないでしょ」

「そうだけど…… でもさ、やっぱり、体力的に疲れるし」

「何を言ってるのよ。ロク美ちゃんは知らないけど、楽しいのよ。西洋妖怪と南方妖怪と私たち日本の妖怪が世界中から集まって、楽しい運動会なのよ。ロク美ちゃんも参加しなさいね」

 そう言って、私の話などまったく聞いてくれないで、首を戻して夕飯の準備に戻りました。私は、お母さんを追って、台所に向かいます。

「それと、学校の運動会のことは、横丁のみんなには、黙っていて欲しいの」

「どうして? みんなで応援に行くわよ」

「だから、それが困るのよ」

「アラ、どうして?」

「だって、学校に妖怪が来るのよ。それって、まずいでしょ」

「大丈夫よ。ロク美ちゃん以外、見えないようにするから。学校のお友達や先生たちには、見えないから安心して」

 お母さんは、そう言って、私の言うことに耳を貸してくれません。

こうなったら、お父さんに話してもらおう。私は、お父さんの帰りを待ちました。

 しばらくすると、お父さんが帰ってきました。

「ただいま、ロク子さん」

「お帰りなさい、あなた」

 部屋に入ってくるなり、お母さんは、首だけ伸ばして、お父さんを迎えます。

そして、毎度お馴染みのお帰りのチュッをします。娘の前でよくやれるなと、感心する場合ではありません。

「お父さん、ちょっと聞いて」

「妖怪運動会のことだろ。お父さんも、張り切ってやるからな。がんばろうな」

 ダメだ…… お父さんもやる気満々だ。

「あなた、実は、その日の昼間に、ロク美ちゃんの学校でも運動会があるのよ」

「えっ、そうなのか? よし、それじゃ、昼間もがんばらなきゃいかんな。親子リレーとか親子で二人三脚とかあるのか?」

 お父さんは、うれしそうに体育祭のチラシを眺めています。

確かに、親子で二人三脚があります。それは、お父さんと出るつもりだったけど、夜の運動会は、別の話だ。

「あのさ、お父さん、妖怪運動会は、私は、無理だから」

「どうして?」

「だって、一日に二回も運動会なんて、体力的に無理だもん」

「そんなことないだろ。ロク美は、若いし、元気もあるし、そんな弱気でどうする。横丁のみんなも楽しみにしてるんだから

いっしょにがんばろうじゃないか」

 ウチの両親じゃ、話にならない。ひでリン先生に相談してこよう。

私は、ちょっと出てくると断って、ひでリン先生のウチに行きました。

ところが、ウチに付くと、灰色の雲のウチの前で、ひでリン先生は、何かしていました。

「こんばんわ、ひでリン先生」

「ロク美ちゃん、丁度いい。そっちを持ってくれ」

 私は、言われるままに、なにか大きな布を手にしました。

「ちょっと動かないでよ」

 そう言うと、真っ白の布に、ひでリン先生は、なにかを書き始めました。

『がんばれ、妖怪横丁』と、大きな筆で書きました。

「ありがとう。これで、今度の運動会は、ぼくたちの優勝だ」

 ひでリン先生もやる気満々でした。これじゃ、相談にならない。

「あの、やっぱり、失礼します」

 私は、そう言って、ひでリン先生のウチを後にしました。

「ちょっと、どこにいくの? 話があったんじゃないの……」

 ひでリン先生の声を聞こえない振りをして、帰りました。

もうダメだ。断れないし、断ったら、後が怖い。私は、覚悟を決めるしかありませんでした。

それならそれで、学校の体育祭には、横丁のみんなに知られないようにしなきゃと、思いました。

 アパートに戻ると、とうふ小僧くんと小豆あらいのおじさんに声をかけられました。

「ロク美、学校の運動会があるそうじゃな。みんなで応援に行くから、負けるなよ」

「お弁当は、おいらのとうふを食えば、勝てるぞ」

 うそ! 何で、学校の体育祭のことを知ってるの? 私は、嫌な予感がして、アパートの中に入りました。

すると、私の部屋には、たくさんの妖怪たちが待ち受けていました。

「ちょっと、体育祭だかなんだか知らないけど、そんな楽しそうなイベントなら、何であたしたちを誘ってくれないのよ?」

 ウサちゃんが長い耳を上下に振りながら言いました。

「そうだよ。わしらも応援に行くぞ。なんなら、わしが代わりに走ってやろうか」

 子泣きのおじいちゃんが言いました。悪いけど、それは、絶対にお断りです。

「心配するな。横丁の妖怪ども、全員で応援に行ってやる」

 砂かけのおばあちゃんも大張きりです。もう、断れない。やるしかない。

「お母さん……」 

 私は、お母さんに助けを求めました。でも、お母さんは、うれしそうに学校のチラシをみんなに見せて回っていました。

お父さんは、カカシくんや傘バケくんと、私と二人三脚をすることを自慢しています。

「いいなぁ、ぼくもロク美と走りたかったなぁ」

「そうだよなぁ。鷹野、おいらと代わってくれよ」

「ダメダメ。これは、父親の私じゃないと、ダメなんだよ」

 カカシくんも傘バケくんも、足が一本しかないんだから、そもそも二人三脚は無理でしょ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る