第9話 犠牲と狂気


ダダダダダダ…!


鉄製の扉に、いくつもの穴が開いた。

黒ずくめの男の一人が撃ったのは、それほど威力のあるマシンガンだった。

ゴンザレスの声に助けられ、俺は難を逃れることができたのだが…。

「どうやら先手を打たれちまったようだな…さすがはスナイパー・ジョーだ…」

「助かったよ、ゴンザレス。そっちは大丈夫か?」

「…ちょっとばかりマズイことになっちまった…」

「何?!」

ゴンザレスのシャツの胸の部分に赤い染みが広がっていく。

「大丈夫か!ゴンザレス!」


ダダダダダダ…!


さらにいくつもの穴が開く。

俺は咄嗟にゴンザレスを庇うように抱きかかえ、机の陰に倒れ込んだ。

「いくら鉄製の扉とは言え、あんな威力のマシンガン相手じゃ、いつまで持つか分からねぇ…あんただけでも逃げてくれ」

「ケガ人を置いて行けるか!」

「このままじゃ負けは確定だ…俺は負けたくねぇんだよ…勝つためにはあんただけでも生き延びてもらわねぇと…ゴフッ」

ゴンザレスの口から血が溢れだした。

「どうやら年貢の納め時らしいな…」

「何言ってんだ!俺が助け出す!まだ負けたわけじゃねぇ!」

「確かにまだ負けたわけじゃない…だからこそあんただけでも助からなきゃならねぇんだよ…もう俺が助からないことぐらい分かるだろ…ゴフッ」

ゴンザレスは、机の天板の裏にあった二つのボタンの片方を押した。すると、壁に設置されていた書棚が動き、そこに隠し通路が現れた。

「その通路の突き当たりにあるハシゴを登ってマンホールを開ければ地上に出られる…俺が少しでも時間を稼ぐから早く行くんだ…」

「しかし…」

「情けないぜ、ダンディー…俺も弟もあんたに賭けてんだ…こんな老いぼれ一人のために本来の目的を見失っちゃいけねぇよ…」

「………」

「あの扉も俺の体も、いつまで持ちこたえられるか分からねぇ…早く行け!…ゴフッ」

「…わかった。必ず助けをよこすから、なんとか踏ん張ってくれ」

「まあ、やれるとこまでやってみるさ…」

俺が隠し通路を走り出すと、背後で書棚が閉まる音が響いた。


ダダダダダダ…!


「さあ、最後の悪あがきだ…」

とうとう鉄製の扉は蹴破られ、黒ずくめの男が三人、ゴンザレスの前に立ちはだかった。

「ダンディーはどこだ?」

「ダンディー?誰だそりゃ?知り合いにも親戚にも、そんなキザな名前の奴はいねぇよ」

「ここに来たのは分かってるんだ。正直に話さないと命はないぞ。と言っても、そう長くはないみたいだがな…」

「確かにな。この界隈の病院はどこも潰れちまったからよ。虫歯が痛むのに歯医者にも行けねぇで困ってんだ」

「つまらん話で時間稼ぎしようとしても無駄だ。さっさと話せ。そんなに早く死にたいのか?」

銃口がゴンザレスの眉間に向けられる。

「確かに俺はここで死ぬことになるだろう。しかし三人も道連れが出来たんだ、三途の川も賑やかに渡れそうだぜ」

「何?」

ゴンザレスは机の裏のもう片方のボタンを押した。

「あとは頼んだぜ…ダンディー…」


ドカーン……!!


ちょうど俺が地上に脱出したとき、地面を揺るがすほどの爆発が起こった。

マンホールの蓋を吹き飛ばすほど、凄まじい爆発だった。

爆発の原因は簡単に想像できた。そしてその結果も…。

俺は、ゴンザレスが手渡してくれたマッチ箱を握りしめ、その手を胸に当てる。

「…俺は絶対に負けねぇ!」

心の中でゴンザレスに誓った…。




ドカーン……!

そう遠くない場所で起きた爆発に、小田切の不安は恐怖に変わりつつあった。

「怖ッ!…ガス爆発かな?ほんと東京シティって物騒なところだな」

怯える小田切は、更なる不運に見舞われる。

物陰に隠れているつもりが、前から歩いてきた不良っぽい二人組に見付かってしまったのだ。

「おい、金ちゃん、アレ見てみろよ」

「何だありゃ?」

大昔の不良を絵に描いたような黒い革ジャンに革パンツ、ポマードべっとりのリーゼントでキメた二人組は、面白がって小田切に近付いてきた。

「おい!テメェ露出狂ってやつだろ?」

「僕は露出狂なんかじゃない!」

「聞いたか銀ちゃん、こいつ自分のこと僕だってよ」

「君達には助けも協力も求めないから、早くどこかへ行ってくれないか」

「そんなこと言われてもな…こんなオモロイやつ放っとけないっしょ?なぁ、金ちゃん」

「俺達は露出狂を目の前にして素通りするような冷たい人間じゃないんだ☆ちゃんとプレイに協力してやらねぇと☆なぁ、銀ちゃん」

「その通り☆俺達は心優しい善良な市民の代表だからな☆」

二人組は、これ見よがしに小田切をからかい続けた。

「どう見ても善良な市民には見えないよ?」

「人を見た目で判断しちゃいけないって教わらなかったかい?露出狂くん☆」

「だから僕は露出狂じゃないって。僕は刑事だ」

「はぁ?刑事?」

「どこの世界にフンドシ一丁の刑事がいるってんだ?」

「僕は本当に南銀河警察の刑事だよ」

「テメェ!警察って言葉を聞けば俺達がビビるとでも思ってんのか?おい!」

ドンッ!

とうとう不良の一人が小田切を突き飛ばした。

「このまま消えてくれたら暴力沙汰は無かったことにするから、もうどこかへ消えてくれない?」

「まだ警察気取ってんのか!だったら警察手帳見せてみろよ!フンドシの中に隠し持ってるとでも言うのか?あ?」

ドスッ!ボカッ!

不良の一人は倒れた小田切を何度も蹴り続けた。

「あ~あ、金ちゃん怒らせちゃったよ…。今日は麻雀で大負けして、ただでさえ機嫌悪かったからな…。御愁傷様☆」

ドスッ!ボカッ!

「やめろ…やめるんだ…」

「警察が何だってんだ!え?」

ドスッ!ボカッ!

「やめろ…さもないと…」

「さもないと何だよ?言ってみろよ!この変態野郎!」

ドスッ!ボカッ!


プチン…

小田切の中で何かが切れた。


「ウガァァァーーーッ!!」

「え?う、うわーッ!…」



それから暫く、小田切の記憶は飛んでいた。

我に返ったときは、見覚えのない道を平然と歩いていた。

「あれ?僕どうしちゃったんだろ?」

そしてなぜか服を着ていた。

「この服って…さっき絡んできた不良が着てたやつだ…」

小田切は、黒い革ジャンと革パンツ、それに革のブーツまで身にまとっていた。

「そっか、心優しい善良な市民て言ってたからな、きっとプレゼントしてくれたんだ☆ちょっとサイズ小さいけど…裸よりマシか☆…ん?何だこれ?」

ピチッとした革パンツのお尻のポケットに何か分厚い物が入っている。

取り出すと、それは茶色い革の長財布だった。長財布は太いチェーンでベルトループと繋がっていた。

小田切は、手に取った長財布の中を確めた。

「わぉ♪ 服だけじゃなく、お金もこんなに恵んでくれるなんて☆人を見た目で判断しちゃいけないってホントだな☆」

いつでもどこでも、どんな状況でも、小田切はやっぱり小田切だった…

「お金も恵んでもらえたし、お腹も空いたし、何か食べに行こっと☆」

ゴーストタウンと化した夜の新宿を、楽しそうにスキップするルンルン気分の小田切だった…。




=つづく=

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