第3話 物の怪時計と井戸仙人
今日は、日曜日で、学校も休みなので、朝から出かけました。
もちろん、井戸仙人に会うためです。お母さんたちには、遊びに行ってくるとだけ言って出かけたのでなんとなく後ろめたい気がしないでもないけど、ホントのことを言ったら、絶対、止められると思ったのです。
場所は、なんとなくわかります。私が小さかったころ、山奥の洞窟に洞穴があって、そこで勉強してました。
その名も、妖怪学校。今もやってるのか、わからないけど、今日は日曜日なので、妖怪学校もお休みです。
なんだか、懐かしい感じで歩いていました。そして、妖怪学校がある、洞穴に着きました。
「昔と変わってないわね」
洞穴の入り口には、妖怪学校という下手な字で書いてあります。
あのころ、いっしょに勉強していた友だちは、どうしているかな……
沼小僧くん、犬子ちゃん、フランケンくん、カッパくん、座敷わらしちゃん、他にも、ネズミくんや猫ちゃん、動物や虫たちもいました。
今頃どうしているのかな。なんだか会いたくなりました。
そんなことをボンヤリ思いながら通り過ぎて、さらに奥に進みます。
今日も天気がよくて、太陽が眩しいくらいなのに、奥に行けば行くほど、木々が生い茂っていて日差しを遮って、だんだん暗くなってきました。
「もっと、奥かしら」
薄暗くなってくるので、なんだか心細くなります。もしかして、迷子になったとか、道を間違えたとかそんな気がしてきました。木の上では、カラスやコウモリが飛び交っていて、不安な気持ちになってきます。
そのまま奥に進むと、小さな井戸を見つけました。
「あった。もしかして、これかしら?」
見れば、すっかり苔で緑色でした。中を覗いても、真っ暗で何も見えません。
でも、この辺で井戸といえば、これしかないので、思い切って、首を限界まで伸ばして、中を覗き込んで言いました。
「こんにちはぁ~、井戸仙人さ~ん、いたら返事してくださ~い」
井戸の中に叫んで見ました。でも、返事がありません。
「井戸仙人さ~ん、留守ですかぁ~」
何度呼んでも一向に返事がありません。
「留守なのかしら?」
そう思って中を更に覗こうとすると、お尻を小さく突かれました。
ビックリして、振り向くと、知らない何かがいました。
「何の用じゃ?」
私は、ビックリして、お尻を両手で隠しながら、振り向きました。
「あ、あの、井戸仙人さんですか?」
「なんだって?」
「あなたが、井戸仙人さんですか?」
「トンでもねぇ、わしが井戸仙人じゃよ」
私の腰ほどしかない小さな生き物が、井戸仙人だったのです。
「誰かと思ったら、ロク美か。大きくなったのぅ」
私は、伸ばした首を戻すのも忘れて、そのヘンな妖怪を見下ろしました。
「ろくろ首は、元気にやってるか? 相変わらず、あの人間とは、仲良くしてるか?」
井戸仙人は、私の両親のことも、私のことも知ってるのか?
その前に、井戸仙人の姿を見ると、気持ち悪くなって、吐き気がしてきました。
ウサちゃんや花子さんが言ったとおり、気味が悪いというか、気持ち悪いというか、とても正面から見られません。
井戸仙人は、顔が崩れているのです。半分溶けていると言うか、目や鼻や口の位置がバランスが悪く見るに耐えません。しかも、大きな目玉は緑色で、目の周りが、レインボーみたいに派手な色をしてます。
お化粧を間違えた、派手なおばさんよりもすごい。しかも、口がひん曲がって、髪は、紫色です。
着ている物は、どう見ても、ボロボロの布か雑巾にしか見えません。
三本指で持っている杖は、そこらへんに落ちている木にしか見えません。
足は隠れているので見えないけど、正直言って、見たくありません。
面と向かってみると、お腹の中から何かがこみ上げてきそうで、思わず両手で口を塞ぎました。
やっぱり、来なきゃよかったと、後悔の気持ちが沸きあがりました。
今夜、寝るときに、絶対に夢でうなされると思いました。
「それで、お前さんが、わしに何の用じゃ?」
私は、首を戻して、井戸仙人の方を見ないようにして、言いました。
「あの、教えてほしいことがあるんですが……」
「まぁ、良かろう。話くらいは、聞いてやる。立ち話もなんだから、中に入れ」
そう言うと、井戸仙人は、持っている杖を上にかざしました。
すると、どこからともなく、白い煙が湧き上がりました。
その煙に井戸仙人は、当たり前のように乗ったのです。
「なにこれ?」
私は、ビックリしていると、井戸仙人が言いました。
「なにしておる? さっさと乗らんか」
「乗る? どこに……」
「これじゃよ。わしは、年寄りじゃから、歩くのが面倒でな。これは、銀斗雲と言う雲の乗り物じゃ」
「く、く、雲、ですか?」
「これで、下まで行くんじゃ。いいから、早く乗らんか」
私は、恐る恐る、その雲に足を入れました。下に突き抜けると思ったら、案外足元がしっかりしてました。
「あ、あの、どこに行くんですか?」
「この下じゃ。わしの住処じゃよ」
そう思ったとたん、乗っている雲がゆっくり浮き上がりました。
「ちょ、ちょっと」
足元がふらついて、思わずその場にしゃがみこんでしまいました。
そのまま私たちを乗せた雲は、井戸の中にゆっくり降りて行きました。
どこまで行くんだろう…… 真っ暗な井戸の中を静かに降りて行きます。
しかし、一分もしないうちに、下に着きました。
「着いたぞ」
そう言われても、真っ暗で何も見えません。
動くことも出来ないでいると、突然、明るくなりました。
見ると、井戸仙人が、ろうそくに火をつけていました。
やっと、視界が明るくなって、いくらかホッとしました。
でも、明るくなると、井戸仙人の顔がハッキリわかります。
でも、見ちゃいけない……
そこは、井戸の底でした。畳二畳分くらいの広さしかありません。
そんな狭いところに、薄気味悪い、井戸仙人と二人きり。
自分から会いに着たとは言え、やっぱり、来なきゃよかったと思いました。
せまい部屋の中には、なんだかわからない、不気味なものがたくさん並んでいます。
「これは、トカゲの酒で、こっちは、カエルの漬物。これは、コウモリの干物で……」
「もういいです。大丈夫です」
私は、気持ちが悪くなってきて、話を止めました。
ホントに吐きそうになってきたので、早く話を済ませてここを出ようと思いました。
何度か深呼吸して、気持ちを落ち着かせて、話をしました。
夜中に何かが出る学校の話です。絶対に妖怪だと、強調しました。
「それで、お前は、どうしたいんじゃ?」
「それが、なんなのか、ハッキリさせたいんです。でも、見えなくて……」
「それなら、いいもんがある。これを貸してやろう」
そう言って、私の前に出したのは、年代物の腕時計でした。
「これは?」
「これは、江戸時代よりもずっと昔からわしが持っている、物の怪時計じゃ」
「物の怪時計?」
すると、井戸仙人は、私にもわかるようにやって見せてくれました。
時計の盤面は、普通の時計に見えます。針もちゃんと動いています。
時間は、合ってないけど……
そして、盤面の透明のカバーを開けて、本体についているツマミを指で押しました。
すると、開けたカバーからオレンジ色の光が映し出されました。
「これを照らすと、隠れている妖怪や物の怪が見える。どうじゃ、使ってみるか?」
「ハイ、ぜひ、お願いします」
私は、丁寧にお辞儀をしました。
「ほれ、持って行け。用がすんだら返せよ」
「ハイ、大事にします」
「ところで、お前の親は、どうしてる?」
「どうと言われても、相変わらず、仲はいいですよ」
「まったく、人間と結婚するなんて、どうかしておる。わしは、反対したんじゃ」
そうだったんだ。お母さんとお父さんが結婚するときは、横丁で大騒動になったという話はなんとなく聞いて知っていたけど、やっぱり、反対した人は多かったんだ。
「それでも、お前さんが生まれて、幸せにやってるなら、それでいい。よいか娘、親を大事にしろよ。特に父親は、妖怪と結婚したんじゃ、覚悟がなければ出来るもんじゃない。いい子に育てよ、ロク美」
井戸仙人は、そう言って、雲に乗って私を井戸の外まで送ってくれました。
「ありがとうございました」
私は、もう一度、深く頭を下げました。でも、やっぱり、顔を見ると、気持ちが悪くなります。私は、腕にその時計を嵌めて、走って帰りました。
妖怪横丁に戻って、アパートのウチまでは、ゆっくり歩きながら、時計を眺めていました。
「これで、ホントに妖怪が見えるのかな?」
私は、半信半疑でした。そこに、うぶめさんが飛んできました。
巨大な女のスズメの妖怪です。いつ見ても、大きなくちばしを見ると、飲み込まれそうで腰が引けます。
「おや、ロク美。珍しい物を持ってるじゃないか」
「これですか?」
うぶめさんは、私の左手に嵌めている物の怪時計を見て言いました。
「どうしたの、それ?」
「ちょっと、用事があって、井戸仙人さんに貸してもらったの」
「えぇっ! 井戸仙人て、あの井戸仙人かい?」
「そうですよ」
すると、うぶめさんは、大きな羽をバタバタさせながら、首をかしげながら言いました。
「あの、ケチでへそ曲がりの井戸仙人がねぇ…… 信じられないねぇ」
確か、花子さんたちも、そんなこと言ってたような……
「それにしても、そんなもんどうすんだい?」
「ちょっと、ハッキリさせたいことがあるのよ」
「あたしが言うことじゃないけど、危ないことはしないのよ。親を心配させちゃ、ダメよ」
「わかってます」
うぶめさんは、自分の赤ん坊をたくさん育てているので、私のことも子供だと思って、心配してくれました。
私は、うぶめさんと別れて、妖怪アパートに戻りました。
時計は、はずして、ポケットに入れました。お母さんに見つかったら、絶対、叱られると思ったからです。
そのまま、私は、夜を待ちました。昼間の間は、お父さんと横丁を散歩したり、小豆あらいさんのお店で大福を食べたり、ウサちゃんとカワウソくんとおしゃべりしました。
夕方に帰ると、お母さんがご飯を作って待っていてくれました。
この日は、他の部屋に住んでいる、垢なめさん、から傘くん、呼子くん、アマビエちゃん、砂かけのおばあちゃんも呼んで、大賑わいの夕食となりました。
みんな、お母さんの料理が大好きで、いつも食べにきます。でも、砂かけのおばあちゃんに『平和な家族団らんを邪魔するな』と、怒られています。
私は、大勢で食べる食事は、楽しくて大好きです。お母さんが作ったものをみんながおいしいといって食べるのを見てるのも好きでした。
お父さんは、垢なめさんとビールを飲みながら、楽しそうです。
そして、楽しい夕食が済むと、いよいよ決行のときがきました。
私は、夜店を見てくるといって、家を出ました。
妖怪横丁は、毎週、日曜日の夜は、屋台や夜店が出て、賑わっています。
「ロク美、銭湯に行かないのか?」
「私は、後で行くから、お父さんは、お母さんと行っていいよ」
お父さんは、少し残念そうな顔をしたけど、今は、銭湯よりも、妖怪の発見のが先です。
私は、家を出ると、賑やかな夜店を見ながら横丁を出て行きました。
でも、やっぱり、一人じゃ心細いなと思って、いっしょに行ってくれる人がいないか、周りを見ました。
こんなとき、下駄履きのお兄さんがいてくれると、よかったのにと思います。
「お~い、ロク美ぃ……」
どこからか、私の名前を呼ぶ声がしました。
でも、キョロキョロしても、誰が呼んだのかわかりません。
「ここじゃよ、ここ。上じゃよ」
私は、言われて、夜空を見上げました。すると、そこには、空飛ぶ白いタオルがいました。
「いっちゃん!」
私は、絶好の相棒を見つけて声を出しました。
それは、白い布の妖怪で、一反もめんです。白くてヒラヒラしたタオルのような妖怪で、数少ない空を飛べる妖怪でした。
「いっちゃん、悪いけど、付き合ってくれない?」
「ええっ、わしと?」
「そう、いっちゃんと」
「もぅ、ロク美ってば、積極的ですなぁ。わしも照れるだよ」
「なに、勘違いしてんのよ。そういう意味じゃないわよ。ちょっと、行くところがあるから、いっしょに行こうって意味よ」
「なんじゃ……」
一反もめんは、少しガッカリして俯きました。
「それで、どこに行くんだ?」
「あたしの学校まで。だから、乗せてって」
私は、そう言って、一反もめんの返事も聞かずに、背中に乗りました。
「もぅ、相変わらず、ロク美は、妖怪使いが荒いんだから」
「いいから、いいから。ほら、出発進行」
そう言うと、一反もめんは、私を乗せて、あっという間に空に飛び上がりました。
「落ちないようにしっかり、持ってるんだぞ」
「わかってる、わかってる」
空を飛ぶというのは、気持ちがいい。ときどき、一反もめんに乗せてもらって、空を飛ぶことはあるけど、いつ飛んでも気持ちがいい。
私も空を飛べたらといつも思う。
そんなこんなで、私の学校までは、空を飛んで行けば、ひとっ飛びなのです。
「ありがと、いっちゃん。もう、帰っていいよ。ここからは、私一人でやるから」
「イヤイヤ、それは、危ない。乗りかかった船だから、わしも付いて行くって」
飛んでいるときに、事情を話したので、一反もめんは、残るといいます。
でも、一反もめんは、実は、臆病なので、なんが出たら、真っ先に逃げます。
「それじゃ、静かに行くわよ」
「よかよか」
私は、あらかじめ鍵を開けてある窓を開けて、中に忍び込みます。
一反もめんも後から付いて来るけど、微妙に震えていました。
妖怪なのに、怖がりなんだから……
妖怪にも、いろいろあるんだなと思いました。
まずは、中に入って、真っ暗の教室内を見渡します。
何かがいる気配はありません。今日は、いないのかな? 日曜日だから、お休みなのかも……
そんな時、一反もめんが私の肩を叩きます。もっとも、布だから、叩かれている感触はありません。
「どうしたの、いっちゃん?」
「あれ、アソコ……」
一反もめんが指をさした方向を見てみます。掃除道具がしまっている小さなロッカーです。
私は、ゴクリとツバを飲んで、左手に嵌めた、物の怪時計の用意をします。
カバーを開けて、スイッチを押しました。すると、そこからオレンジ色の光が照らされました。ロッカーを中心に、回りに光を当ててみました。
「何もいないじゃない」
確かに、妖怪らしい怪しい影は、見えませんでした。
「いるって、なんかいるって」
「どこよ?」
私は、一反もめんと話しながら、教室内を照らします。
机や黒板、壁なども照らしても、何も見えません。
「違う、ロク美。上よ、上」
「上……」
私は、天井を見上げて、ライトを照らしました。
すると、何かが見えました。チラッとだけど、何か影が動きました。
私は、影を追うようにライトを照らし続けました。ライトの明かりに追われるように、その影は、教室中を逃げ回ります。
私も必死に追いました。そして、黒板の横の本棚の隅に追い詰めました。
「いるのは、わかってるのよ。早く、出てきなさい」
私は、ライトを照らして言いました。なぜかわからないけど、妖怪である、一反もめんは、私の後ろに隠れて震えていました。だらしがないなぁと、思いながら、私は、前を向きました。
すると、明かりの中から、何かが出てきました。
「あっ、一つ目くん!!」
「えへへ、見つかっちゃった」
それは、一つ目小僧くんでした。小さな可愛い男の子で、いつも白い着物を着ています。
私よりも全然背が小さくて、一つしかない目が、大きくて顔一面にあります。
真っ赤な赤い舌をベロッと出して、ツルツルのハゲ頭を掻いています。
「どうして、一つ目くんがいるのよ?」
「ロク美ちゃん、見逃してくれよ」
「そうは、いかないわよ。ここは、人間の学校なのよ」
「ロク美ちゃんだって、ここで勉強してるじゃん。妖怪なのに……」
それを言われると、返す言葉がない。とにかく、ここじゃまずいので、場所を代えよう。
宿直の先生に見つからないうちに、出て行かないといけない。
「とにかく、ここを出ましょう。外で話そうね」
「うん、いいよ。でも、誰か来るよ」
私は、物の怪時計のライトを消しました。そして、一つ目くんと机の下に隠れました。
すると、大きな足音がして、ドアが開きました。懐中電灯の光が教室中を照らします。
少しすると、ドアが閉まって、足音が遠ざかっていきました。
私は、大きく息を吸い込み、ホッとしました。
「危なかった。危機一髪だったわね。とにかく、ここは危ないから出ましょ」
私は、そう言って、一つ目くんと机の下から這い出しました。
そのとき、どこに隠れていたのか、一反もめんが現れて言いました。
「ロク美、まずいぞ。人が来る」
「大丈夫よ。宿直の先生なら、もう行ったから」
「そうじゃない、外だ、外」
私は、首を伸ばして、こっそりと窓の外を覗いてみました。こんなとき、首が伸びる妖怪は、便利です。
そして、私の目に飛び込んできたのは、あの、オカルト研究会の三人でした。
「なんで、あんたたちがいるのよ……」
私は、首を戻して、一つ目くんと一反もめんを机の下に隠しました。
何か話し声が聞こえます。でも、何を言ってるのかわかりません。
私たちは、お互いに口を手で押さえて声が出ないようにしました。
そんな時、窓が開く音がしました。誰かが入ってきます。
まずいよ、見つかったら、どうしよう…… 私は、心臓がバクバク言うのがわかりました。
一反もめんも一つ目くんも、泣きそうな顔をしています。妖怪といるとこを見られたら、まずいよ。
私たちは、狭い机の下に潜って、震えていました。
懐中電灯の明かりが見えました。もう、ダメだ…… 明日は、月曜日だけど、もう学校に行けない。
お母さん、お父さん、ごめんなさい。もう、学校に行けません。退学です。
私は、祈るような気持ちでした。
「こらっ、そこで、なにしてる!」
いきなり、大人の男の人の声がしました。宿直の先生です。私は、一瞬、凍りつきました。
そして、教室の電気がつきました。もう、ダメだ。見つかって、一巻の終わりだ。
しかし、先生が見ているのは、教室に忍び込んでいる、オカルト研究会の三人だったのです。
「夜に黙って、教室に来るとは、どういうことだ。ちょっときなさい」
そう言うと、三人は、言い訳できないので、黙って先生の後をついて教室を出て行きました。
それと同時に、教室の明かりが消えました。遠ざかる足音を聞きながら、寿命が縮まりました。
辺りが静かになると、私たちは、急いで窓から逃げました。校庭にでると、一反もめんの背中に飛び乗って横丁まで一目散に逃げました。
「二人は、重いよ」
「もう少しだから、がんばって」
「ロク美ちゃん、ぼく、高いところは、苦手なんだよ」
「だらしがないわね。一つ目くんも妖怪だし、男の子でしょ。下を見なきゃいいでしょ」
「だって……」
大きな一つ目から涙を流しながら震えて私にしがみついている一つ目くん。
だんだん高さが落ちて、今にも墜落しそうな一反もめん。
妖怪の癖に、二人とも、だらしがないんだから……
それでも、何とか、横丁にはたどり着きました。というより、横丁の看板に当たって、墜落しました。
投げ出された私と一つ目くんは、イヤというほど、お尻を打って、立ち上がれません。
「イタタタ……」
「ロク美ちゃ~ん、怖かったよぉ……」
「すまんです。だって、二人は、重いんだもん」
すみませんでした、重くて。明日から、ダイエットしますよ。
すると、そんな騒ぎを聞いて、横丁の妖怪たちが集まってきました。
「どうした、どうした」
「なんか、落ちたらしいぞ」
「おい、あれ、ロク美じゃないか」
「一つ目小僧もいっしょだぞ」
私は、お尻を摩りながらやっと立ち上がってみると、たくさんの妖怪たちに囲まれていました。
そんな中に、銭湯帰りのお父さんとお母さんがいたから大変です。
「ロク美ちゃん」
「ロク美」
まずいとこ、見つかったなぁ…… どう言い訳しても、この状況は、無理よね。
さて、どう誤魔化す。といっても、この状況じゃ、誤魔化しようがない。
「どうしたの、こんなとこで」
「一つ目くんとなにをしてんだ?」
両親が同時に聞いてくる。どう説明したらいいのか、軽くパニくっていると、人ごみを掻き分けて、砂かけのおばあちゃんが出てきました。
「ほらほら、見せもんじゃないよ。みんな、散った、散った」
砂かけのおばあちゃんが集まった妖怪たちに言いました。
「まったく、お前さんには、呆れるて物も言えんよ。その結果が、一つ目小僧かい。一反もめんもいっしょとはな。いいから、妖怪アパートまで来い」
私は、ションボリしながら、一反もめんと一つ目くんとおばあちゃんの後についていきました。
心配そうなお父さんとお母さん。わけがわからないので、不安そうです。
アパートに戻ると、私は、一反もめんと一つ目くんと並んで正座しました。
「ごめんなさい」
私たち三人は、そう言って、頭を畳につけて謝りました。
「井戸仙人から、話を聞いて、もしやと思っていたら、一つ目小僧かい。まずは、何で、学校なんかにいたのかわけを聞こうじゃないか」
砂かけのおばあちゃんに言われて、一つ目くんは、小さく頷くとわけを話しました。
大きな一つしかない目から涙をこぼしながら、ぐしゅぐしゅと鼻を啜ってます。
私は、部屋の隅にある、ティッシュを箱のまま貸してあげました。
「ありがと、ロク美ちゃん」
そう言って、涙を拭いて、盛大に鼻をかみました。
一つ目くんの話によると、自分も学校で勉強してみたかった。
でも、妖怪だから、人間の学校には通えない。だから、勉強の真似事だけでもやってみたくて夜中に教室に忍び込んで、授業の雰囲気だけでも、味わいたかった。ということのようです。
「気持ちはわかるが、人間の学校に黙って入っちゃいかんな」
「ハイ、ごめんなさい」
「それと、ロク美。その物騒な時計を出しなさい。そんなもん、子供が持っててはいかん」
「ハイ、ごめんなさい」
私は、左手に嵌めている物の怪時計をはずして、おばあちゃんに渡しました。
「一反もめん、お前もお前じゃ。まったく、調子に乗りおって、このバカもん」
「ごめんなさい」
私たちは、三人揃って、砂かけのおばあちゃんに、こっぴどくお説教をされました。
「あの、大家さん、もう、そのくらいで……」
お父さんが長くなりそうなお説教を止めてくれました。
「おばば、三人も反省してるから、今日は、この辺で勘弁してくれないですか」
お母さんまでが、私たちを助けてくれました。ありがとう、お父さん、お母さん。
「お前たちも懲りたみたいだから、もういいだろ。帰っていいぞ」
やっと、私たちは解放されました。私は、お父さんとお母さんといっしょに、自分の部屋に戻りました。
でも、この次は、二人に怒られるんだなと思うと、帰る気にはなりません。
部屋に戻った私は、怒られる前に、謝ろうと思いました。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい」
私は、そう言って、頭を下げました。
「まぁ、ケガもなくてよかった。宿直の先生とか、友だちには見つかってないんだろ」
「それは、大丈夫」
「それなら、いいだろ」
「まったく、ロク美ちゃんには、いつも心配ばっかりかけるから、首が短くなるわ」
お母さん、そこ、意味が違う。
それでも、二人に怒られなくて、ホッとしました。でも、これで、学校には、妖怪はいなくなるわけで、二度と、妖怪の噂も聞かなくなるだろう。
私は、ちょっとだけ、安心しました。
でも、この日の夜は、井戸仙人の顔を思い出して、なかなか寝られませんでした。
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