第4話

 ***


 今朝がたになってようやく陽が射したものの、昨夜はひどい雨だった。大きな雷がいくつも鳴って、強い風が酔っ払った巨人のように暴れて去っていったのだ。


 ……オーシャンは、真っ黒焦げになった廃教会を呆然と見つめていた。嘘だろ、なんで、どうして。そんな言葉がぐるぐると、何周も何十周も頭の中を回っている。


 メリノと会ったあと、オーシャンは地主のキルシェに〝中に人がいるからまだ取り壊さないでくれ〟と、たったそれだけ伝えにいったのだ。じじいが血相を変えてすぐさま走っていったのは見送ったが、中の人間が無事なのかとか、はたまたオーシャンが何か盗んでやしないかとか、そんなことを心配したのだとばかり思っていた。


 いきなり火を放つなんて、短気も度を超している。メリノ、大丈夫かなあ。ちゃんと逃げられたかな。誰か知らないけど、あの様子じゃ死ぬまで待ってそうだし。


「無事でいてくれよ」


 きっともう二度と会わない相手だ。それでも彼の命を脅かした罪悪感は少なからずあるもので、祈るくらいはさせてほしい。神様、か。神様なんているのかな。逸れはじめた思考を遮るように、目の前の煤けた瓦礫がごとんと動いた。


「──ひっ!?」


 がっ、ごん、ごとん。情けないオーシャンの悲鳴に呼応したのか、今度はそこから人間の手が生えた。本で見たことがあるぞ、これは確かとかいうやつだ。噛まれたら身体が腐って人を襲うようになるんだ。オーシャンはじりじりと後ずさり、いきどまったかかとが瓦礫に当たってびたんと尻餅をついた。


 は適当な瓦礫だか炭になった木片だかをよいしょと掴み、力を込めて抜け出すような動作をする。オーシャンはぎゅっと目を閉じて、できるだけその腐った身体を見ないようにつとめた。がたん、ごとん、ごっ。その場にあるなにか重いものがひたすらに動く音が聞こえて、やがて静かになったかと思えば今度はざくざくと靴音がこちらに近寄ってくる。


「や、やめてくれ! 噛まないでくれ! 俺はまだ腐りたくな──」

「腐る?」

「んあ?」


 聞き覚えのある低い声に目を開けると、そこには煤だらけになったメリノがいた。


「メリノっ、よかった! 生きてて!」

「……オーシャン。どうしてここに」

「それはこっちのセリフだっての。あのヒスじじいが火を放ったってきいた時は、腹から心臓が飛び出るかと」

「腹に心臓はないでしょ」


 服の汚れを払いながら、メリノが言った。


「えっと、なんで埋まって……?」

「そのって人に教会ごと燃やされてさ。まあなんとか、無事だったな」ところどころが焼け焦げた自身の服を見て「服って意外と燃えないね」

「いやいや、ふつう無事じゃないよ! メリノったらいったい何者なの? まさか本当にリビングデッド?」

「どちらかというと、ノーデッドリビング……かな」


 の? 難しい言葉に組み変わっていて、オーシャンがこきりと首を傾げる。


「気にしなくていいよ。それより……どうしよう」


 メリノが片手を翳して、天を仰いだ。久々に陽の下に出てきたように目を細め、優しく降り注ぐ光を浴びている。黒い髪がきらきらと透けて、青く見える。


「どうすんの」


 本当に、メリノはこれからどうするんだろう。まさか野ざらしになっても誰かを待つなんて言い出さないよな? ……そんな心配は無用なようで、メリノは少しだけ穏やかな表情をしていた。何かが吹っ切れたような、どこかへと向かいたいような。そうして吹き抜けた風にぶわりと煽られて、やがて歩き始める。


「行きたい場所があるんだ。そこにいくよ」


 オーシャンは、少し遅れてそれを追いかけはじめた。もう二度と会うことはないと思っていたが、彼についていけば面白いことが起こるような気がしたのだ。


「なんでついてくるの」単純な疑問としてのトーンで、メリノが訊く。

「なんとなく!」オーシャンは意気揚々と返し、軽快な足取りで歩みを進めた。


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