第148話 嫌がらせと警告

ダイナドー 「…何故だ???」


クレイ 「…何が?」


ダイナドー 「魔封じの手枷も結界も、ダンジョンを攻略するのに比べれば何でもないという事か…?」


クレイ 「…まぁそんな感じで」


実はクレイに魔封じの手枷や魔法陣は通用しない事は、リルディオンで事前に試して実証済みであった。


魔封じの魔導具というのは、装着されたものの体内の魔力の流れを乱して魔法を使えなくしてしまうものである。強力なモノになると、装着された者は目を回して立つ事もできなくなってしまうモノなのだが…そもそもクレイの体の中には魔力がないのだから乱しようがないのである。


ダンジョン攻略中に、魔力が吸い取られてしまう階層や魔法が無効化される階層などもあったのだが、そのような階層でもクレイの体調には一切影響が無かった事は確認されている。


また、魔封じの手枷等では、魔導具は無効化できない事が多い。魔力の流れが機械的に固定されているため乱す事ができないのである。


そして、クレイの体には入れ墨のように魔法陣が刻まれているが、それは自身の体を魔導具にしているのと同じなのである。また、外部からの影響を受けないように対策もされている。そのため、亜空間収納も転移も身体強化もクレイはすべて普段通りに使えてしまうのである。


もちろん、そんな解説をダイナドーにしてやるつもりはないが。


クレイ 「無駄な事はやめろ。言いたいことは一つだけだ、つまり…俺に手を出すのは諦めろって事だ。それを分からせるために、わざわざ捕まって見せてやったんだからな…」


だが、ダイナドーは机の下に隠れているボタンを既に押していた。緊急時に騎士達を呼びつけるボタンである。そして、三度目の騎士達の雪崩込みである。


クレイ 「…やれやれ何度もご苦労さん。だが安心しろ、これが最後だ」


次の瞬間、騎士達は全員吹き飛び、気を失ってしまった。


【加速装置】を発動したクレイが目にもとまらぬスピードで全員ぶちのめしたのである。


ダイナドー 「きさま…」


トニノフ 「こっ…れは」


クレイ 「…ん?」


見れば、トニノフが驚愕の表情をしている。


トニノフはクレイが騎士達を叩きのめした事に驚いた…わけではなく、その視線はダイナドー侯爵のほうを向いていた。


ダイナドー侯爵の体から魔力が発せられ、それが膨れ上がっていたためである。ダイナドーは騎士達に注意を向けさせている間に、自分の魔法を発動する準備に入っていたのだ。魔力を感じないクレイは分かっていなかったのだが、それはトニノフがビビるほど膨大な魔力であった。


ダイナドー 「ふ…貴族を舐めるなよ…?」


そう、この世界の貴族階級は、魔力の量で決まるのだ。侯爵という高い地位についていると言う事は、貴族の中でも極めて強いトップクラスの魔力を持っているという事なのである。


だが…


クレイ 「何かしようとしてるようだが…まぁ、やめておけ」


そう言いながら放ったクレイの【威圧】がダイナドーを圧倒する。それにより発動しようとしていたダイナドーの魔法はかき消されてしまった。


クレイはそれほど威圧が得意なわけではないが、リルディオンから供給される膨大な魔力を手加減なしに乗せた威圧ソレはとんでもない威力となる。これだけ至近距離でソレ・・を浴びせられたら、並の人間なら気絶してしまっているところであるが…


ダイナドーは青い顔をしているものの気は失っていなかった。トニノフも、室内にいつのまにか居た執事も、尻もちをついて動けなくなっているが同じく気は失っていない。さすがは侯爵家に雇われるだけの者達である。


クレイが威圧を解除すると、ダイナドーの顔色が戻った。


ダイナドー 「……小僧……この儂に逆らって…この国で生きていけると思っているのか? 権力が怖くないのか?」


クレイ 「貴族だ権力だって言うが、権力というのは、それを強制できる武力の裏打ちがあって成立するものだ。そこで質問だ。侯爵に、俺に強制させるだけの権力ちからがあるか?」


周囲に倒れている騎士達を見回してみせるクレイ。


ダイナドー 「……」


クレイ 「だいたい…ダンジョンの深層には一匹でこの王都を壊滅させるような怪物がウヨウヨ居るんだぞ? それを制覇してきた者を、たかが貴族がどうにかできると思っているのか?」


クレイ 「分かったらもう俺に手を出すな。以降何もしてこないなら、今日の事は忘れて敵対はしない。だが、もし何か手を回してくるようなら…それは、俺に対する宣戦布告と見做す。戦争だ。そうなれば、たとえ相手が侯爵であろうとも全力で潰すだけだ」


トニノフ(尻もちをついたまま) 「っ、いくら強いとは言え、たかが、冒険者が、一人で侯爵家の持つ軍隊に勝てると思ってるのか?」


クレイ 「なるほど、どうやら、ダンジョンの踏破者であるという意味が分かってないのか……。道理でこんな無茶な事をしようとするわけだ。


なぁ、考えても見ろ? ダンジョンの深層の魔物を一匹、侯爵の領地に放りこむだけで、領地は壊滅するんじゃないのか?」


トニノフ 「そっ…そんな事ができるのか?」


クレイ 「俺は、ダンジョンの管理者でもあり、また転移を使える。つまり、こんな事もできる」


クレイが部屋の隅に目をやる。すると床に魔法陣が浮かび――


ダイナドー・トニノフ 「!!」


――そこに一匹のゴブリンが出現した。


ゴブリン 「ゴギャ?!」


いきなり屋敷の中に連れてこられてゴブリンも混乱しているようであったが。


ダイナドー 「おいっ! そんな汚らわしい魔物を俺の屋敷の中に入れるな!」


周囲に人間が居る事を認識したゴブリンが、一番近くに居た執事に襲いかかろうとした瞬間、クレイがハンドガンで撃った。


一応、執事は居丈高ではあったがクレイの事を心配する素振りも見せていたので、ゴブリンに殺されるのも可哀想だと思ったのである。


(※実は侯爵家の執事ともなれば、それなりに戦いの心得もある者が選ばれているので、ゴブリン程度なら自力で対処できたのであったが。現に執事はすぐに我に返り懐から小さな短剣を出し構えていた。)


ただ、クレイが撃ったのは執事を助けるためだけではない。ゴブリンは散弾で上半身を吹き飛ばされたのだが、部屋の中にゴブリンの肉片と血しぶきをぶち撒けてやる事が狙いだったのだ。もちろん嫌がらせと警告のためである。


侯爵の執務室内にゴブリンの体液の悪臭が広がった。


トニノフ 「……」


クレイ 「だから、ダンジョンを踏破した管理者には手を出さないって暗黙のルールがあるわけだろう? それを破るなら…


…壊滅覚悟で掛かってくる事だ」


ダイナドー 「……分かった……


……儂の負けだ……」


クレイ 「じゃぁ、もう夕食の時間を過ぎているので帰らせてもらうぞ」


そう言ったクレイの足元に魔法陣が浮かび、姿が消えていくのを侯爵とトニノフ、執事は呆然と見守っているだけであった。


ダイナドー 「転移魔法…だと? 奴は、転移ゲートを手に入れたのではなかったのか? 魔導具を使わずとも転移が使えるというのか???」


トニノフ 「かつて【賢者】と呼ばれた魔道士が(転移魔法を)使えたという伝説はありますが、単なるお伽話かと…」


侯爵 「目の前で見せられては信じざるを得まい…


…っ、なんだ?!」


再び床に魔法陣が浮かび、なぜかクレイが戻ってきたのであった。


クレイ 「ああ、言い忘れてた。俺が転移が使える事は秘密だぞ。誰にも言ってはならない。いいか、誰にも・・・、だ。もし喋ったら…」


トニノフ 「…喋ったら?」


クレイ 「…屋敷の中にゴブリンの大群が出現するなんて事が起きるかも知れんぞ? 侯爵家であればゴブリン程度は討伐できるだろうが…、屋敷中にゴブリン臭が染み付くのは嬉しくはないだろう?」


ダイナドー 「……」


ダイナドー達の沈黙を了承と理解したクレイは、再び消えていった。




  * * * *




ルル 「あ、戻ってきたにゃ」

リリ 「遅いにゃ、どこ行ってたにゃ」


クレイ 「ああ、スマン、ちょっと野暮用でな」


ルル 「さっさと夕食食べるにゃ」


クレイ 「待っててくれたのか? 先に食べてて良かったのに」


リリ 「一緒に食べたいにゃ」


クレイ 「そうか、じゃぁ食べよう」


ルル 「食べるにゃ!」

リリ 「頂きますにゃ」


クレイ 「頂きます…」


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