カッコーの卵
涼紀龍太朗
第1話 日記
12月26日 月曜日 薄曇り
この日は(本当は「今日は」と書くべきなのだろうが、この日記を書いてるのはこの日ではないため「今日は」とは書けない。「今日は」と書いてしまったら、それは嘘である。日記に嘘を書いても仕方ないだろう)朝の七時に西崎さんと待ち合わせ、父さんに借りた軽自動車で
免許を取ってからしばらく車には乗っていなかったので、おっかなびっくりな運転となってしまった。助手席の西崎さんに「おっかなびっくりだね」と言われたので、余程おっかなびっくりだったのだろう。
ついでに「怖いね」とも言われた。運転している僕が怖かったのだから、助手席に座っていることしかできない西崎さんは尚更だったろう。
でも、僕を付き合わせたのは西崎さんなのだから、文句を言われる筋合いはなかったような気がする。それでも言わざるを得なかったくらい怖かったとも言える。それに関しては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
いや嘘ついた。いっぱいとまではいかなかったような気がする。日記で嘘書いても仕方がないと言った(「言って」はいないか。「書いた」が正しいか)ばかりだが、すぐ訂正したので良しとしよう。直すのもめんどくさいし。
そう、申し訳程度には申し訳ない気持ちだった。書くのは二度目になるが、なんせ付き合わさせられたのは僕の方なのだから。
それにしても、あの西崎さんとああして二人だけでドライブ(一応、形式上はドライブで間違いはない)することになるなんて、思いもよらなかった。しかも誘った(誘った、でいいと思う)のは、西崎さんの方なのだ(三度目)。大学に入ったばかりで、西崎さんに出会ったばかりの僕が知ったら何と思うだろうか。
でも、残念ながら心楽しいドライブではなかった。断じてなかった。それは行く前からわかっていた。
しかし、これには僕にも責任の一端がないとは言えないから文句も言えない。いや、一端どころか大いに関わってしまったのだから、たとえ心楽しくないことがわかっていようとも、行く以外の選択肢は残されていなかった。
なぜそんなことになってしまったのか、その大元となる出来事については残念ながらまるで記憶にないのだが、霞湖までの車中の会話は、まだ覚えているので、忘れないうちにここに記録しておこうと思う。
人間の記憶というものはいい加減なもので、一晩寝ると、その前日に起きたことですら忘れてしまう。寝ている間に脳が記憶の整理と削除と改竄を行ってしまうからだ。整理はいい。削除もまぁ、脳の記憶容量には限界があるだろうから、それは受け入れよう。だが、改竄はいかがなものか。それには思うところはあるが、まぁ、そういうものなんだから仕方がない。
というわけで、寝ている間の脳によって途中削除されているか、最悪改竄されている箇所もあろうかとは思うが、僕と西崎さんの車中での会話を記しておく。
以下、会話。
「おっかなびっくりだね」
「あぁ……うん」
「怖いんだけど」
「笑ってるじゃん」
「怖すぎて笑っちゃってるの」
「楽しそうだね」
「え? そんなことないよー。怖すぎて壊れちゃったんだよ」
「……だったら、日を改めて別の人にお願いした方がいいんじゃない?」
「もうー! なんでそういう意地悪言うのォ?」
「ちょおーッ!」
「キャアー!」
「なんで運転中に、運転してる人の腕掴むの? あっぶね……。今のは本気であぶなかった」
「ごめーん。つい」
「ごめん、とか、つい、で済む問題じゃないよ。まぁ、ここで事故っても西崎さん的には目的達成だからいいんだろうけど、僕は嫌なんだから」
「なんでそういうこと言うの? 冷たくない?」
「あ、いや、その件に関しては悪かったとは思ってるけど……」
「それに、ここじゃ嫌なの。ちゃんと、湖じゃなきゃ嫌なの」
「ちゃんと、って……。まあ、ちゃんとか……。ちゃんと……?」
「別に磯淵くんに心中して欲しいなんて、もう思ってないよ」
「悪い……」
「ただ、一緒にはいて欲しい。死ぬ時一人っていうのは、なんだかね」
「あー……」
注釈)そういうもんかなぁ?と確かこの時疑問に思っていたはずだが、それは口にしなかった。
「ごめんね。ありがとう」
「あ、いや……」
「でも、同窓会は行きたかったかなー。年明けにあるんだよねー」
「えー? やるの早くない? 高校卒業してからまだ二年経ってないじゃん」
「中学の時の」
「あー……」
「どうなってたかなー。会いたかったなー」
「それって……、そのぅ……」
「え、元カレとか?」
「まぁ」
「気になる?」
「うーん、まぁ」
「あはは! そっちはどうでもいいよ。もう、ホント今会っても多分空気だから」
「あ、そう……」
「私が会いたかったのはクラスの人たち。まぁ、元カレもその中に入ってるけど。私がいなくなった後、あの人たちどうなるのかな、って想像したくて。それにはアップデートされた情報が必要でしょ?」
「なんでそんなことするの?」
「同じ時代を生きた人が、これから先どうなるのか、気にならない?」
「うーん……どうかな?」
「私は気になるから、それを最後に想像したかった」
「ふーん……」
「そういうの、ない?」
「ちょっと僕にはよくわかんないかなぁ……」
「磯淵くんは同窓会とかないの?」
「……行かないよ、そんなの」
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