第2話 いざ地球へ


翌日


俺は、星間連絡船の旅客ターミナルに向けて車を走らせていた。

助手席には、バーガーショップのドライブスルーで買ったハッピーセットとやらを食べ終えて、満足そうな小田切が乗っている。

ハンバーガーの匂いが充満した車内の空気を入れ替えるべく、俺は窓を全開にした。

フライドポテトの塩がついた指をひとしきり舐めてから、小田切が聞いてきた。

「先輩、いきなり泊まりの準備して来いなんて、一体どこへ向かう気なんです?」

旅行気分の小田切をよそに、俺は前を向いたまま無愛想に答える。

「………太陽系第三惑星、地球だ」

「地球?地球って、大昔は緑の惑星なんて呼ばれてた、あの地球ですか?あんであんなゴミ溜めの星に?」

「ま、新米のお前じゃ見当が付かないのも無理ないが……お前が見付けてきた空き缶、もう一度よ~く見てみろ」

俺はこの機に、経験と知識と格の違いを見せつけてやる狙いがあった。

小田切は、ビニール袋に入った空き缶をしげしげと眺める。

「…販売元はこの星だし、どこにも他の星や地球の情報なんて載ってませんけど?」

「その空き缶は『MAXコーヒー』、通称『マッ缶』と言ってな、地球のごく限られた地域でしか販売されてないものだ。元々地球にあった販売会社は買収されちまって、今は買収先が籍を置いてるこの星が販売元になってるが、今でも製造工場は地球にしかねぇし、地球でしか売ってねぇんだよ」

俺はハンドルを握ったまま、得意気にそう言った。

「さすが先輩!この空き缶だけで犯人の潜伏先まで推測してたんですね!」

「潜伏先だけじゃねぇ…」

「と言いますと?」

「わざわざこんな遠くの星にマッ缶を持ち込むほどの愛好家、それはすなわち地球育ちの可能性が高いってことだ……そして、事件当日のあの強風下で、500mも離れたビルの屋上から一発で大臣の眉間を撃ち抜くテクニックの持ち主……」

助手席から、ゴクリと固唾を飲む音が聞こえる。

「俺の知る限り、そんな離れ業を難なくこなせる野郎はこの世に1人しかいねぇ…」

「だ、誰なんです?…」

「スナイパー・ジョー……その名の通り、裏社会じゃ名の知れたスナイパーだ」

「裏社会?超一流?それってつまり、金を貰って要人を殺す、みたいな……殺し屋ってことですか?!(・・;)」

「そーゆーことだ。それも超一流のな」

小田切の驚きの表情が、徐々に困惑の表情に変化した。

「……先輩、地球行くのやめません?」

「ん?なんでだ?」

「だって相手は殺し屋でしょ?超一流でしょ?それ絶対ヤバイですよ!生きて戻れる保証ないじゃないですか!」

「………(-_-)」

いかにもエリートお坊っちゃんらしい理由に俺は呆れた。

しかし、こんなお坊っちゃんの教育係になっちまったわけだし、こんなヤツでも相棒な以上しっかり気合い入れてもらわないと、それこそ本当に生きて帰れないかも知れない…

かといって、おだてることやなだめることなど性に合わない俺は、俺なりの言葉で叱咤激励することしか出来なかった。

「お前なぁ、まがいなりにも刑事って仕事に就いたんなら、いつでも命の危険と隣り合わせなことくらい覚悟出来てんだろ?」

「それはまあ、面接のときは見栄張ってそう言いましたけど…こんな若さで死にたくないし、やっぱ死ぬのは恐いじゃないですか…」

「そりゃあ、俺だって死にたかねぇよ」

「オッサンなのに?」

「………(-_-;)」

スナイパー・ジョーに殺られる前に、俺が殺してやろうかと一瞬マジで考えた。

「誰かが命懸けでその使命を果たさなければ、これから先、また何の罪もない人の命がいくつも失われることになるんだ」

「それは分かってますけど…」

「銀河中に指名手配されてる野郎を逮捕できるチャンスなんだぞ、刑事冥利に尽きると思っとけ」

「はぁ…」

そして、次に発した一言が、良くも悪くもダダっ子お坊っちゃんの心境を一変させる。

「それにな、ジョーを逮捕してみろ、銀河勲章間違いなしだ」

「…え?銀河勲章?!(☆▽☆)」

少しでもこのお坊っちゃんのモチベーションを前向きに持ってくためのテキトーに言った出任せに、小田切は予想外の食い付きを見せた。

「おそらく銀河英雄勲章を授与されるだろうな…」

「英雄勲章っ!!(・o・)……先輩、急ぎましょ!他の誰かが捕まえちゃう前に!」

「………(-_-;)」

「ほら先輩!もっとアクセル踏み込んで!前の紅葉マークの車どきやがれ!チンタラチンタラ走りやがって!」

一度、こいつの脳ミソの中を覗いてみたい衝動にかられた…。



「まったく!あんなんだから高齢者の運転はダメなんですよ!60才以上は免許返納するべきですね!」

小田切の焦りとイライラは旅客ターミナルに着いても続き、誰に向けるでもない文句をブツブツ口ずさんでいた。

「あ、でもそんな法律つくったら、先輩もすぐに返納になっちゃうか…」

「…まだ10年以上あるっつーの(-_-)」

マトモに相手するのは疲れるので、心の中で反論した。こいつは俺を何歳だと思ってるんだか…。

「そう言えば先輩、地球までの星間連絡船は、S客室ですか?」

「そんな経費出るわけないだろ…B客室だ」

「ええ~!?…B客室って、船底のだだっ広い空間で乗客皆が雑魚寝するところですよね?公務なんだから、せめて個室のA客室くらいは…」

エリートお坊っちゃんは、こーゆーところもお坊っちゃんなのだ。

「たとえ公務でも、星間連絡船はB客室がお決まりだ。経費削減てやつだろ…。お前もこれから頻繁にお世話になるんだし、いい機会だから少しでも慣れておけ」

「えぇーッ!?…これからずっとB客室なんですか?…僕、次からは自腹でA客室で行くようにしよっと」

「……勝手にしろ」

なんで俺がこんなお坊っちゃんの面倒見なきゃなんねぇんだ…と心の中でボヤきながら、搭乗手続きを済ませた。

「ほら、お前の分のチケットだ。一枚で往復分のチケットだから、失くすんじゃねぇぞ」

「大丈夫です。お母さんが持たせてくれた旅の御守りの中に入れておきますから☆」

ネクタイを緩め、襟のボタンを外し、首から下げていた御守りを引っ張り出し、チケットを小さく折って大切そうに中にしまう。

「旅の御守りね…」

俺には理解し難いこんな奴でも、こいつを愛する家族の存在を感じると、面倒見てやるしかねぇか…と思ってしまう。

「ふぅ……」

諦めとも覚悟とも取れる溜め息をついて、俺達は地球行きの星間連絡船に乗り込んだ。




この日、船底にあたるB客室は俺達を含め20人ほどの乗客しかいなかった。

ガランとした広間の一番隅っこのポジションを陣取る。

「出航までまだ時間あるから、俺はタバコを吸ってくる。お前は課長に連絡入れとけ」

「わかりました☆行ってらっしゃい」

俺は、最上階の全面ガラス張り展望フロアにある喫煙スペースに向かった。

星間連絡船で移動するとき、この場所が俺のお気に入りだった。

各階に、もちろん船底のB客室にも喫煙スペースは設けられているのだが、わざわざ最上階まで足を運ぶのは、窓一つない船底よりも眺めの良い展望フロアの方が居心地が良いからだ。

タバコに火をつけると、やっと一息つけたような気がした。


『この度は星間連絡船クイーンエリザベス2世号にご搭乗ありがとうございます。この船は間もなく出航いたします。地球まで光速で一泊二日の宇宙の旅、皆様ごゆっくりお楽しみ下さい☆』

と、船内アナウンスが流れるのを聞きながら3本目のタバコを吸っているところへ、

「先輩、こんな所にいたんですか、船中の喫煙スペース探し回っちゃいましたよ」

と、コーヒーの入った紙コップを両手に持った小田切がやってきた。

「コーヒー冷めちゃったじゃないですか…」

「コーヒーはいいが、お前、荷物はどうした?」

「荷物?荷物なら陣取った場所に置きっぱですけど?」

「お前が今まで利用してきた個室と違って、あそこは不特定多数の人間が利用できるスペースなんだぞ…」

ハッとした表情で青ざめた小田切は、両手に持っていたコーヒーを投げ出し、一目散に駆け出して行った。

半ベソで小田切が戻ってきたのは、それからきっかり3分後だった。

「無かったか…」

「はい…」

「ま、だろうな…」

「どうしましょう~…先輩ィ~…」

まるで幼児のように鼻水まで垂らして泣きじゃくる。

「ガキみたいに泣くんじゃねぇよ!貴重品は身に付けてるだろ?」

「それは大丈夫ですけどぉ…」

「だったら良いじゃねぇか、着替えなんかは地球に着いてから買えば済むんだし。それとも何か大事なもんでも入ってたのか?」

「色々と入ってました…」

「例えばどんな?」

「iPadには過去何年分もの僕のバイタルデータが入ってるし…、歯ブラシはTiffanyのワンオフ物だし…、地球はこの星より寒いからお腹壊しちゃいけないって、お婆ちゃんが持たせてくれたBALENCIAGAの腹巻きも…」

「………(-_-)」

「それにHERMESの特注の枕じゃないと、僕よく眠れないんですよぉ…」

「お前、枕まで持って来てたのか…」

どおりで大量の荷物だったわけだ。

「ま、諦めるしかねぇよ。婆さんには謝って、他のもんは、また買うなり作ってもらうなりすれば…」

「あ、あとノートパソコンも」

「ノートパソコン?」

「はい、南銀河警察の」

「( ̄▽ ̄;)…なんでそれを先に言わねぇんだ!!それが悪人の手に渡ってみろ!警察の情報が全て筒抜けになっちまうんだぞ!まだ船内に犯人がいることを祈るしかねぇ!急いで搭乗ゲートに向かって、この船の出航を止めるんだッ!!」

俺は全力で走り出した。

「先輩!搭乗ゲートはコッチです!」

俺は反対方向に走り出していた…。

おまけに、たった数メートルのダッシュで軽い肉離れを起こしてしまったのは歳のせいではないと信じたい…(-_-)

「小田切!先に行け!このままじゃ俺達二人とも懲戒免職だ!」

「懲戒免職?!…(゜ロ゜;)」

「そうなりたくなきゃ、何としても出航を止めるんだ!急げ!」

「へぃ!合点だ!」

小田切は風の速さで駆け出して行った。



俺が痛む足を引きずりながら搭乗ゲートに到着したとき、扉はすでに閉まっていた。

ガタン!と小さく振動したあと連絡船は宙に浮いた。反重力装置が作動したのだ。

小田切は、閉じた扉にもたれかかるように肩で大きく息をしていた。

「間に合わなかったか…」

「はい…あと少しのところで扉が…」

「そうか…。まだ船内に犯人がいることを祈ろう」

「それも無理みたいです…ほら、あそこ…」

泣きながら小窓の外を指差した先には、連絡船の出航を見送る大勢の見送り客の間を掻き分けて、ターミナルの出口の方向に走る二人組の男の姿があった。

二人組の男は、見覚えのある大きな荷物を抱えていた。

「あの変なキャラクターが描かれた水色のバッグは、どっからどう見てもお前のだな…」

「変なキャラクターなんて失礼な!あれはトトロと言って、古代文明が遺した不朽の名作です!」

「(-_-)……そうですか、それはそれは失礼しましたね」

「そんなことより、これで僕らの懲戒免職は確定なんですか?何とかならないんですか?先輩ィ~(ToT)」

泣きじゃくる小田切を、なんとかなだめる方法を考えた。が、そもそも回転がイイわけではない俺の脳ミソは、考えれば考えるほど余計にイライラするばかりだ。

「大のオトナがビィビィ泣くんじゃねぇよ!例えば、あの二人組がパソコンなんてチンプンカンプンで中身も確かめず質屋に売っちまうとか…ターミナルビルを出た瞬間に大型ダンプにはねられるとか…突然パソコンが爆発するとか…、そんな事が起これば懲戒免職は免れるかもな」

テキトーに並べた出任せに、小田切はまたもや予想外の反応を見せる。

「な~んだ、そんな簡単なことで懲戒免職の危機から脱出できるんなら、もっと早く教えてくださいよ☆マジで焦っちゃいましたよ」

「簡単なことって…お前、何言ってんだ…」

「ジャジャーン☆」

小田切は、左手にはめた腕時計を俺の方に突き出してきた。

「その腕時計がどうかしたのか?ロレックスってのを自慢したいのか?」

ロレックスにしては珍しくデジタルという点を除いては、特に変わったところは見受けられない。

「まあ見ててくださいよ☆」

そう言って小田切は、デジタル腕時計のボタンをピコピコ操作し始めた。

「これをこうして…こうして……よし!できた☆じゃあ行きますよぉ☆」

「おい、ちょっと待て!何をしたんだ?」

「10…9…8…7…」

小田切は、俺の言葉など丸っきり無視して、腕時計と窓の外に交互に目をやりながらカウントダウンを開始した。

窓の外を見ると、浮上を続ける星間連絡船の高度は既に500mに達し、見送り客と逃げる犯人の区別もつかないほど、人々の姿はゴマ粒くらいの大きさにしか見えない。

あれほど泣きじゃくっていた小田切は、いつの間にか不敵な笑みを浮かべていた。

「6…5…4…」

「おい!何なんだ!何が起きるんだ!」

まるで何かに取り憑かれたように窓の外を凝視する小田切に、俺の声は届いていない。

俺も小田切に連れて、眼下に遠ざかるターミナルビルを見つめていた。

そして…

「3…2…1…」

ドッカ~~ン…!!

「( ̄△ ̄;)」

ターミナルビルは跡形もなく吹き飛んだ。

爆発の際に発生したキノコ雲は、星間連絡船と同じ高さまで立ち昇っていた。

「いやぁ~良かった良かった☆ これで一安心☆」

小田切は満面の笑顔でそう言った。

「今のは…お前がやったのか?…」

「はい☆万一に備えて、パソコンに遠隔操作できる小型原子爆弾をセットしといたんです☆まさかこんなに早く役に立つとは思いませんでしたけど☆」

「お前なぁ!どんだけの犠牲者が出たか分かってんのかッッ!」

「そんなこと言われても…。今回の場合、多少の犠牲は…」

「犠牲に多いも少ないもあるか!市民の安全と平和を守るのが俺達の職務なんだ!たとえどんな崇高な目的を達成するためであっても、たった一人の犠牲者も出しちゃならねぇんだよ!」

「でも、これで僕達の懲戒免職はなくなったわけだし…」

「確かにそれはそうだが…」

「僕だけが悪いわけじゃなく、先輩だってその場にいたわけだから共犯者ですよ?」

「………」

「いや、パソコンが爆発すればいいって教えてくれたのは先輩ですし、どちらかと言えば首謀者ですね」

「な……」

「大丈夫ですよ☆バレやしませんて☆」

「………(-_-;)」

「跡形もなく木っ端微塵です☆」

「………二人だけの秘密にしような」


こうして固い絆に結ばれた二人であった。



=つづく=

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る