第10話 光明


「ここか…」

俺は『お触りパブ 痴漢電車』の店の前にいた。

寂れた歌舞伎町では珍しく、店の看板にはピンク色のネオンが瞬いて、辺りの景色をピンク色に染め上げていた。

捜査のためとは言え、俺はこの類いの店に足を踏み入れるのが昔から苦手だった。

しかし、スナイパー・ジョーが既に動き出してる以上、モタモタしているわけには行かず、腹を括って店に入った。


「いらっしゃいませ☆ お客様、ウチの店は初めて?」

「あ、ああ…」

「それでしたら、まずコチラを記入していただいて、ウェイティングルームでお待ちください☆ 誰か指名の子はいます?」

「いや、遊びに来たわけじゃなく、実はこの店のママに個人的に話があって来たんだ…」

「あ、そうなんですね、ちょっと聞いてきますので、あちらでお待ちください☆」

ウェイティングルームにドアは無く、こじんまりした空間にテーブルとソファーがいくつか並んでるだけの小部屋に通される。

その小部屋には、俺以外にもう一人、度のキツイ眼鏡をかけた男性がいた。大企業の重役さんかお役所勤めか、一見しただけでは決してこんな店には縁がないような真面目そうに見える紳士だ。

二人の間に気まずい空気が流れる。

その空気に耐えられなくなったのか、紳士の方から話し掛けて来た。

「おたく、見かけない顔だけど、この店は初めて?」

「ええ、まあ…」

「私が言うのも何なんですが、この店は安心できますよ☆明瞭会計ですし、衛生面もしっかりしてますから」

「こーゆー店で病気もらったら困りますからね」

「まったくです。ついさっきも身体中に湿疹が出てるフンドシ一丁の男を見かけたんですけど、ああはなりたくないですからね。その点この店のスタッフは全員が病原検査も済ませてるので安心です☆」

「それなら安心できますね」

「それにね、この店はカワイイ子が揃っててね、私はいつもレイラちゃんご指名なんですよ☆おたくは誰か指名しました?」

「いえ、指名は…」

「そうですか、まあ誰が付いてもハズレがないって評判の店ですから☆それにこの店はサービスもいい☆」

「サービス?」

「知らなかったんですか?チップを弾めば✕✕✕までしてくれますよ☆」

「それは知りませんでした…」

明らかな違法行為だ。

しかし、この寂れた歌舞伎町で営業を続けて生き延びるためには、どんな店でも大なり小なり多少の違法行為はしているのだろう。

よほどの事でないかぎり、地元警察もその辺は見て見ぬフリをしているに違いない…。

それにしても、真面目そうに見えた紳士の顔は、時間の経過とともに、鼻の下を伸ばしたエロ親父の顔に変わっていた。

そして、二人が待つ小部屋に、やたら短いスカートとスケスケな上着のセーラー服を着た若い女性が入ってきた。

「おじさま☆お待たせしました☆」

「レイラちゃ~ん☆待ちくたびれちゃったよ~ん☆」

どうやらこの子がお気に入りの相手らしい。

自分の子供より若いであろう、まだあどけなさを残した女性に御執心とは、世の中ますます分からないものだ…

「じゃ、お先に☆」

と言って二人はウェイティングルームを出て行った。

それと入れ替わるように、これまた目のやり場に困る露出度満点の格好をした女性が入ってきた。

「ママに用事があるって、あなた?」

「ああ…」

「申し訳ないんだけど、ママは今ちょっと手が放せないから、少しの間だけ私がお相手するように言われて来たの」

「そうか。しかし俺はここに楽しみに来たわけじゃないから…」

「だったらなおさら大歓迎よ☆私はサマンサ☆ヨロシクね」

「ダンディーだ」

サマンサと名乗るその女性は、歳は20代半ばといったところか、とても明るくチャーミングな子だった。

目のやり場に困ることを除けば、初対面とは思えないほど会話が弾み、気付けば30分ほど経過していた。

「あ、ママの手が空いたみたいだから呼んでくるね☆」

「ああ、ありがとう」

「また今度遊びに来てね☆ダンディーさんとはもっと話してみたいから☆」

「その時はまた話そう」

「ちゃんと指名してくれなきゃだよ☆じゃね☆」

サマンサが出て行ってからしばらくして、この店のママが現れた。

今までの二人とは違って上品なスーツ姿で、見た目はキャリアウーマンのような出で立ちだったが、鋭い眼差しは歌舞伎町で生き抜いてきた自信と力強さを感じさせた。

「私はサラ、この店のオーナーだけど、私に話があるっていうのはあなた?」

「そうだ。俺はダンディー」

「ダンディーって、ひょっとして南銀河警察の?」

「ああ。残念ながらそれを証明できる物は持ってないんだがね…」

「刑事さんが私に何の用?何か逮捕されるような事でもしたかしら?」

「そうじゃない。ゴンザレスから君の協力を仰げと言われて、このマッチ箱を頼りにここまで来たんだ」

俺は、上着のポケットから潰れたマッチ箱を取り出し、サラに見せた。

「そう、わかったわ。まずは部屋を変えましょう」

サラの後に続いて、俺はこの店の物置らしき部屋に入った。

「こんな部屋しかなくてごめんなさいね、プレイルームと女の子達の待機部屋以外、ここしかないのよ」

「別に構わないさ」

用意されたパイプ椅子に座り、サラと向き合う。サラはタバコに火をつけてから話し始めた。

「あなたがダンディー刑事ってことは信じるわ。でもゴンザレスからは何の連絡も入ってないけど?」

「ゴンザレスは……」

俺は、一部始終をサラに話した。

ゴンザレスは、正義のために、少しでも平和な未来のために、そして、こんな不甲斐ない刑事のために、尊い命を犠牲にしたのだ…。

「そうだったのね……で、ゴンザレスは私に何をしろと?」

「ゴンザレスは君のことを信頼できる仲間だと言っていた…」

「信頼できる仲間…ね…」

「ああ。そして、スナイパー・ジョーのことなら自分よりも詳しい情報を持っていると」

「確かに持ってるわ。あなた、スナイパー・ジョーを追っているの?」

「そうだ」

「だからあなたに賭けたってことね…銀河一の刑事さんに…」

サラの発する一言一言は、どこか寂しげに聞こえた。

「だから何でもいい、ゴンザレスに報いるためにも、ジョーについて持ってる情報を教えてくれ!」

「私もあなたに賭けろってこと?」

サラはしばらく考え込んでいたが、やがて、意を決したように口を開いた。

「スナイパー・ジョーなら今夜、この先にある中華料理店に現れるわ」

「何?!本当か」

「確かな情報よ。今夜そこで開かれる小川代議士の献金パーティーに特別ゲストとして招かれてるはずだから」

「小川代議士って、あの、裏社会との繋がりが噂されてる?」

「そう。献金パーティーって言っても、実際の中身は大金持ちを集めた闇献金パーティー、つまり恐喝よ…そこにスナイパー・ジョーがいたら、見えない手錠に繋がれたようなものでしょ?」

「なるほどな…。ありがとう!さっそく行ってくる!」

立ち上がり、駆け出しそうになった俺をサラは制止した。

「ちょっと待って!あなた、スナイパー・ジョー相手に丸腰で挑むつもり?」

「…何とかやってみるさ」

「やっぱり噂通りの刑事さんね…」

サラは、少し呆れた様子で、床に敷いてあったラグをめくる。

すると、そこに床下格納庫が現れた。

「ゴンザレスが私に協力を仰いだ本当の理由、それは……」

サラが床下格納庫を開けると、中には様々な武器が隠されていた。

「…コレのはずよ」

「これは……」

「型は旧式の物ばかりだけど、ちゃんと手入れはしてあるわ。それとも銃刀法違反で逮捕する?刑事さん☆」

サラは小生意気な少女のような口調でそう言った。

「残念だが今日は非番でね、あいにく手錠は持ってない☆」

「だったら好きなだけ持ってってイイわ☆見事にジョーを逮捕して、無事に戻ってきたらしっかりレンタル料いただくから☆」

「かたじけない☆」

フルオートのコルト2丁をベルトに差し、上着のポケットには手榴弾6発、ズボンのポケットには弾倉マガジンを詰め込んだ。

そしてトドメは背中に隠したショットガン。

「これでイケる!」

正直、勝ち目のない勝負に一筋の光が差した気分だった。


サラは、店の外まで見送りに来てくれた。

「この道を真っ直ぐ行った2ブロック先に、その店の通用口があるわ。時間的にみて、そろそろパーティー始まる頃じゃないかしら」

「本当に色々とありがとう」

「私もあなたに賭けてみるわ☆」

「大丈夫、期待は裏切らないよ☆」

「くれぐれも気をつけて。相手はあのスナイパー・ジョーなんだから」

「…わかった。じゃ、行ってくる!」

俺は、降りしきる雨の中、パーティー会場へと走り出した。


「頑張って、ダンディー……主人の死を無駄にしないで…」

走り去る背中を見つめ、サラは小さく呟いた…。




=つづく=

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