第184話 ダギル・ダイナドー(2)

父の後を継いで侯爵となったものの、引き継ぎが不十分で、肝心な事はいちいちウスターに訊かなければ分からない。そんな状況には辟易する。これではまるでウスターが侯爵のようではないか?!


まぁ、今は黙って学ぶべき時と割り切ってはいるが。


だが、いつも腹立たしいほどに冷静沈着なウスターが、ただの平民の冒険者相手に動揺している。


「…面白い! お前は、生前の父とどのような関わりがあったのだ? 是非、教えてくれ!」


「関わりというか……俺は先だって、ダンジョンを攻略したんだが…」


「そうらしいな、さっきウスターから聞いた。優秀な冒険者なのだな」


「その後、ダイナドー侯爵……前侯爵に呼ばれてな、雇ってやると言われたんだが、断った」


「ほう? で、気が変わったので雇ってもらいたいと言う事か?」


「いや、そうじゃない。断った後、前侯爵閣下に嫌がらせをされてな」


「嫌がらせ…? 何をされたんだ?」


嫌な予感がする……


「暗殺者を向けられた」


やっぱり……


「だが、それでよく生きているな…暗殺者を退けるほど優秀な冒険者だと言うことか」


「まぁ、返り討ちにしてやったがね、依頼主の侯爵閣下様ごと、ね」


「……! ……つまり、父を殺したのは……」


「言っとくが、正当防衛だと思っている。暗殺者に襲われたから返り討ちにした、そういう事だ。これはミトビーツ王も認めてくれている事だから、訴えても無駄だぞ?」


「陛下が……? …まぁ、もとより訴える気はないが。父が暗殺者を向けたのは事実だろう。色々裏で悪どい事もやっていたようだしな。父はおそらくたくさんの恨みを買っていただろう。自業自得……という事だな?」


俺はウスターを睨んだが、ウスターはスッと目を反らした。


「本当はダイナドー家ごと消してしまっても良かったんだが。宰相も貴族を減らしたいって言ってたしな」


それを聞いてウスターがぎょっとした顔をしている。まさか、王や宰相がダイナドー家を潰しても良いと考えているとは思わなかったのか?


だが、王家も貴族も血塗られた駆け引きをしていると先程自分で言っていたばかりではないか…。


「潰さないでやったが、一応警告をしておこうと思ってな」


「警告……の内容は? スマン、ずっと田舎の領地に居たので、王都での貴族の裏の駆け引きとかよく分からんのだ。分かりやすく言ってくれると助かる」


「俺も駆け引きなどよく分からん。言いたい事はシンプルだよ。俺に、俺とその関係者に、手を出すな・・・・・。それだけだ。警告に従わなければ、今度は本当にダイナドー家が消滅する事になる。


これは先代・・にも言ったのだが、分かってくれなかったんだよなぁ。アンタはどうかな?」


「…そう言えば、ダイナドー家の暗殺組織は今はなくなってしまったと聞いたが、もしかして…?」


ウスターが黙って頷く。クレイという冒険者は肩を竦めて見せただけだった。


「実はな、俺は何も聞かされていなくてな……貴族や王族が、暗殺組織を使って裏でやりあっているらしい、とか、平和な田舎にずっと居たので、そんな話を急に聞かされて辟易しているところだ」


「(暗殺組織が)壊滅したのならちょうどいい。もうダイナドー家にはそんな組織は必要ない。クレイと言ったな? 安心してくれ、俺が、今後ダイナドー家がお前に手を出す事はないと約束する。


俺は裏事情は何も聞かされてこなかった。だがちょうどいい。今後も後ろ暗い世界とは関わらずやっていく事にしよう。汚いやり方で地位や財産を得ても嬉しくはないしな」


俺はチラリとウスターの顔を見たが、いつもの無表情に戻り、感情を読み取ることはできなかった。


「…まぁ、貴族の世界、綺麗事も言ってられないところもあるんだろうが、できるところまでやってみるさ…」


「…では、話は終わりということで、帰る」


「ああ、クレイ? クレイは冒険者なんだよな? それも凄腕の? その、手を出さないとは言ったが、例えばもし、俺が冒険者クレイに指名依頼を出したいと言ったら……?」


「基本的に指名依頼は受ける気はない。もし貴族の権力を使って無理やり受けさせようとなどしたら…」


「ああ、そんな事はしないさ」


「……そうだ、忘れる所だった。一つアンタに頼みがある。それを聞いてくれるなら……指名依頼についても検討してもいい。まぁ検討するだけで受けると約束はしないが」


「頼みとはなんだ?」


「他に貴族達に対しても、クレイという冒険者に手を出さないほうがよい、と吹聴…? 根回し? して欲しい。それを頼むために、ダイナドー家を潰さずに残したんだ」


「…ああ、それは構わんが。ダイナドー侯爵家とはいえ、今の俺には大した伝手はないぞ?」


「構わない。ああもちろん、悪意のある言い方はなしだぞ? アンタの親父にはしてやられたからな」


「どうしたんだ?」


「自分が手を出さないという約束は守るが、他の人間を唆すなとは言われてないと屁理屈を言われてな。わざわざ王に『あの冒険者は危険だから討伐したほうがいい』と注進に行ってくれたんだよ」


「なんてことを…」


「幸い王がまともに取り合わなかったから良かったが。なので、今度はそういう屁理屈もなしで。まぁできる範囲で構わない。一応の警告をシてくれれば……どうせ、警告を聞かない貴族は居そうだしな。そういう馬鹿な奴には痛い目を見てもらうしかない」


「…父のように、か。分かった。もし、依頼を出す機会があったら、よろしく頼むよ」







クレイが去ったあと、俺はウスターに尋ねた。


「それでいいな?」


「何がですか?」


「俺は、裏で汚いことや悪いことはしない。…極力しない。それで、今までより侯爵家としての影響力が落ちるなら、それで構わないと思っている。


父の右腕だったお前は反対するかも知れんがな」


「私は、現当主の意向に従うだけですから」


ふん、さすがダイナドー家の奴隷執事。


悪事を働けば恨みも買うし敵も増える。そうなれば、暗殺に怯える日々になる。思えば父が小心に思えたのも、敵を多く作っていったからなのかも知れないな…。


まぁ、父の時代のような権力は失われていくとしても。家と爵位は残ったのだから、ここから再び盛り返せるかは、俺の頑張り次第だろう。


さて、新侯爵としてやらねばならない事は多い。呆けている暇はないな。


俺は執務室に戻り、先代の残した資料の整理を再開することにした。



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