第2話 車中

「なんで同窓会行かないの?」


「あんなもん、社会人の罰ゲームだ」


「まだ大学生じゃん」


「そうなんだけど……。なんか、括りとしては、もう大人じゃん」


「大人かな? でもまぁ確かに高校卒業しちゃったら、もう働く人もいるからね。それに、制服とか着れなくなるし」


「あー……。制服とか、ホントうっとうしい」


「えー、可愛いじゃん。なんでそんな高校嫌いなの?」


「えぇ? いや、別に……いいじゃん、そんなこと」


「……文化祭とかも嫌いだった?」


「あんなもん、青春ちゃんしてる奴らだけでやってりゃいいんだよ」


「なに、その『青春ちゃん』っての! ウケる。なんか、めちゃくちゃバカにしてるよね」


「青春ちゃんは青春ちゃんだよ。文化祭だけじゃない。学校なんて、そういう奴らだけ行けばいいんだ。昔はパノプチコン的な授業体制をやるには学校っていう施設がないといけなかったんだろうけど、今はもうネット環境も整ってるんだから、わざわざ行く必要ない。行きたい奴らだけ行く、希望制にすればいい。むしろ、日本中の家にそういう教育機関をネットで繋げば、優秀な教師の優秀な授業を全国規模で受けられる。そっちの方が教育という観点からすれば、はるかに効率良く質の高い教育を満遍なく広めることができる。国力アップにも繋がる」


「ふーん……。そうかもしんないけど、なんか無味乾燥だね。つーか、パノプチン……ってなぁに?」


 注釈)最後に「コ」って言おうとしたけど飲み込んだな、と僕はその時思ったはずだが、言わなかった。


「なんかヒワイじゃない?」


「ヒワイじゃないよ。昔のドイツの集団監視システムのことだよ」


「監視かぁ、確かに監視されてる感はあったかな」


「元々学校は、それまでの貴族の家庭教師に代わって、広く一般に教育を普及させるために作ったものだから、教師の数が足りなかったんだ。だから、少ない数で大人数を監視するシステムが必要だったんだよ。そのためには学校みたいな大きな場所が必要だったんだけど、今はそれはネットでできる」


「監視してるのは先生じゃなくて生徒だよ」


「え?」


「磯淵くんは高校の時好きな人いたの?」


「え? え? 突然何……? えーっと、そ、そ、そ、それは……つきあっ、付き合ってる、とか、そういう……?」


「うん」


「いやアー……。そ、そー……れは……、いる……なかったんじゃ、なかったかな?」


「え? どっち?」


「いー……なかった、らしいよ?」


「じゃあ、私が初めてだった?」


「……ここでする話じゃなくない?」


「え? 車の中じゃん。私たち以外、誰もいないよ?」


「いや……、それはそうなんだけど、そういう問題じゃなくて……。昼間だし」


「えー、でも昼間でも……、まぁいいや。磯淵くんはシャイだねぇ」


「いや……普通だと思う。あのぅ……、ひとつ聞きたいんだけど。確認したいというか……」


「うん」


「そのォー……。ホントに、僕……、その……、ホントに、僕、その、西崎さんに、その、そういうこと……一戦おっぱじめたっていうか、一線越えちゃったっていうか……、ヤッちゃったの?」


「うん」


「そっか……。あの、申し訳ないんだけど、言っちゃうと……、覚えてないんだよね、全然」


「すごい酔ってたもんね」


「家飲みだったから油断しちゃって……。何人くらい来てたっけ? 鏑木のウチ広かったよなぁー。そういや、西崎さん、鏑木のウチには何回か……」


「ねぇ、磯淵くん」


「え?」


「今更だけど……、やっぱり……産んじゃダメかな?」


「あー……」


「ウソ。もう、覚悟決まってるし」


「うー……」


「……そんなに赤ちゃん、嫌い?」


「嫌いじゃない」


「じゃ、なんで?」


「嫌いじゃないから」


「……どういうこと?」


「生まれさせないであげたい」


「……それこそどういうこと? この間も……言ってたよね」


「生まれてきたところで、辛いことや、嫌なことばっかりじゃないか」


「良いこともあるよ」


「そんなこと言えるの、西崎さんだからだよ」


「どうして?」


「高校とか、楽しかったんでしょ?」


「うん」


「ほら。そういうことだよ」


「だから、どういうこと?」


「西崎さんみたいに、人生が楽しくて楽しくて仕方がないって人も一定数いる。それは、確かに存在する。嫌というほど見せつけられた。でも、そんなのはほんの一握りだ。ほとんどの人間は、そういう連中の周りを回っている衛星みたいなものでしかない。そいつらが楽しんでる後ろで、つまんない思いばかりしてる奴の方が圧倒的に多い。そりゃ、そういう人間にも、少なからず楽しいことはあるかもしれない。まぁ、あるとは思う。でも、そんなの、辛いことや嫌なことに比べれば、ゼロに等しいじゃないか。それに、ニュースを見たら、毎日悲しいことや辛いこと、理不尽なことばっかりじゃないか。日本だけじゃない。国際情勢を見てみたって、それこそ不条理の嵐じゃないか。だったら、最初から生まれない方がいい。生まないであげた方がはるかにやさしい」


「でも、生まれなかったら、楽しいことも経験できないじゃん」


「でも、辛いことも経験しなくて済む。それに、楽しく人生送った連中だって、最後は最大の痛みや苦しみで終わるじゃないか。だったら、最初から生まれない方がいい」


「そう考えると、人生平等だね」


「……過程が違うよ。平等じゃない」


「……そうかな?」


 その言葉を最後に、西崎さんはそれ以降、霞湖に着くまで話すことはなく、物憂げに窓の外を眺めたままだった。


 と言って、僕に対し怒ったような雰囲気はなかった。それは僕が鈍かったから気づかなかっただけの話なのだろうか。


 いや、こうして思い出しても、そんなことはなかったと思う。事実、湖に着いてからしばらくは、いつもの西崎さんに戻っていたのだから。


 僕らの車中での会話はこんな感じだった。

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