俺はダンディー
飛鴻
第1話 ベテラン刑事と新米刑事
「こんなんじゃ白髪も増えるわな…」
俺の名前はダンディー。
もちろん通称である。
見た目はもちろん、立ち居振舞いや話し方の全てからダンディズムが滲み出ているせいか、誰からともなくそう呼び始め、いつしかその呼び名が定着してしまった。
一説には、自らそう呼んでもらうよう皆に働きかけたとゆー、まことしやかな噂も飛び交っているのだが…
そんなことはどうでも良い。
俺は今日も朝からイライラしていた。
南銀河警察刑事課。
夜通しで難事件を解決し、ヘロヘロになって署に帰ってきたは良いのだが、帰ってきたら帰ってきたで、報告書やら何やらの書類が『早く書き上げてくれよ』と言わんばかりにデスクの上に山積みになっていた。
「こんなんじゃ白髪も増えるわな…」
自ら淹れた濃いめのインスタントコーヒーを飲みながら苦手な事務仕事を続けても一向に捗らない。
イライラは増す一方だ。
俺はタバコに火をつけた。署に戻ってから早くも10本目のタバコだった。デスクの上に山積みになっている書類の横の灰皿には、同じようにタバコの吸殻がテンコ盛りになっていた…。
書類の山との格闘は続き、11本目のタバコに火をつけようとしたときだ、
「田中ぁ!ちょっと来い!」
と、刑事課長から呼ばれた。声の調子からすると、あまり良くないことらしい。
ちなみに本名は田中と言う…(^_^;)
俺は渋々立ち上がり、課長のデスクに向かった。
「はぁ、何でしょうか?」
「何でしょうか、じゃない!この請求書の束は何だ!」
「請求書?」
「お前、トーリャン星で何をやらかしたんだ?花屋に下着屋、鉄道会社、おまけに管轄の東銀河警察からも来ているぞ!」
課長は机の上に請求書の束をぶちまけた。
「ああ、それでしたら先日、トーリャン星で脱獄犯を逮捕した時のもんですね」
「脱獄犯の逮捕と、花屋や下着屋がどう繋がるんだ?え?」
ハゲ上がった課長のコメカミには、くっきりと血管が浮き上がっている。
「いやぁ、それがですね、寄せられた目撃情報の通り、トーリャン星に脱獄犯が潜伏してたんですけど…」
「まさか脱獄犯に会うために、下着屋でパンツを新調して、花屋で花束まで用意したとでも言うのかな?」
課長はイヤミたっぷりに言った。
「まさか☆そもそもそんな高い給料貰ってませんし…」
俺も負けじとイヤミたっぷりに返す。
課長のコメカミの血管は今にも破裂しそうだった。
「潜伏先に乗り込んだまでは良かったんですけど、あと一歩のところで脱獄犯が逃げ出しましてね…」
「あらかた地元警察の協力も借りず、またお前一人単独で突入したんだろ?」
「それはそうなんですが…裏口から逃げ出した脱獄犯は、用意していたエアスクーターで走り出したわけですよ」
「それで?」
「俺はたまたま近くをパトロール中だった東銀河警察のパトカーを拝借しまして…」
「拝借?強引に奪ったんじゃないのか?」
「まあ、そうとも言えますが…そこからアクション映画さながらのカーチェイスが始まったわけです」
「ほう、手に汗握るシーンだな」
「向こうはエアスクーター、こっちはパトカーでしょ、それはそれは苦労しましたよ」
「で、どこで花屋や下着屋が出てくるんだ?」
「ハッキリとは覚えてませんが…確か…追跡中に何かの露店をぶっ壊した記憶が…」
「なるほどな、それが花屋ってわけか」
課長は、まるでトランプを配るかのごとく、花屋からの請求書を俺の方に投げてよこした。
「それと、コーナーを曲がり切れずに突っ込んだ店があったんですけど、あれが下着屋だったのかな?そのあとしばらくワイパーに赤いパンティーが挟まってましたから…」
「間違いなく下着屋だろうな」
下着屋の請求書も飛んできた。
「で、鉄道会社は?」
「それは多分…あの時かな?」
「あの時ってのは?」
「遮断機が下りてる踏切で、ヤツは遮断機の僅かな隙間をすり抜けて行きまして、俺は仕方なしに遮断機をへし折って通過したんですけど、あれはホントやばかった!特急列車が間近に迫ってましたから…あとちょっと遅かったらパトカーごとペチャンコでしたよ」
「命があって何よりだ」
鉄道会社の請求書が飛んできた。
「で、そのあとは?」
「脱獄犯は近辺の道路事情を把握してるようで、やたら細い路地をクネクネクネクネと猛スピードで逃げるわけですよ。それに引き換え俺は土地勘もない細い路地で、ゴミ箱を蹴散らしたり壁や電柱に車体を擦りながら逃がすまいと追いかける。そりゃあ向こうも必死でしょうけど、こっちも犯人逮捕に必死ですからね」
「見上げた刑事魂だな」
「でしょ?で、最終的にエアスクーターに体当りをかまして、無事、犯人逮捕に到ったってわけです☆ 追突の衝撃で漏れ出したガソリンに火がついて、エアスクーターとパトカーは燃えちゃいましたけどね」
「なるほど、これで全部だな」
課長は最後に東銀河警察からの請求書を投げてよこした。
「給料から差っ引いておくからな。何ヵ月分になるかは知らんが…」
「ちょ!…ちょっと待って下さいよ!脱獄犯も逮捕できたわけですし、そこは経費でなんとか…」
「確かにお前の刑事としての功績は認める。銀河一と呼ばれるだけの検挙率なのも間違いない事実だ」
「だったら、そこを何とか…」
「だがな、それとこれとは話が別だ」
「そんな…」
その時だ、
「皆さんおはようございます!」
と入って来たのは、新入りの小田切だった。
聞くところによると、財閥の一人息子で、警察学校を首席で卒業した、いわゆるエリートお坊っちゃんだ。
現場で叩き上げてきた自分とは毛色が違う小田切の言動は、どれもこれも点数稼ぎのように感じられ、言葉には出さないまでも大嫌いなタイプの人種だった。
小田切は毎朝必ず刑事課長のデスクの正面に立ち、絵に描いたような敬礼をする。
俺と課長のこれまでの一連のやり取りなど知る由もない小田切は、この日も
「おはようございます!課長!」
と、お決まりの挨拶をした。
そして続けざまに、
「課長、見てもらいたい物があるんですが」
と、そこに俺が立っていることなど丸っきり無視して、課長に何かを手渡した。
それは、ビニール袋に入った空き缶だった。
「うむ、これは何だ?」
課長は課長で、俺の存在を忘れたかのように小田切と向き合う。
「はい、昨日自分は非番だったんですが、特に予定もなかったので、先日の銀河連邦財務大臣狙撃事件の現場周辺を調査してたんです…」
「それで?」
「はい、現場から500m離れたビルの屋上でこの空き缶を見付けたんですけど、何か不自然さを感じて、ビルのオーナーや管理人それと警備会社にも確認したところ、ここ数ヶ月、誰も屋上には上がってないはずだと」
「何?!それは確かな情報か」
「間違いありません。念のため防犯カメラをチェックしたら、事件当日に不審な人物がそのビルに出入りしてる映像が…」
「なんだと?でかしたぞ!小田切!」
「ありがとうございます!」
点取り屋のお坊っちゃんと、浮かれる上司の茶番劇を、俺は冷めた目で見ていた。
「あいにく防犯カメラの映像では、帽子を目深にかぶっているのとマスクとサングラスのせいで犯人の顔までは特定できないんですが、何かの手掛かりになるのではないかと」
「よくやった!十分すぎる手掛かりだ!」
気分を良くした課長は、俺の方に向き直り、意地の悪さ全開のニヤケ顔でとんでもないことを言い出した。
「ちょうどいい☆ 田中、お前この小田切と組んでこの重要参考人を署っ引いて来い☆」
蚊帳の外だと思ってたところへ、思いもよらぬ牽制球が飛んできた。
「へ?なぜ俺が?新人を現場で教育するのが目的なら、もっと適任者がいるじゃないですか、ヤマさんとかゴリさんとか…」
新人教育なんてまっぴらゴメンだし、よりによって小田切なんて…。
しかし、
「銀河一の刑事以上の適任者がどこにいると言うんだ?」
「………(-_-;)」
「この一件を見事解決できたら、さっきの件は経費扱いにしてやってもいいぞ☆」
イタイところを突いてきやがる。
「よろしくお願いします!田中先輩!」
この一言がトドメとなった(T_T)
「その田中先輩って呼び方はやめろ、俺には馴染みの…」
「わかりました!ダンディー先輩!」
こうして俺は小田切と組むことになった…。
=つづく=
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