第3話 単細胞な二人
秘密を共有した二人の関係は、良くも悪くも一気に深まった。
船底の客室に戻ると、壁面に設置された大型モニターに臨時ニュースが流れていた。
『つい先程、星間連絡船旅客ターミナルで起きた爆発事故で、瓦礫の下敷きになった被害者の捜索活動が、警察、消防、軍隊まで出動して大規模に行われておりますが、今のところ死傷者の詳しい情報は入っておりません。また、政府の発表によりますと、現場では微弱な放射線が検出されており、反政府組織による小型核爆弾を使ったテロの可能性が高いとして、詳しい調査が続いています。なお本日このあとに予定されていた星間連絡船の出発便は全便が欠航、到着便は他のターミナルへ変更すると発表されました』
「先輩、反政府組織によるテロですって☆ 良かった良かった☆(^O^)」
「証拠が見つからなければ、な…」
今は正直、自分たちに容疑の目が向けられる心配よりも、犠牲になってしまった人々の方が気掛かりだった。
一方、既に安心全開モードの小田切は、いったん客室を出て行くと、缶ビールとおつまみを買い込んでルンルン気分で戻ってきた。
「懲戒免職回避を祝って乾杯しましょ☆先輩\(^^)/」
「まだ完全に回避できた確証はないんだぞ?それに何人が犠牲になったか…」
「大丈夫ですって!小型とは言え核ですよ?核!熱と爆風で跡形も残ってやしませんから☆」
「そうなのか?」
「そうですよ!どんなに調べても、解るのはせいぜい爆心ポイントぐらいです☆それに政府や警察の見解はテロですよ?防犯カメラに彼らの姿が映ってても、彼らの自爆テロってことで一件落着ですって☆」
「犠牲者のことは気にならないのか?」
「だって無差別テロですもん、犠牲者が出てしまうのは致し方ないことでしょ?」
「なるほど…言われてみりゃ、それもそうだな♪」
小田切に負けず劣らず、俺の脳ミソもかなり単純だった…。
「んじゃ、乾杯~☆(^_^)/□☆□\(^_^)」
こうして懲戒免職回避の宴会が始まった。
光速航行に入る頃には、二人の周りにはビールの空き缶がいくつも転がっていた。
「それにしてもお前の頭脳と技術は大したもんだよ☆」
「先輩の方こそ、その経験と知識は羨ましい限りです☆僕も早く先輩みたいにならなきゃ」
「こんなもん、長いこと刑事やってりゃ自然と身に付くもんだ」
「いや、絶対に素質と努力の結果ですって!だって先輩と同じ年数頑張ってる人の全員が、先輩と同じような経験と知識があるわけじゃないでしょ?」
「まあ、それはそうかも知れないが……どんなにヨイショしても褒美なんか出ないぞ?」
「ヨイショなんかしてません!バディーになる相手がどんな人物なのか、昨日の夜、徹底的に調べたんです」
「俺のことを調べたのか?」
「はい。だって、万が一にも師匠と呼ぶに相応しくない人物だったらイヤじゃないですか…」
「ま、刑事たる職業、用心深いのはイイことかもな。で、調べた結果は?」
「もう、驚きの連続でした!過去の功績はもちろん、検挙率もダントツなんですから☆」
「へへへ、まぁな☆」
「ただ…」
「ただ、何だ?」
「懲戒処分回数や減給回数もダントツなのは、人間性に問題アリってゆー酷評もあったんですけど…」
「…………(-_-;)」
「でも、実際に先輩と接してみて、酷評はそれを書いた人の妬みや僻みだって分かりましたから☆僕は先輩に着いて行きます!」
「そうか、そうか☆」
「銀河一の刑事と呼ばれる先輩とバディーを組めて、僕はホントに光栄です☆」
「うん、うん☆ ヨッシャ!売店にありったけのビール買ってこい!」
「了解であります!∠( ̄へ ̄)」
こうして、他の乗客の迷惑など気にも止めない単細胞な二人の夜は更けていったのである…。
「お客様、お客様、起きてください」
誰かに体を揺り起こされ、俺は目を覚ました。
「……ん?もう朝なの?おたく誰?」
「私はこの船の船長です。朝ではなくお昼過ぎですよ。もう地球に到着してますので、早く下船してください」
「え?もう?」
周りを見回すと、すでに他の乗客は下船し、広いB客室には大イビキで寝ている小田切と俺しか残っていなかった。
「この船はこのあと格納庫に入りますので、急いで下船していただかないと…」
「分かりました、オイ!小田切!起きろ!」
「先輩…僕は一生先輩について行きますよぉ…ムニャムニャ」
いくら声をかけても、体を揺すっても、一向に小田切が起きる気配はない。
「まったく…どこまで面倒見なきゃならねぇんだ…」
俺は、特効薬と思える方法を閃いた。
「小田切!起きろ!課長が呼んでるぞ!」
「はい!小田切ただいま起きました!課長!………あれ?課長は?」
効果抜群の特効薬だった。
小田切は、つい3秒前まで爆睡してたとは思えないハッキリとした表情で、課長を探してキョロキョロしている。
「課長なんか居ねぇよ…さっさと起きろ、もう地球に到着してんだ」
「え?いつの間に?…こうしちゃいられない、早くしないと数量限定商品が売り切れちゃう…」
「何を言ってんだ?…数量限定商品?」
「はい。ここは地球の東京ベイターミナルですよね?」
「そうだ」
「そうです」
偶然にもハモったことで、俺を起こしてくれた船長の存在に、小田切はこのとき初めて気がついたらしい。
「やっぱり地球はコスプレの聖地ですね☆こんな所にも船乗りのコスプレしてる人がいるんだから☆」
「船乗りには違いないが、この人はこの船の本物の船長さんだ」
「本物の?スゲー(☆o☆) じゃあ、ちょうど良かった、船長さん中野ブロードウェイって知ってます?」
「もちろん、存じておりますが…」
いくらか迷惑そうに、それでも紳士的に船長は小田切の質問に応えてくれた。
「僕、そこに行きたいんです☆ そこのアニメグッズ専門店で数量限定商品が売ってるんですよ☆ 東京ベイターミナルから近いですか?」
「そう遠くはないですよ」
「ラッキー☆ 先輩、急ぎましょ!」
脱兎のごとく駆け出す小田切を、俺は一喝して呼び止める。
「待て!小田切!数量限定だか何だか知らんが、そんなもん、任務が終わってからにしろ!」
「えぇ~っ…そんなことしてたら売り切れちゃいますよ…」
「お前なぁ…俺達は地球に買い物に来たわけじゃないんだぞ?」
「先輩も頭固いなぁ…。これだから大人って……」
小田切は文句を言いながらB客室を出ていった。
「何のお仕事をされてるか分かりませんが、世話のやける後輩をもつと苦労しますな…」
「まったくです…(^_^;)」
「空き缶は私共で片付けておきますので、急いで下船してください」
「お手数おかけします…m(._.)m ありがとうございます」
「それでは、よい旅を☆」
話のわかる船長に感謝し、俺は、小田切の後を追うように星間連絡船から下船した。
東京ベイターミナル。
今からおよそ20年前、まだ駆け出しの新米刑事だったころ以来、俺にとって2度目の訪問となる。
だからといって、感慨深く思い出に耽っているわけではない。
一点だけ、どうにも腑に落ちないことがあったからだ…。
「先輩、どうしたんですか?ターミナル出たときから難しい顔して黙りこんじゃって。数量限定商品のことなら、もう怒ってませんから、気にしないでいいですよ☆考えてみたら、お宝グッズより銀河英雄勲章の方が価値ありますからね☆」
「………(-_-;)」
「それにしてもすごい砂ボコリですね(>_<)…なんとなく空気も臭い気がするし…地球って昔は水と緑の惑星って呼ばれてたんですよね?…信じられないな…」
小田切の質問には答えなかったが、俺が腑に落ちないのは、まさしく小田切の言ったことそのものだった。
俺の記憶が間違ってなければ、20年前に初めて地球を訪れたとき、東京ベイターミナルは、ドブ川の臭いがする黒い水に浮かぶ海上ターミナルだったはずだ。
俺は真相を確かめるべく、近くで清掃作業をしていた高齢の男性に声をかけてみた。
「すいません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが…」
高齢の男性は作業の手を止めたものの、何も言わずチラリと一瞥しただけで、作業を再開する。
「あの、お仕事中にすいません…ここは本当に東京ベイターミナルですか?地球の裏側にあるサハラターミナルの間違いでは?」
老人は目を合わせることもなく、作業を続けながら無愛想に答えた。
「………東京ベイじゃよ」
「ここが…東京ベイ…」
「おたく、東京は初めてか?」
「いえ、20年前に一度だけ」
「そうか…20年ぶりなら驚くのも無理はないのぉ…」
老人は作業の手を休め、近くにあったベンチに腰を下ろし、胸のポケットからタバコを取り出した。
「……チッ!」
しかしタバコは空だった。
老人は空っぽのタバコをグシャッと握り潰して、横にあったゴミ箱に投げ捨てる。
「これで良かったら…どうぞ」
俺はタバコを差し出した。
「ラーク・マイルドか…普段は洋モクは吸わんのじゃが…今はそうも言ってられんな」
老人がタバコを咥えると、すかさず小田切がライターで火をつけた。飲み屋のホステスより慣れた手つきだった。
老人は、初めて吸うタバコの味を確かめるように、深~く一服して、ゆ~っくり煙を吐き出してから話し始めた。
「で、おたくはこの景色を見て、砂漠の中にあるサハラターミナルと勘違いしたわけじゃな?」
「そうです。20年前は海上ターミナルだったはずなのに、今は砂漠の中ですから…。どこかに移転したんですか?」
「いいや、移転なんぞしとらんよ、昔から東京ベイターミナルはこの場所じゃ」
「じゃあ、この20年の間に何があったんです?」
「それを知りたいと?」
「はい…」
老人は何も言わず片手を差し出してきた。話を聞きたきゃ金をよこせとゆーことだろう。
それに素早く反応したのは小田切だ。
「ちょっと!僕たちは南銀河警さ…ムグ!」
こんな時でも余計な正義感で対応する小田切の口を、俺はとっさに塞いだ。
片手で小田切の口を押さえ、もう片方の手でポケットに入っていた1000ヤニー札を1枚渡した。
小田切は不満そうに押し黙っていた。
老人も渡された金額に多少不満げな表情を見せたが、それでも渋々話し出した。
「もう、かれこれ10年以上前の話じゃ…。資源ゴミや産業廃棄物の処理に困った地球政府は、世界各地に一時廃棄所を設けた。ここ東京ベイもそのひとつじゃった」
「一時廃棄所?…てことは、その後ちゃんと処分するってこと?どうせ、その場しのぎの公約なんじゃない?」
小田切は、いつの間にか老人が腰掛けているベンチに座り、初対面とは思えない馴れ馴れしさで問いかけた。
「最初の数ヶ月はきっちり最終処分までやっとったんじゃ…。しかし、廃棄される量と処分できる量が机上の計算通りには行かんかったんじゃな…やがて最終処分にかける予算も底を尽き、ゴミは廃棄される一方になった」
「やっぱりな!思った通りだ!」
「この話は、これで終わりではない…まだ続きがあるんじゃ…」
「と言いますと?」
こーゆー役目は小田切の方が向いていた。
俺は黙って二人の会話を聞いた。
「当初は資源ゴミや産業廃棄物だけが廃棄されておったが、そのうち生ゴミまで廃棄されるようになったんじゃよ…」
「生ゴミを海に?!」
「そう…生ゴミは腐りもすれば臭いも発する…瞬く間に東京ベイ周辺は人の住めない環境になっていった…」
「政府の愚策が招いた最悪な結果ですね」
「昔はこの星でも有数の大都市だった東京が、今やすっかりゴーストタウンになってしもうた…」
老人は遠くの空を眺めながら、懐かしそうにそう言った。
俺は、まだ解決に至らない質問をぶつけた。
「今までの話では、東京ベイが砂漠になってしまったことと繋がらないのですが…?」
「まだ分からんか?…」
「はい…」
「政府は、人の住める環境を取り戻そうと新たな政策を打ち出し、この星のあちこちの砂漠から砂を集めたんじゃよ」
「……まさか」
「その、まさかじゃ…。政府は砂漠の砂で、ゴミごと東京ベイを埋めてしまったんじゃ…」
「臭いものにはフタをしろと?」
「そーゆーことじゃな…」
この星の住人ではない俺達でも、どこか切なくなってしまう結末だった。
「タメになる話を聞かせてもらってありがとうございます」
小田切は、自らのポケットから1000ヤニーを老人の手に握らせた。
「仕事中なのに、お手間を取らせてしまって…。良かったらコレ」
俺は箱ごとタバコを渡した。
老人は初めて優しく微笑んだ。
「おたくら何の仕事か知らんが、ビジネスで来たんじゃろ?東京シティに行くなら、向こうに停まってる連絡バギーに乗るといい。あれが今日の最終便じゃ、そろそろ出発の時間のはずじゃぞ」
老人の指差す先には、大きなタイヤが8つも付いたバスほどのサイズの連絡バギーが、重低音のエンジン音を響かせていた。
「最後まで色々とありがとう」
「それじゃあ、お爺さんも元気でね☆」
俺達が連絡バギーに乗り込む瞬間まで、老人は遠くから手を振っていた…。
=つづく=
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