第6話 漫画家は、妖怪?
私は、お母さんに直してもらった制服を着て、今日も元気に学校に行きました。
学校では、仲のいい友だちとおしゃべりしたり、苦手な授業を受けたり、楽しく過ごしています。
学校が終われば、ウチに帰って、一つ目くんの家庭教師です。
アレから10日くらいたって、ひらがなも書けるようになって、まだ、字はうまいとは言えないけど自分の名前を書けるようになりました。
数字もわかるようになって、簡単な算数もできるようになりました。
今度は、外に出て、絵を書いてみようとか、歌を歌ってみようとか、勉強以外のこともしてみたいといって、一つ目くんも楽しそうです。
勉強の合間にお母さんの手作りおやつも楽しみの一つです。
一つ目くんには、お母さんもお父さんもいないので、こんな雰囲気がとてもうれしそうでした。
ウチに帰れば、他の子供たちもいっしょで楽しいとか、お寺の話も聞かせてくれました。
きっと賑やかなんだろうなと思うと、今度、遊びに行ってみたくなりました。
そんな、ある日曜日のことです。今日は、家庭教師もお休みなので、私は、部屋でマンガを読んでました。
実は、マンガは大好きなのです。特に、大好きで読んでいるのが『1000%片思い』という、少女マンガです。
主人公の女の子が、幼馴染みの男の子に片思いをするという話です。
でも、素直になれない女の子は、男の子に好きといえず、逆にイジワルしてしまいます。
なのに、男の子の方は、そんなことにはめげずに、女の子にアタックする。
そのときに、女の子がキュンとするシーンに、すごく憧れていました。
私にも、いつか、そんな思いをすることがあるのかしら?
そんなことを言ってくれる、男の子が現るのか?
このマンガを読むと、そんな思いがして、胸が締め付けられました。
お父さんは、お母さんのお手伝いで、洗濯とか掃除とかしてます。
ウチの家庭は、家事の分担というより、共同でしてます。
しかも、進んで、お父さんがやってます。
洗濯物を干しながら、二人は笑ったりしてて、相変わらずラブラブ夫婦です。
そんな両親を見ると、私も大人になったら、こんな家庭を作りたいと思いながら見てました。
「ごめん。鷹野殿は、おいでか?」
突然、ドアが開いて、誰かがきました。
「ハイ」
気が付いたお父さんが、洗濯物を干していたベランダから、返事をしました。
「久しぶりだな、鷹野殿」
「妖怪先生! こちらこそ、ご無沙汰してます」
「休みのところ、じゃましてすまんが、ちょっと、話があって参った」
「どうぞ、お上がり下さい。ロク子さん、妖怪先生だよ」
すると、お母さんが、慌ててやってきました。
「お久しぶりです。さぁ、どうぞ。今、お茶をお持ちします」
「イヤイヤ、構わんでくれ。相変わらず、仲がよくて、良いことだな」
私は、マンガを読みながら、お父さんたちの会話を聞きながら、おかしくなってしまいました。
「ロク美ちゃん、あなたもこっちにきなさい」
「は~い」
私は、返事をして、部屋から出ました。
「先生、お久しぶりです」
「ロク美、大きくなったな。元気そうで何よりだ」
ちゃぶ台の前に座っている妖怪先生は、笑いながら言いました。
妖怪先生の本名は、吹き上げ入道といいます。真っ赤な顔で、大きな一つ目に、大きな口。頭のてっぺんに角があって、体が大きく、お坊さんのような袈裟を着ています。
私が小さいころは、妖怪の子供たちを集めて、いろんなことを教えてくれて、
妖怪学校を作ったので、子供たちからは、妖怪先生と呼ばれていました。
「今日はな、ロク美に礼を言いにきた」
「私に?」
私は、お礼を言われるようなことをした覚えはありません。何かしたかしら?
「ウチの一つ目小僧に、勉強を教えてくれているそうだな」
「あぁ…… そのことですか」
「毎日、楽しそうに読み書きをしておる。恥ずかしい話だが、わしは、そんなこと、全然知らなかった」
妖怪先生は、大天狗様の言いつけで、毎日、日本中を飛び回って、いろいろ調べ物をしています。
忙しいので、余り寺に戻れず、子供たちと過ごすことはないそうです。
結局、そのために、妖怪学校も閉鎖になってしまったのです。
「久しぶりに戻ったら、一つ目小僧どころか、三つ目小僧やさら小僧、カッパたちまでが、読み書きをしておって驚いた。しかも、それを教えているのが、一つ目小僧で、さらに驚いた」
そんなことがあったんだ…… ちっとも知らなかった。一つ目くんが先生役なんて、すごいじゃない。
「幸い、わしの仕事も一段落してな、子供たちにも淋しい思いをさせておるし、勉強しているのを見て妖怪学校を再開しようと思っておるんだ」
それは、とてもいいことです。一つ目くんも、きっと喜ぶと思いました。
「そこでな、一つ目小僧を返してほしいんじゃ」
「一つ目くんを返す?」
「もう、ロク美の家庭教師は、卒業ということじゃ。これからは、わしが勉強を教える」
「卒業ですか…… それじゃ、もう、私は、一つ目くんと勉強が……」
「そういうことじゃ。お前さんの役目は、終わったんじゃ」
そう言われると、私は、悲しくなりました。
一つ目くんとの勉強は、私にとっても、楽しい時間でした。
これからもっと、いろんなことを教えてあげたい。いっしょに、勉強したい。
楽しいこともしたい。それも、もう終わり。卒業なのです。私は、頭が真っ白になって、顔を上げることが出来ませんでした。
そんな私を見て、妖怪先生は、言いました。
「しかしな、わしも毎日というわけにはいかん。そこで、ロク美さえよければ、このまま妖怪学校の先生になってみんか?」
「えっ?」
「もちろん、お前さんの学校が優先じゃ。学校が終わってからでいい。休みのときでいい。これからも、わしの代わりに臨時の先生として、子供たちに勉強を教えてやってくれんか?」
私は、顔をあげると、満面の笑みで言いました。
「ハイ、やらせてください」
「そうか。それは、よかった。きっと、子供たちも喜ぶであろう」
私は、うれしくなりました。また、一つ目くんと勉強ができる。しかも、今度は、正式に、妖怪学校の先生としてです。
「しかし、生徒は、一つ目小僧だけではないぞ。三つ目小僧やさら小僧、カッパ、それに、うぶめの子供たちやぬりかべの子供と、人数が多いが、ロク美にできるか?」
「やります。がんばります」
私は、うれしくなって、二つ返事で言いました。
「そうか、やってくれるか」
そう言って、妖怪先生は、大きな一つ目を細めて喜んでいました。
私が、妖怪学校の先生なんて、夢見たいです。
「あの、よかったら、ぼくにも手伝わせてもらえませんか?」
「そうだったな。鷹野殿は、本物の先生だったな。もちろん、よろしく頼む」
お父さんは、本物の学校の先生だから、一つ目くんたちも喜ぶだろうな。
「よかったわね、ロク美ちゃん。でも、これからが大変よ。しっかりね」
「うん」
「それなら、もっと、ロク美も成績がよくならないとな。先生が、あんな成績じゃ、子供たちに笑われるぞ」
「お父さん、それは、言わないでよ」
「ハッハッハッ…… まずは、学校の成績を上げることだな」
妖怪先生にまで笑われて、恥ずかしくなりました。
何しろ、先生が、テストの点数が悪いんじゃ、顔向けできません。自分の勉強もがんばらなきゃ。でも、なんだか、やる気が沸いてきました。
そんなわけで、私は、先生を続けていけることになりました。
でも、そのためには、自分の成績も上げないといけません。とりあえず、今度のテストでは、全部の科目を80点以上取ることが目標となりました。
今の私には、とても難しい問題でした。
マンガを読んでる場合じゃありません。がんばって、自分も勉強しなくちゃ。
それからの私は、がんばって勉強しました。全教科とはいかなかったけど、赤点とか追試とか補習はしなくてすみました。答案用紙を見せても、お母さんもお父さんも、褒めてくれました。
「ロク美にしては、がんばったな」
「この調子で、次もこれくらいの点数だといいんだけどね」
お母さんは、うれしそうにしながらも、ちゃんと釘は刺してくれました。
学校も楽しく勉強するようになると、次第に成績も上がってきました。
「久美ちゃん、アンタ、なんかクラブ活動とかしないの?」
お昼休みにお弁当を食べていると、キミエちゃんに聞かれました。
「別に入ってないけど」
「どっかに入ったほうがいいんじゃない?」
「どうしてよ?」
「大学に行くんでしょ。だったら、どっかに入っておいたほうが、内申書が有利よ」
「なるほど……」
そんなことは、考えたことはありませんでした。
まだ、そんな先のことは考えていないけど、大学に入ってみたいと、ボンヤリ思っていました。
「それじゃさ、どんな部活がいいのかしら?」
「そりゃ、体育会系のが、印象はいいと思うわよ」
「う~ん…… それは、ちょっとなぁ……」
体育会系は、苦手というか、自分の体力を上手にコントロールできないので個人的に難しい。
「だったら、文科系は?」
「文科系か……」
それは、考えもしませんでした。ウチの学校は、体育会系のクラブだけではなく文科系も盛んでした。思いつくのは、演劇部、合唱部、吹奏楽部、軽音楽部、文芸部、そして、オカルト研究会などなどいろいろあります。
もちろん、オカルト研究会は、お断りです。
「久美ちゃんてさ、マンガ好きでしょ」
「うん、ウチでいつも読んでるよ」
「だったらさ、マンガ研究会とかいいんじゃないの?」
「そんなのあるの?」
「あるわよ。部員は、少ないけどね」
そんなのがあるなら、入ってみたい。
大好きなマンガを好きな人同士で、語り合ったり、自分でも書いてみたい。
「部室ってどこ? 行ってみるから教えて」
私は、キミエちゃんに教えてもらって、放課後に三階の資料室に向かいました。
そこは、いろんな科目の資料や本などがおいてある、小さな倉庫のような教室です。
一応、机や黒板などはあるものの、正直言って、クラブ活動するには、狭すぎます。
こんなところが、マンガ研究会の部室とは、今まで知りませんでした。
とりあえず、入ってみようと思って、少しドキドキしながら、ドアを開けました。
「あの、こんにちは、失礼します」
中に入ると、そこにいた生徒たちが、一斉に私に振り向きました。
「キミは?」
メガネの三年生らしい人が言いました。
「あの、入部希望なんですけど……」
私は、緊張して、小さい声しか出ませんでした。
「入部ですか? マン研に?」
「ハ、ハイ」
「聞いたか、諸君。このマンガ研究会に、久しぶりに新入部員が入るぞ」
メガネの人がそう言って、他の部員たちに言いました。
といっても、ここにいるのは、男子が三人、女子が二人のたったの五人です。
私も入れて、やっと六人という感じです。
「あなた、ホントに、入ってくれるの?」
「ハ、ハイ」
「マンガを書いたことは?」
「ありません。でも、マンガは、大好きでいつも読んでます」
「好きなマンガは?」
「えっと…… 1000%片思いです」
「李神日出先生のマンガね」
「ハイ」
「どうする、部長」
赤いメガネをかけた三年生らしい女子に質問されて、つい、好きなマンガのことを言ってしまいました。
「う~ん…… ぼくとしては、部員が増えるのは、歓迎だけど、他のみんなはどう思う?」
「あたしは、いいと思います」
今度は、髪の短い女の子が言いました。
「あなた、何年生?」
「二年生です。二年B組の、鷹野久美です」
私は、自己紹介をしました。
「二年か…… いいんじゃないかな。ウチは、二年生は、一人しかいないからな。これで、一年から三年まで、
二人ずつになって、丁度いいと思うが」
「部長がそういうなら、許可します。それじゃ、改めて、自己紹介して」
メガネの女の子に言われて、私は、部長らしいメガネ男子に前に来るように言われました。
私は、一段高いところに上がると、部員のみんなを見渡しました。
まずい、緊張してきた。顔が赤くなって、熱くなってくる。
「あの、えっと……」
「緊張しないでいいから、まずは、キミの名前とクラスを言って」
「ハ、ハイ、鷹野久美、二年B組です。よろしくお願いします」
そこまで言うのがやっとでした。こんなに緊張したのは、初めてかもしれません。そして、深く頭を下げました。
「鷹野さんね。これからよろしく。私は、副部長の中川麗子。こっちは、部長の秋元隼人くん」
「よろしく。部長の秋元です。他のみんなも自己紹介くらいして」
そういわれて、他の部員たちもそれぞれ自己紹介しました。でも、緊張しすぎて、一度に顔と名前が覚えられません。私は、目をパチクリしていると、副部長の中川さんが言いました。
「大丈夫よ。そのウチ、覚えるから。部長、マン研の話をしてあげて」
促された部長の秋元さんが言いました。
「我々マン研は、まず、第一にマンガが好きなこと。マンガについて研究するのが、活動内容です。月に一度、各自マンガを書いて、全校生徒に展示する。ちなみに、うちは、正式なクラブではないので顧問の先生はいません。代わりに、指導をしてくれる講師がいます」
「そういえば、今日は、来る日なのに、まだ来ませんね」
もう一人の男子部員が言いました。
「ちなみに、俺は、二年A組の本田圭一って言います。よろしく」
「よろしくお願いします」
「同じ二年生だから、仲良くしようぜ」
「こら、新人をナンパしないの」
「ハイハイ、すみませんでした」
副部長の中川さんに注意されて、笑いながら謝る本田くん。なんか、親近感があって、いい人っぽいです。
「そういえば、ウチの講師の先生は、まだ、来てないねぇ」
部長の秋元さんが時計を見ながら言いました。
そこに、勢いよくドアが開いて、誰かが入ってきました。
「いやぁ、ごめん、ごめん。遅れちゃったねぇ」
そう言って、入ってきたのは、なんと、一つ目の妖怪でした。
「えっ! よ、妖怪……」
私は、驚いて、思わず後ずさりました。まさか、人間の世界で、妖怪に会うとは思いませんでした。その前に、人間には、妖怪は見えないはずです。
なのに、ここにいる人たちには、見えるのです。
どういうことなの? 私は、パニックになって、?マークが頭の中を駆け巡りました。
「ひでリン先生、新入部員です」
「へぇ~、珍しいこともあるね。この時期に、新人が来るなんて。まぁ、いいじゃないか」
そう言って、その妖怪は、私を見ました。そして、私を見て、大きな目がさらに大きく見開きました。
「ちょ、ちょっと待って。キミ、もしかして、ロク……」
「イヤイヤ、あの、その、えーと……」
私は、異常に大きな声を出して遮りました。自分の正体を知られるわけにはいきません。でも、相手も、どっからどう見ても妖怪にしか見えません。
「キミたちは、先週の続きを書いてて。ぼくは、この人にちょっと話しがあるから」
そう言うと、私を連れて部室の外に連れ出しました。
私は、その妖怪の後について、階段を上がりました。
そして、屋上に出ると、私に言いました。
「久しぶりだねぇ。キミ、ロク美ちゃんだろ」
「えっ、あの、私のこと、知ってるんですか?」
「あれぇ、もう、忘れちゃったの? 残念だなぁ…… キミが、小さかったころ、妖怪学校で絵を教えていたんだよ」
そういわれて、思い出しました。そういえば、怖い顔した、絵が上手な妖怪がいたっけ。
「それじゃ、ひでり神先生?」
「そうだよ」
私は、感激しました。人間の世界の、自分が通っている学校で、ひでり神先生に会えるなんて、思いませんでした。
「ご無沙汰してます」
私は、そう言って、お辞儀しました。
「いいって、いいって。もう、妖怪学校もなくなっちゃったからね」
ひでり神先生は、懐かしそうに言いました。
あの頃は、いろいろなところに連れて行ってもらって、絵を書かせてもらった。
私自身も懐かしさがこみ上げてきました。
ちなみに、ひでり神先生は、サルに似た顔に、大きな目が一つ。口は、耳まで裂けて、牙が見えます。その耳は、ピンと尖がって、顔も体も真っ赤な毛に覆われて、しかも、頭の毛が逆立って、炎のように見えます。
着ている服は、羽織袴と服装だけなら、人間そっくりです。
「まさか、こんなとこで会うとはねぇ。妖怪横丁には、久しぶりに行ってないから、引っ越そうと思っていたんだけどロク美ちゃんに会えたから、いい機会だね」
そう言って、大きな一つ目を細めてうれしそうに笑いました。
「あの、ところで、一つ、聞いていいですか。人間には、妖怪は見えないはずなんだけど、どうして、あの人たちには先生のことを見えるんですか?」
「そのこと。妖術をかけてるんだよ。彼らには、ぼくは、普通の人間にしか見えてないんだよ」
「そうなんですか? でも、私には、あのときの先生にしか見えないんですけど」
「そりゃ、そうさ。ロク美ちゃんも妖怪だからね。妖術は、効かないんだよ」
私は、感心するしかありませんでした。さすが妖怪学校の先生です。妖術が使えるんだ。
「ところで、どうして、人間の学校で講師なんてしてるんですか?」
私は、素朴な質問をして見ました。
「それ、聞いちゃう?」
ひでり神先生は、腕組みをして、なにか考え事をするような仕草をします。
もしかして、私は、聞いてはいけないことを聞いたのかもしれない……
「できれば……」
私は、遠慮がちに聞いてみました。
「まぁ、いいか。ロク美ちゃんとここであったのも、何かの縁かもしれないからね」
そう言うと、ひでり神先生は、耳まで裂けた口をさらに大きく開いて言いました。
「ぼくね、人間界で、漫画家をしてるんだよね」
「ハァ? 漫画家!」
「そう、漫画家。ぼくは、絵を書くのが好きだし、得意だったからさ、試しにマンガを書いて出版社に応募してみたんだよ」
そうしたらさ、見事に入選しちゃって、あれよあれよって言う間に、デビューが決まって、連載も始まっちゃったんだよ」
「れ、連載! ひでり神先生って、マンガ家になったんですか?」
「そうなんだよ。それがさ、人気が出ちゃって、テレビアニメ化にもなってさ、もう、大忙しだよ」
私は、ビックリして、首が伸びちゃいそうになりました。
「ちなみに、何のマンガを書いてるんですか?」
「あれ? ロク美ちゃん、読んでないの。ガッカリだなぁ……」
「イヤ、その、マンガのタイトルのことなんだけど」
「1000%片思いってマンガだよ」
「えーーーーっ!」
私は、余りのことにビックリして、首がホントに伸びちゃいました。
「ロク美ちゃん、首、首。元に戻して」
私の伸びた首を見て、ひでり神先生が慌てます。それどころじゃありません。
私が大好きなマンガで、テレビアニメも欠かさず見ている、あの超有名少女マンガの作者が、ひでり神先生だったとは、今の今まで、私も知りませんでした。
私は、両手で伸びた首をかき寄せるようにして、元に戻しました。
「あの李神日出って、ひでり神先生だったの?」
「そうだよ。知らなかったの?」
「全然、知りませんでした」
私は、戻した首を左右に振りました。
「横丁のみんなは、知ってるはずだけどなぁ」
そんな話、聞いたことがありません。もしかして、お母さんも知ってるのかも?
「簡単だよ。ひでり神をひらがなに直して組み直すと、りがみひでになるでしょ。アナグラムだよ」
私は、頭の中で、ひでり神と言う名前をバラバラして、組み直してみました。
「ホントだ! 李神日出になる」
「まさか、ホントの名前でデビューするわけに行かないでしょ。だから、ペンネームを考えたんだ」
そういうことだったのか…… 私は、感心するやら、ドキドキするやら、油断したら、首が伸びちゃいます。
「でも、このことは、秘密だよ。生徒たちには、言ってないからね」
「ハイ、わかりました」
私は、ひでり神先生にきちんと返事をしました。
「それで、どうして、この学校で講師なんてしてるんですか?」
「それね。実はさ、コミック化されたときに記念でサイン会をすることになったのよ。でもさ、ぼくは、妖怪だから人前に出られないでしょ。だから、断ったんだけどさ、編集さんに押し切られちゃってね。イヤだったけど、やったのよね」
サイン会は、私も行きたかった。でも、抽選で外れて、行かれなかったのです。そのときのことを思い出すと、悔しくて泣きそうです。もし、あの時、抽選に当たっていたら、ひでり神先生とは、もっと早く、再会できたはずです。
「仕方がないから、妖術を使って、来た人たちには、人間に見せて、サイン会したわけよ。その時に、来てくれたファンたちの中に、あの子たちがいてね。ぜひ、学校の講師になってくれって頼まれたってわけ」
そんなことがあったのか。聞いてみないとわからないって言うけど、ホントに聞かなきゃ、こんなこと知らなかった。
「でも、マンガの連載があったら、忙しくて、先生なんてできないんじゃないの?」
「そうなのよね。だから、最初は、断ったんだけど、妖怪学校で先生してたときのことを思い出してね。人間の子供たちを教えてみたくなったってわけ。あの子たちに、何度も頭を下げて、頼まれると、イヤと言えなくなってさ。
やってみようと思ったわけ」
私は、感心仕切りで、口が開いたままです。
「ロク美ちゃん、ちゃんとお口は、閉じなさい。せっかくの美人が台無しでしょ」
私は、両手で、口を押さえました。
「そんなわけだから、これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ひでり神先生」
「ダメダメ、ひでり神先生ってのは、やめて。本名は、ないしょって言ったでしょ。ひでリン先生でいいから」
「ひ、ひでリン先生ですか?」
「そうそう」
ひでり神先生をひでリン先生なんて、私の立場からでは、とても言えません。
「それじゃ、私のことも、ロク美って言わないでください。学校では、鷹野久美って名前なんです」
「そうだったわね。それじゃ、久美ちゃんね。わかった、わかった」
名前に関しては、お互いに秘密になりました。
「ひでりん先生、まだですか?」
部長さんが呼びに着たので、私たちの話は、ここまでにしました。
「ハイハイ、今行くわね。いい、ロク美ちゃん…… じゃなかった、久美ちゃん。私のこと、秘密よ」
「ハイ、わかりました。ひでリン先生」
「その調子ね」
そう言って、私たちは、教室に戻りました。
早速、ひでり神先生…… じゃなかった、ひでリン先生の講義が始まりました。
マンガの書き方の基本などを丁寧に教えてくれました。
部員たちは、自分が考えてきたアイディアを出し合って、話し合ったりして、かなり熱心でした。
私は、初日だったので、それを見ていることしか出来ませんでした。
ひでリン先生は、とても優しくて、親切丁寧に指導してくれます。
みんなの目には、やさしいオジサンに見えるけど、私には、見た目が怖い、一つ目の妖怪先生にしか見えないのです。
そんなひでリン先生が、実は、少女漫画家で、大人気の原作者だったとは、驚くようなことの連続で今日は、刺激的な一日でした。
夕方の5時になって、マン研も解散となりました。
「ロク美ちゃん、横丁に帰るんでしょ?」
「そうですけど……」
「それじゃ、いっしょに帰ってもいいかな?」
「私はいいけど、先生のウチは……」
確か、ひでリン先生は、人間界に住んでいるって言ってたはずです。
「ぼくのウチは、雲の中だから、どこでもすぐに引っ越せるのよ」
そう言って、口笛だか鼻歌だか、わからないけど、気分よさそうでした。
やっぱり、妖怪って、まだまだ不思議なことが多すぎます。
二人で、妖怪横丁に戻りました。
「久しぶりだなぁ~ ちっとも変わってないよ」
ひでリン先生は、そう言って、周りを見渡しながら歩きました。
「よぉ、ひでり神じゃないか。久しぶりだな」
「久しぶり、一反もめん。元気か?」
最初に声をかけてきたのは、一反もめんでした。
「ありゃ、ひでり神じゃないか。どこに行ってたんだ?」
「ちょっと、人間界で、マンガ書いてたんだ」
川の中から声をかけたのは、カワウソくんです。
「ひでり神じゃねぇか。人間界で、儲けたらしいな。だったら、まんじゅうを買ってけ」
「すまん、すまん。また、後で買いにくるから」
そう言って、小豆あらいのおじさんにも、気軽に話しかけました。
「ひでり神、サインを書いてよ」
「お安い御用だ」
そう言って、ウサちゃんが差し出した色紙に、サラッとサインを書きました。
「やった! あら、ロク美、なんでアンタが、ひでり神といっしょなのよ?」
「ちょっとね」
私は、ウサちゃんにVサインを出しました。
「私のウチは、このアパートなの。お父さんとお母さんといっしょなのよ」
私は、妖怪アパートの前で足を止めて、ひでリン先生に言いました。
「ろくろ首は、元気か? 鷹野もちゃんと先生してるのか?」
「してるわよ。お母さん、呼んで来ようか」
「いいって。用があったら、こっちから会いに行くから。それじゃな」
「ちょっと、先生。どこに行くのよ?」
「ウチに帰るんだよ」
「ウチって、ここに先生のウチ、あるの?」
「あるよ」
「どこよ?」
「う~ん、どこにしようかな……」
全然会話が成り立っていません。いったい、どこに帰るつもりなのか?
「それじゃ、また、学校でな」
そう言って、ひでリン先生は、軽い足取りで帰って行きました。
私は、どこに帰るのか、そんな先生の後姿を見送るしかありませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます