第149話 懲りない侯爵(クレイ暗殺指令)

クレイとしても、侯爵に対してやや甘い対応であったかも? とは思ったのだが。しかし、侯爵が警告を受け入れて、このまま自分に関わらないようになってくれれば……


“クレイは手を出してはいけないヤバイ奴” とダイナドー侯爵も理解しただろう。


“侯爵” というのは王族を除けば貴族の中では最上位の階級である。その侯爵が手を出せないとなれば、他の貴族に対しても牽制になるのではないか?


侯爵としても、自分が手に入れられなかったものを他の下位貴族が手に入れるのを許容できないだろう。なんなら積極的に邪魔してくれるのではないかと期待したのだが……


しかし、残念ながらクレイの見通しは甘かった。






クレイが去ってから、やがて時間が経つごとに、怒りが湧き上がってきたのであった。


ダイナドー 「くそう、あのガキめ。儂の部屋に臭い魔物の臭いを付けおって!」


ゴブリンの死体が撒き散らされたダイナドーの部屋は、結局、微妙に悪臭が残っている気がして、ダイナドーは執務室を別の部屋に移動せざるを得なくなったのであった。(※それはダイナドーの気のせいであったのだが。死体を片付け掃除をさせた後、侯爵の強い魔力で【クリーン】を掛けたのだから、臭いが残っているはずはないのだ。だが、ゴブリンの内容物が撒き散らされた部屋をダイナドーはそのまま使い続ける気になれなかったのである。ダイナドーは意外と潔癖症であった。)


そして、喉元すぎれば熱さ忘れる。


最初は冷静にクレイのヤバさを判断できた侯爵であったが、時とともにクレイの脅威への認識は弱まっていき、平民の冒険者ごときに舐められた怒りだけが残っていくのであった。


なにせ侯爵ともなれば、周囲の人間が平身低頭敬うのが当たり前になっていた。最近では国王ですらもダイナドーの顔色を伺うほどに権力ちからをつけているのだ。誰かに舐められるなど、長い間経験のない事であった。


ダイナドー 「くそう、小僧めが、偉そうに。儂に小僧をどうにかする権力がないだと? それが本当かどうか……儂を怒らせた事を後悔させてやる!」


とは言え、さすがにもう一度正面からクレイに何かするのは拙い事はダイナドーも理解していた。


ダイナドー 「ブレラは居るか?」


ブレラ 「お呼びでしょうか?」


アン・ブレラはダイナドー侯爵家の擁する暗殺部隊【闇烏ヤミガラス】のリーダーである。


政敵を暗殺するなど、よくある話の貴族の世界である。大貴族はほとんどが裏の仕事を担当する部隊を囲っている。


暗殺者ギルドに依頼すると言う手もあるのだが、それをするのは力のない貴族や低位貴族だけである。なぜなら、依頼をすれば何かしらの記録が残る可能性があるからである。記録が残れば、依頼者が誰なのかバレる可能性もある。また、暗殺者ギルドに依頼などすれば、それをネタに暗殺者ギルドから脅され、便宜を図るよう要求される可能性もある。それを嫌い、上級貴族と言われる伯爵位以上の大貴族は自前の暗殺部隊を使うのである。


ダイナドー 「クレイという冒険者を消せ」


ブレラ 「…良いのですか? ダンジョン踏破者には手を出してはならないのでは?」


※特に説明などせずとも【闇烏】は侯爵家内の様々な情報を把握しており、時に侯爵に助言などもする立場なのである。


ダイナドー 「バレなければ問題ないだろう。それとも難しいか? ダンジョンを攻略できるほどの冒険者は【闇烏】と言えども手に負えんか?」


ブレラ 「…我々に掛かれば赤子の手を捻るようようなモノです」


正直、調査の段階から【闇烏】に任せればよかったとダイナドーは思った。トニノフはどこか抜けたところがあり危なっかしいのだ。だが闇烏なら失敗はないだろう。




  * * * *




ブレラは既にクレイ達の泊まっている宿を把握していた。ただ、そこからクレイの暗殺計画が上手く立案できずに困っていたのだが。


ブレラ 「酒は?」


ブレラの部下 「特に夜飲み歩いたりはしていないようです。それどころか、夜の食事でも飲む様子が見えません」


ブレラ 「酒は好きではないのか…? では、女は? 娼館に出入りしたりはしていないか? ない? そうか…。うーん、隙が無い奴だな」


できれば事故に見せかけたい。次点で自殺に見せかける、という感じであるが、今回はそれも逆に不自然だろう。


事故に見せかける常套手段は、酒に睡眠薬を混ぜ、昏迷させて川に落として溺死させるやり方である。


酒好きで夜飲み歩く事がある相手ならこれが一番簡単なのであるが……クレイは酒があまり好きではなく、就寝前であってもフルーツジュースなどを好むのだ。当然、夜飲み歩くというような事もない。


娼館に出入りするような女癖の悪い男なら、トラブルに巻き込まれて死んだ事にもしやすいが、クレイにはその傾向も見られない。


ブレラ 「やはり、町中で襲うしかないか…?」


直接襲撃でよくあるのは、盗賊を装って街の間の移動時を狙う方法である。これなら十分な戦力を投入し易いので多少腕が立つ相手でも大丈夫である。


だが、これも今回は使えない。クレイは転移が使えるので街の間を移動する機会がないのである。(ダイナドー侯爵がクレイの転移魔法を知った時点で、闇烏にも知られてしまっていた。)


ブレラの部下 「しかし…相手は難攻不落だったダンジョンを踏破してしまうほどの実力がある冒険者。正面切って戦うのは危険では?」


ブレラ 「何を言っているの? いくら実力があると言ってもたかが冒険者じゃない。魔物相手の戦いと人間相手の戦いは全く違うわ。私達は魔物と戦う事はほとんどないけれど、人間を殺す事に掛けては超一流。そうでしょ? 多少腕が立つとは言っても、たかが冒険者に負けるわけがないわ」


部下 「言われてみれば、そうかも知れませんね」


ブレラ 「とは言っても、わざわざ正面から戦う必要もないわね。いつものように、罠に掛ける方法を考えましょう。これ・・もまた、人間の戦い方のひとつですものね。きっと冒険者には経験がない事でしょう」


ただ、クレイは今回、観光で王都に居るのだ。これといって決まった行動パターンがあるわけではないので中々狙いづらい。


ただ、毎日確実に同じ行動をする場所があった。宿である。昼間はフラフラと不規則に街を動き回っているが、毎日夜には必ず宿に戻ってきて夕食を食べ眠るのである。


ブレア 「狙うのは夜、ね。本当は証拠が残らないように完全に事故に見せかけたかったのだけど、仕方がないわね」


部下 「早速、仕込みに入ります」



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