第147話 俺を捕らえておくなんてできないよ
バキン 「言っとくが魔法は使えねぇぞ? お前の手首に嵌ってるのは魔封じの手枷だからな」
クレイ 「なっ、なんだとぉぉぉぉぉ~
…なんてな。もう(演技は)いいか」
わざと大袈裟に驚いて見せたのも、ここまで大人しく従ってきたのも、もちろん全部演技であった。侯爵の部屋で暴れる事もできたのだが、ちょっと悪戯心が湧いてきて、クレイはあえて一度乗って見せたのである。
クレイ 「いわゆるノリツッコミと言うやつだな」
スルリと拘束から脱出して見せるクレイ。
バキン 「馬鹿な! 一体どうやって…魔法は使えねぇはずなのに!」
クレイ 「壊れてるんじゃないのか?」
バキン 「……」
よく見れば、手枷は解錠されていない。クレイは極短距離転移で手枷の外側に移動したのである。ただ、ほとんど移動していないため、転移であるとはバキンには分からなかったのだ。
クレイ 「さて、どうするんだ?」
クレイが指を鳴らしながらにじり寄って行く。
バキンはヨロヨロと後退り、三歩ほど行ったところで段差に躓き尻もちをついてしまった。
クレイ 「なんだよ、さっきまでの威勢はどこいった?」
バキン 「お、俺は、拷問は得意だが、戦闘はからきしなんだ」
クレイ 「なんだ、クズか…」
バキン 「た、頼む、許してくれ! 俺は命令されてやってるだけだ、悪いのは命令した奴だろう?」
クレイ 「まぁそうだな。だが、命令とは言え、お前はこれまで何人も拷問して、それを楽しんできたんだろう?」
バキン 「楽しんでなんかいねぇ! 嫌々やってたんだ、心の中で涙を流しながら…」
クレイ 「…嘘だよな?」
そう言うとクレイはバキンを蹴り飛ばした。床を転がって壁に激突して止まるバキン。
バキン 「ぐ…うぇぇ……頼む、やめてくれ、痛いのは嫌なんだ…」
クレイ 「まぁいい、忙しいから今日のところは見逃してやる。せっかく助かったんだ、これを機に人に憎まれるような仕事は辞めるんだな」
拷問官などという下衆な人種は殺してしまってもいいかと思ったクレイであったが、命令されて仕事でやってるだけと言われると確かにそうなのかも知れないと思ってしまった。自分は(まだ)何もされていないので実感も恨みもないし、それなのに痛めつけて嬲るのは
それに、侯爵に思い知らせてやる仕事が残っている。ここであれこれ考えていても時間の無駄。やるべきことをやろうと思い、バキンを見逃す事にしたクレイであった。
* * * *
侯爵の執務室。
トニノフ 「やれやれ。思ったより馬鹿な奴でしたね…」
ダイナドー 「ダンジョン踏破で調子にのっているのだろう。数日牢で
クレイ 「悪いがそんなに長々と付き合う気はない」
ダイナドー 「!?」
見れば、ダイナドー侯爵の執務室のソファに、先程連行されたはずのクレイがふんぞり返って座っていた。
ダイナドー 「……どうなっている?」
クレイ 「俺は転移魔法が使えるんだ。俺を捕らえておくなんてできないって事を教えやろうと思ってな」
ダイナドー 「…転移魔法だとぉ?」
トニノフ 「そんなの、ありえない」
クレイ 「黙って出て行っても良かったんだが、まだしばらくこの街に居るつもりだから、釘を差しておこうかと思ってな」
だがここで、どこで合図をしているのか、再び騎士達が部屋に雪崩込んできた。
騎士 「おまえっ!?!? 一体どうやって抜け出した?!」
トニノフ 「おい、魔封じの手枷を持って来い!」
騎士 「はい、ここに!」
問答無用でクレイの体を押さえつけ手枷を嵌める騎士達に、クレイは今回も抵抗しない。
ダイナドー 「念のため、魔封じの結界も使え。それから牢の壁と扉にも結界も張っておけ!」
そうしてクレイは再び連行されていった。
* * * *
拷問官の控室
バキン 「やれやれ、酷い目にあった…」
控室に戻ったバキンは蹴られた腹を擦りながらボヤいていた。
だが、そこにまた騎士が来て、仕事だと言う。
バキン 「またか、今日はやけに多いな? まぁちょうどいいや、さっきの鬱憤を晴らさせてもらうか…」
だが、地下牢に来てみれば…
バキン 「またお前かぁ!」
騎士 「大丈夫だ、さっきはうまく逃げられたようだっが、今度のはレベル5の魔封じの手枷だ。それに、結界も張る。今度こそ、徹底的に嬲ってやれ!」
それを聞いてバキンはいやらしい笑みを浮かべた。なるほど、さっきは牢に備え付けてあった魔封じの手枷が壊れていただけだったのだろう。
クレイを拷問部屋に押し込むとすぐに騎士達は出ていき、魔法使いが牢の中に向かって何やら魔法を掛け始めると、床に魔法陣が浮かび、そして消えた。魔法使いはさらに、壁と扉にも魔法を掛けていく。
騎士 「これで絶対出られまい。後はバキンの仕事だ」
バキン 「俺も出られねぇじゃねぇかよ」
騎士 「仕事が終わったら出してやるさ…」
そう言うと騎士達は去り、またクレイとバキン二人きりになる。
バキン 「ちっ、まいいか。
…さて、さっきはよくもやってくれたなぁ? たっぷりとお礼を……」
だが、手枷の外れているクレイを見た瞬間、即座にジャンピング土下座に移るバキンであった。
バキン 「すいませんでした!」
クレイ 「言ったよな? 足を洗えと。言う事を聞かない悪い子は…」
バキン 「ひぃぃぃ!」
両手両足がおかしな方向を向いた状態で、小便を漏らしながら寝ているバキンを尻目にクレイは再び転移で部屋から消えていった。
* * * *
再びのダイナドー執務室
クレイ 「無駄だって分かったろ?」
ダイナドー 「……なぜだ???」
また、いつのまにかソファーに座っているクレイに、ダイナドー侯爵は目を白黒させていた。
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