第150話 狙われるクレイ
翌日からも平常運転のクレイは、王都内をフラフラと当てもなく散策している。
観光ガイドなどもなく、誰かに聞くでもなく。適当に歩いているだけなので、観光で行くような場所はあまり見ない。見えるのは、普通の街の人々の日常の風景である。むしろそれがクレイには楽しいのであった。
特に予定もなく。
期間の制約もなく。
働く必要もなく。
気が向くままに目的地もなく街をぶらつく。なんて贅沢な過ごし方であろうか。そんな旅行をするのはクレイの前世の夢のひとつであった。
前世はブラック企業に勤めていて、旅行に行く時間もなく過労死してしまったが、今世はとても幸せであると思うクレイであった。
猫娘二人は相変わらずショッピングツアーを続けていて別行動である。なにせ、ダンジョンの素材を売って得た資金は十分。貴族のようにオーダーメイドで高級素材を使い始めたら予算はいくらあっても足りないだろうが、庶民向けの既製服など、王都の全ての店の品を買い締められるくらいの予算はあるのだ。しかも一着ずつ組み合わせを変えながらじっくり試着して選んでいる。当分二人のショッピングツアーは終わらないかもしれない。
クレイはというと、気がつけば、主にDIY系=生産系職人の店ばかり回っていた。
就職してからは忙しくてほとんど行く機会はなかったが、前世でクレイはホームセンターに行くのが好きだったのだ。工具を少しずつ揃え、木材を買って加工して棚を自作したりもした。
機会はなかったが、木工だけでなく、布を縫い合わせてバッグを作ったりもしてみたかった。(服は、さすがにハードルが高く、手を出そうとは思わなかったのだが。多分そっちに手を出すと、極めるのに一生かかる世界になりそうであったが、ファッションにはあまり興味がなかったので、そちらの沼に入ろうとは思わなかったのだ。)
まぁバッグに関しては、この世界で夢はかなったが。そう、マジックバッグの製作である。
思えば、クレイが魔導具を作る方向に進んだのは、元から生産系の仕事をやってみたかった前世の夢もあったのだなぁと、今更ながら自覚するクレイであった。
そして……クレイはソレを発見した。この世界にも(王都限定であるが)ホームセンターがあったのだ! さすがは王都である。
正確にはホームセンターではなく“市場”だが。
普通の街の市場は食材が中心で、その他の店が市場の端に少し店を出している程度だが、王都の市場は業種ごとに分かれて点在しているのだ。そしてクレイは家具や木工製品の職人が集まっている市場を見つけたのである。
市場にはリサイクル品が多く並ぶが、いくつか新品も並んでいる。工具なども売っている。壊れた家具の買い取りなどもやっているそうだ。それを職人が修理してリサイクル品として並ぶわけである。
裏手でちょっとした修理作業などもしており、その様子を見学させてもらったりしたクレイ。ジロジロ見ていたら職人が声を掛けてきて、話が弾んだ。
職人はクレイが魔法陣を刻んで魔導具を作れる事が分かると、自分の元で働かないかと勧誘し始めた。それも悪くないかなと思うクレイ。クレイはやはり冒険者より職人になりたいのかも知れないと自覚する。冒険者になったのだって、魔法陣の研究のためであったのだから。
具体的にすぐに始動する気は今のところないが、色々と夢は広がる。とは言え、いきなり観光? に来た王都で職人になる気はなかったので、勧誘には『考えておく』と答えておいた。
遅くなったので宿に戻る事にしたクレイ。道すがら、魔法陣を刻んでどんな家具が作れるだろうと考える。クレイが得意なのは光魔法系と空間系だけである。まず、マジックバッグではなく、空間拡張を付与したクローゼット(照明器具付)などは簡単に作れるだろう。
だが、毎度マジックバッグやマジッククローゼットでは面白くない。今後はもっと違う魔法陣の研究もするかとも思うクレイであった。
宿に戻り、ルルとリリと一緒に夕食を食べながら、今日見て回った店の話などをする。話は尽きないが、ある程度遅くなると宿の食堂から追い出されるので、解散してそれぞれの部屋で眠る事になる。(ちなみに部屋は別である。一緒の部屋がいいとルルとリリは言ったが、クレイが自分の個人の時間も大切にさせてくれと頼んで別にしてもらったのだ。)
そして…
今日も宿の食堂で色々話していたクレイとルル・リリ。だが、眠気が襲ってきたのでクレイは解散する事にした。
ルル 「もう寝るにゃ?」
リリ 「いつもより早いにゃ」
クレイ 「うん…、今日は家具職人のところで作業体験をさせてもらったから、少し疲れたのかな?」
だが事実は違っていた。実は、料理に遅効性の睡眠薬が入れられていたのだ。
それに気づかず、部屋に戻ってベッドに入ったクレイは、すぐに深い眠りにと落ちていった。
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そして深夜。
クレイの部屋の前に忍び寄る黒い影。【闇烏】の刺客である。
刺客はすぐには部屋に入らず、扉の隙間から管を差し込み、ガス状の睡眠薬を流し込む。ターゲットは強力な睡眠薬で眠っているはずであるが、さらなる念の入れようである。
十分ガスが部屋に行き渡ったところで、鍵穴に針金を突っ込んで扉を開け、中に忍び込んだ刺客。
刺客は音も立てずベッドに忍び寄ると、短剣を振り上げた。
ターゲットを眠らせ、深夜に忍び込み、短剣を突き立てるだけの簡単な仕事である。
いつも、ここまで持ってくるまでの準備に手間が掛かるのだ。だがそれも報われる。今日も良い仕事をした。残るは最後の仕上げだけである。さっさと仕事を終え、家で一杯飲もう。
そして短剣は振り下ろされ、ベッドに突き刺さる。
だが、刺客は刺した瞬間に違和感を感じる。
深々と突き立てられた短剣は、肉に刺さる感触がなく、掛け布団を大きく凹ませながらベッドの底板に突き刺さった感触がして止まったのだ。
慌てて剣を抜き、布団を引剥ぐ刺客。だが、ベッドの中には誰も居なかった。
刺客 「馬鹿な…」
刺客は宿の従業員に成りすまし、ずっとターゲットの様子を観察していたのだ。
ターゲットは確かに部屋に入ったのを確認した。そしてその後、部屋から出ていないはずであった。
慌てて振り返る刺客。もし侵入に気付かれて隠れていたなら、背後から襲われる可能性があると思ったのだ。だが、背後には誰も居なかった。
短剣を構えながら、鋭い視線で部屋の中をぐるりと見回す。
どこかに隠れたターゲットが襲ってくるという事はなさそうだ。
刺客 「逃げられた…?」
ベッドの下やクローゼットの中、トイレや浴室も確認するが、どうやら室内には誰も居ないようであった。
刺客 「くそっ!」
刺客は悔しそうに部屋を出ると、そのまま闇に紛れて姿を消した。
クレイはどこに行ったのか? 実は…
クレイは万が一の時に身を守るための安全装置を身に着けていた。ある特定の条件下で発動する魔法陣を体に刻んでいたのだ。
それは、クレイの意識レベルが低下する=つまりクレイが気絶するなどして意識を失うと、自動的に転移が発動し、クレイの体をリルディオンに転送するというものである。
この機構はクレイがエリーと相談して作った安全装置である。
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