第4話 尾行
東京シティに向かう連絡バギーの中。
この日の最終便ということもあって、50席ほどのシートは、ほぼ満席に近い状況だった。
砂漠と化した東京ベイを、砂埃を巻き上げながら連絡バギーは進んだ。
「それにしても酷い話ですよね…そもそもゴミを海に廃棄すること自体とんでもないことですけど、そのゴミごと海を埋め立てちゃうなんて…」
小田切は、窓の外に広がる景色を眺めながら独り言をぼやいていた。
「この砂の下に大量のゴミが埋まってるんですね…。でも、ひょっとしたら徳川埋蔵金なんかも埋まってたりして(^O^)」
「………」
「あれ?先輩?今の面白くありませんでした?」
俺は黙って一点を見つめていた。決して小田切を無視していたわけではない。バギーに乗ったときから乗客の中の一人がずっと気になっていたからだ。
「どうしたんですか?」
「小田切…。5列前の窓際に座ってる男、あいつ何かの犯罪者だぞ…」
「え?犯罪者?(゜o゜)」
「シッ!でけぇ声出すんじゃねぇよ」
「5列前の窓際って、あの黒いハットを被った人ですか?」
「そうだ。どこかで見覚えがある…」
「学生時代の同級生とか、前に住んでた同じアパートの住人とか、そーゆーのかも知れませんよ?」
「そんなもん誰一人覚えちゃいねぇよ…俺が見覚えあるってことは、それはつまり何らかの犯罪者ってことだ」
今更ながら、爆破してしまったパソコンのことが悔やまれた。
すると、俺たち二人の視線に気付いたのか、男が後ろを振り返った。
男は俺と目が合うと、ハッ!と驚いた表情を見せたあと、何食わぬ顔で白々しく前に向き直る。ハットを深く被り直し、ご丁寧にもサングラスとマスクを掛けて、人相がバレないようにしたつもりなのだろう。
「間違いねぇ、どっかの資料で見た顔だ…」
「確かに、あんな格好かえって怪しいですね…」
「あーゆー格好するのは、顔を晒したくない有名人か犯罪者って定義があんだよ」
男は、俺たちの存在を確認するかのように時おり横目でチラ見しながら、どこかへ電話を掛けていた…。
そうこうしているうちに、連絡バギーは東京シティに到着した。
20年前とは売って変わって、ゾンビ映画で見るような寂れた街並みが目の前に広がっている。
夕暮れの空に、人の気配が感じられない高層ビルが立ち並んでいた。
「小田切、連絡バギーを降りたら、奴を尾行するぞ」
「え?尾行ですか☆ 僕、尾行って初めてなんで何かワクワクしますね(^∇^)」
真剣モードで刑事の眼差しになった俺に対し、隣では冒険小僧が目をキラキラさせている。
「これは遊びでも演習でもない真剣な尾行なんだ、気ぃ抜いてると巻かれちまうぞ」
「わかってますよ☆」
「………(-_-;)」
小田切が足手まといになるのでは…とゆー不安な気持ちを誤魔化しつつ、男とは少し間をおいて連絡バギーを降りた。
前を行く男の背中には、明らかに焦りの色が滲み出ている。
目線は前を向きつつも背後を意識してることは、新米刑事の小田切でも感じられた。
「あいつ、かなり早足ですね」
「本人は悟られまいと自然に歩いてるつもりだろうけどな…」
「追い掛けて捕まえちゃいましょうよ」
「令状もなければ何かの現行犯でもないかぎり逮捕はできねぇ、だから尻尾を出すまで後をつけるんだ」
「なるほど、だから尾行って言うんですね☆」
「……さあな、そんなことは知ったこっちゃないが、付かず離れずのこの距離を保て」
「20mキープ、了解であります("`д´)ゞ」
男は、大通りから徐々に人通りの少ない裏通りへと進んで行く。
人通りがほとんどなくなった今の状況では、我々の尾行も意味をなさない。誰がどう見ても後をつけていることが明白だからだ。
男は、細い路地を右に曲がり左に曲がり、俺たちの尾行を巻こうとしていた。
「あいつ、どこに向かってるんでしょう?」
「俺たちに行き先を知られたくないから意味もなくウロチョロしてんだろ」
「え?僕たちが尾行してるの気付かれちゃったんですかね?」
「ある程度の距離があると言っても、誰一人として歩いちゃいない路地を、ず~っと自分と同じルートで歩いてくるやつがいたら、子供でも気付くだろ…」
「そうですかね?僕なら気付かないと思いますけど…後ろに目が付いてるわけでもないし…」
「……お前なら気付かないかもな(-_-)」
尾行と呼べない尾行は、かれこれ一時間近く続いていた。
歩き疲れたのに加え、なかなか尻尾を掴ませない男にイライラも募る。
俺がポケットからタバコを取り出し、口に咥えた途端、条件反射のように小田切がライターに火をつけた。
相変わらずホステス並みの早業に感心したのがまずかった。
立ち止まって小田切の差し出すライターに顔を近付けるという初歩的なミスを犯してしまった。
尾行する対象から一瞬でも目を離してしまうことは、それまでの苦労が水泡に帰す致命的なミスなのだ。
「しまった!!」
視線を戻したとき、男の姿は消えていた。
相手も何らかの犯罪者だろうが、我々が目を離した一瞬の隙を見逃さないあたり、尾行を巻くことに慣れた、それ相応の犯罪者なことがうかがえた。
「あれ?!あいつ消えちゃいましたよ?まさか、テレポーテーションできる超能力者だったなんて!」
小田切は、いつでもどこでもどんな時でも小田切だった…。
「あ!先輩、超能力者のテレビ番組で見覚えがあったんじゃないです?失敗したなぁ、サインもらっとけば良かった…」
「超能力者じゃねぇよ…アホ(-_-) さっさと辺りを調べろ」
男が姿を消した周辺は、閉鎖され、シャッターやドアのカギが閉まったビルばかりで、どこにも身を隠せそうな建物はなかった。
「マンホールを開けた痕跡もないな…」
「僕が最後に見たのはこの辺でしたけど…」
小田切が立っているのは、雑居ビルと雑居ビルの間の、野良猫しか通らないような隙間の前だった。
「小田切、その隙間の先はどうなってる?」
「え?この隙間ですか?…10メートル先で行き止まりですよ、向こう側のビルの壁か、高い塀か、窓一つないコンクリートの壁です」
「念のため調べてこい」
「え~っ……僕、閉所恐怖症だから狭い空間て苦手なんですよね」
「うるせぇ!つべこべ言ってねーで調べろ!両サイドのビルの窓にカギがかかってるかもチェックするんだ」
「わかりましたよ…」
小田切は何か文句を言いながらビルとビルの隙間に入って行った。
「窓は全部カギがかかってまーす!」
「大声で叫ばなくても、ビルの壁に反響してちゃんと聞こえてるよ」
「あ、ホントだ☆エコーがかかってるみたいに聞こえる☆あー♪あー♪」
「どこまでガキなんだ…」
「最後はやっぱり行き止まりです…奥の建物の壁ですけど、20cmぐらいしか隙間ないから通り抜けられないし、5階分の高さだからスパイダーマンでもない限り登ることも不可能ですね……え?う、うわ~ッッ!」
小田切が隙間の調査を済ませ戻ろうとしたときだ、壁の一部がまるで忍者屋敷の回転扉のようにクルッと開くと、中から伸びてきたゴリラ並みに太い腕に羽交い締めにされて、小田切は壁の中へ消えて行った。
「(゜△゜; お、小田切ィ~っ!!」
慌てて駆けつけてみたものの、たった今、小田切を飲み込んだ回転扉は、押しても蹴っても体当たりをかましてもビクともしない。
「くそ~……」
尾行していた男を取り逃がしただけでなく、相棒までも拉致されたことは、長い刑事人生の中でも、かなり上位の衝撃だった。
そして次の瞬間、
ガツン!
と、今度は『本物の』衝撃が俺の後頭部を襲った。
気を失う最後の瞬間、目に映ったのは、金属バットを持った黒いハットの男だった…。
=つづく=
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