第128話 胃が痛いサイモン

クレイ 「仮に、誰かが、未踏破ダンジョンを踏破したとしても、それをどこにも報告せず秘密にしていたらバレないんじゃないか?」


サイモン 「それはそうだ、次に誰かが改めてのそのダンジョンを踏破しない限りはな…。そして、ペイトティクバを完全攻略できる冒険者などそうは現れないだろう。だがな。あのダンジョンは、長い間、定期的にスタンピードを繰り返してきたんだ。あのダンジョンを踏破して管理権限を奪取するのはこの街の悲願なのだ。それを成し遂げておきながら、黙っているつもりか?」


クレイ 「…じゃぁ領主様には報告するさ」


サイモン 「そうしたら領主様も公表せざるを得ないだろうが」


クレイ 「黙っててくれるよう頼んだら?」


サイモン 「おまえな。領主には、王に報告をする義務があるんだよ」


クレイ 「…王様に黙っててもらうよう頼んだら?」


サイモン 「王が黙っているメリットはなんだ? 説得する材料があるのか?」


クレイ 「…特にない、かな…。まぁ、まだ、踏破できるかどうかも分からんからな」


サイモン 「するつもりなんだろう?」


クレイ 「つもりはある。が、実際にできるかどうかは、やってみなければ分からんさ」


ミレイ 「あの…今の話は、公表しても?」


クレイ 「ダメだよ。まぁ、俺が自己満足で踏破に挑戦してるだけ、信じてもらわなくても構わないと思ってる。ってところは言ってもいいが。自信過剰の冒険者の戯言、よくある話だろサイモン?」


サイモン 「まぁ、ペイトティクバの踏破に挑戦した冒険者は過去にもたくさん居た。そして成し遂げたものはいなかった。諦めた者はいいが、帰ってこなかった者も居る。


お前も無理はしなくていい、命を落としてもは元も子もない。ダンジョンの魔物を減らしてくれるだけでもスタンピードの被害が少なくなる(と言われている)んだ」


クレイ 「まぁできるところまで頑張ってみるよ」


ミレイ 「…あのー、シリアスな雰囲気になっているところ申し訳ないですが、もう少しだけ、続きの質問を、よろしいでしょうか?」


クレイ 「なんだ?」


ミレイ 「恋人は居ますか?」


クレイ 「あん? そんな情報要るのか?」


ミレイ 「むしろそういうのが受けるんですよ、一般には。ゴシップ誌向けの情報ですね」


クレイ 「…ノーコメント」


もちろん恋人など居ないが、ノーコメントで居ると思われても問題ない。


ミレイ 「年齢は?」


クレイ 「…成人はしている」


ミレイ 「えっと、趣味は?」


クレイ 「…なんだろうな?」


魔法陣の研究や魔導具作りはどちらかと言うと仕事の領域であって趣味ではない。必死で生きてきたので、特に趣味と言えるような非生産的な行動はほぼないクレイであった。


クレイ 「ああ、家具を作ったり家をリフォームしたりするのは嫌いじゃないかも?」


その後もいくつかゴシップ的な質問が続いた。サイモンはいつのまにか居なくなっていた。


ミレイはインタビューに応じてくれたお礼にいくらか払うと言ったがクレイはいらんと断る。その代わり、ミレイに後で情報を纏めて書いてくるように指示した。話してはまずい事がないか確認するためである。不定期発行のゴシップ誌に関しても、販売開始する前にチェックに持って来ると約束させ、クレイは席を立った。




  * * * *




その後も攻略は順調に進み、クレユカは既に500階層以降の攻略を進めていたが、クレイがギルドに立ち寄った時、ギルマスに呼ばれた。


クレイ 「ギルドとしても、やはり信じられないと?」


サイモン 「信じてはいる。だが、実感がなさすぎるのだよ…」


ギルマスのサイモンが言うには、一度、クレユカがダンジョンを攻略しているところを見てみたいとの事。


サイモンは貴族の家の出身で貴族の世界の事情をよく理解しているし、父=領主の腹心の部下でもあるので信用もできる。冒険者としてもかなり腕が立つらしいので足手まといにはならないだろうと判断し、クレイは同行を了承した。


そして同行の日。


サイモンにクラン基地ホームにきてもらう事になっていたのだが…


クレイ 「なんで居る?」


ワルドマ 「新進気鋭の冒険者クランの実力を、領主家としても確認しておきたいというのは不思議な事ではあるまい?」


クレイ (なるほど、サイモンに見学させるよう圧力を掛けたのは兄貴だったというわけか)


クレイ 「それにしても、別の人間を寄こせばいいだろ。あに…んたは次期領主なんだぞ? 危険な真似をするものじゃないだろう」


ワルドマ 「クレイが居るんだから、危険はあるまい?」


ワルドマ(小声) 「危なくなったら(転移で)脱出できるんだろうしな?」


クレイ(小声) 「それは秘密だって言ったろ」


ワルドマ(小声) 「分かっているよ。だが、お前のクランのメンバーは、全員知っているのだろう? サイモンも?」


クレイ(小声) 「まぁ、な。彼らは(奴隷だから)絶対情報を漏らす事はないからな」


ワルドマ 「俺だって秘密は守るよ」


クレイ 「それに、護衛の騎士も一緒か…」


ワルドマ 「信頼できる騎士だ、お前だってそれは知ってるだろう?」


アルダー 「クレイ坊ちゃま、お久しぶりでございます」


アルダーはヴァレット家の私設騎士団の騎士である。当然、クレイとも面識がある。


クレイ 「もういい大人だ、坊ちゃまはやめてくれっての。それに、俺は今はただの平民のクレイだ。呼び捨てでいい」


アルダー 「呼び捨て…ですか?」


クレイ 「そうだよ。さあ言ってみろ?」


アルダー 「クレイ……


……様」


ずっこけるクレイ。


ワルドマ 「抵抗があるよなぁ」(笑)


クレイ 「慣れてもらわんと困る。領主家の騎士が平民に対して様呼びしてたらおかしいだろう? 気にすることはない、今の俺は平民だし冒険者なんだ。冒険者は呼び捨てが基本だ。俺だってギルドマスター(サイモン)の事も呼び捨てだぞ? それが冒険者流ってもんだ。さぁ、言ってみてくれ」


アルダー 「……クレイ……」


クレイ 「うん、それでいい」


クレイ 「サイモン、じゃぁ行こうか」


ワルドマ 「ほう、これが転移ゲートか」


クレイ 「外枠は装飾に凝ってみました」


ワルドマ 「もしかして、お前の手作りか?」


クレイ 「まぁねぇ」


ワルドマ 「なぁ、もしかして、お前、転移ゲートも作れるのか?」


クレイ 「マジックバッグの応用だからな」


クレイは全ての魔法(魔法陣)を極めたわけではない。全てを極めようとしたらおそらく一生掛かるだろう。その中で、クレイは主に空間魔法に絞って習得したのである。他の魔法はあまり得意ではないが、マジックバッグや転移ゲートを作るのは得意分野なのだ。


※魔導具技師はこの世界にも(数は多くないが)居る。マジックバッグを作れる者も(さらに希少だが)居る。その者達なら転移ゲートを作れるのかというとそうではない。彼らは既存の魔法陣をトレースするスキルを持っているだけで、魔法陣自体をカスタマイズするスキルを持っていないからである。魔法陣のソースコードを解析し、内容を改変しコンパイルして別の魔法陣を作り出す事ができるのはクレイだけなのだ。


クレイ 「秘密だぞ?」


ワルドマ 「誰にも言えないだろ…バレたら事が大きくなりすぎる…」


サイモン 「俺はもうずっと胃が痛くて治らんのだが…」


ワルドマ 「俺も胃が痛くなってきた…」



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